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前編

薄灰色の空からはポツポツと雨が降り出し車が路面の水たまりを跳ね上げる音がどれくらいの雨が降っているかを聴覚情報だけで知らしめてくれる。

身支度を整えて外に出てみると空を見上げまるで自分自身の心境を映しているようだな、と思わず心地の悪い自嘲の笑みが零れる。

今日なんて来なければよかったのに……

何と言っても今日という日は俺の想い人であり幼なじみであるまさみの結婚式だ。

もちろん相手は俺じゃない。

一瞬、フケようかなという考えが頭を過ぎったが昨晩久々に電話越しに話したまさみの「絶対に来て」という言葉がその選択肢を打ち消した。

俺は深い深いため息を吐くと萎えそうになる心と重くなる足に鞭を入れ式場へと急いだ。

式場に着くと小柄なセミロングの後輩女子が俺を慌てた様子で迎える。

この子は大学の頃からのサークル友達で会社の同僚だ。

どうやらもう式は始まっているらしい。


「遅いですよ、先輩。ギリギリじゃないですか。何やってんですか?幼なじみの結婚式でしょ⁉︎ちょっと信じらんない!」


「……わりい、わりい。雨のせいだ」


眉根を寄せて怒る愛子に俺は曖昧な返事を返す。

しかしその答えが気に入らなかったらしく愛子は俺の袖を引っ張り式場へと急がせながらまたプンプンと怒る。


「天候のせいにしないでください」


式場に着くと来客の皆さまはずらりと席に座り料理も既にテーブルに並べられていた。


「おお、トモキ。おせーぞ。

式前にまさみと話す時間あったのによ」


高校の頃からの友人であるリョウが片手を上げ俺に同席するように促す。


「わりい、雨のせい」


円形のテーブルに俺と愛子、リョウが着席するとやがて式場のナビゲーターによるアナウンスが聞こえる。


『みなさまお待たせしました。新郎新婦のご入場です』


お馴染みのあの曲が式場に流れ入り口のドアが開かれると見知った顔が白い荘厳なドレスに身を包み新郎と手を取り合い幸せそうな笑顔で入場してきた。

実感する。

……本当に遠くまでいっちまったんだな、まさみ

白いウェディングドレスに身を包んだまさみが俺以外の男の横に立っている。

俺にしたら1番見たくない光景だった。


「おお、みろよトモキ。まさみきれーだな!」


「まさみ先輩綺麗ですね……」


そんな俺の心境を知ってか知らずかリョウも愛子も楽しそうに俺に声をかけてくる。

曖昧に返事を返しながら俺はドボドボとグラスに赤ワインを注ぐとぐいと飲み干す。

……飲まなきゃやってられん


「おお、トモキいきなりハイペースだな。やっぱり幼なじみの結婚ってのは感慨深いか?」


リョウの質問に俺は本心の一部を隠しながらも正直に答える。


「……そーだな。あのまさみが花嫁になるなんて想像もつかなかったよ」


そして二杯目のグラスを空ける。

愛子は心配そうに俺からグラスを分取った。


「先輩、ほどほどにしてくださいね。今日はこれくらいにしときましょ」


この子には大学時代から知らず知らずのうちに世話になっていたのでなんだか逆らえず俺は反論することなく席を立つ。


「あ〜おれトイレ」


心配そうに見つめる愛子の視線を背に俺は退席すると洗面所で冷水で顔を洗う。


「……くっそ、まるでピエロだな俺は。なんでこうなっちまったんだろな……」


幼稚園からの付き合いだったまさみ……

ずっと好きだったのに何処で歯車が噛み合わなくなったんだろな。


俺は一旦気持ちを落ち着けると再び式場に戻る。

扉を開け辺りを見回すとそこで俺は信じられない奇妙な光景を見た。


「おい、リョウ?愛子?おい⁈」


リョウと愛子が一点を注視しピクリとも動くことなく固まっているのだ。

俺は式場を駆け回りまさみや他の来客の様子も観察するがどの人もまるで蝋人形のようにピタリと動かずまるで人間だけが時間が止まったようであった。

不気味なくらい音も聞こえない。


「まさみ!新郎も?これはいったいどうなってるんだ……」


俺は唖然としてその場に頽れる。

……これはいったい


「みんな?からかってんのか?

……いや、おじさんもおばさんも」


そこで俺は式場の隅のほうで食器の音がしたことに気づく。

音の方を見るとテーブルに着いた2人の男が優雅な様子でナイフとフォークを用い料理を食べていた。

2人だけ動いている、というその奇妙な光景に俺は思わず大きな声で叫んだ。


「うわぁ⁉︎なんなんだあんたらは⁈」


俺の声に反応したのか男の内の1人が食事の手を止めこちらを向くと薄く笑みを浮かべながら話しかけてきた。


「おやおや、いーいリアクションしますねえ、どうですかミッチー」


「うーん今の顔85点といったところですかね。わざわざここに来た価値はあります」


俺は慌てて2人の男たちに駆け寄った。

知らない奴らだが何やらここで動くことができ、事情を聞けるのはこいつらだけの様だからだ。


「おぉい!なんなんだよ!どういうことだよ、これ!

あんたらがやったのか⁈」


眼鏡をかけたオールバックの中年の男が笑みを浮かべながら俺に穏やかな声で語りかけた。


「落ち着いてください。まずはゆ〜〜っくりと深呼吸を」


しかしその物言いに俺はイラつき思わず声を荒げた。


「うっせえよ‼︎こんな超常現象目の前にして落ち着いてられるか!」


ふぅ、と肩を竦めオールバックの男はミッチーと呼ばれた若い男に目線を合わせた。


「やれやれ、最近の若い子はせっかちでいけませんねえ」


「まったくです。カルシウムが足りないのかな」


堪らなくなった俺は奴らの座ってるテーブルを思い切り拳で叩いてやった。


「説明‼︎」


またまたフゥ〜と肩を竦めるジェスチャーを取るとオールバックはナプキンで口周りを拭き始めた。


「やれやれ……

私は縁結びトクメイ課の神が一柱ウキョーと申します。初めまして、山下トモキくん」


その三つボタンの黒いシングルスーツに年相応らしいシワの入った賢そうな中年男は自分を神と名乗った。


「私はその従神であり見習いのミッチーです。どうもこんにちは」


こちらはふわりとした黒髪をきっちりと整え紺色のスーツを着込んだ俺と同年代くらいに見えるキザそうな長身の男だった。

……どちらも神を名乗ってやがる

信じられないが目の前で超常現象が起こってるしなあ……

俺は訝しみつつも男たちに質問を続ける。


「……で、その頭良さそうで事件を何度も解決してるけど上層部から疎まれて閑職に追いやられ幸薄そうな縁結びの神さまが何の用だよ。俺以外のみんなの時間が止まってんのか?これ?」


ウキョーは苦笑を浮かべながら手元の紅茶を啜った。


「……言いたいこと言ってくれますねえ

好きですよ、そういう子。

はい、仰る通りです。今現在一時的にこの時間と空間を世俗から切り離しています。我々の会話も行動も周りの方々には認識できてないのでご安心を」


……やっぱり本当にこいつらは神なのか?

俺は驚きながらも身を乗り出しながら質問を続けた。


「……神様が俺に何の用なの?」


「心当たりあるでしょ」


「は⁉︎」


ウキョーは紅茶を啜りながら薄く笑みを浮かべ動かないウェディングドレス姿のまさみを指差した。


「今、君は死ぬほど後悔してますねえ。私はこれまで多くの結婚式を見守ってきましたがこの門出を祝う素晴らしい日に君ほど後ろ向きに後悔してる人間をかつて見たことがありません。

これは何らかの処置を施さないと君の負のオーラで時空に歪みが生じそうでねえ」


……なんだって

俺の負のオーラは世界を滅ぼすレベルのものだってのか……?

きもくね?俺?


打ちひしがれる俺にミッチーと名乗るイケメン神が茶化すように肩を叩いてきた。


「よーっぽど好きなんだね♡彼女のこと♡幼稚園からの幼なじみなのになんでぽっと出の男にとられちゃったかなあ?」


「うっせえよ!ミッチー‼︎」


俺はミッチーの手を振り払い激昂した。

なんだか目の端に涙が浮かんでいたことに気づく。

ウキョーは俺を嗜めるように片手を上げた。


「まあまあ、そう興奮しないで」


そして俺はウキョーの先ほどの言葉の端を思い出す。


「……処置っていったな?

なんかしてくれんのか?」


ウキョーは相変わらずの笑みを浮かべながら紅茶を啜り続ける。


「はい、我々はその為にここに来ました」


マジか……?助けてくれるだって……?

こいつらって実はいいやつら……?

しかしそんな俺の想いを踏みにじるような一言をミッチーが発した。


「決して幼なじみをぽっと出に取られた君をからかうためじゃないですよ♡」


「もう許さねえ!ミッチー‼︎」


ミッチーに掴みかかろうとする俺をウキョーは間に入って制止した。


「まあまあ、落ち着いて、落ち着いて

ミッチーももう止めてあげてくださいね」


「はぁ〜〜い」


俺は椅子に座り荒い呼吸を落ち着ける。

本当にイラつく奴らだ。


俺が茶を飲むのを確認するとウキョーは式場のスライドショーの方を指差し、ふむ、と頷いた。


「さて、落ち着いたところで。

見えますか?覚えてますか?懐かしい思い出でしょう?」


「あ?あ……」


そこには一枚の写真が大きくスライドに写っていた。

俺とリョウが所属していた高校時代のサッカー部の引退記念に撮られたものだ。

しかし今見るとこっぱずかしいな。

7-0という大敗の直後だというのに悔しがることもなくどいつもこいつもヘラヘラしてやがる。俺も含めて、だが。

この1枚を見るだけで弱小チームだということがわかる。

そしてマネージャーをやっていたまさみの表情は浮かない。というか目が死んでる。

……こんな表情にさせたのは


「思い出しましたか?この頃からですねえ、あなたとまさみさんの心が離れていったのは」


「……まさみは一生懸命やってくれてたけど

俺は何1つその努力に応えてやれなかったな」


特に学校も力を入れているわけでもない、こんな弱小チームで本気出して練習するなんて格好悪いというこの年代特有の心理が働いたのか、初めからこのぬるま湯環境に諦めていたのか。

確かにあの時の俺たちは真剣にこの部活に取り組んでいなかった。

だから最後の試合は運悪くくじで強豪チームと当たった時点で俺たちは腐り番付通りの無様な結果になった。

まさみ含めマネージャーたちはいい子たちばかりだから悪い事したな、と今でも思っている。

……許されるなら


「……どうですか、あの写真を見ながら今思ったでしょう。

『あの時に帰れたら』と」


その言葉に俺は眉根を寄せる。

そんなこと、何回思ったかわからねえよ。


「少しは思ったけどそんなこと出来るわけないだろう」


「出来る、と言ったら?」


薄い笑みでウキョーは更に問いかける。

俺はゴクリと唾を飲み込み言葉を絞り出す。

……まさか、そんなことができるのか?


「出来るのか?」


「出来なくはないですねえ。私はこれでも神ですから」


「戻りたいですか?ねえ、戻りたい?高校の頃のまさみちゃんも可愛いねえ」


相変わらずミッチーは爽やかな笑顔で茶化してくる。

イラつきながらも俺はチャンスをくれるなら賭けてみたいと思った。


「うっせえ、ミッチー。

……そうだな、俺はあの頃に大きな忘れ物をしてきた気がするよ」


まさみと新郎の方を見る。

本当なら俺が……


「もし許されるなら」


俺は椅子から立ち上がりウキョーに改めて向き合う。


「俺は高校サッカー最後の試合前に戻りたい……!」


ウキョーは笑みを深めうんうんと頷いた。

そしてミッチーと目を合わせ更に首肯する。


「心からの切実なその願い、聞き入れましょう。

では貴方の時間の旅が素敵なものでありますように」


「じゃあまたね♡トモキくん♡」


ウキョーとミッチーが同時にパチリ、と指を鳴らした。

次の瞬間俺の体が光に包まれやがて意識が遠くなり……


「……うわっ

わぁぁぁぁぁぁ⁉︎」


浮遊感に包まれた俺は思わず目を閉じた。










……声が聞こえる

見知った声だ。


「おい、トモキ?大丈夫か?」


「急に口開けてボンヤリしてどうしたんだ?本当に大丈夫か?緊張でどうにかなったのか?」


俺は目を開け辺りを見回す。

……ここは見知った部室、高校時代のサッカー部の部室だ

そして気がつく。

俺の肩を揺すってるリョウの容姿が高校生のものだ……!

よく見ると周りのチームメイトも……


「え……

ええええええええ……⁉︎

リョウ……!キャプテン……!わっか‼︎」


思わず声を上げ椅子からずり落ちる。

そんな俺に心配そうにチームメイトたちが寄ってくる。


「トモキ!おい!本当に大丈夫か?」


「おいおい!しっかりしてくれよ!やっぱりどっか悪そうだな病院いくか?」


……そうだ、俺はウキョーとミッチーとかいう神に唆されて

俺は直前の記憶を思い出す。

そんなことはあり得ないと思いつつも確認しなければならない。


「いや、まって。ちょっと待ってくれ。

……今何年の何月何日だ?」


その質問にリョウは青ざめるように俺の肩を揺さぶる。

まあ無理もないよな。


「は?おまえなにいってんの?

やべえよおい、誰か先生呼んできてくれよ」


俺は立ち上がりリョウの肩を揺さぶり返した。

本気であり正気であるとわかってもらうためだ。


「いいからこたえてくれ!リョウ!大事なことなんだ!」


リョウは目を白黒させ戸惑いながらも答えてくれた。

俺を見る目はまるで珍獣を見るようだったが。


「……○○年の×月×日だが

ちなみに優英学院戦のバスに乗り込むところだけど……

おい、トモキ無理すんなって。気づかなくて悪かったな、こんなにお前が繊細だったとは……」


間違いない、今俺は高校最後にして無様に敗れた公式戦、優英戦前の部室に飛ばされてきたんだ……


「どうしてこんなになるまでトモキをほっといたんだ……!」


失礼なことをからかい口調でいうチームメイトがいたが俺は構わず頭を抱え起こったことを整理する。


「マジか……

本当にタイムリープしたんだ……

なんてことしやがる

あの神、いかれてんのか……?」


タイムリープってパラドクスてやつが起こるからSF的な考察で言うと禁忌なんじゃねーの?

あの神、何考えてんの?


「おい、トモキ?とーもーくーんー⁈」


深刻に考え込む俺にリョウはやたらと声をかけてくる。

鬱陶しくなった俺はリョウの手を振り払い椅子から立ち上がる。


「あぁ⁉︎もううぜえ!

わかってんよ!優英学院戦だろ!

はいはい!」


「うおお!急になんだよ、トモキ。心配してんだぞ」


ヤケクソになった俺は拳を振り上げる。

もう細かいことはいい。やるしかない。

チームメイトたちが驚いた顔で誰もが俺を見つめていた。


「おい、お前ら!今日は優英ぶっ倒すぞ!気合い入れろよ!」


「おお、いいねえ。まあ最後だしな。やれるだけやって終わろうぜ」


しかし、リョウやチームメイトは俺の気迫にもヘラヘラと笑って答えるばかりだ。

……うーむ、これは


「違う!違うんだよ!やれるだけ、じゃない!勝つんだよ!本気で‼︎」


負け犬根性が染み付いたこのチームでは無理ないことだがそれでもせっかく神に貰ったチャンスだ。

俺は必死に訴えかけるがチームメイトは誰も本気で取り合わない。


「はいはい、トモくん反抗期かな?そろそろバスの時間だから準備しようねえ?」


「ちげぇーーーって!俺は本気で……

きけよ!」


やがて俺は背を押されるようにバスに詰め込まれた。








試合が行われるスタジアムに到着してもチームメイトたちのヘラヘラした態度は変わらない。

俺は頭を抱え通路のベンチに腰掛け考え込む。


「くそ……!こんなんじゃ前の焼き直しになっちまう……

どうすりゃいいんだ……」


何しろに戦ったときは7点取られて敗れた相手だ。

……今さら俺に出来ることなんてないのかもしれない


諦めようか、と考え始めた頃俺にとって心地よい波長の声が聞こえてきた。


「トモキ。リョウから様子が変だって聞いたけど大丈夫?」


顔をあげるとそこには綺麗な髪をショートに纏めた綺麗な肌の美少女が心配そうな顔で立っていた。


「まさみ……」


長倉まさみ……

俺の幼馴染でいつの間にか好きになっていた人……

俺たち、この頃は仲良かったよなあ……

ジャージ姿でも可愛いなあ……


久々に間近にみるまさみの顔を眺めながらぼうっとそんなことを考えているとまさみが俺の額に手を当て熱を測った。


「……んー

ちょっと顔色悪いけど熱もなさそうね。

どこか体調悪いところあるの?

試合前だけど嘘言わないで答えてね?遠慮しなくていいから」


心配かけちゃいけないよな、と俺は気を取り直し無理に笑顔を作る。


「ああ、ちょっと緊張してるだけだ。

何しろ相手はあの優英学院だしな。武者震いってやつだよ」


「……そっか、トモキも緊張するんだね」


まさみは俺の横に腰を降ろした。

まさみの荒れた手を見ながら改めて思う。

本当に3年間よくやってくれたよなあ。

こいつになんかいい思い出を残してやりたい

……でも今日ばかりは相手が悪いよなあ


俺はふと思い立ってまさみに聞いてみる。


「まさみ、俺たち優英に勝てると思うか?」


頬に片手を当てるとまさみは遠慮がちに口を開いた。


「正直に言っていい?」


俺は頷く。


「サッカーって番狂わせってのがあるからわかんない、っていうけどあんたたちの場合は起こりそうもない、と思う」


意外な答えに俺は思わず問い直す。


「どうしてそう思う?」


まさみは俺にまっすぐ目を合わせながら訥々と語り始めた。


「サッカーの大物喰い(ジャイアントキリング)ってね、あれ弱いチームが相当対策を立てて緻密な戦術を練って試合に挑んでるのよ。

ただボールを転がしてるだけじゃチャンスは転がってこないわ。

あんたたち、優英に当たった瞬間から諦めてろくに相手の研究も練習もしてこなかったじゃない。

そんなんじゃ今さら無理よ」


……なるほど仰る通りだ

今までサッカーに真剣に取り組んでこなかったのに努力に努力を重ねてきた強豪相手に勝ちを拾おうという浅ましい考えに己の考えを改める。

そして不甲斐ないこのチームの成績と実力を思い返す。


「……ごめんな、まさみ。

不甲斐ない俺たちで。

こんな弱小チームじゃ3年間失望させることばかりだっただろ」


ちょっと戸惑ったような、悲しそうな顔でまさみは俺から目を逸らした。


「そうね、正直に言えば失望したり悔しかったことの方が多かったな。

でも、あんたが夏の合宿で名門轟堂高校相手にシュートを決めたときは嬉しかったな……

たまにああいうことがあるから楽しかったわ」


そうか、そんなこともあったなあ……


「……そうか。その一言でちょっと報われた気がするよ」


まさみは笑顔になりベンチから立ち上がった。


「顔色良くなったね。いろいろ言っちゃったけど実際にプレーするのはあんたらよ。無理しないでね」


優しい……

まさみ、やっぱり俺は……


俺もベンチから腰を上げ去ろうとするまさみに言葉をかける。

もう迷いはない。


「まさみ、俺から、いや俺たちからお前らマネージャーに返せるものなんて何もないかもしれないけど……

でもせめてこの試合最後まで諦めないことは誓うよ」


「そう、ありがとう。それで充分だよ。がんばってね」


まさみは振り返ると眩しい笑顔で俺に駆け寄ると気合いを入れるように軽く俺の脇腹を小突いた。


「ああ最後までみててくれ」



俺は控え室に戻ると勢いよく声を上げる。

もう、時間がない。

試合開始まであと10分ほどだ。


「キャプテン、リョウ、みんな!話がある!

俺はこの数日、優英学院の試合を研究して攻撃のパターンを分析してきたんだ。聞いてくれるか?」


ホワイトボードを叩きながら必死の声を上げる俺にチームメイトたちは驚きながらも耳を傾けてくれた。


「マジか、トモキ。だから疲れてたんだな」


「そうか、じゃあ聞かせてくれ。対策というやつを」


俺は頷くとホワイトボードに優英学院の予想、というか一度みて知っている今日のスタメンを書き始める。


「まずは今日の優英学院の予想スタメンだ」


「ほう、これは……」


4-4-2のフラット型。

ウチを舐めて前半から前掛かりで攻めてくるはずだ。

そして極め付けは……


「ほぼ半分がサブメンバーだ。相手はウチを舐めてかかってくる。

右サイドバックの1年を狙おう。前半が勝負だ」


記憶を手繰り寄せながら俺は必死で勝ち方を考える。

相手は控えであろうが1年であろうが俺たちの誰よりも技術は上だろう。

でも少しでも穴があればそこを攻めるしかない。


感心しながらチームメイトたちはホワイトボードを見つめるがある1人が疑問をぶつける。


「いや、トモキ。確信を持って語ってるけど本当にこの通りか?

舐めてかかってくるのはその通りだろうがわかんねえぞ」


当然の疑問だ。

まさかタイムリープしてきた、なんて言えるはずもなく。

今度は感情論で納得してもらしかない。


「頼む。今日は最後と思って俺の妄言に付き合ってくれ。

多分この中で本気で優英に勝ちたいのは俺だけだろう」


キャプテンが目を丸くしながら俺の顔を見つめる。


「トモキ、お前、優英に本気で勝つつもりか」


俺はできる限り力強い笑みでキャプテンに頷いた。


「もちろんその通りだ」


キャプテンは納得してくれたのか俺の肩をポンポンと叩く。


「わかった、騙されたと思ってお前の言葉を信じよう」


「ありがとうキャプテン。じゃあブリーフィングを続けるぞ」


そして俺は覚えている限りの優英の攻撃パターンをチームメイトに伝えた。












俺たち普遍第一高校のメンバーと優英学院のメンバーがスタジアムへの入場口前に並んで立つ。

こうして間近で見ると身体だけでなく所作の1つ1つも洗練されていて優英が強豪ということがわかる。

というか俺は身をもって理解している。

一応俺に出来ることはやったつもりだがそれでも勝率は1割に満たないだろう、と思う。

何しろ俺たちはサッカー部というより「サッカーボールを蹴るのが楽しい部」だ。期待もされてないし元来、戦略も何もありはしない。

……せめて試合の数日前に飛ばしてくれれば

……いや、もっと言えばこんなタイムリープまでしてなにやってんだろう俺


萎えそうになる心を奮い立たせるようにまさみのことを考える。

幼なじみらしく6年前まではこんなに近かったこと。

同じ大学に入ったのに距離が詰まるどころかその距離はなぜかどんどん開いていったこと。

そしてこの最後の試合でいい思い出を作ってやれずあんなに浮かない顔をさせてしまったこと……


俺は自身の顔を両手で思い切り叩く。

今日は、今日こそはまさみにあんな顔はさせない。


チームメイトはその行動を俺が気合いを入れてると勘違いしたのかやたらと肩を叩いてくる。


「おうおう、気合い入ってんねえトモキ。まあ肩の力抜こうや」


「しっかし本当に相手のスタメンまでぴったりと当てるとはな。大したもんだ。お前そんなにこの試合に勝ちたいんだな」


「ああ、当然だ。俺たちは勝つ」


小声での雑談だがそう言い放つと相手にもうっすらと聞こえたようで数人にジロリと睨まれるが気迫に押されてたまるかと俺も存分に睨み返してやった。



やがて両チームがスタジアムに居並び整列と挨拶が終わるとキャプテン同士のコイントスが始まる。

コイントスでキャプテンが勝つことは分かってたので今は風が巻いてるが前半の途中辺りから風向きが左から右へと強く吹き始めることが分かってるから左側のコートを取る。

何しろ前半が勝負だ。

こんなに戦力差があるチームとの試合では時間が経てば経つほど俺たちは不利になる。

先制点が欲しい。そして後半は泥試合を仕掛けたい。


「……おお、お前の言う通りコイントス勝っちまったよ。俺なんだかお前が怖くなってきたわ……」


コイントスの結果まで当てた俺はキャプテンに怖いものを見る目で見つめられる。

まあ普通に考えて不気味だろうなあ……

俺は誤魔化すように笑みを浮かべ曖昧に答える。


「コイントスの結果は……勝てという暗示みたいなもんだよ、ははは」


「なるほどなあ」


キャプテンは訝しげに珍獣を見る目で俺を見つめた。


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― 新着の感想 ―
[一言] おおう。力作ですね。 後編が楽しみです。
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