第2章 休日の論戦・サギーの決断
その後、ジャン、セイヤ、リサは警察捜査隊から事情聴取を受け、諸々の報告を終え、ファン隊長に帰宅を許された。
「お疲れ様でした」
「ああ、お前らもご苦労さん。帰って早く休め」
ジャンと別れ、セイヤとリサは共に帰途に就く。
昼をとうに過ぎた青空は眩しく、さわやかな陽気に包まれていた。さっきまでの惨い出来事が幻のようだ。
「ジャン先輩の指示、的確だったよね」
「ああ」
「セイヤもお手柄だったね。あなたがいなかったら、警備員を装った犯人を見抜くことはできなかったと思う」
「まあな」
「ただ、犯人確保に失敗したのは悔しいよね。事件解明の手がかりが遠のいちゃったし……」
「……」
「今回、ルイの警告が正しかったんだから、ルイが得ている情報から何か解明できるといいよね。ルイも治安局に事情聴取されるだろうけど、個人的に話を聞いてみたいな」
事件解明へ意欲を示すリサに、セイヤは複雑な気分だった。あのホテル警備員を装った五人の死にざまが頭をよぎる。
帰宅した二人は軽く食事をしてシャワーを浴び、夕方になって、やっとベッドに入ることができた。
が、疲れているはずなのに、セイヤもリサもなかなか寝つけなかった。
お互い、何度か寝返りを打った後、セイヤが口を開く。
「……リサ、やっぱり仕事、辞めてくれないかな。何もこんな危険な仕事でなくても……」
窓にかかったカーテンの隙間から、不気味なほどに真っ赤に染まった夕焼け空が覗く。それが床を覆っていたあの五人の暗殺者たちの血だまりを思い起こされ、何とも言えない不安ない気分になる。
リサは閉じていた瞼を開けたものの、セイヤに視線を向けず、天井を見つめながら応えた。
「それを言うならお互い様だよ。私だって、あなたに危険な仕事はしてほしくない」
「じゃあ、いっそのこと二人でこの仕事、やめるか」
セイヤは、リサのほうへ体を向けて半身を起こした。
そもそもなぜ治安部隊という公務職を目指したのか――
もちろん、リサが治安部隊を希望すると聞いたから、セイヤはこの仕事を希望したのだが、前々から安定した公務職に就きたいとは考えていた。公務職であればどこでもよかった。その中でも『治安部隊』は競争率が低く、採用は確実だった。
でも今思えば、給与のわりにはキツイ仕事であり、世間の風当たりも強く、競争率の低さに頷ける。しかも自分たちは『特戦部隊』という治安部隊の中でも危険なところに配属されているのだ。
正直、割りに合わない。
それに何といってもリサをこれ以上危険なことに晒したくない。リサの安全が守られることが最優先事項だ。安定した職に就くのは二の次だ。
だが、そう思いつつも、あの地下鉄爆破事件での犠牲者の姿が忘れられなかった。犯人を捕まえたいのも正直な気持ちだった。そして、犯人らのバックにいるのだろうシベリカ国から、自分たちのこの暮らしを守りたい。
――でも、リサには仕事を辞めてほしい。これはオレの我がままなのか?
リサの射撃の腕は上がっていた。犯人を捕まえたいのはリサも同じ思いだ。だからこそ訓練を怠らず、努力しているのだ。
セイヤが思いを巡らせていると、ようやくリサが口を開いた。
「……私は辞めないよ。犯人は絶対に許せない。こんなことじゃ死んだ兄さんに顔向けできない。それにファン隊長も見返したい」
そう、リサの兄は銀行強盗犯を逃がすまいと立ち向かったため、殺されてしまったのだ。犯人を逃がさないというその強い志はリサに受け継がれている。
「でも、あなたにはこんな危険な仕事はしてほしくない。だから、セイヤだけ辞めてよ」
「バカ言うなよ。オレだけ辞めるはずないだろ。オレだって犯人を捕まえたい」
「じゃあ、二人でがんばろう」
だが、セイヤはそれに応えることができなかった。
・・・
今回のホテル爆破騒ぎで亡くなった客はいなかった。地下鉄中央駅爆破の時とは違い、威力がさほどではなかったからだ。
しかし、ホテルの本物の警備員5名の死体が発見され、トウア社会を震撼とさせた。
それでもマハート氏を守りきったジャン、セイヤ、リサの三人は、ファン隊長から労われ、治安局内での特戦部隊の株が上がった。そしてこのマハート氏の暗殺を食い止めた特戦部隊チームにリサがいたことから、またメディアは『特戦部隊ヒロイン・リサ』を祭り上げていた。
「なぜ私のことがマスコミに漏れているのかな」
リサはため息をついた。治安局内では、また一部の者たちから白い目で見られるだろう。
セイヤもこれについて疑問に思っていた。
以前から『ヒロイン・リサ』として取り上げられてしまったリサは、写真姿とはいえ、多くの人に顔を知られてしまっている。
だがこの頃は話題になることもなく忘れられた存在となり、ホテルを見回っている時や、マハートを警備している時も避難させている時も、客がリサに気づいた様子はなかった。
それとも……やはり、客の誰かが『ヒロイン・リサ』に気づき、マスコミに漏らしたのだろうか?
ここまで考えたセイヤは眉をひそめる。
だいたい、リサの情報がこうも簡単にマスコミに流れ、取り沙汰されるのはおかしいのである。本来、特殊戦闘部隊の隊員情報は表に出すべきものではない。任務に支障が出るケースもあるからだ。
海外では『特戦部隊』のような特殊な任務に就く隊員の情報は機密扱いとなり、外部に漏らせば厳しく罰せられるのが普通だ。特殊部隊の隊員は、家族にでさえ自分の所属先を明かさない。
ましてや、隊員がマスコミに大々的にとりあげられるなど論外だ。トウア国の法はぬるい。治安法も警察法も甘すぎる。
その時、セイヤの脳裏に、リサを宣伝用に採用したというファン隊長の顔が浮かんだ。
――今回も、そして『発電所立てこもり事件』の時も、マスコミにリサのことをリークしたのは……隊長だ。
・・・
それからしばらくの間、治安局での仕事は多忙を極めたが、ようやくセイヤとリサは休日を得た。
特戦部隊は緊急事態や緊急要請がなければわりと規則的に休みが取れる。パトロール隊の補佐をする時だけ、たまに遅番や早番がある。夜勤は基本的にはない。その代わり出動要請がかかれば昼も夜もなく任務に臨むことになる。
その日、二人は寝坊をし遅い朝食を摂りながら、テレビのワイドショーを眺めていた。
ちなみに朝食は、トーストしたパン、トマトとスライスした玉ねぎとレタスに茹でた小エビをふりかけたサラダ、チーズ、キノコ入りスクランブルエッグに牛乳だ。
二人ともあの地下鉄駅爆破事件から肉系が苦手になってしまい、肉を食さなくても動物性タンパク質が足りるようにと、卵やチーズや牛乳、魚介類を摂るようにしていた。
テレビでは「治安部隊を強化すべきか」というテーマに移り、議論に参加するコメンテーターらが紹介されていた。そのコメンテーターの中にルイがいた。
「あ、ルイが出ているのか」
「そうよ、これだけは見なくっちゃと思って。ルイもがんばっているよね」
番組では司会者が各コメンテーターに意見を求めていた。
爆破事件や暗殺未遂事件が立て続けに起きたことから、さすがに「治安部隊を強化したほうがいい」という声が多かった。
テレビ画面にルイがズームアップされる。
・
「当然、治安部隊にもっと予算をつけ、人員を増やし、強化すべきです。マハート氏暗殺未遂事件では、たった3名の隊員しか派遣されませんでした。もちろん理由は、爆破予告事件のほうへ人員が回されたためでしょう。つまり人手不足ということです。治安局がマハート氏のほうへ多くの人員を配置していれば、犠牲者を出さなくて済んだ可能性があります。犯人も生きながら確保でき、事件解明へつながったかもしれません」
このルイの発言に、多くのコメンテーターらが頷いていた。
が、一人だけ異を唱えた者がいた。
「治安部隊にもっと予算をつけるべきだという声が高まり、予算が大幅に増額されれば……この治安悪化を一番喜んでいるのは治安局かもしれませんね」
アサト・サハーは皮肉るかのようにルイを見やった。
サハー氏の肩書は社会問題を扱う研究者・ジャーナリスト。ロマンスグレーが似合う細身の知的風イケメン中年男性だ。世のオバ様たちに人気があった。
そんなサハー氏の発言を聞いたリサは不快感を隠せなかった。「誰よ、こいつ」
セイヤも冷ややかにテレビ画面の中のアサト・サハーを見つめる。
テレビの中のルイも呆れたようにサハー氏に目を向け、こう言い返していた。
「サハーさんのように治安部隊を敵視する勢力がいますが、トウアの治安悪化で得をするのは誰なのでしょうね」
「だから、治安部隊じゃないですか。治安悪化すれば彼らの存在力が増し、市民はますます彼らに頼ることになる。予算もつく。権限も強くなる」
「治安悪化は経済悪化も招きます。さすればトウアの税収が減ります。このようにトウアが弱体化することを喜ぶのは誰でしょう。国の機関である治安局や治安部隊ではありませんよね」
「治安局や治安部隊の連中はそこまで考えてないでしょ。彼らの頭にあるのは、自分らの予算を増やすことしかない」
「サハーさんは治安部隊を市民の敵だと思っているようですね」
「いいえ、国家権力側につく警戒すべき組織だと言っているのです。そして治安局自身の権力も強めたいでしょう。なので自作自演の可能性もあるかも、と思っただけですよ」
「驚きですね。予算を増やしたいから、治安部隊が自作自演で治安を悪化させていると?」
眉を上げて苦笑するルイに、サハー氏もしれっと答える。
「あくまで可能性の話ですよ」
「では、治安部隊は自作自演で、先日の地下鉄爆破事件で多くの人の殺害を試み、今回の暗殺未遂事件ではホテル警備員5名、そして犯人5名を殺したとおっしゃるのですか?」
ルイはあえて呆れた口調を織り交ぜた。
「そこまでは申しませんが……ただね、軍もそうだけど攻撃能力を有する組織は恐ろしいですよ。治安部隊が軍と組めばクーデターも可能だ。国を牛耳り、国民を支配し、我々の敵になる可能性もあるんですからね。
だから、国民は治安部隊と軍を監視し警戒しないといけないのです。国民を守ってくれる正義の味方とは限らず、いつ国民に刃を向けるか分からないのです。あなたは治安部隊と軍を信用しているようですがね」
サハーはそう力説した後、冷笑を投げかける。
が、ルイも負けてはいなかった。
「なるほど、サハーさんは外国は信用できるけど、自国の軍や治安警察は信用できないとおっしゃるのですね」
「いや、だから……」
サハーの言葉が終わらないうちに、ルイは矢継ぎ早に言葉を被せた。
「ところで、サハーさん、あなたの事務所はシベリカ系の企業から様々な援助を得て、活動なさっているようですね」
ルイが言うには、アサト・サハーは社会問題を扱う研究所とやらを設立し、そのスポンサーにシベリカ系の企業の名が複数あるという。
「いきなり何ですか?」
サハーの顔色が変わる。
「テレビで発言する者がどういうバックグラウンドを持っているか明らかにしておくことは重要です。テレビで発言するということは世論へ影響を与えるということでもあるのですから」
「関係ないでしょ」
慌て気味のサハーに、ルイは淡々と反論する。
「いえ、関係ありますよ。私はご存知の通り、旧アリア国の元大統領の孫です。だから当然、シベリカには厳しくなり、旧アリア寄りの発言になるでしょう。そして、サハーさんはシベリカ系企業から支援を受けています。ということは、シベリカに配慮し、シベリカ寄りの発言になるのも当たり前のことです。だからこそバックグラウンドの説明が必要なのです」
「個人情報を暴露するに等しい行為ですよ。あなた、訴えられたいのですか」
サハーは眦を上げて恫喝するものの、ルイはしれっとサハーの痛いところを突く。
「シベリカ系企業から支援を受けていることを、なぜ隠したがるのですか?」
「今、そんな話は関係ないでしょ。議論のテーマから外れてますよ」
サハーは口をわなわなさせつつ言い返すも、ルイの冷静な発言は続く。
「どうでしょうか。私はさっきから、トウアの治安が悪化し、トウアが弱体化して喜ぶのは誰か? という話をしているんですよ。そして今回、狙われたマハート氏は、今のシベリカ国中央政府のやり方に批判的な人物です。マハート氏を消したいと思うのは誰でしょうね」
「何かとシベリカを敵視するあなたの憶測だ」
サハーが声を強める。
が、ルイは意に返さなかった。
「今回の事件が予算を得たいがための治安部隊の自作自演だとするサハーさんも憶測で発言してますよね。そう、何かと治安部隊や軍を敵視するサハーさんの憶測と、シベリカを敵視する私の憶測……つまり、お互い様ということです」
「黙りなさいっ。その失礼極まりない生意気な態度は何だ」
ついにサハーのほうが切れてしまった。
「どちらが失礼でしょうか」
ルイは静かな笑みを浮かべながら切り返す。
慌てて司会者が入り、とりなした。
「ほかの方の意見も聞いてみましょう」
そこでコマーシャルが入った。
・
「ルイに軍配だね」
リサがスッキリした表情で残っていた牛乳を飲み干した。セイヤも胸が空く思いだった。
「さて、こっちは皿洗いだから、セイヤは掃除をよろしく。洗濯機も回しておいてね」
窓の外は青空が広がり、家々の白壁を初夏の日差しが輝かせていた。まさに洗濯日和だ。
久々の休日は、たまっていた家事で過ぎていった。
・・・
一方、この同じテレビ番組を見て、苦々しい思いを抱いた人物がいた。
相変わらず鬱陶しい潮の臭いが充満する振るアパートの一室。
「ルイ……少し調子に乗っているようね」
工作員サギーは、テレビに映るルイを瞬きもせずジッと見つめていた。
養護施設付設学校にいた頃のルイは、自己主張をしないおとなしい生徒だった。が、その後サギーの正体に一早く気づいた油断ならない小娘だ。甘く見たら痛い目にあう……。
サギーの心に一点の黒い染みが広がる。
そしてその翌日の晩。
久々にファン隊長とお忍びデートをしたサギーはある決断をした。
そう、諜報員としても活躍しているサギーは、以前からファン隊長へハニートラップを仕掛けていた。
その日。サギーは逢引に使っているラブホテルのベッドの上で、いつものようにファンに密着しながら『マハート暗殺未遂事件』の詳細を聞いていた。
「マスコミが騒いでいるマハート暗殺未遂事件では、あなたの特戦部隊が暗殺阻止したらしいわね。リサが活躍したようで……教え子の株がまた上がって、私も誇らしいわ」
サギーは甘えるようにファン隊長の胸に顔をうずめる。内心、ファンの体臭に辟易しながら、しかしそんな表情はおくびにも出さない。
「ああ、リサは射撃の腕を上げてな。マスコットガールとして採用したけど、まさかこれほど使える女になるなんて、嬉しい誤算だ」
ファンは機嫌よく応えた。この頃、リサの存在が世間から忘れ去られていたようなので、今回、マハート氏の暗殺を食い止めた三人の隊員の中にリサがいたことをマスコミにリークしておいたようだ。
おかげでマスコミは再び『ヒロイン・リサ』を取り上げ、世論も『特戦部隊強化』の後押しをしてくれそうな雰囲気だった。
「それにしても、よく暗殺計画を嗅ぎつけたわね。さすがだわ」
サギーは上目遣いでファンを見つめ、褒め称える。
「いやあ、情報を持ち込まれてな。そうそう、ルイ・アイーダ、知っているだろ。彼女もこの地域の養護施設出身だから、お前の教え子だったんじゃないのか?」
気をよくしたファンはつい情報提供者の名前をばらしてしまった。
これを聞いたサギーは思わず息を止め、目を見開いた。
「……まあ、そうだったの。ええ、そうよ、ルイも私の教え子の一人よ」
顔は笑いつつも、サギーの頭の中では警戒音が鳴り響いていた。
――ルイったら、すでにそういった情報を得られるネットワークを持っているのね。
そして、セイヤとリサを嵌めて週刊誌で暴行事件をでっち上げた後、セイヤの無実を証明するような動画がインターネットに流されたことも思い起こされた。
――おそらく、あれもルイがやった……。
そう、ルイは、マスコミでリサが取り沙汰されるようになってから、リサを見守り、何かあった時の証拠を押さえるための体制を密かに敷いていたのだ。世間から持ち上げられ、特戦部隊のきな臭いイメージを払しょくしたリサは、情報戦を仕掛けているサギーの標的にされてしまうのではと、ルイはずっと前から危惧を抱いていた。
あの『セイヤの暴行疑惑事件』が起きた時も、ルイが雇った探偵が動画を撮っていた。
だが、すぐには証拠の動画を公表せず、ここぞというタイミングでその証拠動画をネットに流し、セイヤとリサを嵌めたとする週刊誌をつぶし、世間の空気を『治安部隊のセイヤとリサへの同情』で染めたのだ。
そして、治安部隊への批判に動き出した世間の声を抑え込み、封じた。
ルイこそが、サギーの作戦をつぶしたのだ。
サギーの体がスーッと冷たくなっていく。
――莫大な資産を持ち、そういった活動ができる力と人脈をすでに持っている、旧アリア国元大統領の孫娘であるルイ・アイーダ。このまま放っておけば、ますます厄介な存在になる。
サギーは顔を強張らせながらもファンに笑みを向けた。
「ルイのことをもっと教えて欲しいわ」
「いや、いかん。このことは内緒な。情報提供者のことは外部に漏らすのはご法度だった」
ファンは片目をつぶりながら、口に人差指を当てて笑った。
「ええ、もちろん。このことは秘密ね」
サギーは絡めていたファン隊長の腕を自分の胸に押し当て、甘い声を出しながら、心の底では全く別なことを思う。
――ルイ、あなた……邪魔ね。
・・・
それから『マハート氏暗殺未遂事件』の捜査は続けられたものの、口封じされた五人の暗殺者の身元については結局、不明であった。密入国した外国人の疑いが強いということで、マスコミは騒いでいた。
その中でも特に――「マハート氏暗殺未遂に関わったのはシベリカ工作員の疑いがある」というルイ・アイーダの考えがクローズアップされ、地下鉄中央駅爆破事件と爆破予告がマハート暗殺計画の陽動作戦だった可能性が示唆された。
トウア世論に反シベリカの空気が生まれた瞬間だった。




