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邪神とJK  作者: 藤谷とう
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40/51

40.みなも




「先生、この辺?」

「あ……いえ、もう少し右で」

「──ん。どう?」

「バッチリです!」


 槇は赤い橋の上から、身を乗り出すようにして下を見る。

 池の水が盛り上がり、橋の下へ潜り込んでいた。


「あっ、こら、槇さんは危ないから身を乗り出しちゃいけませんよ!」


 池の水の上に乗った和臣が、雑巾を持って振る。


「私も行くってば」

「だめです。危ないので。というか、高さを安定させることに集中してください」

「はーい」


 池に向かって手をかざす槇は、頬杖をつくように橋の欄干に頬杖をつく。

 昨日は「とりあえず帰りなさい」と言われて引き下がったが、今日は朝から私服で乗り込むと、何やら和臣がやる気に満ちていた。

 そうして、橋の裏側まで掃除を始めた始末だ。


「先生って意外と凝り性なの?」

「なんですかー?」

「先生ってー、一途なのー?」

「……」

「……」

「え? 聞こえません。なんですか?」


 嘘だ。その声がこちらに聞こえているというのに。

 槇は手をゆらんと揺らす。


「うわわわ」

「ごめんねー。つい揺れちゃった」

「どこがですかっ。もう、仕方ない人ですね」


 そんな声が聞こえてくる。

 どうやら和臣は「心の準備」とやらができたらしかった。

 橋の裏が気になる、と「池の水動かしてください、僕が裏を掃除しますから」と言い出したときには、槇が邪神になることを全て受け入れているような、ある種の開き直りのようなものを感じたほどだ。

 それはもう、清々しい笑顔だった。


「思い出、ね」


 和臣もそれを持って行く──そう考えているのかもしれない。

 蓮一郎が、きっと昨日の夜にでも来たのだろう。





「──あれまあ、楽しそうだわ。楽しそう」

 



 突然う背後から聞こえてきた、ゆわんと響くような声に、槇は首だけで振り返る。

 水色の長い髪に、美しい衣、彼女の周りを飛ぶ水滴──水の神、みなもだった。


「まき。久しぶりね。久しぶり」

「元気そうだね。話?」

「ううん。見に来たのよ。見に来たの」


 彼女が小首を傾げるとキラキラと水滴も飛び、ほんの小さな虹ができる。


「何を見に来たの?」

「かずおみとの同棲を。ふふ。同棲」

「……なにそれ、広まってる感じ?」


 槇が聞くと、ふよふよと橋から浮いていたみなもは、にこっと笑った。


「……広まってるんだ」

「みんな喜んでるわ。喜んでる」

「まあそうだろうね」

「違うのよ、まき、違う」


 みなもが優雅に空を舞う。


「あなたがさみしくないまま、ここにいてくれることが、嬉しいのよ。嬉しいの」

「……」

「みんなよ」


 みなもが弾けるように笑い、呼応するように水の玉が空を飛んだ。

 

「きれいだね、みなも」

「ふふっ! ありがとう!」

「ついでだから、先生と話して行ったら?」

「そうしようかしら……」


 みなもが「うーん」と可愛らしく唸る。

 聖域の池を持つ世越間神社があるせいか、この町は昔から「水は汚してはならないもの」という意識がある。故に、このあたりで一番力がみなぎっているのが彼女、みなもだ。

 彼女がこれほどまでに美しいのは、彼らに想われているからといっても過言ではない。愚痴などとは無縁の神だ。

 

「かずおみ。いるの? かずおみ」


 のびのびとしたノンストレスの神、みなもは無邪気に橋の下へと向かった。

 すぐに楽しそうな声が聞こえてくる。


「みなもさん! お久しぶりですね!」

「ひさしぶりね。ひさしぶり」

「お元気そうですね。変わらずに美しいお姿です!」

「まあ、いいこね。いいこ。優しいいい子ね」


 和臣が無言で照れているのを感じる。

 槇は手をくいっと動かすと、和臣を回収した。

 池の水がゆわんと浮き上がり、和臣を橋の上に置く。


 もちろん、濡れてなどいない。


「? どうしました?」

「みなもがしてくれるみたい──ほら」


 みなもの纏う水の粒たちが、一層大きく膨らむ。

 天に舞い踊る彼女がくるりとその場で回ると、水の粒たちが橋の下に目掛けて飛んでくる。

 細かい粒たちが光を受けて艶々と輝きながら、足元を駆け抜けていく。その壮観な景色の中に、更に風が吹いた。

 空を見ると、上の方で黄緑色の光がぼんやりと光っている。


「ふうかさん……?」

「だね。降りては来ないみたい」


 まるで抱きしめるような優しい風が二人の間でぐるりと回る。


「……気持ちいいですね」

「うん」


 みなもが呼んだのだろう。

 ただ、橋を掃除するためだけに。


「贅沢……」

「……ですね」

 

 みなもはふうかの風を受けて、更に輝く。

 彼女の笑顔が弾けるようにして天に手を上げると、細かい水滴たちが橋の両側から出てきた。

 ざあっと水が天へ向かって舞う。

 


 きれいだ、と陳腐な言葉にしてしまうのが憚られるような美しい光景を、和臣と並んで見上げている。

 なるほど、これもまた「思い出」だ。

 みなもが槇に向かって笑いかける。いくつもの光りに照らされた光の粒の間から、槇は確かにみなもの想いを受け取った。

 姿を表さない、ふうかの想いも。

 頬を撫でる風は、ひたすらに慈悲深い愛に溢れている。


「ありがとね」


 槇が呟くと、二人の光がほんのりと強くなった。




「──……さあ、きれいになったわよ。きれいになった」

「すごいです! みなもさん!」

「かずおみったら、素直ね。素直」


 素直に感動を現した和臣に、みなもがにこにこと応える。 


「ねえ、かずおみ。まきのことを聞かせてちょうだいな。まきのこと」

「……いや、私のことはいいから」

「はい! では縁側へどうぞ!」

「私のことはいいってば」


 槇の言葉は二人には届かなかったらしい。

 きゃっきゃと楽しそうに二人は橋を渡って家へと入って行ったのだった。





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