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プライオリティ  作者: ハヤシ
シーズン2
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18/73

プロローグ 敵は家族

 ――また親父が怒鳴っている。何でそんなに怒っているのか、分からねえ。


 ゴミが散乱したすえた臭いのする灰色の家でオレは生きていた。

 メシもまともに食べさせてもらえず、毎日のようにタバコの火を体に押し付けられた。背中やお腹そしてお尻、ついにはアソコを……。


 親父は楽しそうにオレのパンツを剥ぎ、タバコの火を押しつけようとしていた。オレを虐めるのが心底楽しいらしい。


 もちろん抵抗したさ。けど親父の力にはかなわない。

 親父を蹴ったら、その10倍くらい蹴りを入れられ、意識を失った。その間にオレのアソコは火傷した。


 痛みで意識を取り戻したオレは何かしらの薬を探そうと、掃除されない埃だらけの床を這いずり回った。

 暴力が支配するオレの家では、湿布薬や擦り傷・火傷に効く薬だけは常備されていた。

 

 が、どこをどう探しても薬箱が見当たらない。

 親父が隠したんだろう。薬箱を探しているオレをニヤニヤしながら見ていた。


 それでも親父は、人に見られる『顔』には決して暴行しなかった。必ず服で隠れるところを狙った。


 暴力による傷の悪化で事件化することも怖れていたんだろう。だから薬だけは用意されていた。だらしなさが蔓延しているあの家に。


 そう、オレの親父は他人に知られないようにコソコソと弱い者虐めをするサイテーなヤツだった。


 母親は新しい男を作って、とうの昔に逃げていた。

 ま、仕方ない。あんな親父からは逃げたくなるよな。


 母親が浮気性だったためか、親父はオレを「実の子ではない」と疑っていたようだ。

 オレもそう願ったさ。あんなヤツと血がつながっているなんて、ぞっとする。いつか母親を見つけて訊いてみたい。オレは本当にあいつの子どもなのかってね。


 毎日毎日、親父から虐められる暮らし。オレにとって家庭は戦場だった。敵はオレの唯一の家族だった親父だ。オレにとっての家庭はそんな場所だった。


 学校もつまらなかった。いつも同じ服を着て垢じみていたオレは皆から避けられていた。先生も見て見ぬふりをしていた。


 ――自分を守るためには戦うしかない。


 ああ、まだオレは「自分を守りたい」と思う気持ちが残っていてよかったぜ。中には「親が怒るのは、自分が悪いからだ」と全部、自分のせいにして心を殺すヤツもいるからな。で、挙句の果て、自分自身を殺して、この世からおさらばするヤツもいる。


 オレの場合、親父があまりにサイテーだったから「自分が悪い」なんて思わずに済んだのかもしれない。


 ――やらなきゃ、こっちがやられる。


 そして、ついにオレは親父が酒に酔った隙を狙い、包丁でめった刺しにした。

 親父の顔は歪んでいた。


 ――とことん痛みと恐怖を味わって、死ね。


 そう思いながらオレは何度も刺した。刃が親父の皮膚に沈み、そこから鮮血があふれ出る。親父の着ていたシャツが赤く染まっていった。


 だが、一つ一つの傷が浅かったのか、親父は死ななかった。


 でもこのことが世間で大騒ぎになり、親父が虐待していたことが明るみになった。

 当時9歳だったオレはとりあえず保護観察処分となり、トウア市立第一未成年養護施設に送られた。


 やっと敵がいない暮らしを送れるようになり、メシも腹いっぱい食えるようになった。体の発達が遅れていたオレはいっきに成長し、背も伸び体重も増えた。


 親父はすっかりオレに対して怯えるようになり、親権も放棄した。裁判所もこれを認め、オレは敵=家族から解放された。

 オレは親父と戦って、豊かで平和な暮らしを手に入れた。


 そういえば、養護施設の付設学校でも『平和教育・人権教育』が盛んだったっけ。

 オレの平和と人権は 散々家族に剥奪されたけどな(笑)


 譲り合い、話し合いなんて、オレの家族の間には存在しなかった。そんなもんで解決なんてしなかった。9歳のオレは戦って、親父という敵を倒して『平和と人権』とやらを手に入れたんだ。


 だからキレイ事を言っている先生らは、何だかムシが好かなかった。オレのことを「かわいそう」と上から目線で同情し、したり顔で「暴力を振るわれたからといって、暴力で立ち向かってはいけない。憎しみが生まれるだけ」と説教をし、親父のことを知りもしないくせに「お父様と話しあったほうがいい」と無責任なことをほざく。

 でも『平和と人権』をやっとこさ勝ち取ったオレは、『平和と人権』をオレから奪い続けた親父には二度と会いたくなかった。


 そんなムシが好かない平和主義者の先生たちから『不戦の民の子孫』と奉られていた『あいつ』のことも気に食わなかった。


 その昔――『不戦の民ジハーナ』のことは学校の歴史の授業でよく習った。

 不戦の誓いを掲げていたジハーナ国は軍を持たず、ジハーナ人はその誓いを守った究極の平和民族だったと。

 けど、諸外国からあれこれ内政干渉を受け、結局、分割されて諸外国に併合され、ジハーナ人は国を失い、それぞれ併合先の新しい国の民となった。


 あいつは、そのジハーナ人の子孫らしい。今はトウア国に帰化していてトウア国民になっているが、先生たちは何かとあいつを特別扱いしていた。


 その上、オレが気になる女の子があいつと仲よしだった。その嫉妬心もあって、オレはあいつを虐めるようになった。


 最初は、軽くからかう程度だった。

 けど、あいつは涼しい顔をしていた。しかもオレが虐めれば虐めるほど、気になる女の子はますますあいつと親密になっていった。

 それに、あいつは先生にもよくチクるんで、その度にオレは先生から注意を受けた。


 ――ムカついた。


 だから、あいつが肌身離さず持っていた大切にしているらしい写真にイタズラ描きしてやった。あいつと一緒にあいつの死んだ両親が写っていたんで、ペンでその姿を黒く塗りつぶした。


 あの時、オレの心も真っ黒だった。


 ついに『優しい不戦の民』だったはずのあいつはオレに飛びかかってきた。『平和の民』のくせに暴力を振るおうとした。


 けど、あいつは体も小さかったし、オレの周りには取り巻きもいたから、難なく返り討ちにしてやった。


 今考えればちょっとやり過ぎたかもしれないが、あいつを押さえつけ、パンツをおろし、アソコに落書きした。


 あいつの惨めでカッコ悪い姿を見せてやろうと思って、取り巻きに命令して、あの女の子を連れて来させた。


 最初は抵抗していたあいつも、女の子の前では静かになり、されるがままになっていた。


 ――フン『不戦の民』といっても、所詮、戦う力がないだけの弱っちいヤツだ。

 その時はそう思っていた。


 だが、その後、あいつは本格的に報復してきた。オレが一人でいるところを後ろから不意打ちをし、棍棒のようなものでめった打ちにした。


 あいつの目は狂気そのものだった。どんなに謝っても、あいつは殴り続けた。


 おかげでオレは入院するほどの大怪我を負った。

 今もその時の傷痕が残っている。


 ――あの時、確かあいつは10歳で、オレは13歳。


 それからは未成年養護施設を出るまで、オレはあいつに怯え続けた。

 オレだけじゃなく、しばらくの間は皆からも先生からも、あいつは危険人物として敬遠されていた。あの女の子を除いて。


 でも、あいつはこちらから手を出さなきゃ何もしない、基本的におとなしいヤツだった。


 なので何年かすると棍棒殴打事件の記憶は皆の中では薄まり、やがて忘れ去られた。


 あいつは再び――『不戦の民の子孫』として先生から奉られるようになり、穏やかで無害な人、平和主義者、善人だと思われていった。


 けど、あいつの黒さはなかなかだったぜ。


 そう、あいつはオレを大怪我させておきながら、謝罪すらしなかった。

 それどころか入院先のオレをわざわざ訪ね、さらに脅しつけた。自分は未成年で子どもだから何をやっても罰せられないと。またちょっかいを出したらタダではおかないと。殺すのも厭わないことを臭わせた。


 オレは震え上がった。

 あいつが究極の平和民族・不戦の民? 笑わせるなよって。


 オレはあいつを虐めるのをやめた。


 戦ってオレを完膚なきまでに叩きのめしたあいつは、オレの虐めから解放され、平和を手に入れた。

 オレが親父と戦い、親父の虐めから解放されたように。


 オレは、基本的には強いヤツには手を出さない。弱い者だけ虐める。そんなところは親父にそっくりだ。母親を探すまでもなく、やっぱりオレは親父の子だったらしい。血は争えない。


 だから学校で教わった『平和道徳』なんざウソだと思ったね。武器を捨てて、相手の警戒心を解け? 笑わせるな。武器を捨てたとたん、相手は心置きなく攻めてくるぜ。


 身を守りたいなら、武器を持ち、相手を牽制し、それでも相手が襲ってきたなら、徹底的に戦うしかない。勝つためには卑怯で悪どいことをする。これが生存競争の掟だ。



 そんなオレは今――23歳になった。フリーライターをしている。


 記事のネタとして、ちょっと前に世間で話題になった『特戦部隊のヒロインのその後』を調べていたら……びっくりしたぜ。『ヒロイン・リサ』の夫があいつだと知った時は。


 ――へえ、あいつ、早く結婚したんだな。まだ20歳だよな。


 そういえば、家族を「絶対的な味方だ」「一番信用できる、信頼できる」「一番大切で守るべきもの」と思うヤツが多いらしいけど、オレにはいま一つ分からねえ。

 オレにとっちゃ、親父という家族は味方どころか敵だったからな。母親だって新しい男を作って、オレを捨てた。家族なんて信用できねえ。


 けど、ほかのヤツにとっての家族はそうじゃないらしい。

 家族ってそんなにいいもんなのか?


 いや、オレの周りには離婚したヤツもわりといるし、そうとは限らなねえよな。虐待や育児放棄、家族間の暴行傷害事件や殺人事件もよく耳にする。


 オレはライターだから、そういった事件を取材することもけっこうある。家族間のいざこざくらい厄介なものはない。簡単に逃げられないからな。


 そりゃあ、オレだって『絶対的に信用できる味方』っていうのが手に入るもんなら、手に入れてみたいけど……。そしたら少しは癒されるのか? 穏やかな気持ちになれるのか?


 早くに結婚したあいつも『絶対的な味方』ってヤツが欲しかったのかも……養護施設出身の連中はけっこう家族に憧れをもっているようだから。


 でも期待した分、裏切られた時のショックは大きいだろう。


 あいつと結婚したリサって……本当のところ、どんな女なのか。オレの母親と同じく信用できない女だったりして(笑)。


 ちなみに、あいつも『ヒロイン・リサ』と同じく特戦部隊所属らしい。つまり今は公務員ということだ。

 なら、子どもの時と違って、オレに対して無茶はできねえよな。……ちょっと絡んでみてみるか。いいネタになるかもしれねえし。


 ――相変わらずオレの心は黒いようだ。

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