四十四話
足元に転がる俺と瓜二つの顔。少し長い黒髪、ブラックオニキスの瞳に、血に染まるような充血した白目。
体格はやや細身だが、背格好もほとんど俺と変わらないように作られたクローン。文字通り血肉を分けた正真正銘の兄弟を、俺は自らの手で殺した。
そしてそんな俺の背後で、真っ黒な獣は赤い血を点々とアスファルトに落としながら、低く唸り声を上げていた。
「掵生……」
もはや俺の声は届いていない。
掵生が獣となる前に、必死に押さえていた暗示も、もはや意味を成さない。それはそうだ。
俺よりも親密だった村の仲間、両親ですらも掵生はその異能を制御できずに食い殺したのだから。
「お前は何に飢えていたんだ掵生……」
ニク、肉、と譫言のように漏らしていた掵生の姿を思い出す。
推測だが、野生の熊が人間の味を覚え、人食い熊になるように、掵生は人間の美味さを知ってしまった。そもそも食人という歪な文化を持つ村で育ったのだから、人間の美味さを知っているのは当然か。
そして獣としての本能か、目の前にいる手負いの獲物である俺を、縦に割れた瞳孔で鋭く射抜く。
次の瞬間、刃のような牙を剥き、黒い影の塊が襲いかかってくる。
「ぐぅ!!」
間一髪、逃げられたと思った肩の肉が抉れ、血が吹き出す、牙を避けられても、鋭利な爪が肩を狙っていたようだ。
「グルルル……」
低く唸りながら、警戒心剥き出しで、血の滴る身体を引き摺りながら、俺の周りをゆっくりと一周する。まるで本物の狼のように、狩ろうとする獲物から目を離すこと無く、威嚇するように吠えた。
「縁」
と唱えると、視界の端に青白い光が宿り、篠塚に弾かれた二振りの直刀の柄にあるランヤードへ鎖を繋げるイメージを作ると、現実にも鎖が現れ一気に手元へ、刀が手繰られた。
俺が両手に刀を手にした瞬間、掵生が襲い掛かり、食い千切ろうと片腕に食らいつく掵生の首を、頭を、目を滅多刺しにしながら叫んだ。
「どうしてこんなこと! なんで俺は! お前を殺さなければならないんだ!」
理由ならあると頭に浮かんでいる。
掵生は組織の仲間を殺した……だが仲間と言っても、知り合ったのは今日だ。そして奴らも、金を貰って死を覚悟している。
対して掵生はどうだ? 知らない連中に実験体にされ、そこを逃げ出したからと、刺客を差し向けられ、隠れ蓑にしていた無関係な人間を人質にされる。
相場は掵生に関して、俺の『敵ではない』と言っていた。たしかに、敵ではなかった。掵生と会話を重ね、お互いに分かりあえば、良い友人になっただろう……
だが現実は、成り行き上敵として認識せざるおえなく、そして掵生を救う方法は殺してやる他無い。
相場なら掵生を簡単に戻せただろう。氷華先生なら、戻す方法を知っていたかもしれない。
「だが……俺にはお前を、人間に戻す方法なんて知らない……掵生、お前を止めるには、殺すしかなかったんだ……」
目に突き刺していた刀を引き抜き、大量の血飛沫が顔にかかかり、ゆっくりと腕に食い込んでいた牙が外れていく。
黒い影の塊が、ドサリと音を立ててアスファルトに横たわり、鋭かった瞳から赤い光が消え去っていた。
ボロボロになった片腕は、もはや痛みすら感じない。そして掵生の死体から黒い影が消えていき、アスファルトに靄が広がる。
黒い狼は消え去り、黒髪に眼鏡の少年の姿もかき消え、長い白髪と俺よりも低く背の少年が、靄から現れるが、その顔半分はズタズタに裂けて血だらけだった。
「お前が本物の掵生レイだったのか」
久世の写真で見た記憶よりも、少し大きくなっているが、白い髪と赤い瞳が特徴的なアルビノの少年が、血だらけの身体を横たえて、眠ったように息を引き取った。
篠塚と掵生の死体へ、最後にしっかりと死んだことを確認するため、二人の心臓を突き刺すが、当然起き上がる気配は無かった。
***
久世と猛が到着すると、見知らぬ二人の死体に困惑していたが、篠塚は龍一の手先で、掵生は本体である事を伝えた。
そして後日知った話ではあるが、掵生が擬態していた田井中という男は、ビルからの投身自殺をしていたようで、遺体が発見されたという。
つまり掵生は、殺した相手に成り代わるような輩ではなく、自ら命を絶った人間に成り代わって過ごしていただけだった。
同じ能力者である栫井幸奏や羽籠隆義とは人間性で、雲泥の差だ。奴らなら迷わず他人を殺して成り代わるだろう。
そして最も重要な情報が、計らずも掵生の死によって得られた。これが一ノ瀬救出の手助けになることを、セドリック・ユールもとい『アルヴァス』へ電話で伝える。
「一ノ瀬を助ける方法を思い付いた。新羅 譲を殺す」
掵生の死によって、異能は能力を行使する人間が死ねば、効力が失われることが分かった。
恐らく相場は、こんな事を伝えるために、わざと掵生の詳細を伏せ、戦わざるおえない状況になることを分かった上で、せめて掵生レイという男が、ただの悪人で、敵ではないと伝えたのだろう。
そしてもしかすれば、俺と掵生が友人となる世界線もあったのかもしれない。




