第19話 フィールドテストと、揺れの吸収
週明けの月曜、校門脇の掲示板に新しい紙が増えた。
〈“家の言葉”フィールドテスト——校外3地点で実証運用〉
棒と輪、青—、黄点、緑四角、赤■、透過の丸、白紙。
地点は、駅前広場/市役所ロビー/総合病院の家族待合。
「標識の詩、路上デビューだな」
如月が袖の黄橙点を弾く。
「詩は路上で強い。——揺れが来るけど」
「来る前提かよ」
「揺れを前提に作った標識だもの」
放課後、成宮先生が丸テーブルで短く言う。
「“在る”の告知を外へ出す。合鍵じゃなく合図で——合図は公共財だ」
公共財。輪郭のあるやさしさは、外に置いてこそ育つ。
***
火曜、駅前広場。
ロータリーのベンチに透過の丸(立て札版)が静かに立ち、脇に白紙署名。
〈“急がないレーン”——青—の上に黄点を重ねて歩く場所〉
顔は写らない。やったことだけを残すための運用説明。
僕らは運用員として立ち会う。視線=噴水。
名前の四拍。言わない自由。
登下校の波の中に、黄が一つ、二つ……待てる速度の泡が生まれる。
最初の揺れは、予想より早かった。
自転車の高校生が「道が遅くなる」と怒気の粒を落とし、透過の丸の前でブレーキ音を立てる。
胸で四拍。
僕は赤■を懐から出し、小さな“罪ではない”を指で示す。
白波は緑四角を指で枠取り、戻れるの余白を地面に描く仕草で見せる。
「注意書きじゃないの。——“在る”の告知」
彼は眉を寄せる。「で、誰が得するんだ」
通りすがりの老人が輪の前で足を止め、ぽつりと言った。
「“急がない”があると、“急ぐ”が戻れる」
速度の相互保証。
青条文 第5条——青の上に黄を重ねられる。
自転車は一拍ののち、すっと青—に戻って走り去った。
揺れは吸収された。理由は多く語らない。在るだけが残る。
ログを一枚。
〈日:火/駅前/透過=1/白紙署名=1/揺れ→吸収(赤■→緑四角・四拍)〉
***
水曜、市役所ロビー。
視線=整理券機。
“待つ=黄は怒らないの友だち”の小ポスター。
保健師さんが同行し、家の言葉版・青点検を受付の脇に置く。
「待つ/下がる/戻る——指示じゃなく在る」
窓口でトラブルっぽい声。
若い父親が書類の不備に苛立っている。
胸で黄。四拍。
白波が透過の丸を半歩だけ前にずらす。
消さない上書きが、空気の角をなだらかにする。
窓口の職員が緑四角カードを机端に置き、「戻れる手順」と輪郭ことばで説明。
父親の肩の高さが一センチ分下がる感じが見えた。
揺れは言葉の厚みで吸収できる日もある。
ログ。
〈日:水/市役所/透過=1/青点検=5枚配布/揺れ→言葉で吸収〉
***
木曜、総合病院 家族待合。
視線=壁の抽象画。
“赤=下がる(罪ではない)”の札を小さく、透過の丸と並べる。
ここは、強い揺れがありうる場所。
——そして、来た。
診察の順番をめぐって、二人の高齢者の声が鋭く交差する。
赤■が空気の棚で跳ね上がり、黄では受け止めきれない。
白波が口の形でスイッチバック。
僕は最小接触=肩の上方に手を浮かせる距離で**“下がる”の姿勢を作り、第三者=看護師を視線で呼ぶ。
看護師は緑四角・四拍の身振りで場所を少し移す提案**。
非常条文2.0は屋外用だったが、手順は屋内にそのまま通った。
ただ、一瞬だけ、過剰拍=熱が胸の内で0.7まで上がる。
黄橙の付箋を自分の手の甲に貼る。〈冷却=四拍×3/代理拍=抽象画〉
抽象画の濃淡に、呼吸を分割して乗せる。
——戻れる。
揺れは吸収され、待合のベンチに均一な静けさが戻ってきた。
ログ。
〈日:木/病院待合/赤→緑(看護師立会い)/熱=0.7→0.3/透過=1〉
***
金曜、校内の揺れ。
教室で配られた進路調査の再提出。
「在るを示せ」と先生は言ったが、在るのまま紙に何を置くかは各自の宗派だ。
クラスの隅で「白紙=未提出」という誤読の芽が再燃する。
如月が机をコツン。「白紙=署名が外で通るなら、内でも通せ**」
「透過の丸を重ねる」
僕は白紙の上に小さな輪を置き、角にQR。
リンク先は**“続行報告”——青—一本、黄点=0→必要なら1、緑待機。
担任は紙を手に取り、短く頷いた。
「在るの報告。角が立たない」
揺れはルールでなく翻訳**で吸収された。
***
土曜。
フィールドテストの中間報告会が地域センターで開かれた。
ホワイトボードに棒と輪、青—、黄点、緑四角、赤■、透過の丸、白紙が並ぶ。
保健師さん:
「駅前は“急がないレーン”の存在の告知が効きました。白紙署名は誰の顔も写さず、やったことだけが残る」
市役所の職員:
「黄=待つを**“怒らない”に翻訳する紙が好評。緑四角で戻れる手順を示すと、説明の角が落ちる」
看護師:
「赤■の“罪ではない”を掲示すると、“下がる”が恥じゃなく方法になる。家族待合の空気が柔らかい**」
会の終盤、小さな揺れが会議室にも来た。
参加者のひとりが「これって“逃げ”じゃないの?」と問いを投げる。
空気の温度が半度下がる感じ。
白波が輪郭だけ強い声で答える。
「“逃げ”は目的地がない後退。“下がる”は戻る線(緑四角)を先に敷いた運動です」
僕は透過の丸をボードの端に重ね、白紙を隣に置く。
「消さずに告げると、居場所が残る。居場所が残ると、戻れる」
参加者は青—の欄に丸を付けた。「速度のやさしさ……了解」
揺れは、やっぱり翻訳で吸収できる。
ログ。
〈日:土/中間報告/“逃げ?”→翻訳で解消/透過=1/白紙=1〉
***
日曜、市の広報掲示が更新された。
〈“在る”の標識:家でも外でも〉
棒と輪、青—、黄点、緑四角、赤■、透過の丸、白紙が家電の取説みたいに並ぶ。
如月が親指を立てる。
「路上デビュー、チャートイン」
「チャートは写らない。——やったことだけ」
笑いは一拍で戻る。戻れる笑いは健康だ。
夕方、黄昏の交差点で黄が点滅する。
僕らは向かい合わず、斜めに立って、四拍だけ数える。
白波が角丸付箋に二語。
〈揺れ=吸収〉
僕は一語。
〈続行〉
***
月曜、小さな“事故”。
駅前の急がないレーンに立て札が風で倒れ、通行人がつまずきかける。
方法が器になってしまう瞬間。
胸で四拍。
白波が透過の丸(貼付け版)に切り替え、地面ではなく壁面に重ねる。
僕は白紙署名の位置を高い掲示板へ移し、角にQR。
在るは軽いほうがいい。
器は倒れる。告知は重なられるだけだ。
ログ。
〈日:月/駅前/器→透過へ移行/つまずき未然〉
夜、扉越し一分。
合図二回。返る二回。
白波の声は、対策を終えた人の透明。
「器を軽く」
「在る=重ね。置くより重ねが長生き」
「うん。——次は、揺れの“同時多発”に備える」
成宮先生のメモには、非常条文3.0(仮)とだけある。
同時多発。外で二箇所、内で一箇所——複数の揺れが一度に来る状況。
青と黄と緑と赤、透過と白紙を同時に運用する。
それは次の章に回すべき、総合運用の課題だ。
***
火曜、予告。
職員室前に小さな紙。
〈“非常条文3.0(同時多発)”——試案の場を公開〉
棒と輪の横に、薄い回路図みたいな拍線—が描かれていて、角に緑四角が四つ、**赤■**が二つ、黄点が多数、透過の丸が薄く重なる。
如月が言う。
「ラスト2話の顔、してる」
「終わりの欄は白紙。——でも、設計図は濃く」
「やっぱり詩」
夜、可視化シートの余白に二行。
〈揺れは前提/吸収は設計〉
〈器を軽く/告知を重ねる〉
生活は手順。恋は予定外。
予定外は、路上でもロビーでも待合でも起きる。
起きるたびに、色と拍と輪郭で吸収できるよう、在るを重ねていく。
紙は長生き。
次は、同時多発の揺れを同時にやさしくする章だ。
青—、黄点、緑四角、赤■、透過の丸、白紙——全部を一度に、角を立てずに。
拍をひとつ、タ、タ。
準備はできている。