三日月の下、二人歩かば
ーーーーー 時は、明治。
文明開化、殖産興業、富国強兵、和魂洋才、
この時代を表す言葉は数あれど。
当時、一世を風靡したものがございました。
探偵小説。
令和の世ではミステリー、推理小説と呼ばれるその文学が、花開いた時代でもあったのです。
それに魅せられた男が、また1人。
☆
「探偵、ね。」
学舎を出てからブラブラしていた俺に、家業を継いだ兄貴から、横浜の拠点で働くよう打診があった。打診とは言うものの、気楽な三男坊もそろそろ自立せよということか。
副業可と言われてもいるし、ここらで一旗あげてみるのも悪くない。学舎での学びを活かすなら私塾もいい。だが、どうしても頭から離れなかったのが「探偵」のひと言だった。
いずれにせよ人手は欲しい、と思いついたのが学舎の後輩の1人だった。数学が得意で、学舎を出たあとは算額巡りをするなどと枯れたようなことを言っていたので、どうせ暇なのだろう。
あとは、家業で取り引きのある貿易商も一家で横浜に移るそうなので、そこの息子にも声をかけることにした。
結局2人とも巻き込むことに成功し、家業と私塾の2本立てで生計を立てることにして、私塾の教室の片隅に小さく貼り紙をした。
「ヨロズ探シ物承リマス。」
横浜の拠点は2階建て。
2階は小部屋の多い造りで、一番良い角部屋だけは手入れして空けておけと言われていた。
その理由が知らされたのは、半年後。次の春から女学校に通う幼馴染を下宿させるのだという。確かまだ12になったばかりだったと記憶している。その歳で親元を離れるのは寂しかろうと、こちらに白羽の矢が立ったのだと理解した。
そして春。「お久しぶりです、お兄様方!」
思っていたより大人びた様子の彼女が、私塾の戸を叩いたのだった。
☆
横浜に来て5年。
家業は順調、私塾もそこそこ当たって、暇ではない毎日である。
探偵業の方は今一つ。
世はこともなし、平和なのは良いことだ。
柱時計が4つ鳴った。
秋の日はつるべ落とし、あっという間に日が落ちる。
帰りが遅いな。卒業も近づいたためか、はたまた学友の誘いを断れなかったか。ふむ。
書類整理も一段落したし、私塾を開けるまでにはまだ間があるか。
インバネスを羽織り、後輩に声をかける。
「ちょっと出てくる」
「はいはい、いってらっしゃい」
(迎えと言えばいいのに。素直じゃないですね、まったく。)
夕暮れの街を関内方面へ。
点灯夫がガス灯を灯していく。
その下を足早に近づいてくる彼女が見えた。
「やあ、今帰りかい?」序でを装えただろうか。
「所長さん!お仕事ですか?」
「まぁね。さ、もう暗くなるから帰ろう」
「はい!」
(迎えに来て、くれたのかしら?だったら良いのに。)
ひょう、と風が吹く。
細い肩が震えたような気がして、風除けになるよう隣に並ぶと、互いの目が合ってしまった。何となく気まずい。
子供、子供と思っていたけれど、もう16か。
女学校を卒業したら、どうするのだろう。郷里に帰って嫁入りだろうか。
寂しくなるな、などと思う自分に驚く。
そんな2人の気持ちを知ってか知らずか。
笑ったような細い三日月が、夕暮れの空に光っていた。
こちらの短編をベースに連載開始いたしました
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