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邪神とJK  作者: 藤谷とう
41/51

41.本当に甘い




 和臣と楽しく喋り尽くしたみなもは、満足したように帰っていった。

 愚痴ではなかったせいか、和臣が毛むくじゃらになる気配はない。



「──槇さん」


 呼ばれ、縁側へ向かう。

 和臣は空を指さしていた。

 水色の光と黄緑色の光がくるくると旋回している。


「ふうか?」

「ええ。槇さんに挨拶をしているのでは?」


 和臣が手を振るので、槇もそろって振ってみる。

 すると、光は一層強く輝き、消えた。


「ほら、ね?」

「律儀だなあ……。先生、大丈夫そう?」


 念のため確認すると、和臣は柔らかな笑みで頷いた。


「はい。そういう槇さんはどうですか? お腹すいたりしてません?」

「してないね。前からだけど、ここに来ると人間スイッチオフになるのかもね」

「ほう……そういうものなんですか」

「眠くはなるんだけど」


 槇はあくびを噛み殺す。

 きっと、もう丸一日は経っている頃だろう。下手したら二日は経過しているかもしれない。三日かもしれないし──一ヶ月くらい経っているかもしれない。 

 

「眠いですか?」

「……ん」

「休んでください。良ければ羽織を──」

「ありがとう。お邪魔します」


 槇はそう言いながら、和臣の膝に頭を乗せた。


「!」

「先生、正座崩して。高くて寝にくい」

「わ、わがままですね?!」


 そんな事を言っているが、槇が頭を上げるとあぐらに変えてくれるのだから、なんというか本当に甘い。


「ありがと」

「少しだけですからね」

「うん。後で先生にもしてあげるね」

「え」


 和臣の間抜けな「え」を聞きながら、槇は睡魔に身を委ねた。

 顔を両手で覆う和臣のことなど気づかずに。











「それにしてもよく寝ているな」

「静かにお願いします、蓮さん」

「おお。怖い顔をするんじゃない」

「していません」

「和臣、おまえ、開き直ったのか?」

「……僕ではなく、彼女が」

「槇が?」

「ええ。僕のために、僕の望む〝思い出作り〟を始めてくれましたから……多分、適当に書いたんだと思うんですけどね?」

「だろうなあ」


 ふふ、と二人の男が笑う声を、槇は夢現の中で聞く。

 なんと穏やかな声なのだろう。


「槇の様子は」

「さすがというか……全く持って普通です。こういうものなんですか?」

「いや。普通は、交代もしていないのにここにいるのは無理だろうな。さすが満票の娘だ」

「ま……? なんですかそれ」

「オーディション結果だそうだ」

「へえ……」


 一瞬の沈黙。

 男の会話って、変だなあ、と槇は思う。


「それで、おまえはその〝思い出づくり〟に協力するんだな」

「はい。あとどれくらいの時間があると思いますか?」

「ふむ。全然余裕だぞ、おまえは」

「だといいんですけど……せめてちゃんと彼女の望みを叶えてからにしたいものですが、保たないときは──」

「万が一のときは俺が介入する。安心しろ」

「心強いです。僕は消えてもいいので、お願いしますね」


 槇の眠りに沈んだ感情が、少しだけ波立つ。

 そのまま涙にならないように、上からそっと撫で続けた。


「槇の気持ちに応えてはやらぬのか」

「……なんのことでしょう」

「知っておるぞ。おまえのような男を、ズルい男というのだ。そういう歌もあるんだぞ」

「それ女の方です」


 槇の涙になりそうだった感情が、ひゅんっと引っ込む。

 

「男じゃなかったか?」

「違いますよ。反対です。女です」

「いやいや〝さよなら、サンキュ〜〟って」


 神様が歌い出す。

 何故か和臣も歌い出す。


「それも反対です。英語と日本語のところ、逆です。こうですよ──」

「──おお! しっくりくるな!」

「でしょう」


 なぜ自慢げなのかわからない。

 槇はほぼ夢の中で、涙になりそうだった感情の波がすーっと引いていくのを感じた。

 一人で浸りそうになっていたことが馬鹿馬鹿しくなって、身体を投げ出すように思考を泳がせる。


「お前の想いも言ってやったら、これは相当喜ぶと思うぞ?」

「……そうですかね?」

「またあれか、遊んでるというのか」

「はい」


 和臣がクスクスと笑う声が心地良い。


「言いたいことがあっても、知ってることがあっても、知らぬ存ぜぬふりで、お互いに遊ぶんです」

「面白いことをするな、おまえたちは」

「彼女だからですよ」


 和臣の手が、そっと槇の頭を撫でる。

 意識はもう、深い眠りにつこうとしていた。


「どうしてなんだ?」

「……さあ、どうしてなんでしょう。ただ、初めて彼女の心を見たときに──そういう話ができたときに……ああ、僕はこの人のすべてを許したいし、この人にすべてを許してもらえるんだな、って思ったんです。だから、彼女と話すのが楽しくて」

「……」

「恋だとは、思っていませんでしたけど」

「愛だろうな。それは」

「蓮さんが、そう言ってくれるのなら、そうなんでしょうね」

「……寂しくはないか」

「はい。たとえ僕が消えても、この時間は今ここにちゃんと存在していますから」

「そうか」

「一つだけ、お願いできることがあるのなら」

「……なんだ」

「彼女がいつも笑っていられるように蓮一郎様が見守ってくれる、と僕と約束してくださいませんか?」

「おまえ。どこがお願いだ。その顔はほぼ脅迫だぞ」

「お願いします」

「当たり前だろうが。心配無用。それが俺の務めだ」

「ありがとうございます」

「ふむ……接吻の一つくらいしてから別れたらどうだ?」

「!」

「? きすのことだ。知らないのか?」

「しししし、知ってますよ!」

 

 何言ってるんですかあ! と声を張り上げる和臣の声は、しっかり眠っていた槇を引っ張り上げた。


「やめてください!! 絶対彼女に言わないでくださいね?!」

「ほほう。では忘れぬように〝思い出リスト〟とやらに俺が書いておいてやろう」

「だめですーーー!!」

「──うるっさいんだけど」


 槇が低く言えば、和臣が「ひいっ!」と奇妙な声を出した。


「起きてたんですか?!」

「先生の絶叫で起きた……」

「なにか聞きました?!」

「覚えてない」


 槇は頭を振るが、和室に入って筆を持ってこちらを見る蓮一郎の顔は──にやついている。

 和臣だけが「よかった……!」と乙女のように胸を撫で下ろしていた。




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