ep99 大きくなった中庭浴場
ギルドを出た俺は、再び"遺跡"の入口がある広場を通って"アイリス亭"への帰路に着く。
ワイワイ、ガヤガヤ……
ズシッ、ズシッ、ズシッ、ズシッ……
先ほどよりも混み合っているが、その中をゴーレムに先導させることで前を空けてくれるので割とスムーズに進めた。
まぁ……そもそも武器などを携帯する冒険者が多く、中には鞘やカバーを失って剥き身で持ち歩いている者もいる。
そのせいか混み合うと言ってもある程度の間隔は空いており、元の世界の都心部と違って人と人が接触しそうになるほどではない。
そんな中を通り抜け、途中で少し買い物をすると何事もなく"アイリス亭"へ到着する。
キィッ
「いらっしゃ……あら、お帰りなさいませ!」
ゴーレムを仕舞って食堂へ入ると、近くにいた店員の一人がそう言って俺を迎えた。
「おーい」
「はーい、ただいまーっ!」
タタタッ……
と言ってもこの時間の食堂は混んでいるので忙しく、こちらが宿のほうに滞在する客だとわかれば他の客に向かう。
荷物を置きに部屋へ帰るだろうと思ってのことだな。
そのとおりなので宿の受付カウンターへ向かい、自分用の鍵を受け取ると部屋へ戻る。
カチャッ、キィッ
部屋のドアを開けるとララは不在だったが、これはスレッタさんの護衛で彼女やお付きのベレーナさんと一緒にいるからなので問題ない。
普通の荷物はゴーレム化して"格納庫"へ仕舞い、"宝石版"は入れられないので石製の箱に密封する形で仕舞っておく。
魔石を抜かずにゴーレムのまま、その場で固定する指示を出しておけば……魔石の魔力が尽きない限り中身を取り出せず、持ち出すこともできないからな。
「よし」
そうして荷物の処理を行うと、俺はララ達がいるらしい中庭へ向かう。
食堂に降りて中庭へ出ると、木と木のぶつかり合う音が聞こえてきた。
カンッ、カカッ……カコンッ!
「フッ、ハッ……ヤァッ!」
ブルンッ、ブルッ……ブルルンッ
「……」
大きく胸を揺らしながら攻めるスレッタさんの姿があり、それをララは難なく受け切っている。
やはり実力差があるからかスレッタさんはこの寒さでも汗だくになっていて、今は休憩しているらしいベレーナさんも訓練はしていたようで同じように汗をかいていた。
濡れた服は透けたりしていないが、身体に張り付いてその体型を露わにしている。
これはこれで良し。
そんな感想を抱いているとララが訓練の終了を告げた。
「ここまでにしましょう。ジオも帰ってきましたので」
「ハァ、ハァ……あ、ありがとうございました」
「えっ……?あぁ、ありがとうございました」
ララの言葉に俺の姿を確認したスレッタさんとベレーナさんは、彼女に稽古をつけてもらったお礼を言ってこちらへやって来た。
「ハァ、フゥ……お、お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ」
「ただいま帰りました。今日も訓練されてたんですね」
「ハァ、ハァ……はい。時間はありますし、今後のためにとルルさんにお願いしまして」
呼吸を整えつつ答えるスレッタさんに続き、ベレーナさんが窺うように尋ねてくる。
「それでなのですが、その……今日も入浴させていただけないでしょうか?スレッタだけでも構いませんので」
彼女としては俺に浴場を用意させることを図々しいと思っているようだが、それでも訓練はしておいたほうが良いし可能ならスレッタさんだけでも入浴させたいと考えているのだろう。
俺としてもそのほうがいいと思っているので図々しいとは思っておらず、そもそもそれを予定に入れて魔石を稼いできていたのだ。
なので俺は了承する。
「貴女も入るのなら用意しますよ。どちらも体調を崩されては困りますからね」
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうございます♪」
ベレーナさんに続いてスレッタさんもお礼を言うが、彼女はそこでララに問い掛けた。
「あの、ルルさんはいかがされますか?」
「私は結構です。部屋で入浴させてもらえますので」
「あら、そうなのですか」
「護衛が体調を崩しているわけにもいきませんから」
昨夜は無理だったが、時間があれば彼女には自由に入浴させている。
行動を共にしていれば、いつか入浴について聞かれることもあるだろうとは予想していた。
その説明をするとして……実際にはいつでも俺の要求に応えられるようにと頼まれたからだが、それを言うのは外聞が悪いので体調を整えておくためだということにしてある。
いやまぁ、俺としては元からそれを理由に入浴させてたんだけどな。
スレッタさん達を入浴させることになったので、着替えや身体を拭くためのタオルを持ってきてもらうことにする。
ララはそれに同行して部屋へ戻り、汗を拭いて着替えておくそうだ。
俺は中庭に浴場を出現させ、入浴の準備を整えよう。
あぁ、ついでに宿の従業員や"金戦華"の人も入れるような大きな浴場を作っておくか。
今日から営業するというわけではないが、作っておけば次からは"格納庫"から出すだけで済むしな。
中庭は30m四方ぐらいの広さだ。
同時に10人ぐらいは浸かれる浴槽を置くとなると、洗い場も相応に増やさないといけないか。
それに合わせて脱衣所も広くするので……結構な大きさになるな。
まぁ、井戸周りを空けておけば問題はないだろう。
構造自体は前回と同じで、強度を上げる以外は規模を大きくするだけにしておく。
フッ
"格納庫"の中で作成した浴場を位置に気をつけつつ設置した。
ついでに、脱衣所に鏡を置いておくか。
髪型とか気にするだろうし、取り合いになるかも知れないので大きめの鏡を作る。
とりあえず縦2m、横5mほどのものにして……使うのは銀にしよう。
銀のインゴットは、旅の道中で鉄のついでに1本1kgのものを数本だけ買ってあった。
こういうファンタジーな世界だし、銀が特別に効くような魔物がいるかもしれないからな。
そんなわけで……確保してあった銀を脱衣所の壁に薄くコーティングし、鏡になるよう表面を仕上げる。
壁に直接というのは、万が一にでも持ち出されないためだ。
よし、ちゃんと映ってるな。
あとは井戸から水を集めて準備完了だ、と思っていると……
「うわっ、デカッ!」
カレンさんが来ていた。
今日の明け方、俺との行為でフニャフニャになっていたが今は流石に回復しているようだ。
「何人ぐらいご利用になるかわかりませんでしたので」
「まぁ……ウチの娘達も何人かは使いたいって言ってたし、"金戦華"にも伝えておいたから昨夜よりは多いだろうけどね。にしても大きいけど」
「まずかったですか?それなら小さくしても構いませんが」
「いや、井戸を使うのに邪魔ってわけでもないから問題ないよ」
「なら良かった」
ここでスレッタさん達が戻って来る。
「ジオさん、戻りました。カレンさんも来ておられたのですね」
「ああ。今日も一緒にいいかい?貴族のアンタ達が入ってりゃ他の娘は入ってこないし、昨日よりデカくなってる浴場を楽しめるだろうからね」
「ええ。私としては他の方がご一緒でも構いませんが……」
カレンさんのお誘いに快諾するスレッタさんがそう言うも、その言葉にカレンさんは首を横に振った。
「いや、そうは言っても何かがあったら大事になるかもしれないからね。貴族としての地位は低いって言ってたけど、それでも貴族に違いはないんだからみんな遠慮するよ」
「そうですか……まぁ、大勢の方に裸を見られるのは恥ずかしいので、それはそれでいいのですが」
「ま、とにかく入ろう。そっちはさっきまで訓練してて汗かいてるだろ?ジオ、もう入れるんだよね?」
「ええ。入り方は昨日と同じで、シャワーの数が違いますから間違えないように」
「あいよ。汚れ落とし用を浴びて、少し待って普通のお湯。その後に浴槽で温まったら髪や肌を護るお湯だったね?」
「ええ、そうです」
「よし、じゃあ行こうか」
ガラッ
入浴の手順を確認したカレンさんはスレッタさん達を連れ、浴場の引き戸を開ける。
それを見送った俺は井戸の水を"格納庫"へ補充しておこうとすると、中へ入ろうとしたカレンさんが振り返って俺に尋ねてきた。
「ちょっとジオ!こりゃあ何だい!?」
「え?」
スレッタさん達も含めて少し驚いているらしい彼女に応じ、俺も浴場の入口へ向かう。
「何って、何がです?」
そう聞き返すとカレンさんは鏡を指す。
「いやあれ、鏡だろ?」
「はあ、そうですね」
「どこであんなモン用意したのさ」
「あれもゴーレムとして作った物ですよ。えっと……ほら」
フッ、ニュニュニュ……
ゴーレムとして銀の塊を少しだけ出現させ、目の前で薄く引き伸ばして鏡にしてみせた。
「これを木の壁にくっつけたと思ってもらえば」
「「わぁ……」」
スレッタさん達が感嘆の声を溢し、カレンさんは軽く安堵の溜め息をつく。
「ハァ、なるほど……いや、これのために大金を使ったのかと思ったよ」
こちらの世界では鏡が貴重品らしいので、それを2m×5mという大きさだったことから浴場に大きな投資をしたのかと思われたようだ。
しかし、それはそれで彼女が危惧する。
「でもこのことを知られたら、高位の貴族や下手すりゃ王族に買い取らせろって連絡が来ちまうよ?ここを使うのはウチか"金戦華"だし口止めはできると思うけど、絶対に漏れないとは言い切れないから片付けたほうが良いんじゃない?」
有り得る話なのかも知れないが……俺はこう返す。
「鏡があること自体は漏れてもいいので、大きさだけ誤魔化してもらえればそこまでの話にはならないでしょう」
「なるほど。ちょっと大きめの鏡ってことにしておけば希少性は下がるか……それなら取り上げようとする奴も出にくいだろうね」
「ついでに言うと、営業しない間は浴場自体を片付けておきますからね。確認しに来られても見られることはありません」
「確かに」
鏡については納得したカレンさん。
だが、続いて別のことに言及する。
「鏡のことはいいとして……この明るさは何だい?」
そう言って彼女は壁に設置されたランタンを指す。
ランタンは光源である炎の向こうに銀で出来た反射板があり、炎に対して凸面を向けていた。
光を反射するその表面はざらついていて、凸面であることと合わせて光を拡散させている。
それらを壁側から内側へ向けることで、広い範囲を隈なく照らしていた。
ついでに油をゴーレムとして操り純度を上げ、炎の上下に通気口を設けてあるので不完全燃焼を起こしにくく煤も出にくい。
これにより、銀の反射板が煤で汚れるのをある程度は防げるだろう。
「あぁ、ちょっとランタンに細工をしまして」
「へぇぇ……にしても、こんなにランタンを用意して良かったのかい?」
その細工を説明して再び納得した彼女だが、広い範囲を照らすためにと用意したランタンが余計な出費になったのではと危惧したようだ。
金が掛かっているのは……フレーム用の鉄と反射板の銀ぐらいかな?
それ以外は植物から作った紐を使って芯にしたり、油も色んなところで回収しておいたものなので費用は掛かっていない。
まぁ、そこまで言うと油のゴーレムを召喚できることになってしまい、油の販売を求められるかもしれないのでフレームだけを自作したことにする。
「鉄と銀はある程度持ってましたので、ゴーレムの力を使って自作したんですよ。芯と油は買ったものですが」
「そっか。じゃあその分はちゃんと料金に含めなよ?」
「「ハァ……」」
俺にとってそこまで大きな負担は発生していないとわかり、カレンさんがそう言うと同時にスレッタさん達も安堵したようだ。
「じゃ、入らせてもらおうか」
「そうですね」
そうしてようやく彼女達の入浴が始まり、俺はお湯の温度管理や排水の浄化と再利用などを浴場の外で行うのだった。
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