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プライオリティ  作者: ハヤシ
シーズン2
22/73

第2章 爆破事件

 少し汗ばむような陽気に包まれた初夏の日。


 朝、通勤客や学生たちで慌ただしくごった返しているトウア地下鉄中央駅。

 ここは首都トウア市の街の中心地にある大きな地下鉄駅で、様々な線が乗り入れているため、乗り換え客も多かった。人々はそれぞれ目的地に向かって、脇目もふらずに足早に歩いていく。


 そこへ大地を揺るがすような爆音があちこちで鳴り響き、熱風が吹き荒れた。粉塵が巻き起こり、悲鳴と怒号が交差する。金属が焼ける臭いにタンパク質が焦げた臭い。それらが充満する中央駅はパニックに陥った人々で混乱状態に陥った。


 通報を受け、中央地区管轄の消防隊と、治安部隊の警察捜査隊と救助隊が駆けつけた時には、地下通路に煙が立ち込め、粉塵で空気が濁り、怪我人であふれかえっていた。

 消防隊が鎮火に当たり、まもなく消火されたものの、パニックはなかなか収まらなかった。


 警察捜査隊の爆破物処理班がほかに爆破物が仕掛けられていないか見回り、救助隊は人々の救出に動く。


 爆弾が仕掛けられたらしいその付近には、手足が千切れ、焼け爛れた死体が散乱しており、辺りに立ち込める臭いも手伝い、思わず吐いてしまう隊員も一人二人ではなかった。それだけ遺体の損傷が激しかった。

 焼け焦げた臭いはいつまでも地下に居座り、隊員たちを疲弊させた。


 別の場所にも爆破物が仕掛けられている可能性があるということで非常線を張り、パトロール隊も出動した。ほかの地下鉄駅への警戒、見回りが強化され、爆破が起きた地下鉄中央駅周辺は交通規制がかかり、隊員らは交通整理にも借り出された。


 手がいくらあっても足りない状態であり、当然、セイヤとリサが所属する特戦部隊にも応援要請がきた。


「何だか大変なことになっちまったな」

 部隊室に駆け込んだセイヤとリサに、ジャンが声をかけた。


「今さっき隊長から詳しい指示があった」

「オレたちの任務は?」

「第2パトロール隊の補佐をする。まずは爆破が起きた地下鉄中央駅周辺へ向かう。行くぞ」


 ジャンとセイヤとリサが地下鉄中央駅に到着した頃には、負傷者の救急搬送は粛々と進んでおり、遺体だけが残されていた。


 その並べられた遺体にはビニールシートがかけられていたが、それでも惨さが伝わってくる。中には手足がなく人の形を成していないと分かるものもあった。そんな遺体が地下から次々と運び出されてくる。逃げ惑う人々が階段で将棋倒しとなり、押しつぶされて亡くなった子どももいたという。


 リサは目を背けるもののすぐに思い直し、ビニールシートがかけられた遺体を凝視する。


 ――兄さんなら目を背けず、被害者の姿を目に焼きつけ、犯罪者を必ず見つけ捕まえようと心を奮い立たせるはず。

 と、かつて、銀行強盗犯にナイフで何度も執拗に刺され、血に染まりながら死んでいった兄の姿を脳裏に浮かべた。


 ――この人たちも兄さんと同じ……さぞかし無念だっただろう、痛かっただろう、苦しかっただろう。

 漂う臭気は強烈で、胃から込み上げるものがあったが、そう思うことで吐き気を抑えた。


「許せねえな」

 隣でジャンがいつになく低い声でつぶやいた。


 セイヤは黙ったまま、リサと同じようにシートに覆われた遺体をただただ見つめていた。


「さて仕事しよう。どさくさに紛れて悪いことをするヤツもいるからな」

 三人は、指示されている持ち場の見回りを開始する。


 中央駅周辺は未だ喧騒にまみれていた。粉塵が収まったはずなのに空気は澱み、周囲の景色が霞んで見える。肌を撫でていく風は生ぬるく、息が詰まるような気持ち悪さを覚えた。



 不気味なほど真っ赤な夕焼け空となった夕刻。交代時間がやってきて、セイヤとリサは一時帰宅を許された。


 自宅にたどり着いた二人は疲れ果て、シャワーを浴びた後はそのままベッドに倒れ込んだ。


 食欲は全く涌かなかった。脳裏には、ビニールシートがかけられていたとはいえ、人の形が成されていない焼死体の姿が思い浮かぶ。しばらく肉は食べられないだろう。いや一生、口にできないかもしれない……。それだけ強烈なショックを受けた。身体的な疲れよりも精神的な疲れが大きかった。


 この中央駅爆破事件では15名が亡くなり、36名が重傷を負ったとのことだった。


 そしてその夜、マスコミはさらに大騒ぎしていた。各テレビ局に一斉に『次の爆破予告』が送られてきたのだ。

 その内容は――『治安部隊への挑戦状』とのタイトルで「本日から1週間後の3日間、地下鉄全駅、トウア市中心部の繁華街とオフィス街の建造物を爆破する」というものであった。


   ・・・ 


 時を同じく――潮が香るアパートの部屋で、地下鉄中央駅爆破事件の報道の加熱ぶりをテレビで見ながら、工作員サギーは食事をしていた。


 食卓の大皿にはレアに焼かれた牛肉のステーキがあった。肉にナイフを入れると血が滲み、皿の上に流れ出てくる。

 サギーはその血に染まった肉にかぶりつく。味わうというよりも単なるエネルギー補給としての食事だ。皿にこぼれていた血もパンで拭き取り、一滴の血も残さなかった。


 ――例の作戦を成功させなくては……。


 本国シベリカ中央政府から緊急の命令が出されていた。

 サギーは咀嚼していた肉を赤ワインで流し、飲み込む。胸がカッと熱くなる。


 地下鉄中央駅爆破事件と、この爆破予告によって、トウア世論は『治安部隊の強化』へと動くだろう。が、それでも今回の爆破工作は、今このタイミングで起こさざるを得なかった。

『治安部隊強化の声を牽制する工作』については、また改めて手を打てばいい。まずはシベリカ中央政府から出された緊急命令を優先しなくてはならない。


 食事を終えたサギーは、生ぬるく鬱陶しい空気を追い出すかのように窓を開け放ち、故郷よりはるかに星が少ないトウアの黒い夜空を見上げた。


 ――『あの人』を私から奪ったトウア国。貧しいシベリカ人を利用し、搾取し、豊かさを貪り食っているトウア人。

 思い知るがいい。


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