十三話
奴はこの状態――俺を拘束したことにより勝ちは揺るがないものと思っている事だろう。
だが――
「……やっと準備が済んだぜ」
「あ? なに言ってんだ?」
「狙ったのはこっちだってんだよバカヤロウ!」
この状態を待ち望んでいたのは俺の方だ。
幾多の選択。
無数の分かれ道。
蜘蛛の巣のようなフローチャトを組んで、その選択肢の末端には全てこの状況を想定していた。
幾多の至難をくぐり抜け、そこにやっとたどり着いた。
今までの執拗なクリティカル狙いは、全てとっておきの勝負手を出すための布石!
その勝負手をだせるタイミングはまさしく――この二人とも拘束されて動けないという限定状況。
この状況をずっと待っていた。
そしてその勝負手とはこれだ!
「《黙示録砲》!!」
高らかにその呪文の名を叫ぶ。
まるで鼓膜を引っ掻かれたような悲鳴と共に、地面から禍々しい大砲が地面から生えてくる。
それはいくつもの魔獣を合成させたような、生体兵器のような大砲。
表面には目や口や手といった、生物の断片のようなものが見える。
「《黙示録砲》だと?」
「これが俺の切り札だ」
《黙示録砲》――通称課金砲。
マグナをチャージすることによって、青天井に威力を高められる武器だ。
ぶっちぎりでヴァモス界最強の威力を誇る兵器と言われている。
ただし発射まで時間がかかる上に、避けてくれと言わんばかりに真っ直ぐにしか飛ばない。
金がかかる割には、まったく役にたたないゴミ兵器としてプレイヤー達に認識されている。
「フン。いまさらそんなゴミ兵器を出してなんのつもりだ?」
「たしかに通常時なら当たらない上に、大量のマグナを消費するだけのゴミ兵器だろうさ…………だが今の状態ならどうだ?」
お互いが地面に縛り付けられたこの状態。
今なら確実に命中させられる。
「ハハッ……馬鹿が」
小馬鹿にしたように鼻で笑われる。
「そりゃあ当たるだろうよ。だけど俺を倒すには100……いや確実に倒すならば300万マグナほど積まないと倒せないだろうぜ」
「……そうだろうな」
「そんな大金をお前は積む気か? この決闘に勝つためだけに。そんなまったく割に合わないことをす――」
「――チャージ300万」
――ギャアアアアァァァァッ!!
獣の咆吼のような轟音と共に、大砲が血管のように脈動し、魔力が充填されていく。
今この《黙示録砲》に、300万マグナ分の威力をチャージしたのだ。
「バ、バカかお前はっ!! わかってんのか、おい!! 300万マグナだぞ300万!!」
「だからどうした?」
「現実世界で換金すれば300万円もの大金なんだぞ!!」
「うっとうしいクサレストーカー野郎をぶっ飛ばせるなら、これぐらい安いもんさ」
「……このイカレ野郎が!! くそっ、本当に撃つ気か!? こうなったら発動する前に攻撃を……っ!!」
奴は手を突きだし、手の平に魔力を集中させる。
《黙示録砲》を打たれる前に、遠距離魔法で俺を倒すつもりなのだろう。
「う………………くそっ!」
だが結局、魔法を打たずに手を降ろしてしまう。
ふふ、そりゃあ打てないだろうさ。
その一撃でもし俺を倒せなかったら、《搦ム魔弦》の解除条件の一つ。
『―敵の一撃を喰らう』――を満たす事になる。
そうなったら自由に動ける俺と、その場から動けない黄金騎士。
クリティカルで一撃死を狙うには絶好の状況だ。
奴は先程の勇者戦を覗いていたはずだ。
だから俺のクリティカル狙いの精度は知っていることだろう。
遠距離魔法を打って倒せればいいが、倒せなかった場合は自分を更なる苦境に追い込む事になる。
奴の性質である“戦略的タイプ”が、そんなリスキーな賭けに打って出るはずがない。
「こ、この卑怯者が! 汚い呪文使いやがって!」
「心外だな。全然卑怯者じゃないだろ? 《黙示録砲》は、初心者プレイヤーから上級プレイヤーまで全てが使える――始めから与えられたユーザースキル。完全にルール内だ。うだうだ言うんだったらテメエも同じ事やればいいだけの話だ。それが出来ねえヘタレなら、大人しくぶっ飛ばされろ」
「……くそッ! 舐めやがって! くそッ! くそッ! くそッ! くそッ! くそがッ!」
子供の様に剣を地面に叩きつけて八つ当たりする黄金騎士。
そんな事をしている間にも《黙示録砲》は発射可能状態に近づいていく。
「くっ……まずい…………くそっ、俺にだって! これぐらい俺にだって出来る! 《黙示録砲》!!」
黄金騎士も《黙示録砲》を召喚する。
こちらの《黙示録砲》は白と金を基調にしたいかにも聖騎士然としたデザイン。
砲の上空にはキューピットが舞っている。
「どうだ……俺にだってやりゃあできるんだぜ。くくく……まずはチャージ350万!」
というわりに、顔には濃い疲労が見て取れる。
かなり無理をしている事がバレバレだ。
とにもかくにも俺の上をいく額をチャージされた。
《黙示録砲》同士の打ち合いは、額が下回った方が負けだ。
同時に打てば額が少ない方が吹っ飛ばされる。
「こちらも受けてチャージ500万」
チャージ額を300万から500万に上げる。
声はあくまで平静に平坦に言う。
その方が、勝手に底知れない物を感じて相手がオリてくれるかもしれない。
――だが。
「くく……チャージ600万だ」
「受けて700万」
もうお互い、後戻りの効かない金額まで踏み込んでいる。
奴の顔は、薄笑いの表情が張り付いて、どこか狂気の色を濃く纏わり付かせている。
まるでギャンブル中毒者のように。
「そろそろ無理しているんじゃないか? チャージ800万」
「受けて900万」
「馬鹿には金の使い道がわかんねーか? チャージ1000万」
「受けて1100万!」
「オイ。なんとか言えよ。ブルって会話もできないってか? チャージ1200万」
「受けて1300万!!」
「グッヒッヒッ……やるねぇ。ただのオタク野郎だと思っていたが……そこまでいくかね? なかなかの根性モンだぜお前……チャージ1400万」
その闘いはもはやバトルではなく――まるでオークション会場のような様相をていしてきた。
「受けて1500万」
「ちょ、ちょっと待て……お、おかしいぜお前。金の価値ってモンがわかってんのか? いくら夏莉奈とヤりたいと言っても……」
「それ以上喋るな……。俺は夏莉奈の為ならば全てを投げ出す覚悟がある。お前の一時の欲情と一緒にするな。 ――チャージ1600万マグナ」
「…………言ってくれんじゃねえか。舐めんなよ! 俺にだってそのぐれえの覚悟はあるんだよ!! ――チャージ1700万マグナ!!」
奴も大金を投げ打って、夏莉奈を勝ち取るために、俺との勝負に乗ってきたように見える。
――だが違う。
必死に見えるがこれは全て虚仮、演技だ。
奴には大金を賭ける気なんて毛頭ない。
俺には奴の真意が読める。
「……チャージ2000万マグナ」
「受けて2100万マグナ」
追い詰められた奴が、ひねり出した戦略はこうだ――
『このまま額を少しずつ釣り上げていって時間を稼ぎ、《搦ム魔弦》の時間切れまで待って俺を倒す』
――と。
《黙示録砲》の仕様として、標的相手がいなくなるとキャンセルされ、チャージした金額が戻ってくるというものがある。
つまり発射するより前に、対象の相手を倒してしまえばいい。
「……2500万マグナ」
「チャージ2600万マグナ」
このまま時間が経つと、魔抵力が強い奴の拘束が解けて、先に動けるようになる。
そのあとに通常攻撃で俺を倒せば、《黙示録砲》はキャンセルされ、チャージした金額が戻ってくるというわけだ。
奴はそれを狙っている。
小刻みに値段を上げたり、つまらない会話で時間稼ぎしているのはそのためだ。
つまり奴がいま賭けている金は、ハッタリの見せ金。
お前のせこい魂胆は見え見えなんだよ!! そうはさせん!!
夏莉奈に迷惑をかけた代償。
俺の魔王一年踏破の野望を潰しやがった代償。
――全部まとめてそのツケを払わせてやる!!
「へへ、チャージ3000万っと……どうだ? ここら辺が限界じゃねーの? そろそろお前も……」
「――チャージ1億1060万!!」
「………………………………は? 今なんて?」
俺がその額を告げたとき、羽尾は呆けた顔を見せた。
「1億1060万だ」
「な、なんだこれはっ! 馬鹿げている! たかがゲームの、そっ、それも一試合で、どれだけ金を使う気なんだお前はっ! 女がかかってるとはいえイカレてる!!」
「俺がこのゲームを始めてからのすべて――魔王在任3ヶ月で貯め込んだマグナを全部つぎ込んだ」
「意味がわからん! 馬鹿げている! だかだかゲーム如きに1億円!? 不条理だ!」
1億1060万マグナ分のエネルギーが充填されていく課金砲。
赤黒く風船のように膨れあがって、そのまま爆発しそうな勢い。
「明日ならば大人しく倒されてやる! でも今日は……今日だけは負けられない!」
「待て! 落ち着け! お前は冷静さを失っている! 俺に良い提案がある。むざむざお金を捨てる事は無いぞ! お互い《黙示録砲》をキャンセルさせて、とりあえず今日は引き分けよう。で、改めて勝負は後日に……」
「もうマグナを積むのはおしまいか? じゃあ俺の勝ちって事だな」
「ちょ、ちょっと待てって言ってるだろっ!! 頼む!! 俺の話をぉぉっ!!」
「勝負にキャンセルなんてもんはない。さぁ、人間大砲の時間だ」
俺の《黙示録砲》の発射口は、いまにもその膨大なエネルギーを吐きださんと気炎を噴き上げている。
「ひ、ひいいいいいぃぃぃ! やめろォォォォ! 俺の3000万円がぁぁぁぁぁぁ!!」
「――――課金の力を舐めるなよ」
――ギャギョアアアアアアアアアァァァッ!!
断末魔の雄叫びのような発射音と共に、砲口から黒色レーザーが七色の光をまき散らしながら飛んでいく。
レーザーは城の天井に大穴を開けてもやむことなく、エネルギーを延々と放出し続けた。
なんせ1億1060万円分のエネルギーだ。
このまま数十分間は放出したままだろう。
先ほどまで目の前に立っていた黄金騎士は、《黙示録砲》が発射されたと同時に姿が消えうせていた。
きっとあの黒色レーザーの先端に乗って、ヴァモス世界一周旅行(強制)を楽しんでいる事だろう。
「あ――――っ!! 勝ったぁ!!」
緊張感が緩んだのか――俺は安堵と達成感で、その場に大の字でぶっ倒れた。




