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第135話:例外処理

サトウは、倒れた男を見なかった。

視線の価値は、有限だ。


既に「処理済み」と判断した対象に、これ以上リソースを割く理由はない。

「……質問は一つだ」

血の匂いが、わずかに遅れて室内に満ちる。


だが、その場にいる誰一人として、それを“異常”とは認識できなかった。

「なぜ“処理済みのデータ”が、再実行されている?」

わずかな間。

「……捕らえた盗賊が、なぜ街を歩いている」


「ひ、ひぃっ……あ、あああ……っ!」

側近は、椅子の脚にしがみついたまま、獣のような声を上げた。先刻まで手にしていた最高級のワインは、彼の高価な服を汚し、床に無様な染みを作っている。


サトウは、その醜態を冷淡に「検品」した。

「……君の発言は、要件を満たしていない。命乞いは自由だ。だが、採用されるには基準がある」

「な、な、何を言ってるんだ……! 金か!? 金ならやる! この街の税収の、三割を……っ!」

「……三割。……なるほど、責任の分散というわけか」

サトウはわずかに首を傾げた。

「だが、それは“免責”ではない。……で? 君の固有の価値は? この街のシステムにおいて、君が代替不可能なパーツであるという証拠エビデンスを提示しろ。……10秒以内だ」


「い、いや無理だろ!? 10秒で人生まとめろって――」

「10」

「は?」

「終了だ」


「……っ、あ……」

エレンの喉から、意味を持たない音が漏れた。

恐怖ではない。拒絶でもない。理解しようとした、その結果だった。


(……綺麗、です……)


血でも、暴力でもない。

ただ――一切の迷いも、怒りも、躊躇もなく。

目の前の情報を分解し、評価し、結論だけを出す。その“流れ”が、あまりにも無駄がなくて。

(……まるで……祈りみたいに……)


サトウは無機質な瞳で側近を見下ろし、何かを咀嚼するように数秒の間を置いた。


「……想定より、2割ほど質が低いな。チャンスをやる。……再提出は?」

「……は?」

側近の、それからエレンの思考が一瞬止まった。

サトウは一瞬だけ、思考を止めた。

「……なるほど。では――君は“不要”だな」


その瞬間だった。


――空気が、わずかに“ずれた”。


側近の指先から、一滴の血が床に落ちる。

――はずだった。

だが、その赤い雫は、重力に抗うように、ほんの数ミリだけ軌道の外に着弾した。


誰も気づかない。当然だった。

それは、視覚や聴覚で捉えられる類の変化ではない。ましてや、戦闘訓練すら受けていないエレンに、認識できるはずもなかった。

それは“感覚”ではなく、“定義のズレ”だった。

ただ一人。サトウだけが、その“誤差”を観測していた。


「……なるほど」

誰にも聞こえないはずの位置へ、サトウは静かに言葉を落とした。

「……干渉しているのか」


返答はない。

だが、サトウの網膜には、確かな「ノイズ」が映っていた。


サトウは、もはや意味をなさなくなった側近から視線を外し、窓の外に広がるルミナスの街並みを見据えた。

ギルド、教会、衛兵。この街を構成する全モジュールが、「盗賊が解放される仕組み」として再定義されていく。


「……理解した。……これは、バグではない」


サトウは、冷徹な宣告を下した。


「……捕らえた盗賊が街に戻る。そういう“仕様”か」


――だが。


誰が、この仕様を定義した?

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