26話・とりあえずちなみにその頃のセリオスは
25話のその頃編になります。
ちなみにその頃のセリオスは囚われの身になっていた。
理由はもちろん、カンナ王子誘拐の容疑をかけられてしまったからだ。
自由自在に動く縄で体中をグルグル巻きにされ、セリオスは豪華な椅子に座らされていた。
通常ならば殺されていたかもしれない。そうセリオスは考えた。
否、過去に竜族の誘拐を企み処刑された使者もいたわけだから生きているのが不思議なくらいだった。
ザナル王はアイとは面識がない。故に彼女がどんな人物か知らない。
優しい少女なのか、狡いな少女なのか、アールからの情報以外なに1つ持っていないのだ。
その情報も実は信憑性が薄いものだった。だって彼はアイとはろくに話していなかったのだから本当に印象だけを伝えたのだ。
誘拐の疑惑をかけられてもそれはそれで仕方が無いことだった。
けれどセリオスは命の危機に関してこれっぽっちも抱いてなかった。
その理由は2つある。
1つは誘拐事件に関わったのがアイだけではなく様々な奇怪な行動をするエイリス・・・愛称ぴーちゃんという竜族の存在だった。
彼はアイを溺愛している。
大方、自分の生まれ故郷を見せるためにアイとたまたま傍にいたカンナ王子を一緒に連れ出したのだろう(脳裏に仲良く一緒にクッキーを頬張っているシーンが浮かぶ)
もう1つの理由は目の前にいる王の性格だった。
悪戯好きで狡い。はちゃらけた性格。
豪快な笑い声が謁見室に響き渡る。
「つーわけで、カンナと女神が見つかったらしいだぞ」
そう楽しそうに喋るのは王座に座りし男。
黒竜であるが肌の色はそれほど黒くない。程好く焼けた小麦色というやつだ。
不揃いな短髪は青みがかったダークブルー。
その髪の下から除くのは黄金色に輝くスッとした眼差し。それは政略者を思い浮かべるような好戦的なもの。
身長は2メートルぐらいある。だがなにより目を見張るのはその体つきだった。
程好く付いた筋肉は王の魅力を最大限に引き出している。
ここに娼婦がいたのであればお金を払ってでも相手をしたい。
そう思わせるほどに逞しい。
あの腕に抱かれたい。
そう感じる女性は少なくないであろう。
この男こそが現フォルティウス国国王、ザナル・フォルティウス王である。
ちなみにその王の隣に座るのがアレイシア・フォルティウス王妃。
フォルティウス国王妃でありザナル王の妻である。
彼女は紅茶色の瞳に灰色の髪をアップにさせて、ちょこんとザナル王の隣に座ってクスクス笑っている。
目元の泣きほくろが色っぽい女性だ。
見た目はまだ14、5歳に見える。
だがこの女性には子供がいる。
17歳になる少年と12歳になった少年。
それから10歳になる少女が。
義母ではない。正真正銘産んだのだ。彼女が。
信じられないが事実であった。
幼い体の王妃と大きすぎる体を持つ王。
初めてこの2人を見た人はこぞってこう考えたという。セリオスも同様に。
『良く入ったな』もしくは『良く子作りできたな』
「すみません。父の無礼を許してください」
微かに聞こえた言葉にハッとし、遠くに飛んでいた意識が戻る。
スルスルと音を立てセリオスを捕らえていた縄が解かれる。
解いてくれたのはザナル王の第一子、王位継承権第一を持つルイ・フォルティウス王子。
肩まで微かにかかるプラチナの髪に、竜族にしては最も珍しい淡いブルーと淡いパープルのオッドアイを持つ少年だった。
顔立ちはシリウスには及ばないが整っていると、セリオスは思う。
別にルイが劣っているわけではない。
たがなんというか・・・そう。自分に少し自信を持っていないのか。
おどおどしたような態度が彼の魅力を半減させてしまっていた。
素直でお人よしのお坊ちゃま。
そんな印象をうける。
「いや、こちらこそ迷惑をかけた。すまない」
「いぇ、こちらが全面的に悪いですから・・・従兄弟が迷惑をかけています」
「従兄弟?」
「えぇ。アールから聞いていませんでしたか?エイリスとわたしは従兄弟同士です」
・・・あぁ。そういえば聞いたような気もする。
確か王族の血が入っているとか。
「エイリスは母方の血を受け継いでいるんですよ。母は双子で、妹の方がエイリスの母親になります。母は伯爵の出とあって少々身分は低いのですが何代か前に王族から姫を娶ったためその身に聖なる血が流れていると信じられ父の正妻として嫁いできたのです。因みに叔母のアレクシア様は候爵に嫁ぎました」
あぁ、そうか。だから、か。
ずっと違和感を感じていた。ルイ王子を見た時から、どこかでお会いしなかっただろうか、と。
けれど、ぴーちゃん・・・俺が言うと似合わないな。エイリスで良いか。
エイリスとルイ王子が親類だというとその違和感も消える。
エイリスとルイ王子は似ているところが多数あった。
顔立ち、髪質、声、雰囲気。
上げていけばキリがない。
というより、2人がアレイシア王妃様に似ているのだ。
血筋、だな。
「ふふふ~あら、来ましたわ~」
妻であるアレイシアがクスクス笑えば夫であるザナルも笑う。
重いドアが鈍い音を立ててアイと、エイリスと、カンナ王子を迎え入れた。
アイの手をつないでカンナ王子はご機嫌そうだったがアイのほうはグッタリとしてエイリスに抱えられるようにされていた。
心に、なにか嫌なものが溜まっていく。
(・・・まるで嫉妬しているみたいだな)
その考えを振り払うようにセリオスは苦笑した。
初めはただ利用するだけの女だった。
異世界の女といえ、地位をチラつかせればすぐに自分になびくはずだった。
それなのに、アイときたら抵抗ばかりで、ついには説教さえ始めて、
自分が怪我をしたのさえも忘れて、俺の心配ばかりをして、
クスリと、穏やかに笑う。
(いつの間にか、誰よりも傍にいて欲しい女(人)になっていたか)
その考えを読み取り肯定するかのようにアイはセリオスの目を見て微笑んだ。
唇が動く。
【遅れて、ごめん】
自分の事を気にしていた。
それだけで心が満たされるような気がした。
数歩歩いて、アイは謁見用に着替えたドレスの裾を持ち、膝を付いた。
ミシェルの教育は実を結んでいた。
許可無く顔を上げてはならない。
許可無く発言をしてはならない。
アイの振る舞いは見事なものであった。
「顔を上げ、発言も許す」
「お初にお目におかかり申し上げます。私は藍・神楽。異世界より召喚され、恐れながら女神の地位を頂いております」
「我はこのフォルティウス国国王、ザナル・フォルティウス王である。女神と、そしてエルタイン王国王子、セリオス殿の訪問を心より歓迎しよう」