表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
146/154

親になる覚悟

もっと気持ち悪くできると思うのだけど。


真備は三郎から半ば奪った鏡で清子と話す。

「どうしたらいいかわからないの。私のせいで義武さんが困ったことになってしまったの。どこに戻ればいいのか、もう本当にわからない。」清子はボロボロと泣いている。

「もう何も考えなくていい。俺が姫様を掻っ攫いに行く。あんたは全部を俺のせいにして、ただ掻っ攫われるんだ。俺のことも誰のことも考えるな。いいな。」

こう言い聞かせるのは何度目か。清子は涙を溜めた赤い目で頷いた。最早日課になっていた。


「姫様、遊びましょ。」義武の声がした。清子は急いで鏡を隠して涙を拭う。

「はい。」

義武と、その後ろから家臣たちが、もたれるのに丁度よさそうなソファーを部屋に運び入れた。

「あれ?泣いているのですか。」義武は、さっとハンカチをだして清子の頬を押えた。

「もしかして、またお外に行きたいの?姫は本当にお出掛け好きだな。」

お出掛けじゃない! 城を抜け出そうとする度に、優しい誰かに捕まった。ナチュラルに監視社会。渡辺さんは有能だった。その後は決まって清子のために大がかりな催し物が計画された。

「でもおなかが大きくなってしまって、もうどこにも行けないよ。そろそろ産婆をつけようね。」義武はにっこり微笑んで清子の手をとりソファーに誘導する。清子を座らせると、

「さっ、今日は武徳大成記のどこからでしたっけ。」徳川家康公伝記の15巻を膝の上で開ける。

「毎日毎日、これは何?」

「胎教ですよ。」にこっ。

それから手を握って、

「私と一緒に内侍所に入りましょう。私は、あなたもおなかの子も、ともに大切にすると誓います。あなたが「はい」と言ってくれさえすれば、私は救われます。あなたが「はい」と言ってくれないと、私は大変困ったことになってしまいます。」ロマンチックな脅迫をした。



義武は、大輔と補佐官に清子との結婚を願い出た。

武士に二言はあるまじきこと、二人は耳を疑った。

「私にしかできない御役目だと気付きました。大巫女様を助け出した御褒美として是非ともお聞き届けいただきたい。」

よくもまぁ恥ずかしげもなく言えたものだ。

「大変な自信ですね。ですが我らにとっては地下の幸徳井の方が御し易すい。貴殿では、斯様に我らが振り回されてしまう。それに、大巫女様にはもう何人か子を儲けていただきたいと思っていますが、貴殿に大巫女様の寵を得ることができますかな?今のところ・・・望み薄です。」大輔が嫌味を言った。

「よくお考えください。公儀内部に危険分子を入れるべきではありません。大巫女様を真に掌握するにはその思想を変えさせなければなりません。それができるのは徳川一門である私をおいて他にいません。」

官僚たちには義武が面倒臭く映った。

「そうまで仰るなら、真備殿をお討ち取りになったらどうですか。そうすれば一石二鳥です。」補佐官は言った。

それをしたうえで清子の心を得るのは並大抵のことではない。しかし敵を討つのは本来の奉公。苦境にあって、ひたすらに真心を尽くして仕えることが忠義である。真備を討つことは考慮に値する事項になった。


「さっ、今日は武徳大成記のどこからでしたっけ。」義武は16巻を膝の上で開ける。


 武徳大成記全30巻を読破し、秀忠公実記を読んでいる最中に清子は産気づいた。

 新緑の頃、良く晴れた日の明け方に、清子は女の子を出産した。

 赤ちゃんがおっぱいをちゅくちゅく吸っている。清子は幸せな気持ちで我が子を見つめる。

 周りは乳母を付けようとしたが、付けた乳母全員が清子の言いなりになってしまい、赤ちゃんは清子の乳を飲んでいる。

 産綱を握った手はまだ痺れているが、済んでみれば心配したほどではなかったように思う。

 清子は赤ちゃんのお世話全部を自分でしようと頑張った。しかし自分のことだって怪しいのに、赤ちゃんのお世話を一人でするなんてできるはずがなかった。乳は飲んだ端からおむつの汚れになって、麻の葉模様の産着は何着あっても足りなかった。泣いている理由がわからない。早々に挫折した。やっぱり乳母の助けは必要だった。

「こんな時、お(とう)様がいてくださったらいいのにね。」清子は赤ちゃんに向かって話しかける。なんでも卒なくこなす三郎なら、きっと赤ちゃんのお世話だって上手にできるに違いなかった。

母子の絵を描いていた義武が、お父様という言葉に反応した。

「その子の父親は私だよ。これから三人で幸せな家庭を作っていくのだから、姫もそのつもりでいてくれないと困るよ。姫が二人で分かり辛いね、名前は何にしようか。」

義武がまたおかしなことを言いだした。

「この子の父親はあなたではありません!名前は夫に付けてもらいます。」

「もう、夫は私だってば。昔のことは早く忘れようよ。」

義武は乳母の手から赤ちゃんを受け取る。観察眼だけはあるので赤ちゃんの抱き方は上手い。義武の腕の中で赤ちゃんが気持ちよさそうに欠伸をした。

「忘れられるわけがありません。私の赤ちゃんを返してください!」

「怖いでちゅねぇ。お母様は産後鬱でちゅねぇ。

仕方ないなぁ。私は優しいから、この絵を真備殿に送ってあげるよ。これを見ながら名前を考えてもらうといい。名前を決めるのも陰陽師の職域だものね。こんな寛大な夫、他にはいないよ。」

「何で真備なのですか!」

「だって実の父親でしょ?」

「違います!」

「えっ、じゃぁ誰?」

「それは・・・。」言ったらどうなるか考えると言えない。

「ほらやっぱり。今更隠さなくたっていいんだよ。」

「いや、でも本当に違います!」

「じゃぁ誰?」

「それは、言えません。」首をぶんぶん横に振る。その様子がまた義武には真備を庇っているように映る。

「私はねぇ、なんだって知っているんだよ。君は奈良で幸徳井配下の陰陽師にお世話されていたじゃないか。君が毎日鏡を使って話している相手は奴だろう?君が化粧をしない理由もそれだ。奴が君を掻っ攫いに来る?笑わせるな、返り討ちにしてあげるよ。」

前話後半は総て義武目線の美しい世界でした。

江戸時代の出産は今と違い過ぎます。

いつまで三郎と真備を取り違えているんだという点については、どうせ真備は討たなければならない相手なので取り違えに大した意味はありません。朝廷のトップ3くらいは取り違えに気付いていますが、清子の友達の真備が夫になっても、勘違いで殺されても、本当にどっちでもいいのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ