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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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堕ちていく二人

遅れてしまってすみません。

美濃高須の陣屋で、久しぶりの義武さん。

甲賀忍者の新年の挨拶を受けている。

(忍者も最近は流行らないな。披露する鉄砲の演技も旧式だし。清姫はいったいどこにいったのだろう。)

清子は、ものすごい田舎で家族八人で狩猟採集と農業をして暮らしている。お上品な姫君を探していると永遠に見つからない。

(忍者は反乱軍の中にも入り込んだという。今のところ手がかりらしい手がかりはない。しいて言えば幸徳井。名家の放蕩息子が反乱軍に加担している。だが土御門家と幸徳井家は不仲だ。

だが、これだけ探して見つからないとなると、反乱軍が故意に隠していると考えるのが自然ではないか。誘拐犯は反乱軍の一員で、朝廷がしたのと同じように反乱軍内部でも姫の存在を極秘扱いにしている。

もっと反乱軍の深部に入り込む必要がある。・・・突破口は、やはり敵と味方の錯綜する京都か。)

 深読みしすぎだけど、少しずつ近づく義武さん。


八千流の就職話は陰陽師村で話題になった。普通では考えられない就職である。陰陽師たちは自分も後に続こうと、まるで何事もなかったかのように、二人の家に来るようになった。三郎はますます嫌になる。清子は三郎の気持ちもわかる。しかしある陰陽師が、正月の稼ぎが思ったほどなくて生活が苦しいと言った。清子は八千流の言葉を思い出した。陰陽師はもう正月の興行に頼った生活はできないのかもしれない。

「三郎さん。やっぱり学ぶ意欲のある人にお勉強を教えてあげたいのですが。」清子は恐る恐る切り出した。

やっぱりこうなる。清子には小さい頃から刷り込まれた陰陽師というものに対する無償の愛がある。これは帝王学だから凡人の三郎には理解が及ばない。三郎が拒否し続ければ離婚になりかねない。

三郎は苦虫を噛み殺しながら、「相互尊重ができて、犯罪行為をしない人ならいいですよ。でもどうやって見分けるんですか。そうだ、九九と算盤の使い方を半月で覚えて来てもらいましょう。やる気と誠意を見るのです。」と言った。清子は感謝をするとともに喧嘩腰な物言いに悲しくなった。

 その結果、二人の青少年を受け入れることになった。一人は九九と算盤が苦にならない石童丸君。もう一人は努力家の愛護(なるもり)さん。三郎は清子にきつく言い含めた。槐も林造さんも常に侍らすこと! 清子は、まるで犯罪者予備軍みたいな扱いに少し悲しくなった。

 授業は、八千流の時とは違ってぎこちなく始まったが、暫くすると、三人とも打ち解けて、時折笑みがこぼれるようになった。

石童丸の場合

 ある日、真備が顔を出した。真備は勉強に励む二人を見ながら、「お前ら、就職先は自分で探すんだぞ。」と言った。男の就活は女に比べれば容易だ。しかし、真備の就職斡旋までがセットだと思っていた二人は戸惑った。

「大丈夫です。お二人が学んでいる知識は、何時でも何処でも必要とされる知識ですから。」清子は励ました。

 次の日、やって来た真備の様子がおかしい。真備は清子を木の下に呼び出した。

「昨日の夕方、石童丸が屋敷に来た。傭兵になりたいって言うんだ。」

清子は眉を顰める。

「手っ取り早く金が欲しいんだって。奉公に出て貰える金に比べて傭兵で貰える金の方多い。養親から事あるごとに石潰しと言われるらしい。」

「そんな、彼はお勉強がよくできるのよ!」

 清子は石童丸を説得すべく木の下に呼び出した。真備は少し離れたところで様子を見守っている。

「先生、僕のことを気に掛けてくれるのは嬉しいんだけど、僕は頑張りたくないんです。頑張って勉強して、頑張って就職して、これから先、お金のためにずっとずっと頑張り続けるのかと思うと、もう消えてしまいたい。」石童丸は抑揚のない声で言った。

「これから先、楽しい事もいっぱいあるわ。諦めるには早すぎです!」

「先生、楽しいってのは、苦しみがあるからあるのでしょう?」だったら僕は、楽しい事なんていらない。

「私は楽しみも苦しみもない生活を知っています。あの頃の私は生きていなかった。喜怒哀楽があるってとっても素晴らしいことよ!」

「先生は幸せだね。僕も一度死んだら、生きたいって思えるかも。」石童丸は笑った。

それから、「今まで良くしてくれたのにごめんなさい。」ちょこんと頭を下げると立ち去った。

二人は、夢を見れなくなった少年にやりきれない気持ちになった。

真備は清子に言った、「俺のせいかな。就職先を探してやればよかったかな。」

清子は真備に言った、「そうじゃないわ。それはきっかけだったかもしれないけど、それがなくても同じことになったと思う。真備のせいじゃない。」

 石童丸は真備に連れられて戦場に行った。


愛護の場合

 愛護さんは、自力で大坂の商家に就職を決めてきた。秋から奉公だというのでそれまでの間親孝行するのだと嬉しそうに清子に話し、心ばかりのお礼を置いていった。石童丸ショックが少し和らいだ気がした。

 ある日、愛護が父親を背負ってやって来た。

父親は呼吸をする度にヒューヒューと喉を鳴らしていた。

愛護は床に頭を擦りつけると言った。「姫様、どうかお願いです。父を楽にしてやってください。」

清子は当惑する。「・・・私は医者ではありません。」

愛護は、人魂を自由に扱う清子なら、父の魂魄を安らかに抜き取ることもできるはずだと言った。

清子は驚いて、「私には一年先の寿命までしかわからないけれど、あなたのお父上さんにはまだ余命があります。」と言った。

父親は喉をヒューヒュー鳴らしながら、「薬は効きません。買う金もありません。子供のお荷物になりたくないのです。」と助を求めた。

隣で聞いていた三郎は怒った。「死にたいなら勝手に死ねばいい!」

「姫様なら、眠るような死をお与えくださることができるでしょう?どうかお慈悲を・・・」父親は激しく咳込んだ。愛護が懸命に背中をさする。

「嫌、嫌よ。」清子は叫んだ。父親は恨めしそうに清子を見上げ、清子はたまらず逃げだした。愛護親子は落胆して帰っていった。

貧乏ってなんて残酷なんだろう。希望を持つことも、薬を買うことも、親を見取ることもできないなんて。清子は木の下で暫く泣いて、真備を呼んだ。

「何を泣いているの?」真備は言った。

「お願いがあるの。これをお金に換えて欲しいの。」

清子は事情を話して、エマイユの帯留めを差し出した。

「本当にいいの?」

これは義武さんの夢を形にしたもので、売ってはいけない。わかっている。

「ええ。私にはこれに似合う着物がないから。」困ったように笑って見せた。

 真備は、大坂で馴染みの商人に帯留めを一両で買い取ってもらった。いい品だけど宝石がついているわけではない。商人がお友達価格で色を付けて買い取ってくれた。真備は感謝した。

しかし、屋敷に帰ると、それが無駄になったことを知る。

真備は、いつもの木の下で清子にお金を渡してから伝えた。

「愛護が捕まった。親父殺しの容疑が掛かっている。」

「嘘よ・・・何を言っているの?」清子の声が震えた。

「隣人が愛護の家に行くと、愛護が親父を抱いて刀を腹から抜くところだったらしい。愛護は、親父が自分で刺した刀を引き抜いただけだと言っている。本当のところはわからない。」真備は事実だけを伝えた。

清子は耳を押えてしゃがみ込んだ。

「私が助けなかったから?私のせいなの?嫌、嫌ぁあああ!!!」

「姫様のせいじゃない!せいじゃないから!!!」真備は清子の肩を抱いた。


悲惨なんですけど、あまり悲惨さに焦点をあてないように清子から読み取れる範囲の描写にとどめました。他人のことなんて人はわからないでしょ。

詳しく書いた方が面白いのかな。うーん。なんかテンプレな話になりそうな気がする。

裏設定としては石童丸君の両親は正月の興行に出たっきり戻って来ませんでした。ほら、あるあるじゃない?そのあるあるを面白く書くのが腕なんだよ。おっしゃるとおり。

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