再会
忍者その3が忍者仲間を呼ぶと、忍者はすぐさま集まって、ぱっと四散した。
「紅はいらんかね~。紅はいらんかね~。紅をお一ついかがです?。」
軒下で勉強している清子と生徒たちに行商人に扮した忍者その3が話しかけた。
「?」行商なんて来るのは初めてだ。
「おやまぁ、なんて美しいご婦人でしょう。この紅を付ければもっと美しくなること間違い無し。ちょっと試してみませんか?」行商人は笑顔で紅の入った貝殻を差し出した。
清子は化粧気ゼロである(お手入れはばっちりです。)。女子なので興味はあるが、夫が、「清には、足さないといけないところも引かないといけないところもありません、そのままが一番可愛いですよ。」と言うので、「一番可愛いですって♡」とまんまと口車に乗っている。
「夫が只今留守にしておりまして、私の一存ではお買い物はできないの。ごめんなさい。」
夫は原材料にもこだわるタイプだ。
「夫?」与えられた事前情報と違っていた。
「えぇ。」清子はさらりと頷く。
「姫先生、できました。」生徒が呼んだ。
「恐れ入りますが、只今立て込んでおりまして、もう宜しいでしょうか。」取り付く島もなかった。
忍者は一か八か賭けに出た。「あなたは、土御門家の清姫様ではないのですか?」
清子の表情が険しくなった。こんな行商人はおかしい。「あなたは、いったいだあれ?」
清子は、心の中を覗こうと手を伸ばした。行商人は反射的に飛び退く。あまりに俊敏過ぎて常人ではなかった。
清子はとっさに不審者に向けて四縦五横を指刀で切る。
「天を我が父と為し、地を我が母と為す、
左に青龍、右に白虎、前に朱雀、後ろに玄武、前後扶翼す。急急如律令!」
光牢は一瞬にして不審者の魂魄を捕らえた。
「姫先生、すっげー!」「すっげーかっけー。」生徒たちは大興奮。
「どうどう落ち着いて。それほどでもございません。」先生はちょっと得意気。
清子はゆっくり不審者に近づき、その胸に手を置いた。
どこかのお邸、それともどこかのお寺の境内かしら。庭で誰かが私を探すように言っている。御殿の縁側に誰かが出てきた。あっ、義武さんです。
不審者は帰すわけにはいかなくなった。清子は不審者の意識を奪って縄を打たせた。
さて困った。三郎さんが帰ってきたら、すぐに引っ越しをすることになるでしょう。
夕方、三郎は町で買った荷物を抱えて帰って来た。西日が白い朮の花をオレンジ色に染めている。
「ただ今帰りました。」いつもの軒下で生徒たちに声かけをした。
生徒は三郎を見ると泣きだした。「ごめんなさい、先生、ごめんなさい。」
どさり。三郎は持っていた風呂敷包を落とした。
「清!」生徒たちを押しのけて家に上がる。
「清?」家の中は人気がなく、がらんとしている。清子の部屋に木の葉が五枚落ちていた。槐もいない。
もう一度外に出て、清子がよくいる川の畔へ行ってみる。
「清?」名前を呼んでみるが、聞こえてくるのは川の波音と虫の音ばかり。
朝、朮畑で手を振っていた妻は、帰ってくると何処にもいなかった。
茜色が濃くなってきた。生徒たちを帰さないといけない。三郎は急いで彼らの話を聞きに戻った。
不審者を捕らえて二時間もしないうちに、義武は清子の前に現れた。清子の予想をはるかに超える早さだった。
忍者その3は易者から得た情報が間違っていれば狼煙で合図を送る約束をしていた。その3がいた場所から清子の家まで忍者の足で一時間。その1は大坂に向けて馬を走らせた。その2は暗峠で狼煙を確認する掛、その4とその5は峠のあちら側とこちら側で義武一行の乗り換え用の馬を手配する掛である。約束の時間を過ぎても狼煙は上がらなかった。
義武は戦も辞さないつもりで小隊ほどの人数を連れて馬を走らせた。
朮の花畑を蹴散らせて、騎馬隊は清子の小さな家を囲み、無遠慮に竹垣の内に入って来た。清子も生徒も、何が起きたかすぐには理解ができなかった。
軍装の義武が、馬から颯爽と降りる。
「あぁ清姫、やっと見つけた。お労しいお姿、お迎えが遅くなって申し訳ありません。」
お労しいとは貧しい身なりの話である、おなかのふくらみはまだ目立たない。
「ごきげんよう、義武さん。」挨拶をしながらどうしたらいいか必死に考える。
「さぁ一緒に帰りましょう。」義武は白手袋をはめた手を差し出した。
「あの、私、戻りません。ここで家族と一緒に暮らしていきたいと思います。」
義武の表情が険しくなった。(無理やり賊の妻にさせられたのか。憎むべし幸徳井真備!)
「家族?あなたは私と家族になるのです。それは賊の置いた監視ですか。ご安心なさい、私が自由にして差し上げます。」
義武は短銃を取り出して、生徒たちに銃口を向けた。家臣たちも一斉に抜刀した。
生徒たちは声も出ないほど怯えている。先生は生徒を守らなければいけない。
「違います!こちらは私がお勉強を教えている生徒さんです。」
清子は覚悟を決めた。今ここで騒ぎ立てるよりも、何時かみたいに隙を見て逃げ出そう。
「わかりました。準備を致しますので少々お時間をください。」
「準備など必要ないでしょう。」憐れむように言った。義武は、清子に、この家にあるすべてのものを与えられる。
「お父上さんの形見の鏡があるのです。どうかお願いします。」
清子は八稜鏡を胸に入れて狐を抱えると、綺麗な乗り物に詰め込まれた。
話を聞き終わると、三郎は、生徒たちが拾ってくれた風呂敷包を開ける。
「この中古の丹前を解体して、清の丹前の中綿を足してあげるんです。残った身衣は腹帯に作り替えます。」
三郎は嬉しそうに言った。生徒たちは当惑して顔を見合わす。
「大丈夫。私と清は赤い糸で結ばれていますから。」三郎は丹前をそっと抱きしめた。
正気の沙汰とは思えなかった。
帰宅途中、生徒たちは幸徳井家に寄って、清子が自称婚約者の貴人に連れていかれたことを知らせた。ついでにやばそうな三郎の様子も伝えた。
梅若は改めて、八千流の文鳥を取り出す。意図がさっぱりわからなかった文である。
「清姫様は婚約を踏み倒したりなんてしてらっしゃいませんよね。」
踏み倒してる!!!
梅若は真備に事件を知らせに走った。
どうやって駕籠運んだんでしょうか。義武さんの馬に乗せようかと思ったのですが、清子は袴をはいていませんし、横座りで山は越えられないような気がして、やむを得ず駕籠が降って湧きました。
狼煙は臭いらしい。
昔の結婚はあまり処女性が問題にされてないような気がします。それよりは家と家の繋がりや主命の方が大切だったように思います。まぁ今も今で問題にされてませんけど。
義武さんは真備を清子の夫だと思ってます。