帰り道
血の雨が止むと《赤い妖精》の死体を中心に血の池が広がっていた。
「それにしてものすごい血の量ですね。傘を差しても靴が汚れてしまいました」
私は自分の足元に目を向ける。
距離としてはそれなりに離れていたはずだったが、死体から溢れ出た血は川のように流れ私の靴を汚していた。
死体に対しては何の感慨もないが、自分の衣服が汚れるのはあまりいい気はしない。
「ミリーゼは大丈夫……ではなさそうですね」
「あはは~、もう最悪」
ミリーゼは私よりも《赤い妖精》との距離が近かったせいで、先ほど降った血の雨を直接浴びてしまい、衣服の上下どころか髪まで血でベタベタになっている。
口では気楽そうに言っているが、全身血だらけなのは不愉快なのだろう。彼女にしては珍しく顔にハッキリと不機嫌と書いていた。
「こんなことならお姉さんも傘持ってればよかったよ~」
そう言いながらアイテムボックスから出したのか水の入った桶とタオルを手に持ち、タオルを濡らして髪に着いた血を拭きとっている。
私も脚に多少掛かってしまった血を拭きとりたいと思い、ミリーゼにもう一枚タオルはないのか聞こうとしたとき、飛び散った肉片の一部がもぞもぞと動き出した。
「……」
「……」
私は静かにミリーゼに視線を送ると、ミリーゼは私の意思を汲み取りコクリと頷いた。そしてアイテムボックスからアイテムを取り出し、動いている肉片へと投げた。
彼女が投げたのは攻撃系アイテムの中でも初級中の初級アイテムで、〈爆弾〉と言う名のそのままのアイテムで、威力も低いが爆発した周囲にある物を吹き飛ばす効果がある。
「うへ~! 最悪です!」
「「あ」」
だが〈爆弾〉が放物線を描いて目標地点に到達する前に、動いていたものの正体が自ら正体を現した。その正体を知った私とミリーゼは思わず声が漏れた。
それは先ほどまで《赤い妖精》相手ヒットアンドアウェイを繰り返していたトリトンだった。どうやら《赤い妖精》が倒れたときに飛び散った大きな肉片の下敷きになっていたようだ。
ポト
「へ?」
肉片からようやくの想いで這い出てきたトリトンは、目の前に落ちてきた物が何なのか初めは分からず首を傾げていた。
「……にぎゃ!?」
ずちゃっ
しばらくそれを眺めていたトリトンがようやく〈爆弾〉が何なのかを理解すると、彼は慌てて逃げようとしていたが足元にある血に濡れた肉片を踏んづけてしまい盛大転んでしまった。
そしてまるでその瞬間を狙っていたかのように〈爆弾〉の表面に亀裂が入り、そこから光が漏れ始めた。
その光景が私達にはスローモーションのように見え、ついにその瞬間が訪れた。
ボオォン!
「ぎゃあああ~!!」
爆発音がなると同時に肉片と共にトリトンが明後日の方向に飛んで行ってしまった。
そんなコントのような流れを作ってしまった私達は、アイコンタクトで通じ合った。
もしもこの時の意思を言葉にするならば、「見なかったことにしよう」と言葉になっていたに違いない。
「……べんけいを探しましょうか」
「そうね~」
「必要ない」
私達の会話に答えるようにべんけいがやって来た。
そちらを向くとトリトンと同じように血だらけになった姿のべんけいがあった。そしてその手には先ほど飛んで行ったと思ったトリトンを持っていた。どうやら飛んで行った方向にべんかいが居て、運よくキャッチして貰えたようだ。そしてその後ろからトリトンが戦闘の時に乗っていたモンスターもついてきていた。
「ひどいですよ!」
戻ってきたトリトンは頬を膨らませている。
その姿は精一杯怒りを表現しているようだったが、小人族の外見ではどうしても迫力に欠ける。
「ごめんなさいね」
「ごめ~ん」
ただ私達も悪いと思っていたので、素直に謝ることにした。
素直に謝った私達を見たトリトンもそれ以上何かを言ってくることはなく、機嫌も直ったようだった。
「何があったか知らないがそろそろ戻らないか? 正直鼻が曲がりそうだ」
事情を知らないべんけいは私達のやり取りが終わったっと判断したのか、彼はそう提案してきた。
獣人である彼にとっては今の血まみれの状態は、私達以上に辛いのかもしれない。
「そうですね。戦車も壊れてしまいましたし、帰りは時間が掛かりそうですから早めに戻った方がいいですね」
「さんせ~い」
「僕も賛成です!」
べんけいの提案に反対意見はなく、全員が賛成票を投じた。
「な、なんだよこれ!?」
私達の意見がまとまりこの場を後にしようとしたとき、聞き覚えのある声が耳に届いた。
声の方へと視線を向けるとそこには馬が二頭と、その馬が引いているオンボロな馬車の御者台で御者をしているレドルが目に入った。
「どうやらこれで今回の目的はコンプリートできたようですね」
レドルの叫びに呼ばれたのか荷台からはレドルと共に行方が分からなくなっていた3人も顔を出していた。そして辺り一面に広がる血の海とも呼べる光景に一番小柄な一人は気を失い、もう一人は口を馬鹿みたいに開いて言葉を失っている。
最後の一人は4人の中ではかなり冷静なようで、周囲を観察する余裕があったようだ。
血の海の近くにいた私達の姿を確認すると、何処かあきらめにも似た表情で観念したように肩をすくめて見せた。
「それでは4人の言い訳でも聞きながら帰るとしましょう」
「あはは~、どんな言い訳が出るかな?」
私とミリーゼはそう言いながらゆっくりと馬車へと歩き出した。
「あ、僕がストーンティノに乗って馬車を引っ張りますか?」
トリトンはストーンティノの上によじ登りながらそう提案してきた。
「無理よ~。そんなことしたら馬車の耐久力が城まで持たないわ」
だが彼の提案はミリーゼが首を横に振ってダメ出しをする。
「べんけい? 行きますよ」
「ん、ああ」
一人で死肉の山を片づけているべんけいに声をかけ、私とミリーゼは馬車へと乗り込んだ。
「あ、トリトンは先に戻ってロンダル達にこの件の顛末を伝えてください」
「了解しました!」
敬礼をしたトリトンはストーンティノを引き連れて、あっという間に森の中を駆け抜けていった。
「では、私達も行きましょう」
彼の後を追うように私達も帰路へと着いた。
・
・
・
帰り道の馬車の中で、私は探していた四人の方へと向き直った。
彼らを怒るにしても、今回の件の理由を知らなければならない。
「さて、なぜあなた方は今回のような無謀なことを考えたのですか? 《赤い妖精》を相手にするにはあなた方は弱すぎます」
「ムっ」
正面からはっきりと弱いと言われたことが腹にすえたのか、レドルは表情を硬くしてこちらを見てきた。
「まあまあ、レドル。ちょっと落ち着け。」
そんなレドルを見て、一番年上と思しき男がレドルを宥める。
「自分はレガシという者です。今回の件に関しまして、自分の方からご説明させていただいてもよろしいでしょうか?」
レガシと名乗った男はレドルを後ろに押し込むと、頭を下げてそう言ってきた。レドルよりもよほどしっかりしているようだ。
「ええ、お願いします。」
レドル相手では中々話しが進まないと考えた私は、こちらのレガシに今回の説明を求めることにした。
そして私の言葉を受けたレガシが今回の事の顛末を語り出した。
「まず自分たちにはある共通点があります。それはモンスターに乗る騎乗訓練で、今まで一度もうまく乗れていないということです」
レガシの言葉に後ろの3人も頷いている。
「なるほど。つまりその騎乗をどうにかしたいため、騎乗スキルを欲したと」
「はい。本当はトリトン様に相談しようかとも考えたのですが、その、何といいますか……」
最後の方はしりすぼみになり、どこかバツが悪そうに視線を彷徨わせている。
何か言いにくいことがあるようだ。
「構いません。ハッキリ言ってみなさい」
「はい。トリトン様の指導での説明がよく分からないのです」
レガシがそう言い切ると、後ろの3人は先ほどよりも力強く首を縦に振っている。
「……ちなみにどんな説明だったのですか?」
「その、『乗る時がトゥっじゃなくてトォって乗る』や、『一気に曲がる時はグワーって』と言われました」
その説明を聞いて私は天を仰ぎ見た。
見るとミリーゼは笑いを堪えきれずに失笑し、べんけい眉間の皺を伸ばすように指で押さえている。
「……他の人はそれで乗れているのですか?」
「指導では馬に乗ったことのある者が、先にコツを掴んでそれを周りに教えています。それで何とか乗ることはできている状態です。ただ自分たちは特にうまく乗れないせいで、そのコツを聞いてもダメでした」
その結果が今回の行動に繋がったという。
ここまで聞けば今回の騒ぎの現況が誰なのかは言わずもがなだ。
帰ったらトリトンにはお仕置き確定だ。
「分かりました。ですが今回の件での無断での行動、そして《赤い妖精》の性質上、最悪街にまで被害が出た可能性もありました」
私はそう言って4人に《赤い妖精》の特徴を伝える。
《赤い妖精》は袋に触れると巨大化すること、その強さや一度攻撃を開始すると、敵と認識したものを倒すまで止まらないことなど、その危険性をしっかりと聞かせる。
その説明を聞くたびに4人は自分たちが行おうとしたことの危険性を正しく認識し、顔色がどんどん青くなっていく。
「そのため罰を与えなければいけません」
そこまで伝えるころには4人の顔色は青から白へと変わっていた。
当然だろう。
ここまでのことをしでかしたことを考えると、最悪は処刑されても可笑しくない。
「……ですが、今回の件の発端はトリトンの指導不足が原因のようなので、情状酌量の余地はあります」
私がそういうと、4人の顔にははっきりと安堵の表情が浮かんでいた。
「とはいえ罰なしでは示しが着きません。そこであなた方には明日から半年間、4人でのモンスター舎の掃除を命じます」
今回は被害らしい被害といえば、試作の戦車が一台壊れただけなので4人への罰はかなり軽い物にした。
4人も今回の件の罰がこの程度で済んだことに安堵し、素直に首を縦に振って了承の意を示している。
「あはは~、これにて一見落着かな?」
私達のやり取りを静かに見守っていたミリーゼが、場を締めくくるようにそう言った。
「そうですね。あとは帰ったらトリトンにもっとしっかり指導するように釘を刺しましょう」
私の意見にミリーゼとべんけいが同意した。
「あ、そうだ。ほれ」
一段落したところで、べんけいが思い出したようにアイテムボックスから4枚のスクロールをレドル達4人組に投げて渡した。
「これは?」
レドルが首を傾げながらべんけいに尋ねる。
「お前らが欲しかった〈白紙の書〉だよ。倒した後で、袋から回収しといた。戦闘に参加した人数分しかでないから、ちょうど4枚だ」
「い、いいんですか?」
レガシが手元のスクロールと私の顔を交互に見ながら戸惑いの声を上げる。
〈白紙の書〉はアイテムの中でもそこそこ貴重な物だ。それを渡したとなれば、この4人は他の者達からすると贔屓されているように見えるかもしれないだろう。だがその分頑張ってもらえばいいかと私は思った。
「構いません。ミリーゼも良いですね?」
「いいよ~。お姉さんは欲しいスキルあるわけでもないしね~」
「……というかこの4人は〈白紙の書〉使わないと、一生モンスターに乗れないと思うぞ?」
「べんけいはこの4人がモンスターに乗れない理由に心当たりがあるのですか?」
べんけいの発言に全員が興味深そうに視線を送る。
「たぶんパッシブスキルの《モンスター避け》だな。確かあれがあるとモンスターとの遭遇率が下がる変わりに、モンスターに乗れなくなる」
私の質問にべんけはさらっと答える。
そして私とミリーゼはそのべんけいの答えで納得がいった。
《モンスター避け》はNPC専用スキルで、ゲーム中で雇うことのできるNPCがたまに所持しているスキルだ。
その効果は文字通りで、モンスターがあまり寄って来なくなる。とはいえ完全によって来なくなるわけではなく、あくまで寄って来難くなるだけだ。ただしこのスキルを持っているNPCを強化しようとして、モンスターに騎乗させようとするとモンスターが逃げ出してしまう。
「なるほど。確かにそれならモンスターに騎乗できないのも納得です」
「そうだね~。乗ることさえできれば練習でスキルを習得もできるけど、そもそも乗れなきゃどうしようもないもんね。確かに〈白紙の書〉で強制的に騎乗のスキル覚えないと、一生乗れないね」
当の4人は自分達にそんなスキルがあるなど思いもしなかったため、確認できるわけでもないのに自分の掌を眺めていた。
「そういうことです。4人ともそのスクロールで騎乗スキルを取りなさい」
私がそういうと4人はスクロールの使い方をミリーゼに聞き、緊張した面持ちで〈白紙の書〉を使った。
「今度こそ一件落着ですね」
ミリーゼもべんけいもようやくゆっくりできると言いながら、思い思いの姿勢で馬車の中でくつろぎ始めた。




