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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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狩人


三郎は、前所有者の方々と家屋の掃除をする。正直、妻よりはるかに役に立つ。式神というのは、使役者の能力と鬼が本来持つ能力によってできることが決まるらしい。妻の能力だけでは、こうはいかなかっただろう。妻にはご機嫌斜めにならないように菷を渡してある。頑張って、しましまに掃いている。槐は縁下で昼寝。こちらも役に立たないものと思われる。

 前所有者の方々はいつもにこにこしているだけでしゃべらない。妻は言う、「鬼が現世に口出しをしてはなりません。大切に扱えば祟りません。付喪神と同じです。」裏を返せば祟ることもあるということだ。私は絶対に感謝の気持ちを忘れません。

六人で掃除をして廃墟は一日で住居に変わった。


「三郎さん、少しおなかが減ってしまいました。」清子がちょっと恥ずかしそうに言った。

「えっと、何も売りに来ませんね。」京都や東京だと振り売りがいて何かしら手に入る。

「振り売りはこないのですか?」隣の林造さんに聞く。林造さんは頷いた。

「その場合は・・・山と川から調達します。」三郎は恐る恐る言った。

清子と槐は驚く、「魚とか、鳥とか、山菜とか、木の実とか?」清子。

「猪とか、熊とか?」槐。

二人は顔を見合わせて笑った。

「「勝負!」」

半刻も立たないうちに、土間に、多くの魚と猪と熊、筍とセリが並んだ。

「私の方が、たくさん取りました。」清子の魚。

「いいや、吾の方が大きい。」槐の猪と熊。

「私の鮎の方が美味しそうです。」「牡丹鍋や月鍋の方が腹が膨れるぞ。」

予想外の収穫に三郎は驚く。

「清、この魚はどのようにして取ったのですか?」

「光牢に引っ掛かった魂魄を締め上げたら、浮いてきました。」

なるほど。

「槐、この獣はどのようにして捕ったのですか?」

「光牢を広げて引っ掛かった魂魄を刈った。」

なるほど。

「二人がこんなに優秀な狩人だとは知りませんでした。」三郎は褒める。二人は得意気な顔をする。

「ただ、この調子では私たちの非常食が絶滅です。今度から私が注文しますので、そちらを取って来てください。」

不意に清子が言った。「明日、幸徳井家にご挨拶に行く時に、手土産にしてもいいかしら。」

行くことが決定事項になっていた。三郎の心が黒く濁った。それでも笑みを作って答える。

「ええ勿論。私が熊肉をお持ちしましょう。」せめて私の目の届く範囲で泳いでいて下さい。晩御飯は焼魚に決定した。


就寝時間

「おやすみなさいませ。」清子は挨拶をして式たちと一緒に居間を出て行った。三郎は一人取り残された。

「?!何故」

三郎は慌てて妻の後を追いかける。

「寝所をともにしないのですか?」

「何故?」清子は首を傾げる。

「何故って・・・一人で寝るのは寂しいから。」頬を赤らめて言う。

それを見て清子がくすっと笑う。

「一人で寝るのが怖いのですね、ふふっ子供みたい。仕方ありません、林造さんを貸してあげます。」にっこり。

「嫌!!!もっと怖い。」

残念なことに清子から子作り方法の記憶が消えていた。三郎はどうにかこうにか泣きついて相部屋することに成功する。しかし妻との間を六体の式が阻んでいる。

愛妻のやたらはっきりした寝言を聞きながら、三郎は眠れない夜を過ごす。こんなことなら一人で寝た方が良かったかも。いやいやいつ何時、何があるかわからないから。



関白執務室

清姫が行方不明になって早十日。船に乗って堺に行ったと思われる。しかしそこからの足取りがつかめない。関白は幕府の統治能力の低さに失望する。

 大阪城は西域統治の要であるが、ゲリラ的に発生する近畿、畿内の反乱と反旗を翻しかねない西国諸国の双方に睨みを効かせるには力不足であった。

 既にいくつかの西国諸国は藩主が反体制派の傀儡になっていた。薩摩と長州の御親兵は既に乗っ取られた。反体制派の主張は特権階級の廃止、つまりは四民平等である。庶民に重税を課して西洋文明を取り入れるのなら平民による生産的社会も取り入れるべきである。

 京都では反体制派が暗躍していた。出京禁止処分を受けた公家には、宮家や摂家の者がいる。その尊い方々に敢えて四民平等を説かせ、封建制度を批判させるのだ。

 足下に気を取られていると、背後から斬られかねない、後ばかり気にしていると足下を掬われかねない、幕府の西国支配はそんな危うい状況にあった。

 関白は清子を回収する有効な手立てはないものかと考える。そうだ、婿殿ならばどうにかしてくれるのではないか。馬鹿と(はさみ)は使いようと言うだろう。

 関白は戦線に出ている義武宛に手紙を書いた。

「あなたの婚約者清姫が誘拐されました。どうやら畿内にいるようです。保護してください。」

義武は桑名で手紙を受け取った。

「朝廷は何をしているのだ!女人一人守れんとは、なんという危機管理能力の無さ!」思わず手紙をぐしゃぐしゃと丸めた。

目を閉じて可憐な白梅の花を思い出す。義武の中でかなり美化された花の精である。

 あんなに美しいのだ、きっともう花は散らされてしまったに違いない。私の帰りを心待ちにして下さっていたというのに、可哀想すぎて胸が張り裂けそうだ。助け出したとしても私とはお会い下さらないかもしれない。その時はせめて私の短刀でご自害させて差し上げよう。

 そして、花を枯らした害虫を決して許さない。必ずこの手で仇を討ちます。

 義武は誘拐犯の抹殺を心に誓い、甲賀忍者を畿内に向けて放った。


忍者って。日本が世界に誇るスパイでしょうが。

 思い込みの烈しい義武さんの花の精と奈良の片田舎で狩猟採取している野生児は同一人物です。

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