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邪神とJK  作者: 藤谷とう
37/51

37.やらかしフィルム



 乙木(おとぎ)に宇良を渡し、おいていかないでぇ、と泣き叫ぶ自業自得の声を聞きながら、山木山(やまぎやま)をあとにする。


 槇が空を見あげると、あちこちのあやかしが「どれどれ」やら「とうとう捕まったのう」やら「あいつ馬鹿じゃね?」やら様々な声を上げながら野次馬として駆けつけている最中だ。


 昨今はあやかしにも品行方正が求められて久しいが、彼らの実態はこういうものが大好きらしい。

 空駆けるあやかしが、槇に気づく。



「あ、まき様!」

「まき様〜」

「狐がお仕置きだってさー!」

「何を言ってる、まき様が連れてきたんだよ」

「おお、そりゃ逃げられんのう」

「見ていかないのかい、お嬢様」


 様々な声が槇に話しかけるので、槇は軽く手を振った。


「今日は忙しいの。やらかしフィルム見てる時間ないわ」

「ほほ。それは残念なこと〜」

「──お嬢様よ、邪神にはまだならないのか?」


 一人が言う。髪の長い女だ。


「ならないんだったら、お嬢様を食べさせてくれないかい。力がみなぎることだろうよ……」


 じゅる、と啜る声に、槇は微笑む。


「お腹壊すよ」


 周囲のあやかしが途端にケラケラ笑い出した。

 槇は小首を傾げる。


「それに──お前が私を食べたとしても、私が腹の中からお前を食い破るだけだけどね」

「……ひい。おそろしや、おそろしや」


 女は身震いをする素振りをして、口を手で塞ぐ。

 一気に雰囲気が酔っぱらいのそれと変わらなくなり、彼らは楽しそうに空を掛けて行ったのだった。





        ◯





「なんですか、やらかしフィルムって」


 鋏を動かす。

 和臣の髪を一房切ると、ぽぽぽんと綿に変わり、それはまた槇の周りをぐるぐると回った。飽きると、ぱちんと弾けて消えていく。


「それはね」


 槇は毛むくじゃらに向かって答えた。


「人間とのトラブル三回目は、お仕置きってあやかし連盟で決まってて」

「ふんふん」


 わさっと髪が動く。


「こら。動かない」

「す、すみません……」


 槇が世越間神社へと戻れたのは、結局夕方付近だった。

 玄関を開けてそうそう「おかえりなさい」と出てきた和臣が──毛むくじゃらだったのだ。


 待ってたのか、とか。

 帰ってくるって言うな、と言っていたのに「おかえりなさい」って言うんかい、とか。

 槇の中にいろいろな感情が湧いて出た結果「ただいま、先生」と言うだけにとどめたのだった。


 そうしてすぐに毛むくじゃらを伴って縁側へ。

 とりあえず、宇良の話を始めたところだった。



「記録の神──つづりの事は知ってるでしょ」

「はい。お優しい方ですよね。男性か女性かわからないお綺麗な方!」

「そうそう。つづりからその記録を借りて、上映会をするわけ」

「……な、なんのですか?」


 若干引いているが、その想像で間違いない。


「つづりが記録した、宇良のやらかしに決まってるじゃない。女の人に愛を囁いた瞬間……金に換金したところ……別の人に貢いだところ……女に甘えまくる宇良の映像を大公開。ついでなや本人に〝このときはどういう気持で?〟とか〝これを実際に言ってもらえます?〟とか、大木に縛られて、子鬼リポーターに囲まれながら全てに答えなきゃならないんだよ。観客付きで」

「ひ、ひー! 恥ずかしすぎるっ!」

「はいはい、動かないの」


 頭を掴んだ槇は、動きを止めた和臣の頭を褒めるように撫でる。

 途端に、肩がにょんっと跳ねた。


「……なるほど」

「な、な、何がです?!」


 本当にこの人は私を好きらしい、と槇は噛みしめるように頷いた。

 見えていないはずの和臣が慌て始める。 


「黙らないでくださいっ、怖いです! なんですか?!」

「いや、そうなんだーと思って。なんか色々あって流しちゃってたけどさ……」


 七緒と蓮一郎との会話が怒涛のように流れていった後は、大原と和解し、その後に宇良を捕まえて──とにかく、()()を反芻する時間がなかった。



 ──槇、おまえははかなり和臣に愛されている。手加減をしてやれ。



「本当だったんだ……」


 槇がしみじみと言うと、和臣がもたもたと動く。

 が、槇はその頭をしっかりと抑えて髪をじゃきっと切った。

 途端に大人しくなる。


「まあとにかくさ、宇良は今各地のあやかしに〝やらかしフィルム〟を見られている最中ってこと」

「すっごく適当に話を戻しましたね?」

「じゃあさっきの話に──」

「結構です!!」


 察しが良い。和臣は早速「そ、それにしても……お仕置きと言う割には、痛いことはしないんですね?」と自ら話を戻した。綿がきゃあきゃあと舞う。

 槇は鋏を動かしながら、ゆるく頷いた。


「そうそう。昔はね、それなりにやってたらしいんだけど、今はさ、あやかし界もコンプライアンス厳しいんだよ。生き抜いていくために、時代を読んでるってこと」

「……大変ですね……」

「あいつらからしたら、人間はあっという間に変化する宇宙人そのものに見えてるんだろうね」


 人の時代に沿って変化してくれているうちは、まだ何も恐ろしいことはないだろう。

 けれど、ある時彼らがふと気まぐれに「我慢やーめた」と言い出したら──それが大多数になったら、どうなるのだろう、と思う。


 しかし、彼らはある意味寛容だ。

 長い事時を生きているあやかしにおいては、特に。

 生き抜くということが、どういうことなのかを知っている。



「まあ……この世の中にいるのも、神様とあやかしと人間だけじゃないと思うけどね」

「? おばけ、とかですか?」

「そうかも。そうじゃないのも、しれっといるかも知れないよ?」

「えっ」

(ヒト)に似た、(ヒト)じゃないもの。彼らは、誰だろうね?」

「……こ、怖いんですけど?!」

「大丈夫。邪神って存在が一番意味わかんないから」


 槇は最後の一房を切り、和臣に戻ったその肩を叩く。


「はい。出来上がり」

「……」

「なに」

「もしかして、からかいました?」

「うん」


 こっくりと頷くと、和臣は「うぬぬぬ」と悔しげに睨みあげてきた。


「可愛い」

「?!」

「あ、ごめん。声がね」

「何も言ってませんでしたけど?!」

「あははは」


 棒読みで笑う槇は、鋏を床の間に戻し、和臣に座布団に座るように促す。


「先生。話があります」

「えっ」

「実は大原くんと──」

「あーーーー! 聴こえませーーーーん!!!」


 和臣がバッと耳をふさいで叫ぶ。

 どうやら、大原との結婚報告だと勘違いしているらしい。


 やっぱり丸め込まれたんだぁ、などと失礼なことを言う和臣に、槇はタックルをかますのだった。






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