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第119話:商業ギルドの拒絶と、廃樽からの資本錬成

サトウは、先ほど生活魔法『洗浄ウォッシュ』を施したばかりのポーター服の襟を、一分の隙もなく正した。

 指先に残るわずかな湿り気は、リベルタ商業ギルドという『マーケットの心臓部』に挑むための、最低限の「ドレスコード」を維持するための投資コストだ。

 巨大な石造りの門をくぐれば、そこは弱肉強食の経済原理が支配する大伽藍。天井の高いロビーには、高価な香油と、新しい羊皮紙の匂いが沈殿し、外の泥臭い路地裏とは明らかに『セグメント』の異なる富が滞留している。


サトウは、受付カウンターへと迷いのない『最短経路クリティカル・パス』で接近した。

 そこには、最高級のシルクと思われるブラウスを纏い、退屈そうに金の羽ペンを転がしている受付嬢が座っていた。

「……失礼。……私は本日付で冒険者登録を完了した、ポーター of サトウと申します。……本日は、貴ギルドが抱える『休眠債権』および『裏帳簿の不透明な資産』に関する、極めて実効性の高い『適正化ソリューション』を持参いたしました。……意思決定権を持つ責任者、あるいはマネジメント層とのアポイントメントを要請します」


サトウの発声は、22歳の瑞々しい声帯を使いながらも、その語彙と間合い(タイミング)は、51歳の「元課長」として数多の修羅場を潜り抜けてきた、重厚な『経営圧マネジメント・プレッシャー』に満ちていた。

 受付嬢の手が止まる。彼女はサトウの顔を一瞥し、次にその「不自然に繋ぎ合わされた」安物の服を、値踏みするように見下した。


「……はぁ? コンサル……? ……悪いけど、坊や。うちは慈善事業じゃないの。……そのボロ服、生活魔法で表面だけ『クレンジング』して誤魔化せると思ってる? ……ギルドの責任者が、君みたいな『身元の不確かな非正規労働者ポーター』に割くリソースは、一秒とも存在しないわ。お引き取りを」


鼻で笑い、視線を書類に戻す受付嬢。サトウは表情筋一つ動かさず、カウンターに僅かに身を乗り出した。

「……ふむ. ……興味深い。……ところで、貴女が今右手に保持しているその羽ペン。……ギルドの共通備品ではなく、特定の商会からの『利益供与キックバック』ではありませんか? ……インクのスペクトルを確認しましたが、ギルド規定の黒(カーボン系)ではなく、特定の貴族階級が好むヴィオラが混入している。……これは内部規定違反、あるいは背任行為の有力な『エビデンス』と見なせますが?」


サトウの冷徹な『ファクト・チェック』が、受付嬢の顔から血の気を、物理的な速度で奪い去った。

 だが、それは彼女に反省ではなく、防衛本能による「排除の意思」を植え付けた。

「警備員!! 早くこの『産業スパイ』もどきの不審者をデリートして!! ……何がコンサルよ、ただの生意気なスキーム崩れの浮浪者じゃない!!」


背後から、鉄の鎧が擦れ合う「ガシャン」という重苦しい音が肉薄する。

 サトウは抵抗せず、二人の屈強な衛兵に両脇をホールドされた。

「……放せ。……自力で『退場』できますよ。……非効率な物理的強制力バイオレンスは、貴方たちのカロリーの無駄遣いだ」

 サトウは無表情のまま、重厚な石造りの門の外へと「強制排除パージ」され、リベルタの泥の中に、再び膝をついた。


(……ふむ。……『コールド・コール(飛び込み営業)』の失敗。……というよりは、相手の『コンプライアンス意識』を過大評価しすぎましたな。……この街の経済圏は、論理的な正論よりも、目に見える『現金の流動性キャッシュ・フロー』を優先する。……ならば、まずはゼロから資本を『錬成』せねばなりません)


サトウは、石畳に擦りむいた右膝の痛みを、脳内の「優先順位リスト」の最下位に追いやり、再び立ち上がった。

 

 【物理工程:マーケット・リサーチと廃棄資産デッド・ストックの選別】

 サトウは、リベルタの「毛細血管」である複雑な裏路地を、一歩ずつ確実に踏破し始めた。

 足の裏の皮が靴底と激しく摩擦し、生温かい血液が靴下の中へと『リーク』していく。サトウはその激痛を、頭脳の片隅で「不快なシステム・エラー」として隔離・処理し、ひたすら「収益化可能な資源」を網膜に焼き付けていく。

 石灰の匂い、腐敗した有機物、損壊した輸送インフラの残骸……。

 路地を三つ旋回した地点で、サトウの『利益センサー』が反応した。


そこは、運河沿いに位置する「ロルフの樽工房」の裏区画。そこには、湿気によって深層まで腐朽が進行し、鉄のタガが外れて「構造的に破綻」した廃樽の山が、不法投棄に近い状態で山積していた。

 サトウは、泥だらけの膝をつき、その『減価償却の終わったゴミ』の山へと深く手を差し入れた。

 指先が、崩れかけた木材の表面をスキャンする。

 

(……ふむ。……オーク材。……表層の腐朽は重篤ですが……内側の導管構造はまだ『現役』ですな。……毛細管現象を利用した洗浄と、熱による『界面の物理固定』を執行すれば、液体保持コンテナとしての機能を一時的にリカバリーできる)


「……おい、何してやがる、小僧。俺の『在庫』に勝手に触るんじゃねえ」

 工房の奥から、蒸留酒の匂いを撒き散らしながら、老職人のロルフが現れた。

 サトウは、自分の右手に残った「洗浄魔法の余熱」を内ポケットに隠蔽しながら、ロルフの眼球の動きを観察モニタリングした。

(……ふむ。……職人特有の、酒と松脂、および長年の木屑が重層的に混ざり合った、呼吸器を刺激する芳香。……エプロンの胸元に雑に記された『R』の刻印。……工房正面の欠損した看板のタイポグラフィと照合すれば、この男が『ロルフ』本人である確率は、現時点で98.7%を超えていますな)


「……失礼。……貴方がこの工房の『最高経営責任者(CEO)』、ロルフ殿、とお見受けしてよろしいかな。……私は、貴方の財務状況を圧迫している『物理的な負債』を、オフバランス化しに参りました」

 サトウの声は、泥にまみれたその外見には似つかわしくないほど、冷静沈着な『プロフェッショナル』の響きを持っていた。

 ロルフと呼ばれた老人は、不快げに鼻を鳴らし、手に持っていた削り出し用のノミを、威嚇的な角度で弄んだ。


「……あぁ? ……誰だお前。……金も持ってなさそうな、末端の運送員ポーターのガキが、俺の『資産』にケチをつける気か」

「……資産? ……ふむ、高度なジョークですな。……貴方のその、ストレスによって深く刻まれた眉間のシワ。……および、この路地という『公共空間』を不法に占拠し、通行のボトルネックとなっている廃樽の山。……これは職人のプライドという名の『サンク・コスト(埋没費用)』に縛られ、廃棄コストが資産価値を逆転してしまった『不良債権』そのものとお見受けしますが?」


サトウは、指先で樽の側面に浮き出た黒カビのコロニーを、わざとらしく、しかし克明になぞった。

 指先に、湿った木材のグズグズとした、腐朽の初期段階特有の、粘りつくような『嫌悪感』が物理的な情報として伝達される。

「……この廃棄物を整理する人件費、および都市当局への廃棄委託手数料。……私がそれら一切の『アウトソーシング』を、この場で無償で引き受けましょう。……対価ベネフィットとして、この山の中から『二つの個体』だけを、私が譲受する。……貴方にとっては、土地の有効活用と廃棄コストの完全な『ゼロ化』。……私にとっては、資材の調達。……このバーター取引(物々交換)、検討に値するスキームだと思われませんか?」


ロルフの挙動が止まった。

 酒で濁った瞳の中に、サトウが提示した「損切り(ロスカット)」という概念が、鋭いメスのように入り込んだのが分かった。

 老人は足元の泥に痰を吐き捨てると、面倒そうに手を振った。

「……勝手にしろ。……どうせ明日には薪という名の『最終処分』にする予定だったゴミだ。……持って行けるもんなら持って行け。……ただし、腰を折っても労災は下りねえぞ」


サトウは小さく『ビジネス・マナー』に基づいた会釈をし、すぐさま「個体選別」という名の物理工程に移った。


【物理工程:廃樽の選別と、現場スペックによるフルロード運搬】

 サトウは、高く積み上げられた廃樽の山に、両腕を深く差し込んだ。

 表面の木材は湿気を過剰に吸収して構造的に脆弱化しており、掌に「グチャリ」とした腐食層の感触が、高解像度の触覚データとして伝わる。

 サトウは目を閉じ、指先の神経を『高精度センサー』として研ぎ澄ませた。

 「カツン、カツン」と、爪の背で側面をタッピングする。

 内部が完全に空洞化し、腐っていれば、音は低周波で沈む。だが、山の下層に埋もれていた二つ目の樽の底から、僅かに「硬い」残響がフィードバックされた。


(……ターゲット、ロックオン。……これですな。……タガは外れ、鏡板(天板)も歪んでいますが……側板クレオの芯材は、まだ一定の『剛性』を担保している。……『洗浄魔法』による熱膨張を利用した『再構成』のベースとしては、十分に合格点ですな)


サトウは、内部に汚泥が詰まり、推定重量10キログラムの廃樽を二つ、泥まみれの路地へと引きずり出した。

 サトウは樽の縁を鷲掴みにすると、腕のバイセップス(二頭筋)を爆発的に収縮させ、二つの巨大な廃樽を、左右の腕に一つずつ、一気に持ち上げた。


グッ、と足裏に重圧がかかる。

 足の裏の生傷が、靴の中で新しい血を吐き出し、強烈な痛覚信号を脳に送る。サトウはその信号を「エネルギー消費のステータス・ログ」として冷徹に読み飛ばし、背筋を垂直に固定した。

 一歩。一歩。

 泥を噛む靴底の振動が、脊椎を通じて脳へと伝わる。サトウは『現場スペック』の歩行フォームを維持したまま、運河の影、人目につかない高架下の『臨時のラボ(作業場)』まで運び抜いた。


【物理工程:生活魔法『洗浄』によるアセットの高速リファービッシュ】

 サトウは、高架下の湿った石畳に、担いできた二つの樽を正確にデプロイ(配置)した。

 歪みきったオーク材の隙間には、数年単位で蓄積された黒カビ、腐敗した酒の残留成分、および運河から逆流した汚泥が、地層のように重なり合っている。

(……ふむ。……手作業による物理的な研磨は『タイム・パフォーマンス』が悪すぎる。……ここでも『生活魔法』という名の資本を、集中的に投下しましょう)


サトウは、震える両掌を、樽の粗い側面に密着させた。

 ひび割れた皮膚の隙間に、木材の鋭なささくれが食い込み、鋭い痛みが奔る。サトウはそれを無視し、胃の底に残った僅かな熱量――魔力を、掌の『出力ポート』へと一点集中させた。


「……高圧温水ホット・プレッシャー・ウォッシュ


サトウの呟きと共に、魔力が物理的な『高温・高圧水粒子』へと変換される。

 木材のミクロな繊維の隙間、肉眼では不可視な深層部にまで、精密に45.5℃に調整された温水の微細な粒子が「強制的に物質化」し、樽の内部から外部へ向かって爆発的に噴出した。

 

 シュゥゥゥッ!!

 

 樽の全体から、真っ白な高密度な蒸気が激しく噴き上がる。

 こびり付いていたカビのコロニーが、温水の分子振動によって根こそぎ剥離され、ドロドロとした暗褐色の廃液となって地面を濡らしていく。

 サトウは顔を背けることなく、その「汚染物質がパージされるプロセス」を凝視し、魔力の出力をミリ単位でマニュアル調整し続けた。


強すぎれば、腐朽した細胞壁そのものを破壊クラッシュしてしまう。弱すぎれば、深部のバクテリアを完全除菌サニタイズできない。

 

(……ふむ。……熱膨張による繊維の弛緩を利用。……不純物の排出率、92.8%をマーク。……および、この膨張したタイミングで、板同士の界面を『物理的に固定』。……これで容器としての『機密性』は保たれますな)


魔法を停止させると、そこには見違えるほど「白茶けた」清潔な木肌を晒した、10キログラムの二つの樽が立っていた。

 

 【物理工程:商品(不純な酒)の仕入れと、最短クロージングの執行】

 サトウは休む間もなく、工房の廃棄エリアに放置されていた『醸造の澱(不純な酒の残滓)』の巨大な瓶を回収した。

 それは酸化し、売り物にならない「死んだ資産」だが、サトウにとっては『原材料』に他ならない。

 サトウはそれを再生した樽へと一気に流し込み、さらに運河の水を、アルコール度数の『最適化』のために一定比率で加水した。

 

 ドボドボと、異臭を放つ茶褐色の液体が、樽を満たしていく。

 サトウは魔法による加工という『余剰投資』をあえて避け、樽そのものを力任せに前後に激しくロッキング(揺動)させることで、内部の成分を物理的に攪拌させた。

 

(……ふむ。……味は、まさに『毒物』一歩手前の劣悪さ。……。……しかし、鼻腔を突き抜ける強烈なエタノール刺激と、洗浄魔法の熱で活性化したオーク材の焦げた香調。……これが、過酷な労働で麻痺した工夫たちの『快楽中枢』を刺激する、最強の『安酒ロー・エンド・プロダクト』となるはずです)


【物理工程:石切場への強行軍と、ドブ板営業ダイレクト・セールスの完遂】

 サトウは、中身が満載され、1個40キログラムとなった二つの樽を、再び両肩にホイスト(担ぎ上げ)した。

(……計80キロ。……ふむ。……22歳の筋力に、かつての記憶を乗せれば、この程度の重量運搬は『積極的な有酸素運動ワークアウト』のようなものですな。……足の裏の激痛すら、この『確かな重み』がもたらす収益への期待感で相殺されますな)


目的地は、西広場近く。一日の重労働を終えた「石切場の工夫こうふ」たちが、喉を鳴らして安酒を渇望している『ブルーオーシャン(未開拓市場)』だ。

 

 ガタッ、ゴトッ。

 台車を引く腕の筋肉が悲鳴を上げ、膝の関節が『軋み』を上げるたびに、サトウはそれを物理的な「達成度メーター」としてポジティブに変換し、最短の『ロジスティクス』で広場へと駆け抜けた。

 

 広場に到着するなり、サトウは樽を石畳に叩きつけるように下ろし、蛇口の栓を乱暴に開放した。

 ジョボジョボと、不純な琥珀色の液体が、拾い集めた陶器の欠片カップに次々と注がれていく。

 

「……営業開始です。……一杯、鉄貨2枚(200円)。……ギルド指定の安酒の半値という、圧倒的な『プライス・リーダーシップ』を実現。……一日の労働による精神的損耗を、今すぐ『損切り』したい方は、こちらへ。……限定在庫につき、早い者勝ちですよ!」


サトウの冷徹な、しかしターゲットの『ペインポイント』を的確に射抜く営業トークに、泥と埃にまみれた工夫たちが、飢えた獣のように吸い寄せられる。

 最初に名乗りを上げた大男が、錆びた鉄貨2枚を、サトウの泥だらけの掌に、激しく叩きつけた。


カチリ。

 

 金属の冷たさと、重み。

 サトウはそれを指先で一瞬だけ転がし、触覚による『真贋判定』を済ませると、即座に懐へと収めた。

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