24.立派な宴会
「おっ!! 来たぞ〜!!」
「天原さん?!」
「わー、久しぶり!」
「大原くんと一緒だったの?」
好意的な声が続いたあと、女子の声が明るく問いただしてきたので、槇は清楚女子に向かって「そうそう。拾ってもらった」と軽く答えた。
巻き髪女子が身を寄せ合ってきゃあっと声を上げる。
「この組み合わせ懐かしいー!」
「三年間の優等生二人組ー!」
「萌えるー!」
顰蹙というよりは、懐かしさに身悶えるように騒ぐクラスの一軍女子たちは、すぐに「こっちこち。入って」と大原を座敷に呼び込んだ。
広い和室に並べられたテーブル。机の上にはすでにビールと枝豆とサラダに、焼き鳥。
まだ十六時だが、もう立派な宴会と化している。
ああ、おとなになったんだなあ……と、槇は机の上を眺めながら和室に入った。大原は周りに声をかけられながら奥へ行き、槇は言いつけどおり入口の空いた席に座る。
「槇」
すぐに声がかけられて顔を上げると、ついこの間、まどかの蓮の花の中で見た懐かしい顔が綻んだ。
「菫!」
「よ。元気そうじゃん──あ、和田くん、ごめん、槇のとなりいい?」
サッカー一筋で日焼けしていたはずの彼は真っ白な肌になっていたので、思わず「おお……久しぶり」と驚きを隠さずに言えば、和田は「ういーす」とあの頃と変わらない挨拶をくれ「佐藤さんどーぞ」と席も譲ってくれた。ビールジョッキを持って「大原〜!!」と子犬のようにバタバタと奥の席へ行く。
周囲を見れば、まばらに座っていたはずの同級生たちは、大原を囲って盛り上がっている。
「相変わらずモテるねー。大原氏」
「ねー」
「で、槇はまだ人間だったんだ?」
あけすけに聞く彼女の声が懐かしい。
槇はくすくすと笑った。
「うん。まだ人間」
「……んー?」
「なに。どうしたの」
「彼氏でもできた?」
ぼそっと聞いてきた菫に、槇は「何言ってんの」と返したかったが、菫の呟きは伝言ゲームのごとく座敷の奥まで一瞬にして届いたらしい。遠くで「きゃあっ」やら「相手は誰だー」やら、対して酔っ払っていない酔っ払いたちが、空気に酔いながら騒いだ。もちろん無視だ。
「できてないよ」
と、菫にだけ言えば、彼女は盛大に首をひねった。
「うっそだー」
「私嘘つかないでしょ」
和臣の顔を思い出し、槇はカーディガンの袖をきゅっと引っ張る。
菫はじいっと見てきたが、女子大生らしい自分を疑わない笑みで晴れやかに笑った。
「どっちでもいっか。槇が幸せならさ」
「それにしても、みんな飲んでるね」
「二十歳になって一年生だもん。今が一番飲んでて楽しい時期でしょ。槇は頼む?」
「いらない」
即答する槇に、菫がにやりと笑う。
今度は槇の耳元で囁いた。
「彼氏に飲むなって言われてるんでしょ〜」
「違う」
きっぱりと否定したつもりだったが、菫はにやにやするばかりだ。
女子大生という生き物の半分は恋バナとやらで構築されているのではないかと思えるほど、菫は生き生きとしている。その目がちらりと奥の席に向かった。
「こりゃ可哀想だね、大原氏は」
「確かに。囲まれすぎだよね」
「……相変わらず過ぎだね、まきちゃん」
菫ががっくりと肩を落とす。
店員が「アスパラベーコン串、おまたせいたしました〜」と入ってきたので、槇は「はーい、もらいまーす」と受け取った。
「アスパラベーコン串置いとくよー」
周囲から「はーい」というお行儀のいい返事が来る。
ついでに追加注文を聞き取り、合計ビール十杯を店員に注文すると、空いた皿をテキパキとまとめ始めた。
誰も彼も、槇が動くと「委員長さんきゅ」とテーブル周りを片付けてくれるので、それを更に集めて入口のそばに置く。ビール十杯を二人の店員が持ってきてくれたときに、交換するように店員は皿を、槇はビールを受け取って追加注文した者に取りに来るように促した。
菫と話しながら、そんなことを何度か繰り返す。
「槇、あんた幹事だっけ?」
菫が呆れたように言う頃には、みんな陽気になって「二次会行くぞー」と言い出した頃だった。
つまり会計の時だ。
幹事から預かった会費から払い終えた槇に、菫は感心したように──しかし呆れたように笑った。
「相変わらず面倒見がいいんだから」
「こういう時くらいはね」
外はまだ明るいが、時刻は十八時を過ぎている。
どちらかというと今からが本番の同窓会なのだろう。ボーリングかカラオケかで意見割れている声がする。
「菫は? 二次会行くの?」
槇は空を見ながら尋ねる。
空に浮いた天狗が大層ご機嫌斜めだからだ。
「行かないよ」
菫が言うと、険しい表情がふと和らぐ。
と、ようやく槇に気づいた柳は、ハッとしたようにその場から立ち去った。というか消えた。真っ赤な顔で。
それはそれはふっとい赤い糸が見えるようだった。
酔いが覚めてきた全員の意見をまとめている大原から距離を取ったまま、槇は菫を見た。恋を知る目が槇を受け止める。なんて美しいのだろう。槇はその目に、柳を想うあたたかな感情に触れたような気がした。
菫が「なあに」と笑う。
「──柳のことだけど」
気づくとその名前を口にしていた。
何事もなかったように帰ろうともしたが、できなかった。
菫がまあるい目を、ゆっくりと瞬かせる。
「やっぱり」
菫はふふっと笑った。
まるで、とっておきのなぞなぞの答えを当てたときのように顔がきらめいている。
それは、槇が何を言おうとしているのか知っている顔だった。
「……知ってたの?」
「うーん、知ってたっていうか、ほら、飛鳥ちゃんといるときに会ったからさ」
「ああ……」
飛鳥といたから、人間じゃないと思った。
どうしてか納得するその言葉に、槇は疲れたような溜息を吐いた。菫は笑いながら槇に尋ねる。
「一応聞くけど、神様系じゃないよね?」
「違う」
「よかった。じゃあいいや。さすがに畏れ多いもん」
「柳も相当だけどね……」
「心配してくれてありがとう」
まるで戸惑いがない。
菫は澄んだ想いを愛おしそうに抱きしめている。
槇が、初めて誰かを羨ましいと思った瞬間だった。




