四十三話
薄暗い路地裏で、二つの影が衝突し、火花が散る。
相手は8番目のクローンの篠塚。ロールアップヒルトナイフによる、素早い攻撃は、背後にいた掵生が俺の襟を後ろへ引っ張る事で回避する。
掵生はショットガンによる、雨粒のような弾丸を受けながら、片腕をゴリラへ変化させて篠塚へ殴り掛かる。
「遅いな! 所詮はケモノ!」
丸太のように太く、黒い体毛の腕にナイフの切っ先が傷を作る。掵生がハッとした様子で腕を引っ込め、すぐに切られた腕を爬虫類のような見た目に変えた。
ヘビやワニの血液に含まれる、神経毒などを無効化する血清を作っているのか。
「トモダチ……キズツケル! テキ!」
「ケモノ、いや、バケモノが!!」
タウロスジャッジの銃口が向けられ、掵生は咄嗟に人間の腕で頭を庇うが、発射と共に無数に飛沫する弾丸を、全て受け止められる訳もなく、俺の目の前で掵生の眼鏡が吹き飛んだ。
怯んだ隙を逃す筈もなく、今度は左胸に篠塚のナイフが突き刺さる。
「フッ! 所詮は獣……人に狩られるのが運命」
「掵生!!」
俺は慌てて立ち上がり、篠塚を蹴り飛ばすと、左胸のナイフを引き抜かずに掵生を支える。
俺たちは敵同士の筈だ。必死に掵生の名前を叫びながら、目の前の少年が血を吐く姿に、涙するなんておかしい。
「ゴフッ……ト、トモダチ……」
「友達なんかじゃねぇ! 俺を庇うなんて、バカかお前!」
篠塚の嘲笑を聞きながら、必死に掵生の肩を揺らすと、その縦に割れた瞳孔に赤い光が集まってくる。
「ウゥ……トモダチ……タベナイ……テキ……タベル!」
訳の分からない事を何度も叫びながら、掵生は胸に突き刺さったナイフを引き抜き、溢れ出るを押さえながら地面に伏した。
俺はその異常な姿と、掵生の身体に集まる黒い靄と、赤い光に何かを察して離れる。
逆に篠塚は、靄も光も見えないのか、悠々と回転式拳銃へ12ゲージのショットシェルを込めながら、歩み寄ってきた。
「苦しいだろ? 僕がトドメを刺してやろう。僕は優しいからね……」
「ガフ……ドモダチ……ダベナイ……」
掵生の身体が震え、黒い靄が完全にその姿を包み隠す。
そして次に靄から出てきたのは、白銀のような鋭いキバと、黒い体毛の大きな狼、その縦に割れた瞳孔とアンバーの虹彩を覆う赤い光が怪しく輝く。
夜闇に響く狼の遠吠えが、まるで本当の姿になれたと喜んでいるようだった。
「掵生……」
「ハッ! ケモノに堕ちたか、龍一にも良い報告が出来そうだ……」
黒い靄が未だに漂う中、狼の鋭い瞳が、傍らにいる俺を捉え、カッと見開かれた……っが、狼は篠塚へ向けて飛んだ。
まるで理性が、俺を獲物と認識してないよう……もしかして、掵生が何度も呟いていたのは『獣化』して理性を失っても、俺を攻撃しないために、深層心理に刷り込んでいたのか。
篠塚はまだ武器を隠し持っていたのか、ズボンの裾から棒を取り出す。
「掵生、気を付けろ! そいつは警棒を持ってるぞ!」
カシャリと折り畳み傘を開くような音をさせながら、小さい棒は三段に伸びる。
「残念、不正解……」
狼の大きな前足に、鋭い爪が篠塚を捉えた瞬間、特殊三段警棒が狼に触れた瞬間──バチン! と紫電が走った。
「キャン!」
狼が情けない悲鳴を浴びて、咄嗟に後ろへ飛ぶが、その四本の足が小鹿のように震えている。
「スタンロッドか!」
俺が掵生と入れ替わりで、二振りの刀を握りしめて走りながら叫ぶ。
「篠塚ぁぁああ!!!」
左手の刀を突き立て、避けられた瞬間。今度は右手の刀で横一文字に裂く。
まるで一ノ瀬を相手にしているかのような、軽やかな所作で回避し、火花散る刀身を三段警棒でいなす。
「直情的に攻めるのがやり方か! 13番!」
確かに直線的な攻撃しかできない。だが、俺が篠塚に勝っている点は、怒りを力へ変えるバカ力、俺は篠塚よりも膂力が高い。
唾競り合いになればさらに踏み込み、篠塚の体勢を崩そうと力を込めるが、篠塚は一ノ瀬のように、一瞬フワリと力を抜いた瞬間、顳顬に激しい痛みが走る。
「……固いな!」
「俺は頑丈に出来てるんだよ……お前と違ってな!」
気丈に振る舞いながら、一度距離を置くが篠塚の姿がぶれる。いくら頭蓋骨が頑丈でも、その中に詰まっている脳は頑丈では無いらしい。
「ならこちらどうだ!?」
何人にも見える篠塚が、三段警棒の先に光る稲妻を向けながら、突進してきた。
振るった直刀が無情に空を切り、肩口を押さえられ衝撃と痛みが全身を駆け上がり、思わず声をあげてしまう。
「がぁぁああ!!」
筋肉が震え、焦げ臭い匂いが鼻を突く、全身の毛が逆立ち、強烈な明滅を経験すると、俺を押さえていた篠塚が突然黒い影に拐われて消えた。
アスファルトへ叩きつけられ、身体が弓なりに反ってしまう。痙攣する筋肉のおかげで上手く呼吸が、出来ない……
獣の唸り声が遠くから聞こえる中、俺は必死で痛みと飛びそうになる意識を手繰り寄せ、濃厚な血の匂いがするアスファルトに転がる刀を握る。
「ガッ! ハァハァ……ぐぞ……負けるかよ……」
俺は震える足を殴りながら、刀を杖にしながら立ち上がり、雑居ビルの冷たい壁に身体を預けながら、血まみれの狼と顔の半分を鋭い爪で抉られた篠塚を見る。
「ハァハァ……たかが異常者に……この僕がやられるはずがない……」
「グルル……ガフッ……」
俺以上に満身創痍な篠塚。篠塚の巧みな技に翻弄され、黒い体毛から伝うように血を流す狼──掵生。
篠塚と掵生、二人を殺すには、両脇の銃を使えば、難なくやれそうだった……だが、俺はそれをしない。殺し屋の矜持が、篠塚だけは手ずから殺せと叫んでいる。
「お前の相手は俺だ! 篠塚!」
震える足を叱咤し、額に流れる血を乱暴に拭い、二振りの直刀を構えると、篠塚と掵生が同時に振り替える。
自分と同じ顔をした男へ、刃を向け、その顔と足が掵生によって傷つけられ、もはや動く事が出来ないようだった。
「じ、自分が何をしてるのか、分かっているのか! 欠陥品!!」
三段警棒によって左手の刀が弾き飛ばされ、馬乗りになる形で唾競り合う。
「掵生の始末は、お前を殺してからじっくりしてやる!」
「ぐっ……また龍一を、組織を裏切るつもりか!」
「組織なんて関係ねぇ! 能力者を相手に、俺たちが殺しをやるのは、俺たちを作った連中のエゴだ!」
ゼロや龍一、氷華の計画は多くの犠牲を払っている。だが本来、この無理な計画の犠牲は、俺たちクローンで済むはずだった……組織に属する一ノ瀬達は、ただ巻き込まれて命を狙われている。
「俺たちが作られた目的は、相場 龍を殺すことだ! 掵生はなんの関係も無い筈だろ!」
俺たちを作った奴らのエゴで、多くの人間が犠牲になっている。
その事実を口にすればするほど、怒りが沸いてくる。そしてその怒りを原動力に、唾競り合う警棒が徐々に押されていく。
篠塚の額に刀身が沈んでいき、篠塚の怒号が耳を貫く。
「ぐぁぁあああ!! け、欠陥品がぁ!!」
フワリと力が抜かれた瞬間、刀を持つ指に激痛が走り、意図せず刀が弾かれた。
この超接近戦、唾競り合いの中で、篠塚は力を抜いて俺の刀を弾くことが出来たのか。そして次の瞬間全身に走る痛みと、電流が髪の毛を逆立てる。
「僕の……勝ちだっ!!」
その言葉に、さらに怒りがこみ上げ、俺は低い呻き声を上げながら、篠塚の細い首を両手で握り締める。
まるで数日前に、首の骨を折って殺した異能者──煌のように、だが篠塚は男で、首も鍛えられている。
俺の手を通して、篠塚にも流れる電撃。互いに焦げ臭く黒い煙を出しながら、やがて篠塚の首の骨がボキリと鈍い音を立てると、絶え間なく流れていた電流がパタリと途絶えた。




