第六感
アノウが注目したのは狙撃兵がいたとおぼしき八階建てビルの隣にある五階建てのビルだ。
少し距離があるが、重量の比較的軽いテリオンでオーグメントを使わず移動できるといえば、そこしかないだろう。
アノウはさっそく、無誘導短距離ミサイルをビルの最上階に当て続け、同時に狙撃を回避するため周囲を機動する。
「敵機D、五時の方向!」
「わかっている」
狙撃の回避行動の隙をついていくのは定石だ。
アノウでもそういうところにコマを置くだろうというところに中口径XPレーザーをあらかじめ向けておいた。
融合炉がうなり、レーザーの放熱器が熱い気を吐く。
レーザーだから、ただの反動しかアノウは感じないはずだが、
アノウにとっては、それが人の命が突き消されたときの最期の怒りだと信じていた。
戦場に長くいると、あきらかに非現実な確信──本人もウソだと頭ではわかっているのに、肉体のおびえる元凶が自分にとりついて、ふりはらうことができなくなる。
妄想におびえて人間性を失っていったベテランは何人も見てきたが、どうやら、自分にもその御鉢が回ってきたようだ。
「敵機D、無力化」
「USRMの残数は」
「八発です、マスター」
「使い切るぞ」
アノウの目論見どおり、ターゲットのビルが崩壊をはじめた。
あたり一面におびただしい破片が落下し、膨大な塵、土煙がわきたつ。
有視界など皆無である。
まさに、巨大な煙幕発生装置だ。
アノウがたよりにしていたのは、視界ではなかった。
聴覚──音声。
そして、生死の境界たる戦場でしか研ぎすませられない、第六感とでもいうべきものだ。
「センサー故障、可視光センサー、赤外線センサー、紫外線センサー、使用不能」
「いい感じだ」
この状況で光学系のセンサーがつかえないのは僥倖……というより、あえてそれを狙った。
|虎穴に入らずんば虎子を得ず《ナシング・ベンチャード・ナシング・ゲインド》。
新兵のときに訓練教官から教わり、いまでも覚えている金言だ。
その教官は最後の訓練メニューの演習で、テロリストの奇襲を受けて、アノウたちを守って死んだ。
もはや虎穴に入るしか生き延びることはできない。
そのときアノウは確信したのだ。
だから、いまでもこうして戦場で肉体を保つことができている。
睡眠をとったからか、アノウの直感は回復していた。
セーマンドが探知するよりもさらにはやく、八時の方向に中口径XPレーザーをすでに発射していた。
生死の境界線は、コンマ単位で仕切られている。
「融合炉爆発音確認」
さらに二時の方向に発射。
「融合炉爆発音確認」
そしてやや少し間をおいて、十時の方向へ。
「融合炉爆発音確認」
アノウの狙撃は、まさに神域のテクニックだった。
これと機動を組み合わせることで、いくたもの地獄から生還することができた。
噴推器が使用不能であっても、まだ両足が残っていれば十分だ。
戦闘能力はブルー、遮蔽物の多い廃墟はホームグラウンド。
「対手をみくびってヒットマンをケチったな」
アノウは鼻を鳴らした。
「セーマンド、残弾も少ない。噴推器も修理したい。付近に補給・修理できるところはないか」
「ここから北北東17キロの地点にオクテラ旧駐屯地があります。
軍はすでにこの施設を放棄していますが、周辺の住民の避難場所として使われてから、
生活可能のように整備され、テリオンの補給・修理も請け負う工場が存在しているとの情報があります」
「よし、そこへのナビゲーションをしてくれ」
「了解、マスター