第123話:不純なる帳簿
リベルタの夜。
灯りの消えた商業区の裏路地で、サトウは闇に溶け込むように立つ「人的アセット」と合流した。
「……上出来だ」
兵士から手渡されたメモには、期待通りの「不整合」が並んでいた。
右目に黒子のある男――ギルド職員・コルネオ。給与水準は月額にして大銅貨五十枚程度のはずだが、彼は昨夜だけでその三倍の額を高級賭場で溶かしていた。さらに、商業区の北端にある愛人の家へ立ち寄る際、必ず路地裏の「廃屋」を経由しているという事実。
(……資産の隠匿、および私的流用。兵士が掴んだのは物理的な行動ログだが、それを俺の脳内で繋げば、汚職のスキームが浮き彫りになる。男はギルドの帳簿を改ざんし、その差分を『私設の金庫』へ直接流し込んでいる。……裏取り(エビデンス確保)の時間だ)
サトウは兵士をその場に待機させ、自ら男が経由した「廃屋」の周辺をフィールドワークした。
(……観察開始。一見、放置された空き家だが、扉の蝶番に新しい潤滑油の跡。さらに、男の靴に付着していたものと同じ、特定地域にしか見られない微細な灰。……ビンゴだ。ここはゴミ捨て場ではなく、資産の『一時滞留所』だ)
サトウは深夜の酒場へと向かった。
そこには、賭場での負けを埋めようと、脂汗を浮かべながら安酒を煽るコルネオの姿があった。サトウは無言で彼の正面に座り、卓の上に一枚の紙片を置いた。
コルネオが、顔を上げた。
「……なんだ。ポーターが何の用だ」
「この数字に見覚えはあるか」
紙片には、サトウが昼間にギルドで分析した「帳簿の欠損額」と、コルネオが昨夜賭場で消費した「キャッシュ」の合計額が並んでいた。
コルネオの顔から、急速に血の気が引いていく。
「……何の、話だ。言いがかりなら衛兵を――」
「呼べばいい。困るのはお前だ」
サトウの声は、凍りつくように冷徹だった。
「インクの減り、帳簿の不自然な重なり……。そして商業区北端の廃屋。……すべて記録してある。お前がこの仕組みを利用して、個人的に抜いた金……その隠し場所までな」
コルネオは反論しようと口を開いたが、サトウの瞳にある「逃げ道をすべて塞いだ監査官」の輝きに、声が喉で潰れた。
「……選択肢は二つだ。一つ、このまま俺がギルドの上層部へ、この証拠を出す。お前は消され、家族もろとも路頭に迷うだろう。……二つ、その廃屋にある『記録されていない金』を、今この瞬間に俺に渡せ。そうすれば、お前の帳簿からこの汚点は消してやる」
(……交渉ではない。詰みだ)
「……わかった。わかったから、それを仕舞ってくれ……」
数刻後。
廃屋の床下に隠されていた木箱の中から、鈍い光を放つ銀貨の束を、サトウは手元へと「回収」した。
(……回収完了。未記録資産の再割り当て、およびポートフォリオへの組み込み。……ふむ、悪くない)
ずっしりと重い木箱の感触。サトウは、脅迫が成功した瞬間には動かなかった口角を、資産が物理的に「確定」した今、わずかに、満足げに上げた。
(……だが、これを現金のまま持ち歩くのは流動性のリスクが高すぎる。物理的な貨幣は、盗難や没収といった不確実性に直結するからな)
サトウは、重くなったポーチを腰に固定し、夜明け前のリベルタを歩き出した。
向かった先は、まだ眠りの中にある「奴隷市場」の視察だ。
(……現金を『人的資本』へ変換する。それが、この世界における最も合理的なヘッジだ。……強い戦闘奴隷は価格が高騰し、維持コストも嵩む。だが、ここはどうだ)
サトウの視線が、檻の隅でうずくまる、痩せ細った「元事務員」や「没落貴族の縁者」といった、市場から見捨てられた不良債権に留まった。
(……読み書きと計算ができる個体。これらは俺の事業をスケールアップさせるための『管理ユニット』として最適だ。安く買い叩き、磨き上げ、最強の労働力へ変換する……)
サトウの脳内では、回収したばかりの「銀貨」が、次々とその姿を変えていく。
(……この銀貨は、人になる。資産の組み換え(リバランス)を始めようか)




