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母の真実

 家に着くと、母親は大変な事になっていた。

「ティッシュいる?」

「大丈夫、ありがとう。」

「目のところ何か出てるよ?」友花莉に言われた母親は、鏡で自分の顔を見てみることにした。すると、思っていた以上に大きい白い何かが、目の下から出ていることがわかった。

「もしかしたら、私猫か犬のアレルギーだったのかもしれない。」母親にとっては数十年の新事実だった。

「ごめん、私が誘ったから。」

「大丈夫よ、私も知らなかったし。」そう言いながら母親はくしゃみをした。友花莉は、すぐさまテーブルの上に置いてあったティッシュ箱からニ、三枚、白くて柔らかい肌に優しいティッシュを取り出し、母親に差し出した。母親がそれを早めに受け取り急いで鼻に近づけたおかげで、二発目のくしゃみを撒き散らす事なかった。母親はそのまま鼻をかみ、鼻を赤くしながら話を続けた。「それに今日は楽しかったし、良い息抜きになったわ。」

 「ほんと?」友花莉は、前回の母親と二人で出かけた日のことを振り返ってみた。しかし、それは遥か昔の記憶のように感じるほど、今日は久しぶりの二人でのお出掛けだった。

 「あんなにあのモフたちに癒しの効果があったなんて知らなかったわ。」

 「でしょ?可愛かったよね。あの子達。」

 「ペット飼うのもありかもしれないね?」友花莉はふとどこかのもふもふの象が嫉妬しているのを感じた。

 「いや確かにペットお迎えしたいけど、居なくなることを考えると、耐えられないのよね。」

 「確かに。そうだね。」母親は激しく同意した。「明らかに先に旅立っていっちゃうもんね。」母親のアレルギー反応は、だいぶ収まってきていた。「それにずっと一緒にいたいって気持ちが持続するとも限らないしね。」友花莉は、母親が誰のことを指しているのか、すぐにわかった。友花莉はその言葉に対して恐る恐る言葉を返してみた。

 「まぁ動物と人間は比べる話じゃないと思うけど・・・。」

 「確かにそうね。」母親は笑っていた。「でも、最初はそう思っていたのよ。先に向こうが死んじゃったらどうしよう?とかね。」友花莉はこの流れのまま、話を深掘ることに決めた。家がいつも以上に静かに感じた。それはテレビがついていないからだけではないと思った。

 「そんなに仲が良くて結婚までしたのに、なんであんなになっちゃったの?」友花莉は、少し気さくな感じで尋ねてみた。すると母親も友花莉と同じように、何かを心に決めたような表情で、軽く溜め息をついた。

 「そうね。もうすぐ裁判所に行かないと行けないし、ちゃんと言わないといけないわよね。」とはいえやはり、母親の中でまだ踏ん切りがつかないようだ。でも、友花莉は、今、母親は話そうとしている話を、聞かないといけないような気がした。

 「大丈夫。どんな話だったとしても、私は、ママの味方だから。」しかし、母親は大きく首を振った。

 「いやその気持ちは嬉しいけど、ちゃんと友花莉が自分自身で判断してほしい。それだけは約束して。」

 「わかった。」友花莉は一体どんな話が舞い込んで来るのかと戸惑ったが、母親の強い要望に自分なりに答えると約束した。

 「じゃあ話すわね。」母親は大きく唾を呑んだ。

 「お父さんの仕事覚えてる?」友花莉は幼き日の記憶を辿った。

 「クビになったのは覚えてるけど・・・。サラリーマンって事しか知らない。」

 「そうよね。」実際、友花莉は父親の仕事にあまり興味がなかったのかもしれなかった。

 「証券会社の営業をしてたのよ。」友花莉はなぜ、自分が父親の仕事を把握していなかったのかがわかったような気がした。

 「でもあの人、体が弱かったでしょ?だから、人より営業回りが出来なかったから仕事は出来たけど、そこまで良い収入じゃなかったのよ。」

 「有能だったのなら部署を変えてもらうこととかはできなかったの?」

 「多分、好きだったのよ、その仕事が。だから、収入が低かろうが大変だろうが、あの人は辞めれなかった。」友花莉は、少し父親の気持ちがわかるような気がしていた。「もちろんそのせいで、家計は火の車でそんなことは言ってられなかった、でも、だからって今の仕事はやめてほしくなかった。それで、私は専業主婦は諦めて、友花莉が学校に行っている間だけパートに出て家系の足しにしていた。」そんなきっかけで始めたパート先で、今正社員をやっているなんて人生は分からないなと友花莉は感じていた。

 「でも、アメリカの証券会社が倒産して、世界的に経済打撃を受けたせいで、さらに家計が苦しくなった。でも、お父さんの給料は変わらないどころかさらに下がった。そうなると必然的に、私がパートの時間を増やさないといけなくなった。」

 「多分私そのくらいの頃からだと思う。ママがパートしてたって認識してるのって。」

 「だって、言ってなかったもん。」言われたことはなかったけど、気がついたらママはパートしているという認識になっていたような気がした。友花莉はそこで、あることに気がついた。

「もしかして、土日もパートしてた?」

「ええ。じゃないとあの時のうち、生活出来てなかったもん。」友花莉はだんだんと、事の真相がぼんやりと分かってきた。

「それなのに、休日はママを置いて、私とパパとで出掛けたりしてたから・・・。」友花莉は、一気に押し寄せてくる罪悪感に押し潰されそうな気分だった。「ってことは私のせいじゃん。」母親は首を大きく横に振った。

「違うわよ。あのアホが悪いんだよ。」母親の顔が、徐々に険しくなってきた。「だって大して稼いでこないくせに、一丁前に休んで遊びに行って・・・。その遊ぶ金は、あんただけが稼いだお金ですか?ってあの時は思ってたよ。」それでも友花莉は、共犯者の気分だった。「それで今みたいな嫌味を、お父さんにちょくちょく言っていたのよ。そのくらいの時からかしらね。言い合いが増え始めたのが。」

「何を言ったの?」友花莉が一番聞かなければいけないのは、そこだった。でも、多少のことだったら言われても仕方が無いと思っていた。

「今思えば、結構酷いこと言ったわよ。後悔はしてないけど・・・。」今の言葉には少し嘘も入っていると友花莉は感じた。「それで、それからすぐに大量リストラの餌食になってしばらく無職だったのに・・・。」母親の体が少し震えているのを感じた。

「私がパートに行っている間も仕事を探すわけでもなく、酒を飲み歩いたり、ギャンブルしたり・・・。毎日酔っ払って帰ってきてたっけね。」母親は、感情を表に出すことなく淡々と話し続けた。「その度に私言ってたのよ。意地張って好きな仕事に固執しないで、身の丈にあった仕事をすれば、こうはならなかったってね。」その言葉に怒り、その言葉に悔しくなって、父親は物に当たったり、罵声を母親に浴びせたりしていたと、友花莉は思った。

「でも、それはそうだったんじゃないの?」

「まぁ今思えば、それだけ好きな仕事だったのかもしれない。それを奪われて辛かったのはお父さんだったのかも。」母親の言葉に、友花莉は父親の仕事と、自分にとっての絵を重ねた。「だから、そりゃ新しい仕事なんて見つかるわけないよね。好きな仕事に執着してたら。」

「でも、ママがそう言いたくなる気持ちもわかるよ。だって全部尻拭いしてるんだもん。」すると友花莉の言葉を聞いて母親は少し笑った。

「どうなんだろうね?」

「え?」

「尻拭いだったのかなぁ?」友花莉は母親が言おうとしていることがよく分からなかった。

「尻拭いじゃないの?」

「確かにそれはそうだと思うんだけど・・・。でも、夫婦なんだったら、それは仕方がないことだったのかもって思ってね。」友花莉には、分からない理論だった。

「でも、パパは仕事も探さずに遊び歩いて、酔っ払って帰ってきてたんでしょ?」母親の口元が、一瞬綺麗な一文字になった。

「それがどうやら、私の勘違いな部分もあったみたいなのよ。」母親は心の何処かで、その言葉を発するのを拒んでいるようだった。「でも、友花莉が言ってたみたいに、酔っ払って遊んで帰ってくるからちゃんと探してないと思い込んでてね・・・。それで・・・きつく当たってたの。」外は、だんだんと暗くなり始め、それに比例するかのように、部屋の中もぼんやりと人影が見えるくらいに、暗くなり始めていた。「それである日、私が今の仕事で正社員を打診された日、お父さんはその日だけお酒を飲んでなかったのよ。」母親はその日のことを頭の中で鮮明に思い起こした。


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