それぞれの夜
ヒロ先輩が自分の家に来るように言ってくれたが、その日はホテルがとってあったのでその旨を伝えると、先輩はホテルの部屋替えをして自分もホテルに泊まった。二人でしなくてはならない話しがたくさんあった‥現在の事‥これからの事‥
その日の夜 真莉亜はお風呂から出て髪を乾かしながら、一人で思い出していた。何ヶ月か前に詩月と二人で話した夜を‥
あの日は出張帰りの詩月が真莉亜の部屋に泊まった。二人で色々な話しをした。
そして突然 詩月が聞いた。
「ねえ 真莉亜もしかして今、恋してる?」
「うん‥いつもながら良くわかるね‥」
「真莉亜の顔を見てればわかるよ。」
「そうか‥実は片想いなんだけどね。とっても優しい人なの。まわりに気遣いは出来るし、その場を盛り上げたり楽しい雰囲気を作ったりムード・メーカー的な存在の人なの…人を思いやる その姿を見て好きになったの‥」
「そうだったのね‥上手くいく事を願っているわ。」
「ありがと‥ねえ詩月は今 好きな人はいないの?」
「好きな人か‥?今は何故か好きな人って言うと前から話している先輩が浮かぶの‥諦めたつもりだったのにね‥もうしばらく会ってない‥先輩が海外へ行く前だから五年前か‥帰国しているかどうかもわからない‥翔先輩に聞けばわかるかもしれないけど、勇気がなくて聞けない‥」
「詩月‥」
「あたしが逃避行したの覚えてる?」
「ええ‥あれは衝撃だった。今の詩月なら納得するけど当時の詩月からは考えられない行動だった‥でもその片鱗はごくたまに見えてた気がする‥今の詩月が本来の詩月だとわたしは思う‥」
「真莉亜‥さすが親友‥よくわかっていらっしゃる‥」
二人で笑った。
「実はね誰にも言ってない事があるの。戻ってきた後 先輩から電話があったの‥誰かから聞いたのね。
『何 大胆な事やっているんだ。俺の許しもなく‥』って優しく言われた。それが先輩の第一声だったの。そして『家にいるんだろ‥家の前にいるから出て来い』って‥言われて出たら家の前に先輩の車が止まっていた。
車で近くの公園まで行き二人で話したの。あたしがこの後 相手とどうしたらいいかわからないって言ったら先輩『そうは言ってもお前の中ではすでに決まっているんだろ‥その心に従えばいいんだよ‥』って『今回の事だって囲まれた塀を壊して一歩でも前に出たかったんだろう‥』って。そう言われて涙が溢れた。先輩はあたしをわかってくれているんだって‥先輩 肩を抱き寄せてくれて『ごめんな』って『どうしようもない時に側にいてやれなくて‥本当にごめんな』って先輩が悪い訳じゃないのにね。その言葉にあたしをわかってくれている人がいる。そう思ったら余計に涙が溢れたの。先輩 そんなあたしに優しくキスしてくれた。その後 二人で何回も会ったけど先輩が海外へ行って自然消滅‥でも今はそれが先輩との一緒の時が‥何より先輩が恋しい‥それが今の気持ち‥」
そう言って涙を流しながら微笑んだ詩月は綺麗だった。
その相手が きょうのあの人‥目の前で詩月を抱きしめキスした人‥まさか親友のキスシーンを見るとは思わなかったけど‥
でも彼の詩月への深い想いは伝わってきた。この人はこんなにも詩月を想っているんだって実感できた。嬉しかった‥そしてそんな人が大和の親友って‥それも嬉しかった。
「真莉亜‥」
大和の呼ぶ声がした。あたしは返事をした。
「はーい。」
部屋から出てリビングで彼と笑顔を交わし合う。
同じ家 同じ時のバスルーム‥大和はお風呂に入りながら、レストランでの出来事を‥親友の弘樹の事を思い出していた。
…あいつ あんなに嬉しかったんだな‥自分でも行動が止められない位‥
「彼女と会って すぐに抱きしめてキスか‥」
思わず声に出ていた。フッと笑い頭を軽く振る。
あんな弘樹を見たのは初めてだ。
普段の弘樹からは考えられない行動だった。いつでも冷静でスマートな振る舞いをする弘樹‥それが詩月ちゃんだと違った‥まあ わかるけどな…あいつは詩月ちゃんとずっと一緒にいたくて‥少しでも早くずっと一緒にいられるようになりたくて頑張っていた。海外へ行ったのもその延長戦。
「帰国をしたら詩月と連絡が取れなくなっていたんだ。実家からも出て勤務先も辞めていた。一体 俺は何やってんだろうな‥ほとんど詩月に連絡してしていなかった。詩月と一緒にいる事‥詩月の隣りに‥すぐ側にいる事‥そればかりを考えて詩月自身を大切にしていなかった。詩月に何も伝えていなかった。連絡取れなくなって当然だよな。‥バカだよな‥俺」
そう言った弘樹の目から涙が一粒溢れ、頬を伝ったのを思い出した。
あれから弘樹ににも彼女らしき人がいた事はあったが長く続かなかった。詩月ちゃんと一緒にいた時のような表情を見せる事もなかったのを覚えている。でもきょうの弘樹は‥詩月ちゃんと会った時の弘樹は本来の輝きを取り戻した気がした。これで弘樹の仕事もますます上手くいくのかって思った。
よし俺も頑張るぞ。真莉亜と一緒に‥
お風呂から出て真莉亜を呼んだ。
「真莉亜…」
彼女の返事が聞こえる。
「はーい」
リビングで彼女と笑顔を交わし合う。
ホテルの一室であたしはヒロ先輩と並んでソファーに腰掛けている。
「まず俺の近況を話す。セレニテという会社を起業して社長をやっている。レストランやカフェ バーなどの経営と管理をしている会社だ。きょう食事したレストランと明日 君達がランチをするカフェも俺の店だ。」
「そうなのね。すごーい」
「君と一緒にいる為に俺は会社を起業した。それなのに君を離してしまった。」
「ヒロ先輩‥ありがとうあたしの為に頑張ってくれて‥
今度はあたしの現在ね‥あたしは大手ホテルチェーンの翡翠のマルハ店で、マネージャーをやっているわ。時々応援や指導で本店にも、都市区にあるチェーン店にも来ているわ‥仕事で必要だったのでバーテンダーと調理師と食品衛生責任者…コーヒーソムリエの資格があるわ。」
「詩月それって自分で店 経営できるんじゃないのか…」
「うん知ってる‥詳しく知っていた方が仕事の役にたつから 勉強して資格をとっただけ。」
「そうか‥何故か俺の仕事に役立つ資格ばっかりだな‥これからはずっと手伝ってもらわないとな‥」
「ヒロ先輩‥?」
「言ったはずだよ。もう地元に帰さないって‥冗談ではなく本気だ‥」
「でも‥」
「住むのは俺と一緒に住めばいい。明日から俺の家に一緒に住んでもらう‥」
「ヒロ先輩‥」
「俺はずっと君と一緒にいる事だけを考えてきた。五年前は先だけを考えすぎて近くにいる詩月がどんな思いでいるのか、考えてなかった。何も伝えていなかったし伝えるのが少し恥ずかしかったんだ。‥俺自身の少しでも早く一緒にいたい‥離れたくないという思いだけで一人で走っていた。気づいたら隣りにいるはずの詩月を見失っていた‥探したけど見つからなかった。それがまた会えるなんて‥もう離れたくない。いいね 詩月。」
あたしは頷いた。
「あたしは先輩達と出会った頃 親の敷いたレールの上を歩いていた。少しでもはみ出れば力ずくの強制修正をかけられた。周りと違う考えを持てば、周りと同じ様にする事を強いられた。あたしにはいつしかそこが狭く感じられる様になっていた。そこに縛りつけられていた。自分の思うよう自由に動く事が出来ない‥あたしは囲まれてしまった塀を崩したいと思っていた‥外に出たいと思っていた。でもその一歩が中々踏み出せない。都市の学校へも通いでないと行かせてもらえなかった。都市の会社に受かったのにそこへも行けなかった。
あたしは自分が変わる為、塀を壊す為のきっかけを探していたのかもしれない。そのきっかけをみつけあたしは行動に移した。
塀は盛大に壊れた。その後はただ真面目で自分の意志を表現出来なかったあたしはいなかった。
先輩はそんなあたしを知っていてくれた‥ありがとう‥大好きだよヒロ先輩‥」
先輩はあたしを抱きしめてくれた。涙が流れる‥先輩はその涙を拭う‥
「愛してる‥逃がさないよ。」
そのままキスをする。二人の時が流れていく…




