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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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あなたの特別な存在になりたい。


「嘘!槐、私の夫よね。」清子が槐を見る。

「そうじゃ。結婚式もしたぞ。」槐うんうん。

「ほら!」清子。

「だが吾は手続きのことは知らん。」首を傾げる。

「ほら!」真備。

「うっ、うっ、家族ができたと思ったのに。あなたまで私から奪おうとしないでぇ。」清子はぴいぴい泣き出した。

三郎は、戸口で止めていた手を急いで動かし、清子に駆け寄った。

「独りにして申し訳ありません。大丈夫、私はあなたの家族です。もう内侍所に戻ったりしないのでしょう?ならば公家的手続上の瑕疵など、どうでもいいではないですか。」あぁよしよし。

「どうでもいい?」清子が涙目で聞く。

「えぇ、どうでもいいことです。」力強く言い含める。まるで弱った心に付け入る詐欺師のよう。もちろん真備は面白くない。

「陰陽師は家族って言ったよな。じゃぁ俺も家族なのか?」

キラキラ「勿論!」清子は目を輝かせて言った。

これがまた真備の癇に障る。

「じゃぁ俺を夫にしろよ!」

「え?真備を夫・・・。」清子は三郎の顔を見た。それからもう一度真備の顔を見た。

「・・・・・」

(二人)即答しないんかい!!

「なんだこの茶番は。出ていけ!もう出ていけよ!」

真備は二人を家の外に押し出してピシャリと戸口を閉めた。

そのまま扉に寄りかかって、ずるずるとしゃがみこんだ。

会いたくなかった。会いたくなかった!

信徳丸が、膝を抱える真備を心配そうに見つめている。



「怒らせちゃいましたね。」三郎。

こくんと清子は頷いた。

「私、決めました。奈良に行きたいです。」清子。

「決めてしまったんですね。」妻の頑固さは筋金入りである。

「陰陽師村に住みたいの。」

うーん、住む場所は決める必要があります。しかし、申し訳ないですが、陰陽師村なんて得体の知れない所に住まわせる訳にはいきません。しかも真備の掌の中なんてまっぴら御免です。

「陰陽師は御家が支配していたとはいえ、実際は幸徳井が実効支配しているのです。そんな所にあなたが行ったら、幸徳井は実効支配権を奪われると心配になるのではないでしょうか。」詐欺師三郎。

「だから真備は怒ったのね。じゃぁ陰陽師村の近くに住みたいです。」

「決めてしまったんですね。」

清子はこくんと頷いた。

「住む場所を決めたら働かないといけません。」

「では私も辻占をいたします。」

「それはどうでしょう。」女の辻占は往々にして売春をする。妻にそのつもりがなくても客はそのつもりで列をなすだろう。

「あなたのような占上手が辻にいたら噂になってしまいます。噂になってしまったら引っ越さなければなりません。」詐欺師三郎。

「それは困ります。」がっかりする清子。

「私のできる仕事といえば、肉体労働か商売関係です。一番手っ取り早いのは、何かを買い付けて実家に買ってもらうことですが、まぁこれは、ほとぼりが冷めた頃にするとして、それまでの間です。仕事があるのはやはり都市部ですが、奈良は、林業や綿の栽培でしょうか。どちらも経験がありません。とりあえず色々手をだしてみますが。大変慎ましやかな生活になるでしょう。それでも吉備塚周辺がいいのですね。」幸徳井は、ご先祖様を吉備真備と公言して吉備塚近くに住んでいる。陰陽師村も近い。

「今まで通りにはいかないということですね。頑張ります。」清子は意気込んだ。

なんて愛しいんでしょう。

「では、一つ条件があります。」にこにこ。

「?」

「私のことを成田さんと呼ぶのを止めてくださいますか。」

三郎は実はかなりのショックを受けていた。真備は真備で、三郎は成田さん。しかも夫として確固たる地位を築けていない。これは自分が当然に夫だということを刷り込んでいく必要があります。

「なんとお呼びすればいいですか?」

「私の名前は三郎です。そのように呼んで下さい。」

「三郎・・・さん。三郎さん。」清子は何度か繰り返してみる。

三郎はその様子を満足そうに見つめる。

「あなたは、昔は私のことをお師匠さんと呼んでいました。」

清子は、はっとする。日記にたくさん出てくるお師匠さんだ。私の過去は確かに存在した。嬉しくなって言う、「私のことは、清と呼んでください。私の家族は私のことをそう呼びました!」


ふむふむだいぶ前進した(気のせいです。)。三郎は微笑んでから、真備の庭の地面で新生活のための予算配分を計算する。

何を買い揃えたって、妻には全部みすぼらしいんです。

ならば生活用品は欠けたり破れたりしていない中古品でいいでしょう。

家は狭い方がいいでしょう。その方がいつも傍にいられますからね。

戦のせいで物価が高い。東京で借家を売ってきたのは正解でした。

さすが堺の商人の倅。



三郎は、いくらかの文書偽造を行い、陰陽師村から歩いて一刻程で、村はずれの、裏手が山、近くに川が流れている、畑付の曰く付き中古物件(家財道具付)を手に入れた。値段は〆て10両。破格の安さである。


「なかなかいい物件でしょう?ここは強盗殺人事件の一家惨殺現場です。絶対掘り出し物だと思うんですよね。清、不浄祓いをお願いします。」三郎は、清子を荒れ果てた新居に案内した。村の庄屋が住むような立派な屋敷ではないが、強盗が入ろうかと思う程度の家ではある。

「わー、ちっちゃかわいい!!きれいにお掃除すればきっと素敵になります。」清子は喜んで入り口に手をかけた。開かない。

「建付けが悪くなっているのかな。」三郎が力いっぱい引き戸をひく。

ガタンと大きな音をたてて扉が開き、生暖かくて湿っぽい風が頬を撫でた。

いかにも曰く付きである。

清子は落ちている葉っぱを五枚拾って中に入る。さすがに三郎は入る気がしなかった。

部屋の真ん中に立って、両手で器を作って、辺りを見回す。

「八重おばあちゃん、林造さん、睦さん、ハツちゃん、太郎ちゃん、さぁおいで。」

薄暗闇の中、蛍みたいな光が其処彼処から現れて、清子の周りをゆらゆらと回り、差し出した両の掌にゆっくりと集まった。これが冥府の神に仕える清子の本来の姿である。巫女は優しく語りかける。

「みんなはもう死んじゃったんだけど、冥府にはいかないの?とっても綺麗なお花畑よ。」

掌の上で、光は星がまたたくように揺れている。

「そうね。冥府では、次の転生先に行くためにみんなと離れ離れになるわ。でも寂しくないの、転生先で新しい家族と出会うのだから。それとも、もう少しだけここで一緒にいる?」

二つの光が追いかけっこを始めた。その後を残りの光が追いかける。

「そう、じゃぁ私たちは居候ね。仲良くしてくださいね。」

そう言うと、光の玉を引き寄せて、持って来た葉っぱに振り分けた。

葉っぱが人に形を変えた。清子の式が五体できた。

清子は振り返って三郎に微笑む。「五人も家族が増えました。」

「私は祓ってって言いました!」

・・・せっかくの新婚生活が。三郎は泣いた。


家族から夫へ昇格を狙うもなかなか昇格しそうにない三郎。

戦争になると、兵隊さんに貸し出すために布団がなくなったらしい。諸々買い揃えるのが大変そうなので曰く付き物件に住まわせました。一通り揃っています。

事故物件なんて私なら絶対嫌!被害者(の式)と同居なんて絶対嫌!霊感は皆無だけど。清子ちゃんは生活力がないからお手伝いさんが必要なんです。家族とか言いながら、居候とか言いながら使役します。

陰陽師の得体の知れなさは仕事のあやふやさに加えて通行特権が与えられていたことも影響しています。陰陽師が間者をすることもあったのです。

例えば秀吉の陰陽師狩り(文禄2年11月陰陽師狩り 駒井日記)

当時関白の秀次所領の尾張に、京都・堺・奈良の陰陽師131人を荒地おこしという名目で強制連行しました。地の神を鎮める祈祷を得意とする陰陽師に荒地を開墾させて彼らの農民化を図りました。秀次の所領に陰陽師を配置し、動向を監視させたりしたのです。因みに秀次事件に土御門家も連座しています。その影響が幸徳井vs土御門家事件につながるわけですけれども。


行方不明から10日くらいは経ったでしょう。そろそろ義武さんにも通報しないとまずいですね。



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