ep94 "遺跡"の「原状回復」
"サザンカ工房"を出ると、俺はスレッタさん達に尋ねる。
「何か買っておくものはありますか?」
彼女達は防具類が出来るまで極力外出させないようにするので、この機会に必要なものを買っておかせるためだったのだが……
「いえ、これ以上の出費は……」
俺は金額を聞いていないが、防具の注文は予算的にかなり厳しかったのだろう。
宿代や食費などは分けてあると思うが、この町にいつまで滞在することになるかわからないので節約しないわけにはいかないか。
ならば余計なトラブルに遭遇しないよう、このまま"アイリス亭"へ戻ることにしたほうがいいな。
町の南東部にある職人通りから南北に伸びる大通りへ出ると、そこから少し北へ行った所が"アイリス亭"である。
文字情報だけだと職人通りは近いように思えるが、煙や騒音の出やすい施設が多いので町の端の方にあってそこそこ距離があるんだよな。
そんな所から宿へ戻ったのは、お昼を少し過ぎた頃だろうか。
時計がないから断言はできないが、食堂の混み具合からそんな時間だと思われる。
この世界の人達としては「昼食」というより「中間食」といった認識で、朝食と夕食の間に食べるものという扱いのようだが。
旅の道中でも「昼食」ではなく「昼休憩」と言われていたな。
まぁ、聞く限りではどちらも「ちゅうしょく」と言われるので大して変わらないか。
「では、また後ほど」
「はい」
店内に入った俺達だが、朝食が遅かったのでまだそこまで腹は減っていない。
なので食堂をスルーすると宿の受付カウンターへ向かい、それぞれの鍵を受け取って自室に帰った。
部屋に入った俺はララに指示を出しておく。
「ララ、スレッタさん達が外出したいようなら付いて行ってやってくれ。できれば中庭での稽古でも警備を」
"金戦華"の警備がいても昨日のように狼藉を働く者が出たりするようだし、警戒しておくに越したことはないだろう。
それは彼女も理解しているようだが、そこで俺に尋ねてくる。
「それはいいのだけど、貴方はどうするの?」
「俺は"遺跡"で可能な限り魔石を稼いでおく。多いに越したことはないし、昨日の様子なら1階は1人でも問題ないからな」
「まぁ……それもそうね」
その言葉にララは昨日の"処理"を思い出したのか、止めることなく了解した。
ただ、ララは別件で俺に進言してくる。
「あ、そうそう。町に着いてからエルゼリアに連絡した?してなかったらしておいたほうが良いんじゃない?」
「あぁ、そういえば」
旅の道中で魔石そのものをゴーレム化させて地中に一定の間隔で埋めてあり、それを中継ポイントとして"ゴーレム通信"が可能なのかを試していた。
町に到着する前日にはイスティルへ連絡を入れており、ゴーレムに中継させればではあるが通信が可能なことは確認済みだ。
ただ、到着した当日から色々あって連絡を入れ忘れていたな。
というわけで、イスティルにいるエルゼリアへ連絡を入れる。
(エルゼリア、今大丈夫か?)
(ジオ?こっちは大丈夫だけど、そっちは大丈夫なの?)
(ああ。"遺跡の町"には無事に着いてるよ)
(そう、なら良かった。明日には着くって言ってそれきりだったから、何かあったのかと思ったわ)
(色々あってな。そっちのギルド長からは聞いてないか?ここのギルド長から伝わってそうだが……)
(聞いてないわね)
(そうか)
そもそも、遠くのギルドとやり取りできる手段は重要な連絡にしか使わないらしいしな。
この町の冒険者ギルドの長であるロザリンドとしては、一冒険者の到着をわざわざ連絡するものではないと考えているのかもしれない。
まぁ……そんな手段を使って連絡をしたのが、イスティルでギルド長を務めるフランチェスカなわけだが。
さて、必要なことは伝えたので通信を終えるか。
(じゃあ、今回は町に着いてたことを伝えたかっただけだから。また連絡する)
(うん。でも無理はしないでね)
(ああ、そのつもりだ)
そうしてエルゼリアとの連絡を終えると、俺は再び宿を出て"遺跡"へ向かった。
ズシッ、ズシッ、ズシッ……
昨日に続いて"遺跡"へ入り、俺は"四方攻め"の部屋を目指す。
あそこなら効率よく魔石を稼げるからだ。
「ガルルルッ!」
ドガッ!
「ギャギャァッ!」
バシャンッ
「「……」」
「「……あ、ありがとうございました」」
「いや、気を付けてな」
1階は人通りが多いので、この階に棲息する魔狼やゴブリンにはたまにしか遭遇しない。
それでも0ではないし、危機に陥っている冒険者もいたりするので……魔物を排除しつつ、俺がゴーレムを操っているところを他人にアピールしておく。
これで変に絡んでくる奴を減らせればいいのだが……若手の冒険者でゴーレムについて詳しく知らなかったからか、その強さに驚いていたので一定の効果はあると思いたいが。
程なくして、"四方攻め"の部屋に到着した俺は周囲に人がいないのを確認すると中へ入る。
「「ギャアァッ!ギギャッ!」」
ダダダダダッ!
部屋の罠はすぐに発動したらしく、4つの入口から一斉にゴブリン達が雪崩込んできた。
俺は部屋の中心で石の箱を作り、それに入って宙に浮くと様子を見る。
ゴーレムは地面に待機させているが……例のごとく、攻撃しなければ敵だとみなされないようだ。
シュッ
カッ!
「おっと」
部屋の中はゴブリンでいっぱいになり、中には弓を持った個体が混じっていた。
部屋の中心から遠い2つの入口に、それぞれ10体はいるようだ。
少なくとも、弓の射程を活かした位置取りではあるな。
カカカカカッ!
「おー」
連中はこちらへ思い思いに矢を放つが、俺は透明な氷の壁でそれを防ぐ。
「グギギ……ギャギィッ!」
「「ギャギャッ!」」
ブンッ!ブォンッ!
ガッ!ガゴッ!
ゴブリンの1体が大声を上げると、それに呼応してか他のゴブリン達が棍棒などを投げつけてきた。
指揮官か?
リーダー級などの上位者なのかもしれないが、矢が通じないからといって棍棒を投げるように指示したのなら……どうなんだろう。
別の手段を試すのはいいとしても、武器を手放すのはリスクのほうが高そうなのだが。
まぁ、リーダー級などのランクはギルドが設定した脅威度であって、別に知能の高さを表しているわけではないからな。
何にしても、とりあえず片付けるか。
「……」
フッ
ゴブリン達がギャアギャアと騒ぐ中、部屋の入口を昨日と同じように石壁で塞ぐ。
昨日は部屋に入れないためだったが、今日は逃さないためである。
あと……万が一、人が入ってきても巻き込まないためでもあるな。
俺は自分の周囲を空気のゴーレムで満たし、その後に部屋中を窒素のゴーレムで満たす。
「ギッ……」
「ガッ……」
バタバタバタッ
人間と同じように呼吸し、人間と同じように赤い血の流れるゴブリン達は……自分達の身に起きたことを気づかず、窒素を吸って酸欠で死亡した。
人目がないとこの手が使えて楽だな、呼吸をする相手に限定されるけど。
そうして、魔石を回収する段階になって気づく。
そう言えば、昨日は他の部屋も含めて部屋を血塗れにしたんだよな。
今日はすっかり綺麗になっており、ビーナやそれ以外の人から聞いた話では床や壁を傷付けても元に戻るらしい。
人が持ち込んだ物も人がいなくなれば消えてしまうようで、汚い話ではあるが「出したもの」も同様であるそうだ。
人である以上、長時間"遺跡"の中で活動するのであればそういうことも考慮しなければならないのだが……消えるおかげでその後の処理は考えずに済み、長期間活動する個人や団体がいるわけだな。
どういう仕組みなんだろうか?
壁などの傷も直るということは、ただ"遺跡"にとっての異物を消去しているわけではないんだろうな。
となると……元の状態に戻す「原状回復」のほうか?
賃貸マンションなどで、退去時に入居前の状態に戻すことがそう表現される。
借りたときの契約にもよるが、そのための費用を借りていた人が払ったりするな。
その「原状回復」だと考えれば、そういった点では俺の"ゴーレムを維持・回復する能力"と似たようなものなのかもしれない。
ついでに実験しておくか。
とりあえず……死体を切り開きやすいよう、小指の先を刃状にした石の"手"で魔石の回収をさせた。
それを終えると、情報を中継するための魔石で出来たゴーレムを地下に埋め込んでおこうとする。
町の内外でやっていることで、"遺跡"の中でも"ゴーレム通信"が使えれば外との連絡が取れることになって何かと便利だろうしな。
今のようにララと別行動を取っていることが前提だが……まぁ、スレッタさん達の防具が出来上がるまでは1人でここに来るはずだ。
だったら定期的に連絡を入れるか通信を維持したままにすれば、何かがあった場合に対応できるので外と連絡を取れるのは都合が良いからな。
「んん?」
しかし……試してみるも地面に干渉することはできず、壁にも魔石のゴーレムを埋め込むことはできなかった。
干渉できないということは、やはり「原状回復」の効果でこちらの能力に抵抗しているということだろうか?
ただ、"遺跡"の中でゴーレムを扱うことはできるので、その効果はあくまでも"遺跡という構造物"のみに作用しているのかもしれない。
ならばと俺は別の方法を考える。
埋め込むのが無理なら追加で壁や天井を作り、その中に魔石のゴーレムを仕込んでおけばどうだろうか?
あぁ、天井は位置を維持するのに魔力を消費するからダメだな。
もちろん地面は段差で他人に異変があると気づかれそうなので論外だ。
ただ、壁なら本物の壁を再現さえ出来れば何とかなりそうだよな。
緑色に発光しているとは言え、そこまで強い灯りではないのでよほど厚い壁でなければ気づかれにくいはず。
……ん?発光?
そうだ、"遺跡"は発光してるんだし、それを再現なんてほぼ無理じゃないか。
ハァ、じゃあこの方法もダメだな。
いっそのこと、堂々と人型のゴーレムを置いていくか。
"四方攻め"の部屋なら人はあまり来ないだろうし、それが俺の物で実験中だということをわかりやすく表現していれば大丈夫だろう。
「……よし」
この部屋での用事を終えた俺は、次の"四方攻め"の部屋へと出発する。
その背後には人型の石製ゴーレムが立っており、こんな看板を掲げていた。
「実験中、さわるな危険。苦情があれば"千手"のジオまで」
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