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十二話

「じゃ、いってくる」

「待って! まお……じゃなくて……ふ、冬人」


 少し驚いた。

 ナリカの姿で本名を呼ばれるなんて、あまりにも新鮮な体験だったから。


「なに?」


 足を止めた俺にナリカが近づいてきて、その場で背伸びする。

 そして頬に、濡れた暖かいものが触れた。


 …………えっ?


 今のって間違い無く……その、アレだよな。

 世間一般的にキスとか口付けとか言われている行為。


「あのっ、そのっ……これは《魔王の祝福》だからっ……! た、体力と魔力を回復させないといけないからっ」


 身体が黒いオーラに包まれ、体力、魔力、その他様々なステータスが150%まで回復&強化される超高性能スキル――《魔王の祝福》。

 男女間限定で、魔王在任中一回のみ使用できる魔王専用スキル。


 だが強化とか回復以上に、俺のモチベーションが一気に何十倍にも跳ね上がる。

 ステータスアップなんかより、こっちの効果のほうがはるかにデカイ!


 いっぽう有頂天な俺とは逆に、黄金騎士の方はだいぶお冠である。


「おいゴミ野郎。勝負が決まる前に、賞品かりなに手を出すのは反則じゃねーか?」

「しょうがないだろ。一瞬で全てのステータスを回復させる技なんて《魔王の祝福》ぐらいしかないんだから」


 と言い訳しつつ、俺の顔は緩みまくっている。


「ちっ……まあいい。別に初めてにはこだわらねえし。だいたいお前が負けたら、今の光景をテメエが見ることになるんだからな。学校の教室、お前の席の前でよォ、夏莉奈とのベロチューを見せつけてやるよ。それも毎日よォ……くく」


 まったく……絵に描いたような下種野郎だ。

 こいつに夏莉奈を渡すわけには絶対いかない。


 奴の台詞を聞いて、緩んでいた表情が一瞬にして引き締まる。

 そうだ集中しろ! 絶対に負けられない戦いなんだ!






「《決闘デュエル》!!」


 俺と黄金騎士が同時に唱えた。


 決闘タイマンシステムが発動。

 俺達の周囲に結界ができあがる。

 これで30秒の準備時間を含む――計10分30秒は誰の介在も許されない決戦のフィールドが生まれた。


 上空には残り時間を知らせる数字が、時を刻んでいく。


 ―23、―22、―21……あの数字が0になった時に決闘が始まる。


 俺は《魔剣ダーインスレイヴ》を召喚すると脇構えにし、姿勢を極限まで低くした。

 いかにも一足で飛び込み、獲物の首に食らいつかんとする構え。

 反対に奴は正眼の構えで、俺をどっしりと迎え撃つ体勢に。


 奴と俺の能力差を推測するに、奴の剣撃を一発でも食らえば……いや一撃でもガードしようものなら、剣ごと弾き飛ばされて即死の可能性もある。


 ―14、―13、―12…………。


 絶望的戦力差だ。

 だが攻撃をさばく方法が無いわけじゃない。


 ―7、―6、―5…………。


 バイクのアクセルを捻るように、剣の柄をぎゅうっと引き絞る。




 ――デュエルスタート!!




「《真撃レーザー》!!」


 開始の合図と同時に飛び込む素振りを見せていたが、実はフェイント。

 本命はこっちだ。


 《真撃レーザー》――遠距離直線攻撃。指から5ミリ直径の光線を放つ。当てるのは難しいが威力はそこそこ。魔法にしては珍しくクリティカル判定があり一撃死も狙える。


 突撃するつもりなんて毛頭無い。

 近距離戦ではあちらが圧倒的有利。

 死地に飛び込むようなものだ。

 ここはとりあえず遠距離魔法で牽制しつつ様子を見るのが正解。


 だがこちらの作戦はバレバレだと言わんばかりに、開始直後に奴が突っ込んできた。

 力押しの攻撃で攻めるつもりだろう。

 だが焦る必要は無い。

 この展開も予想の範疇だ。


「……はやいっ!」


 だが誤算があった。

 黄金騎士の特攻スピードが異常ともいえる速さなのだ。

 ただのダッシュなのに《閃疾風ライトニングゲイル》並の速さだ。


「……っ、速すぎる!」

「違うぜ。お前が遅すぎるんだよ、雑魚が」

「《絶対守護アイギス》!!」


 俺の手からキラキラ光る赤い薄膜の様な物が発生する。


 それでなんとか奴の剣撃をガードするものの、剣圧で壁に吹っ飛ばされ、背中をしたたかに打ち付けてしまう。


 《絶対守護アイギス》――どんな物理攻撃も防げる防御魔法。そのかわりタイミングが超シビアで、効果持続時間はたった1/10秒しかない。ちょっとでも攻撃を受けるタイミングがズレたら致命傷になるだろう。


 この《絶対守護アイギス》以外の受けを、現在は持ち合わせていないため、とりあえずこれで凌ぐしかない。


 壁際で倒れている俺を、即座に追い打ちにくる黄金騎士。

 一瞬で詰め寄り袈裟切り一閃。


「……くっ!!」


 前転し奴の袈裟切りを紙一重で避けて立ち上がり、体勢をなんとか立て直す。


 くそっ、コイツ!

 あんなタチの悪いサイコ野郎なんだから、ぶっ放しプレイでくると思ったら存外に立ち回りが“堅い”!


 俺と奴ぐらいのステータス差があって、まぎれが起こるとしたらクリティカルしかない。

 ステータス差が天と地ほどあるのだから、舐めたプレイをしてくれるのであれば、クリティカルを狙えるチャンスが何度か訪れると思っていた。

 だが奴の戦いを見る限りそんな隙はない。


 奴は常に正中をかばう――線対称の位置で剣を小振りに振ってきている。

 これではクリティカルを狙う事はほぼ不可能だ。


 かなり大胆に攻めているように見えてリスクは最小限という、寒いプレイに徹している――いわゆる理論値系のプレイスタイル。

 だが、なにがなんでも勝つことを前提とした場合、理想的な戦い方と言える。


 驚いた……かなりの実力者だ。

 ここまで丁寧な攻めをするプレイヤーはなかなかいない。

 それに油断や慢心も一切無い。


 ……これは骨が折れそうだ。


 俺が勝つには、現状クリティカルを狙うしかないないだろう。

 腕や足といった部位に攻撃を当てる事は可能だろうが、そんな所に何百発当てても奴を倒すことはできない。


 俺は冷静に分析する。

 学校以外の全ての時間はこのゲームの攻略に費やしてきた。

 その攻略とはもちろん相手の心理分析も含めてだ。


 奴を深く観察する。


 相手は堅くリスクを犯さない立ち回りだ。

 すべての行動でリターン勝ちを狙う、デジタル理論派のプレイヤーだ。

 おそらく相手の動きによってどう行動するかが、全部システマチックに決められている。


 こういった相手を倒すには、大技や予想外の行動を見せて相手の裏をかき、その理詰めの壁を破壊していく。

 それが常套手段だろう。


 だが俺の攻略は違う。


 俺の戦略は――理詰めで奴の上を行く事――だ。


 くしくも俺の土壌を支えてきたのも、奴と同じ理論攻略。

 それで魔族の王として、3ヶ月ものあいだ政権維持してきたんだ。

 俺は今まで培ってきた、この理論攻略を信じている。


 同タイプのプレイヤー同士の戦い。

 そこから逃げ出す奴なんかに勝ちを掴み取る事はできない。

 俺はその土俵から逃げない。


 先に言ったとおり、これだけの能力差があるならば、大技で一発狙いするとか、奇策に打って出るのが大多数のプレイヤーが取る道だろう。


 だがそれこそが俺の定石を崩すことになり、結果的に勝機を失っていくものなのだ。


 俺の“攻略”は世界一だ。

 そう自負している。

 能力差とか、条件とか、ハンデとか関係ない。


 一番自信のある所で勝負するのが俺の主義スタイル


 さぁ、どちらがよりこのゲームを“極めてる”か勝負しようじゃないか――――黄金騎士!!


「《煉獄の鎌バーガトリサイス》よ、来い!!」


 俺の召喚した武器を見て、黄金騎士が眉を顰めた。


 《煉獄の鎌バーガトリサイス》――湾曲した刃がついた武器。刃からは黒い炎が立ちのぼる。死神が持っている鎌をイメージして貰うとわかりやすいだろう。


 鎌という武器は、このゲームでは『扱いが難しいので強くは無い』と位置付けされている。

 どちらかというと、コレクションとかココスプレのアクセサリー的意味合いが強い。


 だが――


「ふんッ!」


 俺が鎌を大きく振り回すと、奴は大きく距離をとった。

 先程と違って明らかな消極的行動。

 確実に黄金騎士の警戒色が強くなった。


「ちッ……めんどくせえ……」


 軽口を叩く暇も与えない。


 畳みかけるように独自に開発した鎌の技術で切りつける。

 その動きはトリッキーで、刺すと思えばスケートのように体をスピンさせて円に切って、下から上に切り上げたと思えばそのまま宙返りして横薙ぎに払う――まるでダンスを舞っているような動き。


 奴の警戒の理由は、剣で正中線を守っても、鎌なら横からクリティカルポイントに刺せるからである。


 現実で鎌を武器に闘っても、受けも弱く、威力も乗せづらく、強い武器にはなりえない。


 だがヴァモスではそんなもの関係ない。

 クリティカルにさえ刺されば、致命傷になり得るのだから。


 ごく一部の上級者の間では「おそらく鎌は、使いこなせれば強いだろう」と囁かれていたものの、剣道やフェンシングのように手本とする流派が現存していないため、扱える者は居ないとされていた。


 だが俺は違う。

 鎌の特性を一から研究し“鎌術”とも言うべき新たな武芸を開発していた。


 このゲーム内であれば俺の鎌は強い。


 だがこれで、奴と対等に渡り合えると言ったらそんな事はない。

 いまだ圧倒的不利は動かない。

 だがこの鎌のおかげで、少しは勝機を引く可能性が高まったのは事実だ。


「クソが! どーせ、ハッタリの芸の癖によォ!」


 と言いつつも距離を取る黄金騎士。


 奴の戦法である理論戦法では、接近戦は避けざるを得ない。

 鎌という希有な武器を使いこなす相手に対して、まともに正対するのは美味しくない。

 どんなことをやってくるか分からないのだから。


 理論派というのはリスクを極限まで排除し、手持ちの武器で一番勝算が高い方法を選択する。

 ギャンブル的手段に頼るのは“仕方ない”場合だけだ。


 奴の思考を予想すると――少なくとも鎌という武器は、近接攻撃しかできない。

 役にたたない距離まで離れてしまえば万が一なんて起きない――そんな所だろう。


 それは間違いではない。

 同じ理論派の俺でもそうする。

 ここは距離をとって、何らかの遠距離攻撃で削っていくのがベスト。


「《円環ノ真炎フレイムサークル》!!」


 炎が俺を取り囲み、プロミネンスのように跳ねて、俺に襲いかかる。

 そうして行動範囲を狭めたあと、


「《空裂真撃エアレーザー》!!」


 《真撃レーザー》の最上位魔法――《空裂真撃エアレーザー》。クリティカル判定もあり、普通に当たっても大ダメージを与える攻撃魔法で刺してくる。俺の防御値では、紙切れのように易々と体を貫かれることだろう。


 基本にして王道の攻撃パターン。

 王道ゆえ完全に攻略する方法は、俺ですら持ち合わせていない。


「くっ!!」


 奴の貫通魔法が鼻先をかすめる。

 俺はそれをを避けるため、炎の中に飛び込んだ。


「がぁっ!」


 炎を檻を転がって脱出する。

 少ししか当たっていないのに、体力が凄まじい勢いで減っていく。


 そして――


「《円環ノ真炎フレイムサークル》!」


 逃げ延びた先でまたもや炎に囲まれる。


「《空裂真撃エアレーザー》!」


 そして立て続けに飛んでくる貫通魔法。

 これをまた炎の円に突っ込んでかわす。

 さらに減少していく体力。


 ……ジリ貧だ。

 逃げ場がない。

 これを繰り返されるだけで俺の負けは確定的だ。


 ――こうなったら!


「《空裂真撃エアレーザー》!」

「くっ……このォッ!!」


 紙一重で――いや脇腹をレーザーに貫かれるが、構わず奴に向っていく。

 血しぶきが空に舞い散った。


 犠牲無しには近づく事さえ不可能だ。

 こうなったら少々強引でも行く!


「馬鹿が! そう簡単に近寄らせるか! 《豪羅閃空ノーエア》!」


 ノーモーションの移動技――《豪羅閃空ノーエア》。足も動かしていないのに奴の身体は後ろに滑るように遠ざかっていく。


 ここで奴を逃すと捕まえるチャンスはおそらく無い。


「《閃迅雷ライトニングラピッド》!」


 勇者専用スキル《閃疾風ライトニングゲイル》の対になる、魔王、魔将軍専用移動スキル――《閃迅雷ライトニングラピッド》。《閃疾風ライトニングゲイル》より少し遅いが、そのかわり周囲に攻撃判定が発生する。


 身体が稲妻となって黄金騎士に向っていく。

 まさに瞬きほどの一瞬で、奴の近くに現出する。


「くらえ!!」


 鎌を振りかぶり、魂ごと刈り取るような一撃。

 だが奴は動じることなく、口角をつり上げる。


「わかってんだよアホが!」


 下からすくい上げる――まるでゴルフスイングのような一撃。

 黄金騎士の斬撃の衝撃波が、地面を一直線に切り裂いて向かってくる。


「うぐっ!」


 身体を捻ってとっさにかわしたものの、大きく体勢を崩してしまう。

 すぐさま追撃に迫る黄金騎士。

 俺は攻撃をさせまいと、奴の足に必死ですがりつく。


「キメエんだよ!! 離せ!!」


 黄金騎士が俺を蹴り上げる。

 俺の身体は天井に激しくぶつかってバウンドし、地面を転がる。


「がはっ!!」

「魔王様っ!」


 ナリカから悲鳴にも似た呼び声。

 

 よろめきながらも立ち上がろうとするが、片膝を付いて吐血する。

 なんとか懐に飛び込んでみたが、結果、瀕死の状況になっていた。

 右手は折れてしまい、鎌を振るうこともできない。

 奴を睨みつけて虚勢を張るものの、満身創痍なのは明らかだ。


 ここで奴が消極的に魔法で仕留める選択をしてくれれば、体勢を立て直すチャンスも生まれるかもしれない。

 だが奴はそんなに甘くはなかった。


「くくく、あっはははははは!!」


 勝ちを確信したような高笑いをしつつ、黄金騎士がこちらに突っ込んできた。


 絶対絶命の状況……だが――


「何ッ!?」


 黄金騎士の足下から伸びる蔦――《搦ム魔弦エントワイン》。

 奴に吹っ飛ばされた時に、俺が仕掛けておいた起死回生の一手。


「よし! かかった!」


 弦は足に絡みつき、奴を地に縛り付ける。


「はぁ……はぁ……やった。この状態ならば勝機も……」 

「…………くッ……はははッ!」

「なにが可笑しい?」

「うかれてんじゃねえ馬鹿が。わざとかかってやったんだよ。テメエの足下を見やがれ!」

「……なッ!?」


 俺の足下からも――《搦ム魔弦エントワイン》が出現し、俺の足に絡みつく。


「これは《反呪リフレクト》か!」


 《反呪リフレクト》――トラップ系魔法を受けた時に、相手に同じ魔法を反射する魔法。発生した段階で、当たる事が確定する性質なので避ける術はない。


「そう。さっき蹴った時に、《反呪リフレクト》を仕込んどいたんだよ。テメエみたいなこすい奴は、どうせハメ戦法でも狙ってるんだろうなと思ってな……ククク」


 ……《搦ム魔弦エントワイン》狙いはバレていた。


「お前に説明するまでも無いケドよ、《搦ム魔弦エントワイン》は魔法力が高い者から先に動ける。つまり俺の拘束の方が先に解けて、そのあと動けないお前に確定の一撃を与えて殺せるわけだ……くくく」


 黄金騎士はナリカの方を向くと、


「やっとお前を手に入れられる。待ってろよ夏莉奈ァ」


 その気持ち悪い視線に晒されたナリカは、自分を守る様にぎゅっと自身の体を抱きしめた。

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