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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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愛するがゆえに


清子の朝は早い。起きると、睦さんが用意した米のとぎ汁で洗顔し、槐が用意したお湯と手ぬぐいで体を拭き、保湿剤を塗り込んでもらって、ハツちゃんに髪を結ってもらって、着替えをして、朝のお祈りをする。それから、八重おばあちゃんに三郎用の洗顔用の(たらい)等お目覚めセットを用意させて、三郎を起こしに行く。

 清子は、三郎が気持ちよさそうに寝ているので、起こすのを躊躇った。

部屋の端に文机が置かれていた。硯箱と紙と小さな行燈が載っている。きっと夜更かしをしたのね。清子は机の上の紙を手にした。現金出納帳である。日付、摘要、収入、支出、残高の項目が記されている。

「こういうのをささっと作ってしまえるのですね。感心いたします。算盤はどこにあったのかしら。」とつぶやいた。清子は造暦の際に算盤を使う。

「算盤の真似事をして指を動かしておった。」槐は言った。

「素晴らしい。なんて素晴らしいんでしょう!」

清子は、とってもいいことを思いつくと、興奮ぎみに、三郎の枕元に行く。もう起きる時間だものいいわよね。

「三郎さん、三郎さん、お願いがあります!」肩をゆさゆさと揺らした。

「う・・」三郎は目を覚ます。ぼんやりと目を開けると、間近にご機嫌な清子の顔があった。思わず肩を抱き寄せる。小さな悲鳴が上がったが、三郎は構わず抱きしめて頭に頬を押し当てた。「おはようございます。」

清子はじたばたと腕から逃れると、恥ずかしそうに「おはようございます。」と答えた。三郎は幸せな気持ちで上体を起こした。

清子はそのまま、「三郎さん、三郎さん、お願いがあります!」と続けた。寝起きの三郎にはちょっと辛いテンションである。

「はい、なんでしょう。」三郎は両手で顔をこすりながら言った。

清子は出納帳を見せながら言う。「会計帳簿の付け方を陰陽師の皆さんに教えていただけませんか?」

三郎は昨日の出来事を思い出し、一気に最悪な気分に落ちた。

「なんで私が教えなきゃいけないんですか。私になんの得があるんです?」苛苛を抑えながら言った。

「あの、会計帳簿の付け方がわかれば、陰陽師のみんなも他の仕事ができるんじゃないかと思いました。三郎さんにはなんの得もございませんが・・・」ちょっと困ったように言った。

「あんな敵意丸出しの人たちに教えられるわけがないでしょう。関わりたくありません。」三郎が怒っているのがわかる。でも教えてもらいたい、きっと役立つはずだから。どうすればいいだろうか。清子は少し考えて、

「では私に教えて下さい。私が皆さんに教えますから。」と言った。

三郎はブチ切れた。そんなことをさせるくらいなら自分が教えた方が八百万倍ましである。

「あんな言われようをしておいて、まだそんなことを言うんですか!そんな危ないこと、させられるわけがないでしょう!陰陽師の凋落は今に始まった事じゃありません、それなのに自分の不幸を全部他人のせいにしてたかる、その性根が受け付けません!」三郎は清子に詰め寄った。清子は思わず後ずさる。三郎の怒りは収まらない。

「二度と幸徳井なんて行かないでください。陰陽師村なんて行かないでください。約束できないなら引っ越します!」すごい剣幕で言い募った。

「それは嫌!」清子は慌てて三郎に縋ったが、

「嫌じゃない!」気付けば三郎は清子を組み敷いて怒鳴りつけていた。

三郎の下で清子が怯えた顔で涙を浮かべている。

しまったと思った。

自分はただ、妻を大切に思っているだけなのだ。この気持ちをどうかわかって欲しい。

三郎はそのまま清子を抱きしめ、その首筋に顔を埋めた。桃のような甘い匂いに惑わされ、その昔、離れ離れにならないように必死に愛し合った頃に戻ったような錯覚に陥った。あの頃と何一つ変わっていないような気がした。手荒く体の線をなぞって、着物を脱がそうと胸に手をかけて気付く。

妻の目は恐怖で見開かれ、視線は宙を漂っていた。

三郎はひどく後悔した。

「申し訳ありません。」そう言って、清子の額にそっと口づけし、清子から離れた。

清子は放心して動かない。

「顔、洗ってきます。」三郎は逃げるように部屋を出た。


ごはんの用意ができても、清子は三郎の前に姿を現さなかった。三郎は居た堪れない気持ちで、裏山へ(たきぎ)を拾いに出かける。

落ちている枯れ枝を拾おうとしゃがんで、それっきり立ち上がる気力がわかない。

あぁ。


清ちゃん、寝起きは止めてあげて。それと、三郎はお目覚めセットは使わないかな。冷たいお水で思いっきりバシャバシャ洗いたいタイプだと思うよ。

ごはんは三郎監督の下、睦さんとハツちゃんで作ります。ほおっておくとただのごった煮になります。

 農家に文机ねぇ無いかもねぇ。でもそこそこ大きなおうちだからあるかもねぇ。林造さんは庄屋さんの親戚の親戚で、三郎は庄屋さんの立会いの下、物件購入しました。でると噂があり、取り壊すに壊せず、買ってもらってすごく感謝されましたが、気持ち悪がって誰も近寄りません。嫌がらせは受けていませんが、なんとなく村八分です。でも、隣家まで1キロ程度あるので気づいていません。最近林造さんの目撃情報が急増しています。

 槐は子作りを望んでいるので助けません。清子の頭の中を想像すると。これは何?殺そうか。締め上げようか。でもその後はどうやって生きていけばいいの?一人で生きられないから逆らってはいけない。

三郎、ご愁傷様です。(一例です。自由に解釈して下さい。)

 三郎の考えは強者の論理でしょうか。貧しくてどうしようもない人に自己責任の部分もあるでしょと言ってしまう。職業に貴賤はありません。でも地道に地味に働けばこそ、そうじゃなくて貧乏な人に対して、このように思ってしまいませんか。

陰陽師は旅興行の役者をすることがままありました。通行特権があるし、千寿万歳の延長のような意識でしょうか。でもそれって農化するより楽ですよね。

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