表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/136

第124話:不純なる選別

夜明け前の奴隷市場は、家畜の匂いと、絶望を煮詰めたような沈殿した空気に満ちていた。

「へへっ、旦那。こいつはどうだい? 北方の蛮族の生き残りで――」


商人が檻を叩く音を背に、サトウは市場の最奥、頑丈な二重の鉄格子で囲われた一角で足を止めた。そこには、読み書きができる知力系とは一線を画す、圧倒的な威圧感を放つ男がいた。屈強な体躯、戦歴の傷跡、そして猛獣の瞳。


■アセット①:ゼノ(男)

【性格】:寡黙・峻烈。独自の規律を持つ。

【エピソード】:元『鉄牙傭兵団』副長。雇い主が子供を蹴ったことに激昂し、主の四肢を叩き折り奴隷に堕ちた。

【サトウの評価】:(……地雷が明確な暴力。管理は容易だ。だが、その瞳は従順ではない。こいつは俺が『子供を蹴らない側の人間か』を観察している。……つまり、俺が利益のために非道を選択した瞬間、この暴力は即座に俺自身の喉元を裂く反動バックラッシュに化ける)


サトウはさらに、その横に並ぶ「訳あり」の区画へと視線を移す。


■アセット②:リリア(女)

【性格】:選民思想・合理主義。他者への共感を排除した「正論の怪物」。

【エピソード】:没落商家の令嬢。親族の帳簿改ざんを告発したのは、正義感からではない。無能な親族が「商いのロジック」を汚したことが許せなかった。一族を切り捨ててなお、彼女の瞳には後悔の欠片もない。

【サトウの評価】:(……分析ユニット。だが、彼女の『正論』は現場の感情を磨り潰す。カイルの青臭い正義感とは最も相性が悪い、組織内の不協和音ディスコードの源泉だ)


■アセット③:カイル(男)

【性格】:不遜・皮肉屋。だが、実は『権威』への執着を捨てきれない元エリート。

【エピソード】:元軍の将校。汚職を告発したのは、正義のため半分、上官を蹴落として自分がその座に座るため半分。だが、その野心が組織の暗部に負けた。

【サトウの評価】:(……現場管理のピース。だが、俺は読み違えているかもしれん。こいつが求めているのは自由ではなく、再び自分を縛り、正当に評価してくれる『強固な支配』ではないか? その歪んだ帰属本能が、いずれ判断を狂わせる)


サトウの「再評価」は、店舗経営と情報網構築インテリジェンスに不可欠な特化型アセットへと続く。


■アセット④:ソフィア(女)

【性格】:妖艶・防衛的虚言癖。嘘をつくことでしか自己を定義できない。

【エピソード】:元高級官僚の愛人。主人の急死に際し毒殺を疑われたが、彼女がついた嘘は「犯行」を隠すためではなく、自分の「存在の虚無」を隠すためのものだった。

【サトウの評価】:(……ヒューミントのプロ。だが、彼女は嘘を生存手段サバイバルとして使う。彼女が俺に真実を報告するのは、俺が彼女にとって『最強の防壁』である間だけだ。損益分岐点を超えた瞬間、彼女の報告はすべて偽装フェイクに変わる)


■アセット⑤・⑥:ハンス(兄)&ミーナ(妹)

【性格】:ハンスは警戒心旺盛、ミーナは愛嬌を装うのが上手い。孤児特有の生存本能。

【サトウの評価】:(……エッジ・デバイス。街の動線を熟知している。彼らの小さな耳は、路地裏のささやきを俺の元へ届ける最速の回線ラインになる)


サトウは商人の前に、昨日「回収」したばかりの銀貨を無造作に叩きつけた。


(……過剰投資オーバーインベストメントだ。だが、ここでケチれば規模スケールは作れない。キャッシュを人的資本ヒューマン・キャピタルへ変換し、一気に市場のシェアを強奪する。……勝負所だ)


「その六人を、まとめて買う。相場の三割引きだ。……厄介な不良在庫の一括処分だ」


商人は呆れた顔で六つの首輪の鍵を差し出した。市場の外へ出たサトウは、背後をよろつきながらついてくる六人に言葉を投げた。


(……思考は追いつくが、二十二歳の肉体が重い。運動習慣の欠如したこの身体は、長時間労働の負荷に耐えられる設計ではない。転生によるこの肉体的な時差レイテンシを、早急に組織化ガバナンスでカバーしなければならない)


「……待ちなさい。あんた、私たちをどうするつもり?」

リリアが、自分より劣る者を見るような冷たい目で問い、カイルが吐き捨てるように笑う。

「どうせ、裏仕事の使い捨てだろう。こんな小汚いポーターが、俺たちのような『問題児』を揃える理由はそれしかない」


サトウは立ち止まり、若返った肉体に宿る五十一歳の冷徹な瞳で、六人を見据えた。


「勘違いするな。お前たちを救うつもりも、使い捨てるつもりもない。お前たちは、今の市場が値を付け損ねただけの資産だ。……なら、俺が再評価する」


サトウはポーチから、最低限の食糧が入った袋を投げ与えた。


「これは初期投資だ。今日から、お前たちには俺の商売の『ユニット』として動いてもらう。ゼノ、カイル、リリア。お前たちは俺と共に旅に出る。……ソフィア、ハンス、ミーナ。お前たちはこの街に残れ。例の兵士……名前はまだ聞いていないが、あの男が店長を務める店で、俺の『耳』になってもらう」


(……名前? 必要になれば覚える。今の彼に求めているのは固有のアイデンティティではなく、俺のスキームを現場で稼働させる『店長』という関数としての能力だ)


「……耳?」

ソフィアが、色香を帯びた瞳を細めた。その視線は、既にサトウのポーチの中身を、そしてその「脆さ」を値踏みするかのように不敵だ。


「酒は入口に過ぎない。本体は、その奥で交わされる“情報”だ。客が漏らす秘密、欲望の形。それらを収集し、俺に利益リターンを届けろ。……お前たちが成果を出す限り、食事と安全は供給する。だが、期待以上の利益が出せないと判断した瞬間、即座に損切り(パージ)する。次はない」


リリアは鼻で笑い、カイルは苛立ちを隠さず目を逸らした。そして最後尾にいた巨漢、ゼノが初めて口を開いた。


「……そのルール、気に入らねえが……筋は通ってる。少なくとも、ガキを蹴るようなクズの論理よりはな」


ゼノはそう言いながらも、道端にいた汚れた孤児に、手渡されたばかりのパンの半分を放り投げた。サトウはそれを察知しながらも、敢えてログから消去した。


サトウは再び歩き出す。

背後には、戸惑いと、反発と、そして強烈な「生存への意志」を宿した六人の足音が響く。


(……個ではなく、システムだ。これでようやく、戦える)


サトウの脳内では完璧な歯車が回り始めていたが、彼が信じたその『系』の構成要素は、それぞれが異なる『正義』と『嘘』を孕み、静かに、しかし確実にサトウの歩幅からズレ始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ