赤い奴(下)
お久しぶりです。
忙しかった仕事が何とか終わり、ようやく執筆を再開できるようになりました。
待っていて下さった皆様、本当に申し訳ありません。
「まさかこんな形で戦車を最初に使うことになるとは思いませんでしたね」
私はあまり乗り心地の良くない戦車の後ろに乗り、もの凄い速さで流れる景色を見ながらそうこぼした。
現在私達が乗っている戦車を引っ張っているモンスターは、先日捕まえたストーンティノで本来はここまでのスピードを出すことは不可能なはずだった。
そのため最初は走ってレドル達を追いかけた方が早いと思い、私もべんけいもミリーゼも走っていくつもりでいた。
ロンダル達はモンスターに騎乗していった方が早いのではないかと言ってきたが、残念なことにこの辺りで捕まえることができる程度のレベルのモンスターでは騎乗しても、私達の移動速度が上がることはない。むしろ騎乗中のステータスは騎乗中のモンスターに依存してしまうので、逆に遅くなってしまう。
だがそこでトリトンが待ったを掛けた。
テイマーの能力は自分のステータスを騎乗しているモンスターのステータスに加算できると。その結果がこのあり得ない速度で爆走している戦車だ。
「あはは~、まあテストだと思えばいいんじゃない?」
ミリーゼは苦笑しながら宙に視線を向けそう言った。彼女は現在、これから始まる戦闘に備えてアイテムボックス内の戦闘用のアイテムを整理しているようだ。
「そうだな」
べんけいも一言だけそう言ってアイテムボックスから武器や防具を取り出し、今回の戦闘に何を使うべきかを考えている。
「GO! GO! やっほ~!」
そんな中、一人陽気な声を上げてトリトンが戦車を駆る。
これから面倒な敵との戦闘があるというのに彼はとても楽しそうだ。そして彼に引かれているモンスター達も、普段は決して出すことのできないスピードを楽しんでいるようにも見える。
「それにしても……なぜレドル達は《赤い妖精》など捕まえに行ったのでしょうか?」
「まあ、《赤い妖精》を狙ってるなら、なんか欲しいスキルがあったんだろ。それよりも、出来ればあいつ等が敵と会う前に捕まえたいんだが……」
べんけいは武器や防具の点検をしながらも律儀に私の疑問に答えてくれた。そして彼も《赤い妖精》とは戦いたくないのか、そんなことを口にする。
「ん~……無理じゃない? 《赤い妖精》ってフリーモンスターのくせに、やけにエンカウント率高いから」
そんな彼の希望をミリーゼはゲーム時代を思い出しながら無理だと言った。だが確かにミリーゼの言うようにあのモンスターはやけにエンカウント率が高かったと私も思う。
本来フリーモンスターは特定のフィールドを持たず、様々なフィールドを自由に行き来しているはずで、滅多に会うことができない。そのうえ《赤い妖精》は期間限定のイベントモンスターで、本来なら幻のモンスターとまではいかないが、かなり出会う確率は低いはずなのに、どういう訳かイベント期間になると異常なほどフィールドで遭遇することがある。
一番有力な説は運営がエンカウント率を操作している。というものだが、問い合わせても運営からは「エンカウント率は低く設定されたままです」という返信しかなかった。
そのため一部ではクリスマスに恨みを持つヒッキー達の怨念のせいだ。などというネタが出てきた。
「おかげでかなりのプレイヤーが餌食になって、別名《血染めのサンタ》などと呼ばれていましたね」
「あったな。そんなことも」
「あ~、お姉さんもアイテムが底を尽きたタイミングであったな~」
そんな思い出話をしていると、ガタンという音と共に戦車が急停止した。
「おっと」
身長が低く体重が軽い私とミリーゼは慣性の法則によって危うく戦車の外へと放り出されそうになったが、べんけいが絶妙なタイミングで私達の体を掴んでくれたため放り出されずに済んだ。
「ありがとうございます」
「ありがと~」
「姫! ミリーゼさん! 先輩!」
私達がべんけいにお礼を述べていると、トリトンが声を上げた。
「どうしました? レドル達を見つけましたか?」
「違うの見つけました!」
私の質問にトリトンは否と即答し、進行方向の先を指差した。
私達はトリトンの指差した方向を見て、その先にいる存在を確認した。
「……《赤い妖精》ですね」
「だね~」
「しかも袋が黒色か。たしか黒い袋の《赤い妖精》は、白い袋の個体よりも強かったはずだ」
視線の先には《赤い妖精》、しかも普通の固体よりも強いレア個体がとことこと歩いている姿が確認できる。
まだ距離があるため《赤い妖精》の索敵範囲に入っていないおかげで、あちらはまだ私達には気が付いていないようだ。
「……レドル達の姿がありませんね」
「そうだね~。戦闘の形跡もないからここには来てないのかな~?」
「でも道中では見かけませんでしたよ!」
「そもそもあいつらは何時頃《人形の庭》を出たんだ? 勢いで城を出てきたのはいいが、あいつらが今朝城を出たなら俺達の移動速度だと完全に追い越したんじゃないのか?」
べんけいに言われ、全員が「あっ」となった。
《赤い妖精》の名前を聞いて焦りがあったせいか、言われてみると確かにいつ頃いなくなったのかを確認した記憶がない。
置手紙はあくまでロンダルが見つけてきた物だ。いつ書いたのかは全く分からない。
「あはは~、それによく考えたらここに来るのかもわからないね~」
ミリーゼの言うことも一理ある。
トリトンの操縦でここまで進んできたはいいが、ここにレドル達が向かっている保証もない。
「え! 僕のせいですか!? でも先輩がここに向かえって……」
「場所は多分ここでいいと思うぞ。出る前にロンダルに確認したら、《赤い妖精》の目撃情報はこの辺りに集中しているらしいからな。レドル達もそのことを知っているから、普段は近づかないって言っていた」
場所に関しての疑問はべんけいの説明で解消された。
相変わらず用意周到だ。
「そうですか。それなら単純に追い越してきたということですね」
「たぶんな」
これは困った。
今から戻るにしても帰り道でレドル達と会える保証はない。会えたならそのまま彼らを捕まえて帰るだけだが、会えなかった場合は彼らが《赤い妖精》を見つけてしまい戦闘になってしまう。
そうなってしまうと引き返している私達が再びこちらへ戻ってくるまでレドル達が持つとは思えない。
「エリスリーゼ~。どうするの?」
「……仕方ありません。あのモンスターはフリーですから、最悪街の方まで移動されては厄介です。ここで片付けましょう」
本来はあのモンスターとは積極的に戦いたくはないが、あれを放置しておいて起こる可能性のある被害を考えると今ここで片付けた方がいいと私は結論を出した。
「ええ~! あれと戦うんですか!?」
トリトンが不満の声を上げる。
「あはは~、お姉さんもやだけど、しょうがないか~」
「まあ、エリスリーゼの判断は正しいだろうな。それにここで派手に戦えば、さすがにレドル達も近寄っては来ないだろう」
ミリーゼはあまり乗り気ではないようで苦笑を浮かべながら戦闘の準備を始めた。
べんけいは元からそのつもりだったのかすでに戦闘の準備は整っているようで、今までと違い軽装ながらも防具を着込み、その手には大型の槍を構えていた。
「それでは作戦会議をしましょう。トリトンはそのまま《赤い妖精》を監視しながら聞いててください。さて、私としてはこのまま気が付かれていない間に不意を打ちたいと思っていますが、どうでしょうか?」
私はまずはそう提案した。
折角こちらが先に敵を発見することができたのだから、その利を捨てるのはもったいないと考えたかだ。
だが、私の提案に3人は首を横に振った。
「エリスリーゼ。それはお姉さんおすすめできないな~」
「僕もです!」
「どうやらエリスリーゼはあれとはあんまり戦ったことがないみたいだな」
「なにかまずいのですか?」
「ああ。あれは不意打ちで攻撃すると【狂化】のスキルが発動する。そうすると防御は落ちるが攻撃力が馬鹿みたいに上がるんだよ。弱い個体なら問題ないが、あれは強い個体だからな」
まさかそんな隠し要素があるとは思いもしなかった。
「そうですか。……そうなると、もう正面から行くしかないですね。ならべんけいが接近戦で削り、トリトンは前衛での攪乱、ミリーゼは中衛で支援と回復、私は後衛で魔法で攻撃します」
私は戦力を分析しフォーメーションを言い渡した。
「ええ! 僕も前衛ですか!?」
「お姉さんもそれが妥当かな~って思うな」
トリトンが嫌そうな顔をしているがそれを無視し、ミリーゼの方を見ると彼女は笑いながら賛成してくれた。
最後にべんけいの方を見ると、彼は何かを考えているようで目を瞑っている。
「どうしました?」
「エリスリーゼの魔法って状態異常が主だろ? 直接的な攻撃魔法ってあるのか?」
どうやらべんけいが気にしていたのはそういうことらしい。
「それでしたら問題ありません。使用条件が面倒ですが、とびっきりの攻撃魔法があります」
べんけいの心配を払拭するように私は自信満々といった雰囲気でそう答えた。
「そうか。なら前衛は俺とトリトンにまかせろ」
「ええ! 僕の意見は無視ですか!?」
べんけいはトリトンの頭に手を置き、ぐりぐりとしながらトリトンの文句を封殺しながらそう宣言した。
「それでは始めましょう」
私のその言葉が戦闘開始の合図となった。
「よし。それじゃあ行くぞ。トリトン」
「うぅ、嫌ですけど分かりました」
まずはべんけいとトリトンが草木を掻き分けながら《赤い妖精》の方へと向かう。その際に、わざと大きな音を立て、敵が二人を見つけやすいように移動していく。
そしてその後ろを私とミリーゼが音を立てないようにしながら、距離を保ったまま移動していく。
「ぐげ?」
ある程度までべんけい達が《赤い妖精》に近づいていくと、案の定敵は音に気が付きべんけい達の方へと視線を向けてきた。
「ぐげぇぇええ!!」
《赤い妖精》は武装した二人の姿をしっかりとその眼に捉えると、咆哮を上げ始めた。すると、《赤い妖精》の小さな体が、みるみるうちに巨大化を始めていく。
最初は普通のゴブリンサイズだった体はべんけいの身長を超え、次に周りにある木々の高さを超え、どんどん大きくなり、巨大化が終わったころには周囲の木の10倍近くの大きさになっていた。
「……先輩」
「……なんだ?」
「《赤い妖精》ってこんなに大きかったでしたっけ?」
「……もう少し小さかった気がする」
前方のべんけい達からそんな会話が聞こえてきた。
確かに彼らの言うように、この《赤い妖精》の大きさはゲーム時代に見たことのある《赤い妖精》の大きさをはるかに上回る大きさだ。
さすがにこれには私とミリーゼもポカンとした表情で、《赤い妖精》を見上げて硬直してしまった。
グオオオオオオオォォォォオオ!!!!
巨大化した《赤い妖精》がその巨躯に見合った咆哮を上げ、激しく空気と木々を震わせる。
「ぐぅ!! 」
「ぎゃぁあ!! うるさいです!!!」
「い~や~!! うるさい~!」
「っ! これは煩いですね!」
そのあまりの咆哮に、私達は耳を覆った。
「やっかましい! 【五連突き】」
べんけいが何かを叫びながら、手に持っている槍を構え《赤い妖精》の足へと攻撃を開始した。
グオォオ!?
目にも止まらぬ速さで連続して突き出された槍に足を刺された《赤い妖精》が、突然の痛みに驚いたような叫び声を上げた。
そのおかげでようやく咆哮も止まり、私達は耳を覆っていた手を外すことができた。
「耳がキーンってします!」
私とミリーゼからはやや距離がある場所で、トリトンは叫びながら報告してきた。
「お姉さんも~」
そしてミリーゼも同じように耳を押さえながらそう言ってきた。
「私もです。それにしても……出鼻は挫かれてしまいましたね」
油断していたつもりはなかったが、まさかあんな行動をするとは考えてもいなかった私達は完全に出鼻を挫かれてしまった。
そのことが私の内のプライドに火を着けた。
ゲーム時代とは違いこの世界が現実の分だけ、思い通りにならないのは当然のことだ。そんなことは私も十分に承知してはいるつもりだったが、たかが体が大きいだけのモンスターに先手を取られたことで再認識させられた。仮にも魔王である私にはそのことがやけに頭にきた。
「トリトン! ミリーゼ! こんな大きいだけの敵、すぐに倒しますよ」
「了解です! あの大声やられる前に倒しましょう!」
「あはは~、トリトンに賛成~」
私がそう叫ぶと、トリトンはべんけいの後を追って《赤い妖精》の足を目がけて攻撃を開始し、ミリーゼはアイテムボックスから爆弾系のアイテムをいくつも取り出し始めた。
そんな二人の様子を見た私も、《赤い妖精》を倒すための魔法を唱えた。
「【憤怒の禁忌】」
そう唱えると同時に、私の傍に私の倍以上はある大きさの砂時計とそれを持つ腕が出現した。そして無数の悪の効果により、さらに四本の砂時計とそれらを持つ腕が現れ、私は5つの砂時計と10本5対の腕に囲まれた。
グオォ?
私の周囲に砂時計が現れると同時に、先ほどまでは足元にいるべんけいとトリトンにしか注意を払っていなかった《赤い妖精》の注意が私の方に向けられた。
「べんけい! トリトン! ミリーゼ! この魔法は使用するまで時間が掛かる上に、敵の注意が私に向いてしまいます。さらに私はこの魔法が発動中は動けず、他の魔法も使えないので《赤い妖精》の足止めをしてください」
私は3人にそう告げる。
グオオオォオ!!
それと同時に《赤い妖精》が私の方へと進行し始めた。
「了解」
「わかりました!」
「は~い」
私の言葉に3人はそれぞれ返事をすると、それぞれが得意とする距離を取りながら私と《赤い妖精》の間に入った。
「べんけいもトリトンも避けてね~」
初めにミリーゼが牽制を開始するために、アイテムボックスからロケット花火のようなアイテムをいくつも取り出した。
「〈クラッカーボム〉発射~!」
ポポポポポポポポポポン!
ミリーゼはそう叫びながらアイテムを使用した。
〈クラッカーボム〉はダメージは一切ないが、命中した相手を驚かせることができる。これだけだと何の効果も無い様に思えるが、実はこのアイテムで驚かされた相手は0.5秒だけ硬直させることができる。
低レベルモンスター相手だと0.5秒の硬直は全く意味をなさないが、こういった高レベルモンスター相手をするときには地味に役に立つ。おまけに使用後のクールタイムもない。
ただし作成に必要なアイテムが希少なことと、必要な生産系スキルのレベルが高すぎるためゲーム中でもこのアイテムを大量に所持しているユーザーはかなり少ない。
「10HIT! これで五秒~」
ミリーゼのその宣言と同時にべんけいとトリトンが《赤い妖精》目がけて攻撃を開始した。
「【突撃】! おまけにもう一回【突撃】!」
ドン!ドン!
何とも気の抜けそうな掛け声と共に、トリトンは自身の操縦する戦車ごと巨大な《赤い妖精》の左足に【突撃】していく。
「【雷神突き】!」
その攻撃に続くようにべんけいが手に持った槍を構え、スキルを発動させた。
【雷神突き】とべんけいが叫ぶと彼の体からバチバチと雷光が迸り、次の瞬間には彼が居た場所から《赤い妖精》の右足を貫くように稲妻が迸った。
スドン
雷光が収まり始めた頃に音が遅れて辺りに響き渡る。
完全に光が収まると先ほどまでべんけいが居た場所に彼の姿はなく、代わりに地面が大きく抉れていた。
グオオオオォォォオオ!!?
突然《赤い妖精》が叫び声を上げた。だが、その叫びは先ほどの私達を威嚇していたときのような迫力はなく、まるで苦しんでいるように聞こえてくる。
見上げて確認してみると、《赤い妖精》の顔は確かに苦しそうな顔に歪んでいる。
バチャバチャバチャ
何かの水音が聞こえその音のする方に視線を向けると、先ほど稲妻が走った《赤い妖精》の右足が大きく抉られ大量の血を地面に零していた。そしてその抉れた傷口の向こう側ではスキルの硬直のせいか、槍を突き出したままの姿勢のべんけいがいた。
「お~、効いてるね」
「そうですね。凄まじいスキルですね」
何か新しくアイテムの準備をしながら、今の光景を見ていたミリーゼが感心しながら《赤い妖精》の傷口に視線を向け、そう口にした。
私もミリーゼの言葉に同意した。
「今のってさ~、かなり上位のスキルだよね?」
「おそらくはそうだと思います。確か武器系のスキルはスキル名に【神】とついていると、特殊なスキルを除けば最強だったと聞いたことがあります」
私自身は習得しているスキルは魔法系がほとんどであるため持ってはいないが、ゲーム時代に物理攻撃主体の仲間からそんな話を聞いたことがあったとこを思い出した。
「へぇ~、そうなんだ。お姉さんは生産系スキルしかないからな~」
カチャカチャ
「それで……先ほどから何をしているのですか?」
ミリーゼは私との会話中も手を休めることなく、アイテムボックスからアイテムを取り出してはカチャカチャと何かを組み立てている。
普通アイテムというものはアイテムボックスから取り出して使用する物で、間違っても戦闘中に組み立てて使う様なものではない。
「んふふ~、実験~。ゲーム時代は戦闘中に生産スキルは使えなかったけど、現実なら時間さえ確保できればやれるかな~って思って。そしたら出来そうだったからさ~、この場で要塞に設置したりする大砲を組んでみたんだ」
カチャカチャカチャカチャ
ミリーゼはそう言いながらさらに手の動きを早くしていく。
すると先ほどまで何もなかった場所に、徐々にではあるが大砲が形を成していく。
「間に合うのですか?」
もうミリーゼのアイテムによってできた5秒の硬直はとっくに過ぎ、《赤い妖精》は活動を再開している。そんな中で大砲を組み上げるなど、かなり無謀に思えてくる。
「トリトンとべんけいが足止めしているから大丈夫じゃないかな~」
確かに今はトリトンとべんけいが間髪入れずに《赤い妖精》に対して攻撃を仕掛けているため、《赤い妖精》の注意は二人に向いているが何かの拍子にどちらかが動けなくなればまずいのではないだろうか。
「う~わ~!」
今の私の考えでフラグが立ってしまったのか、次の瞬間にトリトンの悲鳴が聞こえてきた。
視線をそちらに向けると《赤い妖精》の大きな足による蹴りがトリトンに向かっている。トリトンの方もスキルの使用後なのか、悲鳴を上げてはいるが動いて回避する気配が見られない。
「【轟槍】!」
ぐおぉお!? ガクン、ブオン
「ひぃ~! あ、危ない! せ、先輩! ありがとうございます!」
「無理するな。お前の乗ってるモンスターは弱いんだから、あんなの喰らったらひとたまりもないぞ」
《赤い妖精》の足がトリトンに当たる直前に、べんけいが近くの木を踏み台にして飛び上がり、《赤い妖精》の軸足の膝裏目がけてスキルによる衝撃波を放った。すると膝かっくんの要領で《赤い妖精》はバランスを崩し、トリトンに命中するはずだった足は彼の頭上を通過した。
トリトンは涙目になりながらべんけいに礼を述べ、べんけいはトリトンへと注意を口にした。
「そ、そうします!」
べんけいの注意を受けたトリトンは先ほどよりも《赤い妖精》から距離を取り、なるべく隙を作らないようにスキルの使用を控えながらチクチクと攻撃する戦法に切り替えた。
「トリトンはモンスターが弱いとあまり役に立ちませんね」
「あはは~、しょうがないよ。テイマーも前衛職ってわけじゃないしね~」
危険を回避をするためとはいえ、今のトリトンの戦い方はかなり情けない。
「それにしてもべんけいはさすがに接近戦に慣れていますね」
それに比べてべんけいの方はというと、《赤い妖精》の攻撃を回避しそこそこの頻度でスキルによる大技を織り交ぜながら、危なげなくあの巨体との接近戦を戦っている。
「まあ、べんけいは生粋の前衛職だしね~。古参の前衛職は皆あんな感じだったよ~」
私自身は魔王である上に魔法職で生粋の後衛職であるため、あまり近接戦闘を間近で見たことがなかったが、ミリーゼに言わせると古参の前衛職はこんなものらしい。
「できた~!」
そんなことを考えていると、いつの間にかカチャカチャという音が止み、ミリーゼのそんな掛け声が聞こえてきた。
「早いですね」
「まあ組み立てるだけだからね~。これが一からだったら終わらないよ」
ガラガラガラ
ミリーゼはそう言いながら大砲の照準を《赤い妖精》の足に合わせていく。
「二人とも避けてね~」
そう言いながら発射準備を終えたミリーゼは、発射スイッチに指を置く。
「なに? って、おい! 【護法】!」
べんけいがミリーゼの声に反応してチラリとこちらに視線を向け、ミリーゼのやろうしていることに気が付くと慌てて後ろに飛び退き、スキルを発動する。
スキルが発動するとべんけいの周辺にオーロラのような幕が、彼を囲むように展開される。
「ちょ! 退避! 退避~!」
トリトンも気が付き、乗っているモンスターの背をパシパシと叩きながら慌てて《赤い妖精》から離れていく。
なぜか二人はかなり焦っていた。
「炸裂砲発射~! ポチっと」
ゴオオォォォオオン!!!
ミリーゼが発射した赤い弾が《赤い妖精》の足に当たった瞬間、私の耳にはとんでもない爆音が聞こえてきた。そして先ほどまで巨大な足があった場所は、爆風によって巻き上げられた砂塵によって何も見えなくなっている。
ズズゥゥン
そんななか、砂塵の向こうから何か重いものが地面に落ちる音が響き渡る。
「……ちょっと威力が高すぎませんか?」
先ほど見えたトリトンとべんけいの焦りの表情の理由がよくわかった。
私はキーンと耳の奥に鳴っている音を抑えるように耳に手を当てながら、音の元凶に批難の視線を送りながらそう言った。
「あはは~聞こえない~」
ミリーゼも耳がキーンとなっているのか、耳に手を当てながら私にそう言ってきた。
「二人は無事で……」
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
私が爆発に巻き込まれた二人のことを口にしようとした瞬間、今まで以上の苦痛に満ちた《赤い妖精》の叫び声が辺りに響き渡った。
周囲に舞っていた砂塵はその叫び声に呼応するように晴れていき、徐々に絶叫の主の姿が明らかとなっていく。
「おお~、かなりダメージ入ってるね~」
砂塵の中から現れた《赤い妖精》は、確かにミリーゼの言う通りかなりのダメージを負っていた。
「そうですね」
炸裂砲が命中した足は跡形もなく消し飛び、直接弾が当たっていない足も至近距離での爆発により、膝から下が皮一枚で辛うじて繋がっているといった感じだ。先ほど響いた重いものが地面に落ちた様な音の正体は、《赤い妖精》の巨体が地面に落下した時のもののようだ。
「……えぐいですね」
「あはは~、これは確かにね~。いっそ今ので死んだ方がマシだったかな?」
今の《赤い妖精》の状態を見た私達はそう感想を述べた。
これほどの状態になると、いくら敵であっても同情したくなりそうだ。
「そうですね。いっそ死んだ方がマシだったでしょう。……ですから、すぐに殺して差し上げます」
私はそう宣言した。
「あ、もう終わったの~?」
ミリーゼの質問に首を縦に振って応えた。
「さあ終わりにしましょう」
私の言葉に応えるように周囲にあった10本5対の腕が持っていたそれぞれの砂時計を前へと突き出した。
その砂時計の砂はいつの間にか一粒残らず下へと落ち、私に時が来たことを告げている。
「【憤怒の禁忌】」
私はもう一度、腕と砂時計が現れた時と同じ魔法を口にした。すると先ほどまで腕の中にあった砂時計が消え、代わりに《赤い妖精》巨体に引けを取らない巨大な両手剣がそれぞれの腕にしっかりと握られ、その切っ先は全て《赤い妖精》へと向けられていた。
「さあ、死んでください」
まるで指揮棒を振るうように、手に持っていた無数の悪を振る。
次の瞬間、全ての剣が一切の躊躇なく《赤い妖精》へと突き出された。
グギャアアアアアアアアアアアア!!!!
その巨体を5本の巨大両手剣で突き刺され、切り刻まれた《赤い妖精》は断末魔を上げながら切り口から大量の血を吹き出し、周囲に血の雨を降らせながら絶命した。
ザアァァァァ
「この魔法を使うと爽快な気分ですね」
私は無数の悪をさし、血の雨を防ぎながら巨大な死体に視線を向けて微笑みながら、今回の戦闘の終わりを告げた。
戦闘って書くのが難しいです。
どうしても最高レベルの主人公たちが組むと、戦闘ではなく蹂躙になってしまいます。




