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6-黒衣の男、静かなる盟友

 ――その男は、灰色の空気の中に立っていた。


リアナが神殿書庫の地下階で、ある書簡の写しを探していたときのことだった。

貴族の誰も足を踏み入れたがらない、魔術管理資料室。


そこに、黒衣のまま背を向けて本を読んでいる男がいた。


「……あら、ごめんなさい。立ち入り禁止の部屋かしら?」


リアナが声をかけると、男は本を閉じ、ゆっくりとこちらを向いた。

漆黒の外套。魔術師階級を示す銀の刻印。

そして氷のような無表情の中に、獣のような観察の目を湛えていた。


「いや。この時間帯は、貴族も利用を許されている。……侯爵令嬢ともなれば、なおさら」


声は低く、乾いていたが、理知の芯が通っていた。


リアナは、見た目よりも目の質に覚えがあった。

前世の記憶にある――いつも、距離を取りながら誰かを守っていた影の存在。


「……貴方、もしかして――ライル・ローウェル?」


「……俺の名を?」


男の目が細められた。

リアナは、静かに礼を取る。


「リアナ・フェルディナントと申します。侯爵家の者です。

貴方の名は、魔術師団の中でも『観察者』として密かに知られていると、ある文書で拝見しました」


「文書? ……それは恐らく、機密違反だな」


淡々とした言葉だったが、その表情の裏に、興味が芽吹いたのが見て取れた。


リアナは、懐から一冊の帳面を取り出す。


「私、貴方にお願いがあります。

 聖女ミレーヌの神託に、不審な点があります。

 私はそれを調べていますが……魔術的観点から協力を仰げる相手が必要なのです」


それは、貴族が言うにはあまりに踏み込みすぎた台詞だった。

魔術師と貴族の間には、厳然とした壁がある。

だがリアナはその壁を、当たり前のように越えてきた。


「貴族令嬢が、神託に疑いを持つなどと口にするとはな……」


「今世の私は――軽々に沈むような女ではありませんので」


その言葉に、ライルの目が一瞬、細く笑ったように動いた。

氷が微かに、ひび割れた瞬間だった。


「……面白いな。

 いいだろう。俺はあくまで観察と記録を重んじる主義だ。

 貴女の調査に、技術的な観点から協力しよう」


「感謝します、ライル様」


「呼び捨てで構わない。俺は貴族じゃない」


リアナは頷き、改めて手を差し出した。


「では、ライル。

 事実を以て、神の仮面を剥がしに行きましょう」


ライルはわずかに目を細め、黒革の手袋を外してその手を握った。

それは契約ではない。盟約でもない。


ただ、真実を求める者同士の、静かな信頼の始まりだった。

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