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一方で、友人たちの反応は、親族とは真逆のものだった。
数日後、気晴らしにと誘われた、友人であるクロエの邸宅でのティータイム。
集まった三人の令嬢たちは、私を見るなり、同情の嵐を降らせてきた。
「アイリス、本当に大変だったわね……!」
クロエが私の手を握り締め、潤んだ瞳で私を見つめる。
「噂は聞いているわ。あのジュリアンとかいう男、夜会の真ん中で突然婚約破棄を叫んだんですって? なんて野蛮で、配慮に欠ける男かしら!」
もう一人の友人、セリアが扇で激しく胸元を仰ぎながら、憤慨したように言った。
「そうよ! アイリスは何も悪くないわ。いつも穏やかで、少し変わった面白いお話をしてくれる、素敵な令嬢なのに。あんな、自分の器の小ささを棚に上げて女性を責めるような最低な男、こちらから願い下げよ! 断られて、むしろ清々したわ!」
「本当にそうよ。アイリス、落ち込まないでね? 世の中には、もっとあなたの良さを分かってくれる、誠実で器の大きい男性が必ずいるわ。あんな男、すぐに忘れてしまいなさい!」
友人たちは、私のために本気で怒り、本気で慰めてくれている。
その気持ち自体は、とても嬉しかった。前世の記憶があろうとなかろうと、自分のために感情を動かしてくれる友人がいるということは、純粋にありがたいことだ。
けれど――私はやっぱり、どこか冷めた視線で彼女たちを見ていた。
「みんな、ありがとう。でも、私は本当に気にしていないのよ」
「まぁ、健気なこと……! 無理をして強がらなくてもいいのよ、アイリス?」
「いえ、強がりではなくて……。何と言えばいいのかしら。例えば、楽しみにしていたお菓子を、食べる前にうっかり床に落としてしまったような、その程度の感覚なの。あぁ、残念だったな、でも、落としてしまったものは仕方がないから、次のおやつを楽しみにしよう、っていう」
クロエとセリアは、一瞬ぽかんとした顔をした。
「お、お菓子……?」
「ええ。それに、ジュリアン様が怒っていたことも、分からなくはないの。彼はきっと、神話のように、お姫様を優しくリードする王子様になりたかったのよ。でも、私はお姫様になりきるには、少し現実を見すぎていたというか……。例えば、物語に出てくるお姫様って、いつも綺麗なドレスを着て完璧な姿でしょう? でも実際は、コルセットをきつく締めすぎると、お腹がいっぱいになった時に胃が圧迫されて本当に苦しくなるとか、夜遅くなるとお化粧が崩れて肌が荒れるんじゃないかとか、そういう些細な現実があるじゃない? 私はそういう、飾らない日常の話をしたかっただけなんだけれど、彼が求めていたのは、もっと夢のような、完璧に飾られた世界だったのね。だから、合わなかっただけなのよ」
私がフラットにそう語ると、二人はしばらくお互いの顔を見合わせた後、深いため息をついた。
「……アイリス。あなたって本当に、時々不思議なことを言うわね。でも、言われてみれば確かに、コルセットを締めた後のフルコースは、拷問以外の何物でもないわ」
「そうよね。あのご馳走を目の前にして、半分も食べられないなんて、何の罰ゲームかしらっていつも思うわ」
「でしょう? 美味しいものは、お腹いっぱい、苦しくない状態で食べてこそ、本当に『美味しい』と思えるものだわ」
友人たちは、私の「些細な共感」にクスリと笑ってくれた。
親族のように説教をするわけでもなく、ジュリアンのようにプライドを逆撫でされたと怒るわけでもない、この穏やかな時間が、私はとても心地よかった。
やっぱり、私はこれでいい。誰かに合わせるために、自分の自然な感覚を押し殺してまで、可愛げのある人形になる必要なんてないのだ。
こうして、私の婚約破棄騒動は、私の中では完全に「終わったこと」として処理した。
これからしばらくは、社交界の端っこで、静かに、美味しいお茶を飲みながら、読書でもして過ごそう。前世の記憶にある、あの「雨の日に、部屋にこもって好きな本を読んでいる時の、最高の贅沢感」を、この世界でも満喫しよう。
そう、のんびりとした今後の生活の計画を立てていた、まさにその時だった。
予想外の出来事は、あまりにも唐突に、そして呆気なく舞い込んできた。
「アイリス! 大変なことになった!」
数日後の昼。
父が私の部屋に飛び込んできた。
前回の怒号とは違い、今回の父の顔は、驚愕と、興奮と、そしてどこか恐れおののくような、複雑な表情で上気していた。手には、上質な羊皮紙でできた、金色の蝋印が押された一通の手紙が握られている。
「お父様、どうされたのですか? そんなに慌てて、まるで階段を駆け上がった後のように息が切れていますよ。まずは冷たいお水でも飲んで、落ち着いてください」
「水など飲んでいる場合か! これを見ろ、これを受け取ったんだ!」
父が机の上に叩きつけるように置いた手紙。その印章を見た瞬間、私は少しだけ眉を動かした。
それは、我が家のような一介の伯爵家には、滅多に届くことのない、高位貴族の紋章だった。
「……ルフェーヴル侯爵家、でしょうか?」
「そうだ! あの選帝権すら持つと言われるルフェーヴル侯爵家の当主、そしてその子息であるギルバート・ルフェーヴル閣下からの、直々の書状だ!」
ギルバート・ルフェーヴル。
その名前を聞いて、私の脳裏に社交界の噂がいくつか浮かび上がった。
ルフェーヴル侯爵家の若き嫡男であり、若くして近衛騎士団の副団長を務める、文武両道の天才。しかし、その性格は極めて「気難しく、冷酷」であると有名だった。
美しい容姿を持ちながらも、近づく令嬢たちをその冷徹な眼差しと、一切の妥協を許さない辛辣な言葉で一刀両断にし、これまでに数多くの令嬢を泣かせてきたという、「社交界の氷壁」の異名を持つ男。
「その、ギルバート閣下が……我が家に、一体何の御用ですか?」
「縁談だ!!」
父の声が、裏返った。
「お前との、縁談を申し込みたいと、そう書かれている!」
「……はい?」
私は、自分の耳を疑う、ということはしなかった。ただ、純粋に「なぜ?」という疑問が浮かんだだけだ。
婚約破棄されたばかりの、可愛げがないと噂の伯爵令嬢に、社交界最高峰の、しかも気難しいと有名な侯爵子息からの縁談。普通に考えれば、割れたお皿を金継ぎするよりも不自然な話である。
しかし、周りの反応は、そんな私の疑問を置き去りにして、一気に沸き上がった。
「ルフェーヴル侯爵家からの縁談ですって!?」
知らせを聞いた母は、その場で嬉しさのあまり卒倒しそうになり、侍女たちに抱えられた。
あんなに私に苦言を呈していたエインズワースの叔父からも、手のひらを返したような、お祝いと称賛の嵐のような手紙が、その日の夕方には届いた。
「さすが我が一族の誇りだ」「アイリスなら、あの気難しい閣下をも手玉に取れると信じていた」などと書かれていて、貴族の現金さに、私は思わず笑ってしまいそうになった。
友人たちの騒ぎようも、凄まじかった。
翌日、私の家に押しかけてきたクロエとセリアは、私の両手を掴んで、部屋の中で飛び跳ねんばかりに興奮していた。
「アイリス! 一体どういうことなの!? あのギルバート・ルフェーヴル閣下よ!?『氷の副団長』と恐れられる、あの方から、直々の求婚なんて!」
「ジュリアンなんかとは、比べ物にならないどころの騒ぎじゃないわ! 神様は本当に見ているのね、あんな最低な男と別れた途端に、こんな素晴らしい幸運を用意してくださるなんて!」
「ねぇ、どこで閣下と知り合ったの? いつの間にそんな、閣下の心を射止めていたの!?」
矢綴り早に繰り出される質問の嵐に、私はただ、困ったように微笑むしかなかった。
「み、みんな落ち着いて。知り合ったも何も、私は閣下とお話ししたことさえ、一度もないのよ。夜会で遠くからお姿を拝見したことがあるくらいで、言葉を交わした記憶なんて、本当に一言もないわ」
「えぇっ!? じゃあ、どうして……?」
「さぁ、私にも分からないわ」
私は、窓の外で風に揺れる庭の木々を、ぼんやりと見つめた。
「周りのみんなは、まるで奇跡が起きたみたいに大騒ぎしているけれど……私にとっては、まだお会いしてもいない、どんな人かも分からない方よ。ただ、身分の高い方から、なぜかお声がかかった。それだけの話だわ」
「アイリス、あなたって本当に冷めているわね……。あのギルバート閣下からの縁談なのよ? もっと、こう、胸を高鳴らせたりしないの?」
セリアが不思議そうに私の顔を覗き込んでくる。
私は、ふっと息を漏らした。
「胸を高鳴らせる……。でも、例えばね、セリア。とっても豪華で、見たこともないような綺麗な箱が目の前に置かれたとして、中身が何かも分からないのに、『絶対に素晴らしいものが入っている!』って、手放しで喜べるかしら? もしかしたら、中には私の苦手なものが入っているかもしれないし、ただの空箱かもしれない。開けてみないことには、何も分からないでしょう? だから、今の段階で一喜一憂しても、エネルギーの無駄遣いになってしまう気がするの。期待は毒になってしまう」
「箱、ね……。相変わらず、あなたらしい例えだけど」
クロエが苦笑する。
「それにね、気難しいと有名な方なのでしょう? ジュリアン様でさえ、私のこの『可愛げのない性格』に耐えられなかったのよ。もしその閣下が、噂通りに冷酷で厳しい方なら、私のこの、思ったことを我慢せずに口にする態度を見たら、初日で怒り狂って、今度はもっと酷い方法で婚約破棄されるかもしれないわ」
私はそう言って、新しく淹れ直した紅茶を一口啜った。
周りがどれだけ沸き立とうとも、私の世界は、私の感覚のままだ。
勝手に決められ、勝手に無くなった縁談の後に、また勝手に舞い込んできた、新しい縁談。
お父様もお母様も、親族も友人も、みんなが勝手に盛り上がっているけれど、私はただ、その嵐の中心で、静かに次の日常を待っているだけだった。
「お会いすることになったら、その時はその時よね……」
私のそんな、どこまでも冷めた呟きだけが、騒がしい部屋の中に、静かに溶けて消えていった。




