第124話:不純なる選別
夜明け前の奴隷市場は、家畜の匂いと、絶望を煮詰めたような沈殿した空気に満ちていた。
「へへっ、旦那。こいつはどうだい? 北方の蛮族の生き残りで――」
商人が檻を叩く音を背に、サトウは市場の最奥、頑丈な二重の鉄格子で囲われた一角で足を止めた。そこには、読み書きができる知力系とは一線を画す、圧倒的な威圧感を放つ男がいた。屈強な体躯、戦歴の傷跡、そして猛獣の瞳。
■アセット①:ゼノ(男)
【性格】:寡黙・峻烈。独自の規律を持つ。
【エピソード】:元『鉄牙傭兵団』副長。雇い主が子供を蹴ったことに激昂し、主の四肢を叩き折り奴隷に堕ちた。
【サトウの評価】:(……地雷が明確な暴力。管理は容易だ。だが、その瞳は従順ではない。こいつは俺が『子供を蹴らない側の人間か』を観察している。……つまり、俺が利益のために非道を選択した瞬間、この暴力は即座に俺自身の喉元を裂く反動に化ける)
サトウはさらに、その横に並ぶ「訳あり」の区画へと視線を移す。
■アセット②:リリア(女)
【性格】:選民思想・合理主義。他者への共感を排除した「正論の怪物」。
【エピソード】:没落商家の令嬢。親族の帳簿改ざんを告発したのは、正義感からではない。無能な親族が「商いのロジック」を汚したことが許せなかった。一族を切り捨ててなお、彼女の瞳には後悔の欠片もない。
【サトウの評価】:(……分析ユニット。だが、彼女の『正論』は現場の感情を磨り潰す。カイルの青臭い正義感とは最も相性が悪い、組織内の不協和音の源泉だ)
■アセット③:カイル(男)
【性格】:不遜・皮肉屋。だが、実は『権威』への執着を捨てきれない元エリート。
【エピソード】:元軍の将校。汚職を告発したのは、正義のため半分、上官を蹴落として自分がその座に座るため半分。だが、その野心が組織の暗部に負けた。
【サトウの評価】:(……現場管理のピース。だが、俺は読み違えているかもしれん。こいつが求めているのは自由ではなく、再び自分を縛り、正当に評価してくれる『強固な支配』ではないか? その歪んだ帰属本能が、いずれ判断を狂わせる)
サトウの「再評価」は、店舗経営と情報網構築に不可欠な特化型アセットへと続く。
■アセット④:ソフィア(女)
【性格】:妖艶・防衛的虚言癖。嘘をつくことでしか自己を定義できない。
【エピソード】:元高級官僚の愛人。主人の急死に際し毒殺を疑われたが、彼女がついた嘘は「犯行」を隠すためではなく、自分の「存在の虚無」を隠すためのものだった。
【サトウの評価】:(……ヒューミントのプロ。だが、彼女は嘘を生存手段として使う。彼女が俺に真実を報告するのは、俺が彼女にとって『最強の防壁』である間だけだ。損益分岐点を超えた瞬間、彼女の報告はすべて偽装に変わる)
■アセット⑤・⑥:ハンス(兄)&ミーナ(妹)
【性格】:ハンスは警戒心旺盛、ミーナは愛嬌を装うのが上手い。孤児特有の生存本能。
【サトウの評価】:(……エッジ・デバイス。街の動線を熟知している。彼らの小さな耳は、路地裏のささやきを俺の元へ届ける最速の回線になる)
サトウは商人の前に、昨日「回収」したばかりの銀貨を無造作に叩きつけた。
(……過剰投資だ。だが、ここでケチれば規模は作れない。キャッシュを人的資本へ変換し、一気に市場のシェアを強奪する。……勝負所だ)
「その六人を、まとめて買う。相場の三割引きだ。……厄介な不良在庫の一括処分だ」
商人は呆れた顔で六つの首輪の鍵を差し出した。市場の外へ出たサトウは、背後をよろつきながらついてくる六人に言葉を投げた。
(……思考は追いつくが、二十二歳の肉体が重い。運動習慣の欠如したこの身体は、長時間労働の負荷に耐えられる設計ではない。転生によるこの肉体的な時差を、早急に組織化でカバーしなければならない)
「……待ちなさい。あんた、私たちをどうするつもり?」
リリアが、自分より劣る者を見るような冷たい目で問い、カイルが吐き捨てるように笑う。
「どうせ、裏仕事の使い捨てだろう。こんな小汚いポーターが、俺たちのような『問題児』を揃える理由はそれしかない」
サトウは立ち止まり、若返った肉体に宿る五十一歳の冷徹な瞳で、六人を見据えた。
「勘違いするな。お前たちを救うつもりも、使い捨てるつもりもない。お前たちは、今の市場が値を付け損ねただけの資産だ。……なら、俺が再評価する」
サトウはポーチから、最低限の食糧が入った袋を投げ与えた。
「これは初期投資だ。今日から、お前たちには俺の商売の『ユニット』として動いてもらう。ゼノ、カイル、リリア。お前たちは俺と共に旅に出る。……ソフィア、ハンス、ミーナ。お前たちはこの街に残れ。例の兵士……名前はまだ聞いていないが、あの男が店長を務める店で、俺の『耳』になってもらう」
(……名前? 必要になれば覚える。今の彼に求めているのは固有のアイデンティティではなく、俺のスキームを現場で稼働させる『店長』という関数としての能力だ)
「……耳?」
ソフィアが、色香を帯びた瞳を細めた。その視線は、既にサトウのポーチの中身を、そしてその「脆さ」を値踏みするかのように不敵だ。
「酒は入口に過ぎない。本体は、その奥で交わされる“情報”だ。客が漏らす秘密、欲望の形。それらを収集し、俺に利益を届けろ。……お前たちが成果を出す限り、食事と安全は供給する。だが、期待以上の利益が出せないと判断した瞬間、即座に損切り(パージ)する。次はない」
リリアは鼻で笑い、カイルは苛立ちを隠さず目を逸らした。そして最後尾にいた巨漢、ゼノが初めて口を開いた。
「……そのルール、気に入らねえが……筋は通ってる。少なくとも、ガキを蹴るようなクズの論理よりはな」
ゼノはそう言いながらも、道端にいた汚れた孤児に、手渡されたばかりのパンの半分を放り投げた。サトウはそれを察知しながらも、敢えてログから消去した。
サトウは再び歩き出す。
背後には、戸惑いと、反発と、そして強烈な「生存への意志」を宿した六人の足音が響く。
(……個ではなく、系だ。これでようやく、戦える)
サトウの脳内では完璧な歯車が回り始めていたが、彼が信じたその『系』の構成要素は、それぞれが異なる『正義』と『嘘』を孕み、静かに、しかし確実にサトウの歩幅からズレ始めていた。




