禁術
地下で蠢く有象無象
とある公家宅で鍋を囲んで会合が行われている。鍋は堂上用、地下用、侍用に分れていて、もくもく湯気が立ち上っている。もちろんすべての具材は侍持ち。みんなでわいわい食べてはいるが、具材は鍋ごとに上中下の等級に別れていて、決して互いの鍋を犯すことはない。
「将軍宣下がなされた。幕府の命脈が延びた。」一人の公家が言った。
「何かいい方法はないか。」また別の公家が言う。
浪人が言う、「将軍を誅殺する。」
それを聞いた地下がすかさず言う、「さすがに我等では手が届かない。命を無駄にしてはいけません。」
「命を無駄にするといえば、狐の塒に押し入った者たちの変わり果てた姿を見たか?」青侍が浪人に聞く。
「あれは意外であつた、中には会津はほとんどいないと聞いていた。それなのに全滅するとは何があったのであろうか。虫も殺さぬ顔をして、まさに魔王じゃ。」公家が割って入る。
「我等は狐の駆除に失敗した。もう同じ手は使えんだろう。いかにして駆除してくれようか。」
「恐れながら、狐は主上に飼われちょっだけで、結局は主上のご叡慮でございもす。主上は幕府贔屓でいらっしゃる。」
「そう、主上は変わってしまわれた。公議公論の種を蒔いたのは主上であるというのに。」
「そういえば、江戸へ遷都という話があるらしい。狐めが宣下のときに話しておったそうだ。」
「遷都?!悠久の歴史のある京の都をお捨てになると仰せか。」
「主上を取られてはなりもはん。大和行幸の二の舞になってしまいもす。」
「共和の世では大統領も平民から選ぶと聞いた、君主は不要らしい。皇国において主上は不可欠の存在だが、民意から離れた君主など害である。余計なことは為さらず、ただそこにいらっしゃるだけでいいのに。」
「たとえば、幼い東宮のような?」
「そう、政治などおわかりになる必要などない。」
「ところで、この魚は何か、驚くほど美味である。」
「それは河豚でございもす。」
「河豚食は禁止されている、なんでこんな美味いものを食してはならぬのか。さては幕府が独り占めするつもりだな。」
「河豚は猛毒がごわす、こげん長州人が料理したもんでないと危なくて食べられもはん。皮や内臓諸々、詳しゅうはわかりもはんが、不用意に食べて死ぬ者が後を絶たんで禁止になっちょっとです。」
「猛毒?食うてしまった!」「はは、ご安心ください、あん長州人は上手じゃで。」
「これだけ美味ければ食べたくなるわなぁ。」
一同物珍しそうに魚の白身を箸で摘まみ上げて見つめた。
禁裏御所
内侍所で毎年恒例の奉納神楽が執り行われた。
その日は殊の外寒く、主上は御風邪をお召しになりました。
病状は重く暫く安静の日々が続いたが、ようやく回復の兆しが見えてきた。
――― このまま風邪をこじらせたことにすればいい。
典医の処方した風邪薬を猛毒の粉末に代えて命婦に渡す。命婦はそれとは知らず内侍に渡す。内侍はそれとは知らず吸い飲みに入れる。
「お薬のお時間でございます、どうぞお召し上がり遊ばせ。」典侍が吸い飲みの飲み口を主上の口に運び、ゆっくりと一滴一滴飲ませた。
暫くすると、主上は頭痛を覚え、吐き気を感じる。悪い風邪がぶり返したと思った。
数時間すると手足の感覚が麻痺しだす。これはおかしい、典侍が慌てて典医を呼ぶように指示をする。
典医が診察している間にも、主上は、動くことができなくなり、声も出なくなり、冷や汗を流して苦悶する。
典医は言った。「御覚悟あってしかるべきでございます。最後にお目にかけるべき方々をお召しになって下さいませ。」
関白、親王、将軍、守護職、所司代が小御所に集まった。
枕もとに参じた関白は驚く、昨日ご機嫌伺いをしたときは快方に向かっていた。それなのにこの急変は何事か。主上が崩御しようものなら、今参内してきた者は皆奈落の底に突き落とされる。背筋が凍る思いだ。
どうすればよい?これが天命なのか?
関白は小御所に走って行って、武家に向かって叫んでいた。
「泰清、泰清を呼ぶのです!」
将軍が怪訝そうな顔をする。
「容保、すぐに、今すぐに、泰清を連れて来ておくれ。」守護職は将軍よりは泰清兄妹の不思議な力を知っている。
守護職自ら泰清の邸に行った。泰清はひどく急かされて、狩衣のまま参内させられる。
事情を知らない公家が、衣冠を身に着けずに参内した泰清のことを聞こえよがしに批判する。泰清子だって好きでこんな格好で参内しているわけではないのに。小御所では関白が泰清を今や遅しと待っていた。
関白に連れられ御常御殿の御寝の間に行く。
主上が青白い顔で横たわっている。
「主上、主上、」泰清は枕元で呼びかける。
意識が朦朧とした様子で何も返ってこない。
「これはどうしたことでございますか?」典医に聞く。
「不容易なことは申せませんが、毒を盛られた可能性がございます。」
「?!」
泰清子だって殺されかけた、中川宮だって諸大夫を誅殺されている、どうして主上だけ安全なはずがあろうか。
こんな形で二度も大切な人を失うなんて絶対いや!今度こそ助ける。
「関白様、禁術を使います。上手くできるかわからないけど、やってみます。」
関白は頷いた。
清子は主上の左手を両手で握る。
私は、お師匠さんを殺そうとした葛の葉が許せない。それなのに今、葛の葉の力を借りようとしている。虫がいいわね。でも、お願い葛の葉。
「来たれ、司命、司中、司祿!
李鉄拐は屍を借り 張果老は永生を得た
我が魂魄を泉界に帰して請う
魂の西天に上るを制し 魄の地下に還るを阻み 今暫くの天寿を与えよ 急急如律令!」
ぐぐぐぅぅぅぅうううううぅぅぅぅううううわんっ!
主上の死因は天然痘と言われています。毒殺説も根強くあります。きっと掘り下げてはいけないところでしょう。病状に適した毒が思いつかないのでこんな感じになりました。
主上はやっぱりハーレムにいる。羨ましいなぁ。ただ典侍は高齢者ばかりだったらしい。
中国の歴史でも一時代の終わりは皇帝の短命が続きます。徳川将軍もそうですね。末期だからストレス過多で短命なのでしょうか、それとも短命が続いたので時代が終わるのでしょうか。
どうしよう、生き返っちゃう。これがしたかったんだけど、ガイドラインがなくなった。