表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
107/154

代償

「!?ぐはっ!」

ものすごい力で何かが持って行かれた。

反動で清子の体は大きく揺れて、前方に崩れ落ち、意識を失った。


主上がぱっちり目を開ける。

「?」

ごそごそと上体を起こす。泰清が少々邪魔だ。

「ご機嫌いかがでございますか。」関白が恐る恐る尋ねた。

「うん、よい。十歳ほど若返ったように体が軽い。・・・まさに神の御業である。」

典医が信じられない思いで主上の脈をとる。しっかりとした拍動で正常である。

主上は突っ伏している泰清の背中を撫でる。

「泰清は無事であろうか?」

「わかりません。初めて使う術だと申しておりましたから。」関白は驚愕しながら答える。

「私の命を救った恩人です。このまま私の布団に寝かせてやろう。」主上が優しく言った。

「そんな滅相もない。分不相応です。」関白が遮る。

「何を申すか、泰清は神も同然。どれだけ感謝しても、し足りるものではない。」

そう言って主上は元気に起き上がり、泰清を抱きかかえようと体に手を回した。

「????・・・二条?」

もう一度、体を起こそうと腕を回す。

「二条?・・・泰清に胸がある・・・小さいけど、えっ?気のせいかな・・・いや、やっぱりある!」

「しまった。」関白は顔を覆う。

主上は、大典侍(女官長)を呼び、口止めをしたうえで泰清の世話を任せて、関白を日頃政務で使う部屋に連行した。



うつらうつら、お布団がいつになくふかふかで気持ちいい。うつらうつら。

うつらうつら、今は何時かしら。うつらうつら。

どれくらいこうしていたかしら。

そっと目をあける。目をあけると、見慣れない格子状の天井が見える。?ここはどこ。

布団がいつもと違う。ここはどこ?

混乱してがばっと起き上がる。ずっと先で誰かが小さく悲鳴をあげた。「ひぃっ!(化け物。)」

乱れた髪が顔にかかる。?結わえてなかったかしら。自分の体を見る、単衣である。何で私はこんなところで寝ているのかしら?私の着物はどこかしら?

怯えている女性に話しかける「あの・・・着るものを貸してください。」

その女の人は何度も頷き、清子に(うちぎ)と切袴と打掛を着せてくれた。ただものすごく怯えている。意味が解らない。

他に人がいないので「ここはどこ?」と聞いてみる。するとまた小さく悲鳴をあげて「ここは御常御殿でございます。」と答えた。「御常御殿?」誰の?もう一度その人を見る。するとまた小さく悲鳴をあげた。

「はぁ、埒が明かないわ。お父上さんを探しましょう。」美しい菊花の描かれた襖を開ける。

いくつもの襖を開けてやっと廊下に出た。廊下がやたら広い。

お父上さんはどこにいらっしゃるのかしら?うろうろと歩き回る。

「お待ち遊ばせ!」後ろから声がした。振り返ると、白粉で真っ白な顔に、鉄漿(おはぐろ)をしっかりつけて、真っ赤な紅を引いたお婆さんが打掛を翻して走って来る。この人が大典侍である。これは絶対待ったら駄目なやつ。清子は逃げだした。それにしてもこの御殿は広すぎない?振り返ると追手が増えている。

「えぇ?私何かした?」怖くなって、半べそをかきながら一生懸命逃げる。後ろばかり気にしていたせいで、誰かにぶつかった。びっくりして前を見ると衣冠姿のおじさんたちがいた。もう一度後ろを振り返る。あぁ私逃げ場を失いました!

「払暁の君?」ぶつかった相手が言った。顔を上げると守護職だった。

「あっ!至誠の君!よかった。あの、ここはどこでしょうか?お父上さんはどこでしょうか?」清子は畳みかけるように聞いた。

「?ここは御所ですが。お兄君はどうなさいました?」と守護職。

「えっ?泰清?」泰清は身罷ったけど?

「お父上さんはどこでしょうか?」もう一度聞く。

「梅小路にいるのでしょう。」至誠の君の後ろから、よく似た若い男が答えた。

「梅小路?私はどうやってここに来たのかしら?」何が何だかわからない。

お婆さんに追いつかれた。

「さぁ、こちらにおいで遊ばせ。殿方に顔を晒すなどはしたない。」お婆さんは清子を叱った。

「こっちってどっち!何故私があなたの指図を受けないといけないのですか!」清子は思いっきりにらんだ。大典侍が縮み上がる。

衣冠を着たお父上さんくらいの齢の人が言った「その格好はどうしたのかな?狩衣は・・・」

「何を仰っているの?狩衣?」 この人の言っていることもわからない。

関白が走って来た。

「姫、ちょっと御常御殿に戻ろうか。」

「どなた様でございましょうか?」清子は言った。関白が凍り付く。

衣冠を着たお父上さんくらいの人が「私のことはわかるかな?」と聞いた。

清子は首を傾げて「恐れ入りますが、存じ上げません。」と答える。関白と中川宮は顔を見合わせた。「ではでは、この男は?」と言って中川宮は将軍を引っ張る。

清子は首を傾げる。関白と中川宮はもう一度顔を見合わせる。

中川宮は言う、

「あー、お父上さんを呼ぶから、お迎えが来るまで・・・そう、茶室で待ちましょう。所司代すまないが、陰陽頭を呼んできてもらえないだろうか。守護職、茶はできるよね?大樹は・・・。」

「興味深いのでお付き合いしますよ。」

関白は言った、

「大樹公は緊急対策会議に出席するように。

姫の相手は守護職に任せました。宸翰事件のことを思い出し、くれぐれも粗相のないように、生きて再会できることを願います。」



とっても心落ち着く雰囲気の茶室で守護職とお婆さんを相手にお茶をする。

なんでこんなことになったのかしら。

「払暁の君は、旅に出ていらしたと聞きましたが、どちらへ。」守護職が聞いた。

「旅?」私旅なんてしたかしら、考え込む。

「お兄君とは文通友達なんですよ。この前は、椿の花を閉じ込めた氷を頂戴しました。」守護職が言う。

「・・・。」泰清は身罷ったけど・・・あれ?いつのことだったかしら。ずっと前のことな気もするし、ついこの前のような気もする。どうして身罷ったんだっけ・・・。なんでこんなことが思い出せないのかしら。何かがおかしい。清子は黙り込む。

守護職が沈黙に堪えきれなくなった頃、晴男が現れる。

「清姫!」晴雄は清子の姿を見て思わず声を上げた。清姫が泰清の姿をしていない。どこでばれたのかと一瞬のうちに次々と悪い想像をする。が、自分の方を向いた清子を見るなり息をのむ。清子は小首を傾げる。晴雄には、一瞬、我が子が葛の葉に見えた。何が変わったのかと思い注意深く観察する。

肌は色を失い、唇はより赤く、表情は乏しく、瞳は赤みを帯びている。

「清姫、禁術を使ったな!」晴雄は履物を脱ぎ散らかして、茶室に上がり込んだ。

「禁術を使った?・・・・・・思い出せません。」

清子は中空を見つめながら呟いた。



こんなわけで、葛の葉の話は消失後ほとんど出てきませんでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ