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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第一章 雪上の契り
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18:信仰と迷信

 大神殿の一角にある来賓用の客間にて、しばらくの間フェリシアとパトリックは、テーブルを挟んで向き合いながら話し合いを行っていた。

 そうやって、やがて決まったのはこれだった。


 まず、国王には今回の神託の件は伝えないこと。

 予定通りに成人したら、モレク第二王子との婚儀を行うこと。


 つまり……――沈黙を保ち、何事も無かったものとして振舞うこと。


 それが、パトリックとフェリシアが話し合った結果、下した結論だった。


「……それが女神様への反目だと捕えますかな?」


 パトリックの重々しい声に、フェリシアは首を横に振っていた。


「いいえ。……そもそもが、ゼロ歳の頃からの約束なのよ。モレク第二王子との婚約を今更取り止めるだなんて……それこそ、国際問題に発展してしまう」


 そう話しながら、フェリシアはふと視線を横へと動かしていた。

 そこでは暖炉の前にカリーナがしゃがみ込んで、パチパチと音を立てている薪の世話をしている。


「あの国は……まずいのよ。あの国を相手にするのは……」


 フェリシアが重々しげに頭を抱えるのは尤もな事だった。

 それを重々にわかっていたから、パトリックもまた沈黙することを彼女に勧めたのだ。


「大丈夫。あなたはイスティリア様の子なのですから。さっきのは何かの間違いだったのです。きっと女神様もお許しになられる……きっと」


 パトリックは重々しげに頷いた後、座っていた椅子から立ち上がっていた。

 それから、「それでは失礼致します、姫」と挨拶の後、部屋を出て行くようになる。


「…………」


 フェリシアは腰掛けていたソファに深く腰掛けなおすと、パチパチという火の音を聞きながら溜息をこぼしていた。


「……姫様」とやがて声を掛けたのは、火の管理を終えたカリーナである。


「きっと大丈夫ですよ。あまり思い詰めすぎないでくださいませ」


 カリーナはフェリシアに微笑みかけた後、部屋を出て行った。


 ――パタン。というドアの閉じる音を来て、フェリシアはやがて恐ろしく冷たい表情を垣間見せていた。


「私がどれだけ努力しようと……――皆が気遣うのは、王女たる私なのね。グランシェス王国に付随する、王女の私」


 ええ、わかっている。わかっているわ。とフェリシアは内心思っていた。





 その日の夜――上手く眠れないままフェリシアは部屋を抜け出すと、寝衣の上から毛皮のケープだけを羽織ってぶらぶらと神殿の廊下を散歩していた。

 廊下沿いに並ぶ窓からは外の雪を反射した月明かりが差し込んでおり、ぼんやりと廊下の床の複雑な模様を照らし出している。


 明日はまた旅路が始まるとはわかっているのだが、大神官が言われた言葉が頭について離れないのだ。


「……私が何をしたというの?」


 思わずぽそりと呟いた声は、薄暗い廊下の先へと消えて行く。

 その時である。


「私はエーミールのことをよく知っている」


 そんな声が聞こえたから、フェリシアはパッと振り返る。

 そこに立っていたのは、カンテラを手に持った大神官だった。


「エーミールはイド村の少年ですな。私も十年前まではイド村に居りましてな。その時は三歳の、まだ言葉も危なげな幼児だったかな。見て御覧なさい、私の髪を」


 そう言って大神官は自分の癖のある髪を撫でたが、ただの白髪にしか見えない。

 そんなフェリシアの思いに気付いたのか、大神官は顔に皺を刻みながら微笑んでいた。


「――まあ、私の髪はもう色が抜け落ちてしまいましたがな。イド村の子供は、灰色の髪で生まれてくるのです。理由はわからない。しかしただ、代々代々、灰色の髪を持って生まれてくる」


「…………」


 沈黙するフェリシアが思っていたのは、エーミールの髪の色と、(それがどうしたの?)という気持ちだった。


 そんなフェリシアの気持ちを知ってか知らずか、大神官は尚も話を続ける。


「この大神殿に勤め上げる大神官は、イド村の長老から順に選出される慣例がありましてな。それと髪の色に何の関連があるかはわからない。しかし、イスティリア様の大神官というものは、灰色の髪をしているというのが定番ですな。私が聞いたのは、リュミネス山に幼少から住まう者は、特に女神様との縁が深く結び付くと――そのような事情で、大神官に選ばれると聞いております」


「……そうなのですね」


 ぼそ、とフェリシアはやっと相槌を打っていた。


 大神官は頷いていた。


「本来の理由を知る者など、滅多には居りはしません。因は時と共に風化し、後に語り継がれるものは果だけとなる。我々はそれに従い、忠実に形を保ち続ける。そこに意味が見出せなくとも、その形には必ず、先代の意図があるのです」


「…………」


 再び沈黙するフェリシアに、「従いなさい」と、大神官は言った。


「意図がわからずとも、意味がわからずとも――従った方が良い。これが私からの……忠告です」


「……大神官様。そういう言葉はね」


 やがてフェリシアは顔を上げ、涼しげな表情をして、真っ直ぐに大神官を見つめていた。


「“脅迫”にしか聞こえないのですよ。ただの押し付けにしか聞こえない。ただの押し売りにしか聞こえない。意図の見えない指示などに、従おうという気持ちにさせる力はありません」


「……姫様」


 大神官は笑顔を絶やさないまま、じっとフェリシアのことを見た。

 そんな大神官の眼差しを、フェリシアはしっかりと受け止めた。


「誰かを動かそうと思えば、意図が、意味が、確証を感じさせるに値するような“何か”が、そこには必要になるのよ。それができないものから順番に迷信と呼ばれ、まやかしと呼ばれるようになる。おわかりかしら? 女神イスティリア様の存在は、この国において、もはや既に、半ば迷信と化しているのです」


「…………」

 馬鹿な。と呟きかける大神官の横を、フェリシアはすり抜けて行った。


「あなたがエーミールの知人と聞いて安心しました。やはり神託は大神官が考えた言葉を連ねているだけであるという確証が持てたから。これでゆっくりと眠れそうですわ。ありがとう、大神官様」


 フェリシアはやんわりと大神官に礼を述べた後、その場を立ち去っていた。


 残された大神官はやがて、重々しく溜息を吐き出していた。


「……これだから若者は。年長者の言葉に従っておれば良いものを……」


 そうやって我々は難を逃れ生きてきたのだから。これまでも……――これからも。


 そう思って、大神官は窓の方へと目を向ける。


 外ではちらほらと雪が降り始めていた。女神イスティリアの象徴たる雪が。


「どうなるかな……この国は」

 雪の儚い姿を眺めながら、そう、大神官は呟いていた。





    ―― 第一部・第一章 雪上の契り ―― 終



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