33 ラーサ2
一週間に一度の集団礼拝の時間になるほんの少し前に、ピコがロッダたちに学校の裏へ連れていかれるのを見つけた。もう礼拝の場所へ行かなきゃいけなくて、それを見過ごしてしまうのかほんの少し悩んだ。
「ねえ、ラーサ何してるの? そろそろ行かないと遅れちゃうよ。」
「うん。」
他の仲の良い女の子に声をかけられて、ピコの消えた場所から目を放して前を向く。
離れていったのは、ピコのほうなのだ。この数か月、何故か距離を置かれてしまっていた。話しかけようとしたらするりと躱され、授業の時間が終わるともういない。これまでずっと一緒だったのに……。
「何を見てたの。」
「ううん、なんでもない。」
そしてあたしは歩き出した。
「……何があったの?」
あたしが後ろから声をかけると、ピコはびくっとしておずおずとこちらへ向き直った。
嫌な予感がして、大切な礼拝をさぼってピコの消えた場所まで行ってみると、そこにはずぶ濡れになっているピコがいた。
「ラーサか。ちょっと、水遊びしてただけだよ。」
ピコは服を絞りながら、あたしに目を合わさずにそう答えた。嘘には違いなかったけど、ピコから伝わってくる何も聞くなという突き刺さるような圧力から、あたしには何も言えなかった。
「ラーサ?」
「じっとしてて。」
あたしはハンカチを出して、せめて髪の毛を拭いてあげることにした。触りなれた金色の髪をすき、水を吸い取っていく。ピコも何も言わず、あたしにされるままだった。
「この間、雑貨屋さんに行ったらすごくかわいいカップを見つけたの。置くところは小さいのに、飲み口になるほど大きくなる変わった形で、それで沢山の色とりどりのお魚さんが描いてあるのよ。」
なんとなく沈黙が怖くて、本当に聞きたいことは言葉にできず、なんでもないことを話し出してしまった。
「学校近くの雑貨屋さん? へえ、すごくいいじゃない。」
ピコは自然に話に乗ってきてくれた。まえと変わらないように。
「そうでしょう。一目で気に入っちゃてね、あたしはすごく欲しかったけど、でも一つ問題があったの。」
「他の子も欲しがったんじゃない?」
「違うのよ。たまたまそれを見つけた時は一人だけだったから、それはあまり目につかない所に移すことでなんとかなったの。」
「いけないなー。」
「えへ。問題は別でね、それが一つしかなかったことなのよ。」
「わかった。2つないとラーサのお母さんとお揃いにならないからでしょ。」
「……うん、そうなの。よくわかるね。」
「まー、ラーサとは付き合い長いしね。」
だったら、なんで避けるの? という言葉が胸を通り過ぎていった。
「仕方がないから、追加で入れてもらうように頼んでおいたの。でも時間がかかるかもしれないって。」
「あそこっていつも変わり映えしないものばかりなのに、そんなものがあるなんて珍しいよね。どこから仕入れたか聞いた?」
「それがねー、オリンの集落から譲ってもらったらしいのよ。」
「オリンか。……ならもしかして魔族産?」
「そう、そう。魔族があんなきれいなもの作ってるなんて驚いちゃった。」
「そうか。ここ最近はフィーレスの集落でも魔族産を見かけるようになったしね。」
「ロッダがたまに魔族産のものをくれるから、あたしのうちも魔族産が増えて来ちゃった。便利だよねー。」
「魔族産が低価格で集落に入ってくるから頭が痛いって、レミナさんもぼやいてたよ。」
「パトリアッカ様が? 安く入ってくるとなんでいけないの?」
「この集落で雑貨品を作っている人の品物が売れなくなるからね。下手をしたら廃業になっちゃうし。」
「へー?」
「ラーサ、よく分かってないでしょう。」
「うん。」
「まー、そうだよねー。」
「こんな風にお話しするの久しぶりだね。」
ふと会話が途切れた少しの沈黙に、つい言葉を出してしまった。
「そうかな。」
「そうだよ。最近ピコがあたしのこと避けるから。」
「…………」
「ねえ、なんで避けるの? ……それに、ロッダたちと何があったの。」
「聞かないでほしいかな。」
「聞くよ。――友達だから。」
沈黙があって、ピコの表情は見えなかったけど肩に触れている手から伝わる体温が上がっていくのを感じた。
「うん……、でももう少し待ってほしいかな。私もまだ整理しきれないんだ。」
「そう、それなら待ってるから。」
結局ピコは教えてくれなかった。もしかしたら、その教えてくれない理由にあたしが何か関わっているのかもしれない。
「……終わったよ。」
綺麗に整った髪を、もう一度手の上で流して遊ぶ。名残惜しくも金色の髪は私の手を離れて、それと同じようにピコも少し離れた。
「ありがと。助かったよ。」
「ううん、別にいいの。」
「礼拝も終わっちゃったね。ラーサはあんまりさぼんない方がいいよ。」
「今日はたまたまピコを見かけたから。……初めてさぼっちゃった。」
「あら、そりゃごめんね。」
「いいってば。でもさぼり癖がついたらピコのせいにするから。」
「それは困るなー。」
「あはは。」
「あっはは。」
ピコとあたしは笑いあった。なんでもないことなのに、すごく嬉しい。
「それじゃ、私は戻るから。」
「うん、またね。」
「またね。」
またね、というピコの言葉に迷いはなかった。だから、あたしも待つことにする。
さっきのお話の中で言えなかったことが一つあった。本当はカップは3つ欲しかった。あたしと、お母さんのと、そしてピコの。
また、一緒にお家でお茶会ができる日を、待っている。




