バグVSバグ
夜叉。
それは26層から29層までの雪原ステージに出現する伝説級モンスター。
伝説級モンスターとは、ステージ毎に設定された超稀少なモンスターである。
エンカウントする事が出来れば宝くじに当たるとまで言われるくらい珍しいモンスターであり、そのモンスターの素材はRMTをすれば普通車が買えてしまう程の高値で取引されている。
しかし世界で一番遊ばれているゲームとは言え、普通ならたかがゲームのレア素材がそんな価値になるわけもない。
何故そんな価値にになってしまうのか?
理由は簡単、最上位層のプレイヤーしか勝てないからだ。
しかもそのプレイヤーが10人や20人で徒党を組まなければ戦えないレベルなのである。
そんな中でも夜叉は3強と言われる程倒すのが難しい。
夜叉はシステム上回避不可能な攻撃速度と直撃不可能な回避速度を持ち、ダメージを受けるとHPだろうが耐久力だろうが無視して殺す『即死』効果を持っている。
もし討伐しようと思えば普通何十人ものプレイヤーを犠牲にしながら、その硬直の一瞬を狙い攻撃を当てると言った作戦を組まないといけないのだが、そんな事はゲームだから出来る物量作戦であって、死が現実になるこの世界で自ら捨て石になろうとする者はいない。
故に討伐不可能。
故に伝説級。
それこそが夜叉だ。
「出てこいや夜叉ごるぁあああ!」
なのでこんな風に夜叉を求めるなどあり得ないのだ。
「楠君!あんた分かってる?死にたいわけ?」
「オレが?夜叉『如き』に?勘弁してくれあいつは最弱モンスターだろ?」
現在才斗達は9階層向かう道すがら夜叉を探していた。
巨大なモンスターの大群に追われながら。
その数ダークミノタウロス50体、ダークオーク80体、ダークトロール100体の合計230体。
小さいダークゴブリンを合わせれば400体はいるだろう。
「こんな状況じゃ夜叉に会うどころじゃないでしょうが!?」
「泣き叫ぶのかと思ったが案外冷静だな?」
「悲しい事にもう慣れたわよ!可哀想に歌羽なんて怖すぎて気絶しちゃったじゃないの!」
「まぁそのおかげでお姫様だっことおんぶを満喫してるわけなんだがな」
そんな事をいう才斗の背中にはもうやけくそになって開き直っている灯が怒鳴りながらおんぶされており、正面にはやけくそにも開き直りもできず気絶してしまった歌羽がお姫様抱っこされている。
そんな状態で才斗は400体のモンスターの大群から全力で逃げていた。
何故こんな事になっているかと言うと、アスタルテに聞いた条件から夜叉は、突如現れた黒いモンスター達を排除するために女神が意図的に出現させられたのでは?と才斗は考えたからだ。
女神は原則としてプレイヤーに干渉できないらしい。
ではモンスターにならそれが可能なのでは?そう当たりをつけた才斗はなるべく多くのモンスターを集めてアスタルテ達と同じ状況を作ろうと思ったのだった。
「ねぇ楠君!言っていいかしら!?いいわよね!?あなたバカでしょ?いえバカよね?バカですごめんなさい!っていいなさいよ!」
「付き合ってください」
「ごめんなさい。って違うでしょ!?何でこの状況で告白!?」
「お前結構ノリいいよな?」
「それはどうも!」
「安心しろ。夜叉は来る。そう確信してる」
「だから来たとしても勝てないでしょうが!」
普通に考えれば才斗の行動は意味不明だ。
確かに莫大な経験値とバベルを手に入れるだろうが、あまりにも命を粗末にしすぎている行動だ。
しかもこんな事で夜叉が出現するとは言い切れないし、よしんば出現したとしても最上位プレイヤーが何十人掛りでしか討伐できない伝説級モンスターを、単独で撃破しようと言うのだから。
「何言ってんだ?夜叉のHPは1に設定されてるだぞ?あいつはぶっ壊れたステータスをもつ伝説級モンスターの中で唯一PSだけで勝てるモンスターなんだ。オレが負けるわけがない」
どんな相手も避ける事の出来ない即死攻撃と、どんな攻撃でも避けれるスピード。
そんな一見最強に見える夜叉の唯一の弱点。
どんな攻撃でも当たれば倒せるその脆さ。
「楠君こそ何言ってんの?夜叉の攻撃は見てから避けるのはどんなスキルでも不可能だし、夜叉のスピードに当てれるスキルは存在しないのよ?そしてその攻撃前の予備動作も、硬直時間も0,1秒っていう人間の反射神経じゃ無理なモンスターなのよ?いくら楠君がプライドだからって単独撃破なんて無理よ!」
しかしその決定的とも思える弱点は、最強の壁が邪魔をして普通突けない様になっている。
夜叉の剣はシステム上見てからの回避が出来ず予備動作で避けるしかないのだが、その予備動作も0,1秒と言う僅かな時間しかなく、仮に避けれたとしても超高速で動いている夜叉を捉える事の出来る速度のスキルが存在せず動きと動きの間にある硬直時間を狙うしかないのだが、これまた0,1秒と言う僅かな時間しかない。
なので普通の人間には無理なのだ。
「秋峰こそ目の前にいるイケメンが誰か知って言ってるのか?」
「はぁ?またよく分からない事言うつもり?」
「131体」
「は?何よその数字?」
「オレが夜叉をソロで倒して来た数だよ」
「!?」
「安心しろ秋峰。オレの予想が正しければこの夜叉には一手で勝てる」
「は?一手?どういう事?そんな事あるわけ」
しかし才斗は普通の人間ではない。
否普通のゲーマーではない。
そんな才斗を問いただす灯の声は才斗によって中断された。
「おっと、来たみたいだぜ?」
「えっ?まさか!?」
真っ白い服を着た真っ白い髪をした女が現れた。
そう。夜叉だ。
夜叉が突如才斗達とモンスターの大群の間に、その長い白い髪をたなびかせ割って入ってきたのだ。
夜叉は宙を蹴って移動してきた様でその体を空中に放り出しており、手にはダークゴブリンが持っていたの物と同じ剣が握られている。
「秋峰離せ」
「え?」
「………………」
才斗が小さく呟き、灯が咄嗟に絡めていた腕を彼から離した瞬間に信じられない事が3つ起きた。
1つは目は夜叉が何かを呟いたと思ったら、いつ振ったか分からない速度で剣が振られた。
そして1撃で400体全てのモンスターを絶命させてしまったのだ。
400体のモンスター達は、余りにも刹那の出来事すぎて何故自分が死んだのか分からないまま、その体を光の残滓に変えていく。
2つ目は才斗が両腕に抱えていた歌羽を灯に放ると、12発の魔法の砲弾が同時に放たれた。
その12発は夜叉と言うより夜叉のいる空間を撃つ様に散弾する。
そして12発の砲弾はその全てが、400体のモンスター1瞬で屠った夜叉の0,1秒の硬直を的確に突く一撃だった。
「終われ、散弾砲撃」
散弾砲撃。
6発の各種バレットを瞬間的に強化して放つ一斉砲撃の亜種。
全ての砲弾でクリティカルポイントの1点を狙う一斉砲撃の応用で、逆に全てのバレットを拡散させ別々の場所を狙うバグ魔法。
それを瞬間的に完全装填をして2回放った。
勿論この攻撃は1体当たりのダメージが出ない為今までの戦闘では使ってこなかったのだが、HPが1の夜叉には死をもたらす雨の様に感じるだろう。
才斗はアスタルテの話を聞いた時にこの夜叉が普通の夜叉ではなく、女神が事態の収拾の為に生み出した特別な個体だと考えている。
でなければモンスターである夜叉がモンスターの軍勢を意図的に攻撃する事があり得ないし、よしんば攻撃したとしてもアスタルテ達を逃がす等あり得ない。
そもそも夜叉に複数を同時に殺す飛び道具スキルはない。
つまり夜叉はフラッシュキャストとマルチスペルに類似するバグ技を使って400もの斬撃を実現させた事になる。
だがどんなに速く動いても、どんなに速く反応しても、僅かな硬直はある。
400体のモンスターの軍団を屠った1瞬よりも短い僅かな隙。
そのタイミングと同時に着弾する様に、しかも万が一何か才斗以上のバグ技を使ってきても仕留めれるように拡散して放った散弾砲撃はまさに一手で決める必殺の一撃だった。
「……嘘だろ?」
正確には必殺の一撃の筈だった。
「………………」
「避けたって言うのか?12弾全部…………」
3つ目はその才斗の必殺と思っていた一撃が空振りに終わった事だ。
「あり得ない……あの状況から全部回避しただと?そんなもんオレでも不可能だぞ?」
「………………」
戦慄する才斗を夜叉は、まるで不思議な小動物でも見るように攻撃もせずに眺めている。
才斗の事を敵としてすら認識していない様だ。
「舐めやがって……今お前はオレを倒せる決定的な瞬間を逃した、後悔させてやるよ」
才斗はその攻撃すらしてこない行動に安堵を覚えるどころか、まるでゲームを始めたばかりの頃に姉にされた手加減を思い出し静かな怒りを燃やす。
「…………あ…………」
夜叉が何かを呟こうとすると、才斗はその瞬間今まで見せた事が無いくらいに目を鋭くすると、まるで自分が弾丸になった様に走り出す
「ぶち殺す……連弾砲撃」
連弾砲撃。
一斉砲撃の亜種であり、散弾砲撃の様に同時に散弾にさせるのではなく、速く発動する為のフラッシュキャストを逆に0,01秒遅延させ高速で連射し、システム上同時に使った判定にしながらもタイミングをずらすバグ魔法。
ドバドバドバババババ!
と言う大砲の威力を持った機関銃を撃った様な激しい轟音が才斗と夜叉の世界を支配する。
12発の連弾砲撃を正確に夜叉の動きをシミュレートし先読みしながら放つ才斗。
しかし夜叉はその才斗の読みの上を行く反射と動きでその12発の弾丸を避けてしまう。
「閃光瞬動だと?」
「………………あ」
「くっ!ならっこれで!」
12発の連弾砲撃を全て避け、なおも攻撃をせず興味深い目線を向けてくる夜叉に才斗は杖での通常攻撃で近接戦を挑む。
更にその通常攻撃に、ポイントが余ったから取得したpvp(決闘用)でしか使う事のないであろう打撃系スキル『スイングスタッフ』を混ぜながら。
勿論どんなバグ魔法でも余裕で躱して来た夜叉にそんな攻撃が当たる事もない。
(やっぱりこいつ行動の硬直が殆どない……おいおいまさかマジで0,01秒以下の世界で動ける閃光瞬動って事かよ。しかも全くオレに攻撃する気が無いだと?はははは)
才斗は分かってしまった。
目の前の夜叉が自分を超えるバグだと言う事を。
目の前の夜叉に自分が勝てるビジョンがない。
詰み。
絶望。
だが何故だろうか?
「はははははっ!お前最高だよ!こんなオレをコケに出来る奴姉さん以外見た事ないわ!マジで最高!久々に燃えるゲームだわ!はっははは!」
「…………楠君?」
「………………?」
こんな状況なのに今まで一番楽しそうに笑う才斗に灯は気が狂ってしまったのかと心配し、目の前の夜叉ですらも今までの表情に不気味なものを見たと言う色を浮かべる。
「でもこれで終わりだ。次の一手で決める」
「………………あ」
そして才斗は夜叉に目掛けて全速力で走り『スイングスタッフ』を放つ。
夜叉は少し失望したかのようにそれを避けようと。
「!?」
した瞬間驚きで目を開く。
何故なら避けれないからだ。
自分の圧倒的な速度を誇る閃光瞬動ですらも避けれない。
自分の避けれる全ての空間に向けて24発の連弾砲撃が撃たれている。
遅延詠唱。
100分の1秒以下の発生速度の閃光詠唱の逆の発想の、発生速度を100倍以上引き延ばして発動する事により、瞬間的に倍の手数を可能にするバグ魔法。
才斗は夜叉に殴りかかっている時に遅延詠唱で連弾砲撃を発動させ最後の一手の時に合わせて開放したのだ。
「いっけえええええええ!」
24発の連弾砲撃はもう夜叉がどんなに高速で動いても間に合わない。
さっきまで夜叉の速度に負けていた才斗の技術は今完全にその力関係を逆転させ、その砲弾が夜叉を光の残滓に変えようとする。
サラササラサラサララサラ。
夜叉の立っていた場所から光の残滓が溢れる
「聖女無双流、破魔凪!」
がしかしその光の残滓は、24発の砲弾を高速を超える光速の斬撃により斬り裂いた事で霧散した物だった。
「なっ!?」
そんな信じられない技を最後の最後に使った夜叉は、光速ではなく高速の速度で才斗に目掛け剣を振る。
(……ダメだ!間に合わない!)
楠才斗は敗北した。
才斗のシミュレーションではゲームオーバーと言う答えを弾き出しており、脳はこれからどうするか?の思考をするのではなく、今までどうだったか?の走馬燈を見せる。
「あの!私と友達になってくれませんか!?」
だがしかし今現在才斗が見ているのは走馬燈ではなく、夜叉がその剣を自分の眼前で寸止めし、その雪の様に白い肌の頬を赤く染め、太陽の様な眩しい笑顔でそんな事を言っている光景だった。
バグ剣聖、聖女朔羅。
この少女との出会いが自分の運命を大きく変える事になると才斗分かったのは少し先の話。




