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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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籠城戦

今回はちょっと長いです。


梅小路に帰って私は、御所での出来事を包み隠さずお父さんに報告しました。

「でかした清姫!痛快じゃ。こんな胸の空く思いはいつぶりであろうか。」お父上さんは大笑いなさいました。一(しきり)り笑ってから仰るのです。

「滅びる覚悟はできておるな。」

一瞬戸惑いましたが、それだけのことをした自覚はございます。主上の魂魄を締め上げ、禁裏内で殺生を行いました。

ですから「はい。」と申し上げました。


晴雄は大允と少允を呼ぶ。

「我が姫は禁術を用いて主上の延命をして差し上げたと言うのに、主上は当家から清明公の血統を奪おうとなされた。まもなく追討の兵がこの邸を囲むだろう。あまつさえ主上の毒殺未遂が世間を騒がしている時期である。世間は当家を毒を盛った犯人だと思うことだろう。

晴明公の血統を失えば当家にどれほどの価値があろうか。どの道滅びるのなら私は御家の汚名を(そそ)ぎ、理不尽な仕打ちに断固抗議するつもりだ。勝ち目などない。邸から立ち去りたい者を一刻も早く立ち去らせよ。」

「禁術!姫様は御無事でございますか。」大允。

「大事ございません。心配をかけます。」清子は答えた。

「御家が無くなれば我等とて無いに等しく、私は宗家と命運を共にしたいと思います。」大允は言った。

「我等が助かる道はございませんか。」少允は青ざめて言った。晴雄は笑って言う。

「姫を差し出すことであろうか。惣領娘を妾に取られ血統も奪われる、このような恥辱、断じて受け入れられるものではない。姫の命を断つというのなら、どこで死のうが同じこと。

少允、其方は逃げよ、其方が逃げることで寮生も逃げやすくなる。」

「・・・忝いお言葉、有難うございます。先祖代々長らくお世話になりました。御家のご永続を陰ながらお祈り申し上げます。」少允は深々と頭を下げて立ち去った。

多くの寮生が立ち去った。

「兵糧米が長く持ちます。」大允が笑って言う。

土御門家は総ての門を固く閉じ、白壁の上に木偶(でく)人形を配置した。

案の定、土御門家は所司代桑名藩兵に取り囲まれることになった。

禁裏御所

主上の御前で清子の処遇について話し合われる。

主上はひどく傷ついている。我が寵愛を受けることは誰もが望むことなのに、神生みは天命なはずなのに、泰清が私の下を去ってしまった。

関白「主上、なんということをなさるのですか。泰清は記憶を失って気が動転しているのです、刺激をしてはなりませんと申し上げたはずですが。」

議奏広橋卿「うら若い姫です、何の心の準備もなく主上に迫られて取り乱すなと言う方が酷です。物事には順序というものがございます。」

近習倉橋卿「どうかご無礼をお許しください。姫はまだ何の(性)教育も施されておりません。東宮様と同じ歳の幼い姫でございます。」

主上はますます(しお)れる。

中川宮「なにを言うか、飼い犬に手を噛まれるとはこのことだ。主上の名誉にかけて赦すべきではない。」

将軍「しかしその能力は手放すには実に惜しい。主上はご存命でいらっしゃる。あの者がその気になればお命を奪うことなど容易かったのではございませんか。」

守護職「では助命は保証し、姫の身柄引き渡しを土御門家に要求しましょう。」

主上は力なく頷いた。


その方針に従って桑名兵は邸を取り囲んだ。

しかし、土御門家は使者を悉く受け付けず籠城戦の構えである。籠城は援軍が来る場合にするものである。土御門家の場合はどうかというと、全国の陰陽師を束ねている。陰陽師はどこか得体が知れないところがある。もしそれらが立ち上がったらと思うと長引くことは好ましくない。力技で門を破ることが検討された。

そんな時に使者に志願したのが三郎である。町奉行は、所司代に、三郎と土御門家との個人的な深い繋がりを説明し、使者にするよう推薦した。


突然土御門家に兵が差向けられる話が奉行所に入って来て、姫の身柄を確保せよとのお達しがある。それ以外のことは総て伏せられていて事情は不明であった。前々日に主上の毒殺未遂事件の話が回覧されたので、当然それに関係があると誰もが思った。姫は兄として主上をひたすらにお支えしてきたのだ、毒など盛るはずがない。しかも今まで姫が表舞台に出てきたことは一度もない。何がおこっているのかまるでわからない。我が姫に会わねば。

三郎は反応のない鏡に向かって「明日、所司代の使者としてお屋敷に伺います。一目御無事な姿を拝見したいので、どうか私を中に入れてください。」と話した。

翌日、鏡に向かって話しかけてから正門に向かう。門の前に立てるかどうかも心配された。お邸は斬られても斬られても戦うことを止めない鬼神によって守られている。

門の前に立つと、扉がゆっくり開き、槐が三郎を迎えた。


三郎は、晴雄と清子に対面し、持って来た凍り豆腐を渡す。

籠城はすでに10日に及ぶ。心配になってこっそり体中に巻き付けて持ってきた。いろんなところから出てくるものだから、お姫さんが本当におかしそうに笑った。元気そうでよかった。

 事情を聴くと、要は主上の寝所から逃げ出したということらしい。思わず笑ってしまった。ただそのために引き起こされた事態は深刻である。「主上のお召を受けることは、稀に見る幸運だと世の人は思うのではありませんか?」

姫は悪戯っぽく笑って、両の手の人差指で頭に角を作って「後宮には鬼が住んでいるのです。」と言った。その様子はまるで子供のようだ。姫の主上に関わるあらゆる記憶が消えた。ここ何年かの記憶のほとんどが無くなったことになる。だから幼くなってしまったのかもしれない。

 本題に入る。「殿様、このまま籠城を続けてどうしようとお考えなのでございますか。」

「どうにもならぬ。ただ、このまま自害してはこちらの非を認めたようなものではないか。抗議の意思を示すのだ。主上が当家に為された仕打ちは断じて受け入れられるものではない。」

「朝廷は、姫様の助命は保証しております。」

「姫を渡せば、世間はこちらが非を認めたと思うだろう。」

うーん、土御門家を説得するのはなかなか難しい。

「それだけの御覚悟があるのでしたら、ありったけのご不満を主上に上奏なさってはいかがでしょうか。私が責任を持ってお届けいたします。上奏文をお書きになって下さいませんか。」

晴雄は文書を作成した。


「臣晴雄、謹んで上奏申し上げ奉ります。

我が姫清子は禁術を用いて主上の天寿を延命し奉りました。この禁術は晴明公の魂を持つ者がその命を削って行う秘術でございます。魂は血脈により伝承されます。清子に皇胤を授けようとなされることは、乃ち当家より晴明公の血脈を奪うと同義でございます。

清子の禁術にご満足いただいたのでしたら、斯様な仕打ちは如何なる理由でございましょうか。断じて承服できかねます。」

しっかり怨みのこもったいい文書だ。三郎はその書簡を持って邸を辞した。


朝議で晴雄の抗議文が検討される。

不敬だと怒る者、土御門家の特殊性に配慮すべきだという者、議論が紛糾した。

倉橋卿が発言する。「晴明公の血脈を皇統に入れるということは、術者自身が国を統べる者ということも生じ得るのです。それでは不都合ではございませんか。」

主上はしょんぼりする。泰清との結合は神の思し召しではないらしい。そうなると、泰清には申し訳ない事をしたことになる。

「泰清はどうしたら戻って来てくれるだろうか・・・。」

倉橋卿「姫は婿取りをするため宮仕えはいたしません、お諦めください。」

これに対し朝廷上層部はそんな状況ではないと一同に反対した。

長々と議論を続けた挙句、清子には宸翰により謝罪がなされること。ただし宸翰の公開は許さないこと、清子を御心鏡を守る巫女として招聘することが決定される。

三郎は今度は朝廷からの下賜品を持って土御門家にいく。

晴雄は書簡を投げ捨てる。「何もおわかりでない。これでは当家の無実が世間に明らかにされないし、清子の婿取りが遅れる。」

三郎は投げ捨てられた書簡に目を通す。

我が姫を朝廷にとられるか、誰か知らない婿にとられるか、どちらかしかないのか。いやいやお前は姫にとってより良くなるように努力をするだけだ。

「では、その旨、申し伝えます。」三郎は答えた。


朝議

「婿とりなどしたら、命を惜しむようになる。」

「ですが、いつまでも婿取りをしないのも御家にとって由々しき問題です。」

議論の結果修正案が提示される。


三郎はお邸で修正案を見せてもらう。

巫女として内侍所に入る際にはお邸から盛大な行列をつくること。

巫女としての勤務期間は1年を限度とすること。

籠城30日、随分と朝廷側は譲歩したのではなかろうか。しかし我が姫は「宮中は鬼しかいないのです。」と涙ぐんだ。

その結果更なる修正案が提示される。内侍所内では神の如く意の如く。


晴雄は三郎に向かって言う。「朝廷はどうしても姫を禁裏内に留めたいらしい。これ以上は期待できんであろうなぁ。」書状に目を落としてしみじみと言う。

「そなたはこれ以上何を望むのかと思っておるかもしれんが、禁術は魔物でな、一度知れば手放せなくなるのだ。」姫を差し出せば戻ってこない。

晴雄はいかにして晴明公の血脈を残すか考えた。朝廷の条件を見ればお家の名誉は挽回される。しかし朝廷に従えば血脈は途絶えお家はいずれ滅ぶ。

晴雄は心を決めた。えり好みをしている場合ではない。

「三郎、我が姫の婿になってはくれまいか。朝廷の申出を受諾し、姫が内侍所に入る前に子種を授けて欲しい。」

三郎は驚きで我が耳を疑う。

「清姫、三郎では不満か?」

清子は驚いて三郎を見る。目が合うと涙が勝手に溢れた。「夢のようでございます。」嬉しくて声が震えた。

「有難き幸せに存じ奉ります。謹んでお受けいたします。」三郎は畳に額をこすりつけて礼をした。胸の鼓動が外に聞こえるのではないかと思うくらい高鳴っている。


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