2:沈黙の破綻
辺りがどよめいている。
儀礼の間は先ほどまでの祝福した空気と一転、騒然となっていた。
なんだ、なんだ?
一体何が起こっているんだ?
そんなどよめきの声がどこからともなく聞こえる中、フェリシアは大神官に睨まれる形で立ち尽くしていた。
「……――フェリシア姫。一体どうしたのですか?」
戸惑いながら、傍らからイェルドが声を掛けてくる。
それに対して、フェリシアは俯くと、小さく首を横に振っていた。
「……何故、よりにもよって、この方を呼んだのですか」
やがてぽそぽそとフェリシアが言ったのはそれだった。
「このまま上手く行くと思っていたのに……このまま隠し通せると思っていたのに……」
次に顔を上げた時、フェリシアは泣いていた。
ぽろぽろと涙をこぼしていた。
「何故……大神官様は、そこまでしてあんな田舎者なんかと私を繋げようとするの……!」
半ば叫ぶような声でフェリシアは大神官に問い掛けていた。
するとややあって、大神官は答えていた。
「私ではない。そうしているのは、私ではないのですよ、姫。これも迷信とお思いですかな? 理由がわからなければ信じるつもりにはなれませんかな?」
「……どうしてなの」
首を横に振るフェリシアの方へ一歩足を踏み出すと、大神官は笑顔で問い掛けていた。
「では、ここまで言えば納得されますかな? 姫の運命の相手がエーミール=ステンダールと定められた理由を」
「……やめて」
「フェリシア姫、あなたは――」
「いやっ、やめて……――」
「三年前、リュミネス山にて――」
「やめてっ、やめてえぇッッ!!」
叫び声を上げるフェリシアに向かって、大神官はハッキリと言っていた。
「一人の少年と契りを交わされた。身に覚えがあるはずですぞ、姫」
「違うの! 違うのよ、アレは……――」
慌てて首を横に振るフェリシアだったが、横でそれを聞いていたグランシェス王は蒼白になっていた。
「……フェリシア。今のは本当か?」
「ちっ、違うのです、お父様!」
慌ててフェリシアは王の方を振り向くと、言っていた。
「あ、あれは仕方なかったの! 何も契ろうと思ったわけではなくて……どうしようもなかった事で……!」
フェリシアの言葉によって、王は全てを確信していた。
「…………フェリシア」
王は重々しくため息をこぼしながら、頭を抱え込んでいた。
「まさか、お前がこのような者だったとはな……これまで、大切に育ててきたつもりだったのだが。私の見当違いだったか……」
眉間に皺を寄せる王に対し、慌ててフェリシアは訴えていた。
「これは違うのです! 何かの間違いで……――」
「女神の言葉に、何の間違いがあることかッッ!!」
急に王が大声を出した事によって、フェリシアは息を飲んでいた。
「……――」
呆気に取られた面持ちで押し黙るようになったフェリシアは、とてもではないが普段通りとは言い難い。
これほどにひどく取り乱すさまを大衆の面前で見せた娘の姿に対し、王は呆れた様子で首を横に振っていた。
「……言い分けなら後で聞く。しかし、これ以上、この婚礼の儀を続けるわけにはいかなくなってしまったな……」
重苦しくため息をこぼした王の姿を見て、フェリシアはハッとなっていた。
そうだった。これは大切な二国を結ぶための行事であるというのに、各国から来賓を招待した場であるというのに――。
「…………」
赤面し、慌てて俯くなり口元を抑えるフェリシアをよそに、王は沈鬱な面持ちを浮かべながら、周りに対して静かに伝えていた。
「……申し訳ない。儀式をここで中断させて頂きたい」
途端、辺りのどよめきが大きくなる。
そんな中、やっとの思いで口を開いたのはイェルドである。
「……どういうことですか」
そんなイェルドに対し、王は沈み込んだ声で伝えていた。
「……婚約を破棄させて頂きたい」
途端、ザワッと辺りが騒然とするようになる。
「は、破棄だって……?」
蒼白になるイェルドと、一方でモレク王が手すりに置いた手をギュッと握り締める。
「……グランシェス王よ。我が国と息子の顔に泥を塗る気ですかな?」
「そのようなつもりは……! ……――しかし、そうせねば。そうせねば我が国の存続に関わるのです……! 女神イスティリア様は、不義を決してお認めになられない厳格な神……! 本当に、本当に申し訳ないとは思うが……!」
グランシェス王は今にも露わになりそうな怒りを押し込めるかの如く、震えた声で話していた。
結局、辺りが騒然となったまま、閉式となったのだ。
「この件については、後ほど。これほどの無礼を息子に対し、しかも公開処刑かの如く働いてくださったのですから。我々が納得の行く理由を、是非ともお聞かせ願いたいところですな」
嫌味っぽくそう言い捨てた後、モレク王とイェルドは他の来賓同様に帰ってしまった。
がらんどうになった儀礼の間において、玉座に腰掛けたグランシェス王は、「――さて」と前置きの後、正面で押し黙ったまま立っているフェリシアを睨み付けていた。
「お前にはほとほと失望させられたものだ」
王はフェリシアに対し、そう告げていた。
そのように言われるであろうと覚悟していたフェリシアは、沈黙したままグランシェス王の怒りに満ちた言葉を受け止めていた。
「自身が仕出かした悪事がどれほどのものであるか、自覚が無いとは言わせぬぞ。これはお前が招いたことだ。お前が仕出かしてしまったことなのだ……!」
「……はい」と、やっとの思いでフェリシアは頷いていた。
本当は、否定したかった。違うのですと言って理解を得たかったが――
こうなってしまった父がてこでも動かない人物であるとは、娘のフェリシア自身が一番よく理解しているのだ。
(……でも、どうしてなの? どうして大神官様は、私があの少年と契ったと……? ……まさか、女神様は実在するとでも言うの……?)
今更それを思ったところで、もう遅い。
全ては自分自身の軽率さが招いてしまったこと。
すっかり黙り込んで言葉を発さなくなったフェリシアの姿に、王はため息をついていた。
「……もう良い、下がりたまえ」
そう言って手を払った後、伝えていた。
「お前の処分は後で決める。後ほど使いを出すから、私の書斎へ来るように」
「……はい」と、フェリシアは静かに頷いていた。




