表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
144/154

冬の兆し

すみません改題しました。次話とズレが生じてしまったので。

義武は、無言で、すーと襖を閉めて逃げ出した。

「何のご用だったんでしょうね。」渡辺さん。

「私に御用ではないでしょうねぇ。嫌われておりますから。」清子もぐもぐ。

「全く、いつまで経っても子供っぽくて困ります。まぁ、そこがまた私のような古参には、たまらなく可愛いいんですけど。」山内さんは初老の中間管理職である。この城で育った義武は家臣たちにまるで孫か子供のように愛されていた。

「いいえ、ここをお(いとま)する前にはきちんと謝りたいと思います。」手にした湯呑みの中を見つめて言った。

再び、すこーん!と襖が開いた。

ぎょっとして見上げる。

「可愛いとは無礼だろう!」途中で山内さんを思い出した義武。

そのままの勢いで、「あれは私の夢だと言ったはずです。他人の宝物を売り飛ばしておいて、謝れば許されるとお思いですか。あなたは酷い!」と清子を(なじ)った。

清子は両手をついて義武を見上げると早口で言った。

「ごめんなさい。私にはお金に換えられるものが、あの帯留め以外にありませんでした。世の中には貧しくて夢を見ることすら許されない人がいるのです。私はその人をどうにか助けたくって、売ってしまいました。本当にごめんなさい。」思いっきり頭を下げて、ドキドキしながら義武の反応を待った。

「役にたった?」案外カラッとした声が頭上から返って来た。

「えっ?」顔を上げる。

「ですから、私の宝物は誰かの役にたったのですか?」その顔を見れば、どんな答えを期待しているかがわかる。

「その人は・・・、そのお金でお父上さんのお薬を買って、お父上さんは元気になりました。その人は、今は仕事に精を出して、親孝行をしています。」清子の目から一筋涙が落ちた。

「そうですか、それはよかった。どんな使い方より素晴らしいと思います。」義武はにっこり笑った。涙の意味など考えない。それから照れ隠しのようにくるりと背を向けた。「山内!行くぞ。」

 武士の本懐は、一、忠義 二、戦働きで後れをとらないこと 三、親孝行 四、慈悲の心

清子の背信行為は、義武の中で善行に変わった。


 この日から義武の清子に対する扱いが変わった。

「清姫様、今日は安産祈願に仏様を持ってきました。」

義武は掌サイズの不細工な仏像を差し出した。「悪阻(つわり)がひどいからといって食べてばかりいるのはよくないでしょう。」

「お、お気遣い恐れ入ります。」受け取って色んな角度から見てみるが、見れば見るほど子供の工作にしかみえない。言うに事欠いて、「義武さんは仏像を彫るのがお上手なんですねぇ。」と感想を述べる。

「やだなぁ。これは地元の仏師の作です。」

仏師?これ仏師?

「木の精霊の加護がありそうな気がするでしょ?」と義武が言った。

清子は、はっとする。百億の日月、山河大地、神羅万象すべてのものに神は宿っている。

「神様は、本来このような素朴な形をしているのかもしれませんね。」

そう思うと、仏像がまるで自分のおなかの赤ちゃんを彫り出したように見えて愛しくなった。

「元気に生まれてきてください。」と手を合わせる。その様子を見た義武も「元気に生まれてきてください。」と手を合わせた。

それから義武は毎日のように、同じ作者のいろんな仏像を持ってくるようになった。

「・・・どれだけあるのかしら。」


伊吹(おろし)が吹き始める頃、ようやく三郎は美濃高須にたどり着いた。

清子は今すぐにでもお城を飛び出して行きたいけれど、義武に大変お世話になったお礼を言いたいし、今度はきちんとお別れを言わないといけないと思った。ここからが難しいことはわかっている。清子は渡辺さんに頼んで、義武の部屋を訪れた。おなかの膨らみが誰からもわかるようになっていた。

「何故、賊のところに帰るのですか。」義武には理解できない。

「賊とは仰いますが、私を助け出そうとしたためにそのようなことになってしまっただけで、本当は優しい人なのです。」DV夫をかばう妻の世迷言のようにも聞こえるが、義武は、清子は誘拐されたと聞かされているのでちょっと混乱する。

「助ける?」

「治世の永続を祈る巫女をさせられた私を、夫は助け出そうとしてくれたのです。」三郎から聞いた第二次禁門の戦いの時の話。囚われの姫を助ける勇者三郎(失敗譚)。なんてロマンチック♡清子は両手で頬を押えて、一人で興奮する。

「・・・。」

 詳しくはわからないが、姫によると、もともと御所生活は望んでおらず、賊はそれを知っていて連れ出したということになる。しかし、義武は朝廷から出産後に母子ともに参内させるように命じられている。勝手に帰られては困る。

「では、私が朝廷に御所に戻らないでもいいようにお願いする手紙を書いてみましょう。」

「本当ですか!?」清子は目を輝かせた。

「お安い御用です。」善行、善行。

義武は無邪気に人助けな手紙を朝廷へ送った。

円空さんです。美濃高須は今の岐阜県海津市にあったのですが、隣の羽島市は円空生誕の地を全面に押し出して町おこしをしてきました。昔は本当に下手くそで何がいいのかさっぱりわからなかったのですが、今では少しわかるようになりました。仏像は美術品になりすぎました。日本は本来アニミズムの国で、仏像というか、仏教は目に見えない日本の神に形を与えたのでした。日本人は仏教を通して自然崇拝をしていたのです。円空は本来の姿に戻ろうよと言った人です。知らない人は検索してみてください。きっと良さが分りませんよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ