13.戦闘訓練
ダンジョン7階層。
2〜4階層が広大な草原地帯であるならば、6〜9階層は完全な密林地帯となっている。特に7階層からは新たなモンスター達が草木に隠れて捕食し合っており、その力量も凶暴性も4階層までとは比べ物にならない。探索の適正レベルは10程度、2人以上のパーティを組む事が推奨されている。加えて密林内での探索方法や敵探知の手段、植物や虫類に関する知識も備えておくことが良しともされている場所だ。
『ガァァアアアア!!!!』
「ぬわぁぁああああ!!?!?!?」
「リゼさ〜ん、パワーベアはワイアームよりも物理攻撃が強いので直撃は避けて下さいね〜」
「マドカ!マドカ!!これ絶対に危険種だろう!?マッチョエレファントと同じ!次階層主と同等のモンスターだろう!?そう言ってくれ!!」
「いえ〜、パワーベアは普通のモンスターですよ〜。リゼさんのSTRなら正面から叩き潰せるかもしれませんね〜」
「無理に決まっているだろうわぁぁああ!!」
そして現在、リゼはそこに出現するパワーベアと呼ばれる大熊と戦闘……というか追いかけっこをしていた。
パワーベアというのはこの密林地帯に生息している一般的なモンスターであり、身体の一部と爪や牙などが金属で構成されている特殊な大熊である。
その体躯も地上の山林に生息している熊の1.5倍はあり、筋力や鉤爪の鋭さは巨大な岩石さえも容易に破壊する、地上でかつて村一つを滅ぼした実績さえもあるほどだ。
「まあ、地上のパワーベアは身体の金属部分が錆びてしまい、身体の動きが遅くなったり短命となったりしてしまうんですけどね」
「へぇ、そうなの。……ああ、このダンジョンのモンスターは錆びる前に死んで再生するから関係ないのね。むしろ錆びてたら相当長い間死んでいない強力な個体という事になるのかしら」
「そういうことになります。……とは言え、この階層には他にもハウンド・ハンター、フォレスト・スライム、マッチ・モスなどの様々なモンスター達が居ますから。そういった事はそうそう無いかと」
「だ、誰か1人くらい私の手伝いをしてくれる人は居ないのかぁぁあ!?」
「大丈夫よ、本当に危なそうなら私かマドカが首を刎ねるから」
「存分に回避のスフィアを練習して下さいね〜♪」
「そんな暇がぬぁぁああ!?!?!?」
『ァァァアアアア!!!!!』
頭の上を通り過ぎていく鋼の剛腕を間一髪で避け、その土手っ腹に大銃を叩き付けるリゼ。そしてマドカの言う通りその一撃でパワーベアは胃液を吐いて腹部を抑えよろめいてしまうのだから、リゼの特化したSTR(筋力)もなかなかに頭がおかしい。
『ガァっ!!』
「うっ、『回避』!!」
「おお、早速使えましたね」
「くぅっ!?『炎打』ぁ!!」
「うわぁ……」
「また強引な……あの子本当にそのうち死ぬんじゃないかしら」
「あはは……」
すれ違い様の顔面への一撃。
爆発と共に頭部の一部が吹き飛び、後方へと倒れるパワーベア。いくら十分な筋肉や脂肪があれど、頭部への直撃は大抵の生物の弱点となる。それは山でモンスターを狩っていたリゼにとっての常套手段であり、人並み外れた動体視力によってそれが容易に可能なリゼにとっての最大の武器でもある。
故に困った時にはその手段に頼り、早期決着を望む癖がリゼにはある。まあ動体視力でリゼに敵う相手が殆ど居ない事を考えると、それもまた彼女の悪癖というよりは十分な武器と言っていいのかもしれないが。
「はぁ、はぁ……まさか5階層を超えただけでここまでモンスターのレベルが上がるとは」
「別に見た目だけよ。実際リゼは傷一つなく、たったの2発で倒したじゃない」
「む、そう言われてみれば確かに……」
「むしろせっかく短剣を持っているのですから、そちらを使ったても良かったかもしれませんね」
「はっ!?また忘れていた!?」
「……私が短剣の扱い方をお教えしましょうか?」
「本当かい!?頼む!私は刃物については全くダメなんだ……!」
「分かりました、お任せ下さい」
そんなこんなで、マドカが森の中で依頼の品を集めている間に、リゼはユイから短剣の使い方を教わる事となった。
勿論相手はパワーベア。
エルザは近くの木に座り込みユイが持ってきた虫除けの薬品を振り掛けているが、彼女はマドカの手伝いもユイの手伝いも特にするつもりは無いようだった。
襲いかかって来る白い大型狼の様なモンスターやパワーベアを片っ端から殲滅しながらドロップ品を集め、時々薬草や木の表皮を採取しているマドカ。なおドロップ品というのは長らく生き延びているモンスターのみが落とす身体の一部であり、浅層ではそうそう簡単に手に入れる事が出来ないという事なので、彼女は結果的にたった一人で9階層まで走っていく事になった。あれならば確かにリゼやエルザが手伝うのはかえって邪魔になっていただろう。
(というか、それよりも……)
「リゼさん、短刀を大振りで使ってはなりません。なるべく最小限の動きで、一撃で決めようとしないで下さい」
「わ、わかった!」
(この人、本当に刃物の使い方が上手いな)
ワイアームとの戦いの時には気付かなかったユイの練度の高さ。マドカはリゼの戦闘技術はエルザやユイに匹敵すると言っていたが、今こうして同じ武器で立ち会っていると、その言葉が嘘だったのでは無いのかと思わず言いたくなってしまう。
普段は2本の短剣を使っているのだろうが、たった1本でさえもパワーベアを完封している。そうでなくとも見のこなしや駆け引きは目に見えてレベルが高い。彼女は言葉通りに最小限の動きでパワーベアの攻撃をいなし、寸分違わず精密な攻撃で標的の関節部を引き裂く。彼女がたった3回攻撃しただけでパワーベアは倒れ、立ち上がれなくなってしまったほどだ。
……ただ、リゼが一つだけ気になる点を挙げるとするならば、それは彼女のそれだけの技能を活かせばワイアームだってもう少し簡単に倒せたのでは無いかと思うところで。
「っ、距離が、近付けない……!」
「リゼさん、相手を熊だと思ってはいけません。短剣を持った大男だと考えて下さい」
「大男?」
「そうです。パワーベアは戦闘中は二足歩行が基本、そして優先して狙うべきは関節部。パワーベアの金属製の表皮は鎧と同じです。曲げる必要性がある以上、関節部に金属が発生する事は滅多にありません」
「そう言う事か……!!」
なるほど、そう言われてしまえばその例えが良く分かる。大熊の形をしていても、その実は鎧を纏った大男と変わらない。しかも武器は短剣と変わらない程度の大きさしかない鉤爪だけ、顎による攻撃は頭部を見て基本的な戦闘を行うリゼには関係がない。
「ふっ!……っ、『回避』!ここで踏み込む!」
『ガァッ!?』
「そうです、その調子です」
それに加えて敵の知性は低い。
短剣程度のリーチしかない攻撃を大振りで繰り出して来る。それは威力は凄まじくとも、リゼの目ならば容易に避ける事が出来る程度の速度でしかない。
そして何より恐ろしかった体躯の大きさによる踏み込みの距離の違いは、それこそこの『回避のスフィア』が埋めてくれた。
一撃目を自力で避け、ニ撃目をスフィアで強引に距離を取り、そうして姿勢を崩した所に確実に短剣を関節部へと突き刺していく。これがきっとユイがリゼに伝えたかった戦法。しかしそれも彼女からしてみれば初歩の初歩でしか無いのだろう、まだまだ利用できる余地は大いにある。
「それでも、この程度の使い熟しでさえパワーベアを倒すだけならば十分という事か……!」
同じ動きを繰り返し、パワーベアの機動力と動きを奪っていく。敵の一撃目でもいけるのならば突き刺し、二撃目でもいけなければ更に距離を取る。ただそれだけの応用しかしていないにも関わらず、敵は大いに混乱している様に見えた。戦闘時間は長くなろうとも、リゼ自体には殆ど傷が無い。ワイアームとの初戦闘時にはあれだけの傷を受けてしまった事を考えると、これは驚くべきことだった。
『ウガァァアアア!!!!』
「錯乱したか!……だが、そうなればもう私の勝ちだ!」
関節部をズタズタにされたパワーベアが、最後の足掻きとばかりに残された力を全て使い、全身を大きく振り回して突進して来る。
普通ならば恐ろしいと感じるだろう、あれだけ乱れに乱れた攻撃を見切る事は難しい。一撃でも当たってしまえばその時点で致命傷の攻撃力を持っているのだから、当然だ。
しかし……リゼの目はそんな滅茶苦茶な乱撃の嵐すらも見切り、道を開いた。その小さな短剣を暴れ狂う獣の喉に向けて突き刺す為の、最短距離の道のりを。
「ふっ!!」
『ァッ……ガ……』
「………すごい」
リゼがあの乱撃をどう捌き、どう反撃するのか、それを見るために静観していたユイが、思わずそう言葉を漏らす。喉に短剣を突き刺され、そのまま強引に地面に向けて頭部を叩き落とされたパワーベア。
それなりに短剣の歴の長いユイであっても、あの乱撃の中に突っ込みトドメを刺すなどと言う思考は生まれなかった。というより、有り得なかった。そんな事は普通の人間には、特に自分たちの様な歴が浅くレベルの低い探索者には決して出来ない芸当だからだ。マドカくらいにSPDの高い探索者であれば成すことは可能かもしれないが、きっとマドカであってもその様な一歩間違えれば大怪我を負いかねない行動をすることは無い。
……しかし、それを彼女は当然の様に行った。まるでそのすれ違い様の攻防に、確実に勝利すると言う確信があり、確実に勝利して来たという自信があったかの様に。
「……ほんと、マドカの拾って来る探索者はハズレ無しね」
「エルザ様……」
「最初の2人も規格外だったけれど、リゼも相当にイカれてるわ。私でも不甲斐なくなりそう」
「……頑張ります、私も」
「そうね、書類仕事ばかりにかまけていられないわ」
エルザの言葉にユイが頷く。
偉大な先輩が居た、優秀な後輩を持った。
一般的なクランの先輩後輩関係では無くとも、そこに思い入れを抱いてしまうのは当然の話。そして自分達が先輩に当たる2人から学び受け取った時と同じように、自分達もまた彼女へと伝えていかなければならない。
「リゼ、休憩にしましょう。マドカもそろそろ帰って来るわ、そうしたら一度6階層に戻って昼食にするの」
「え?あ、ああ、分かった」
エルザに呼ばれ、リゼがパワーベアが落とした魔晶を持って疲れた顔で駆け寄って来る。背が高く、とても同じ世代の女性には見えない彼女であるが、ひょこひょこと付いてくるその可愛らしい様子には彼女のその歳らしさが出ている様にも思えた。
「可愛い後輩で良かったわね、ユイ」
「ええ、私もそう思います」
マドカが帰って来たのはそれから10分くらい後の事だった。彼女はリゼがあれほど苦労して入手したパワーベアの魔晶と全く同じものを何個も何個も箱に入れて持って帰ってきた。……そしてリゼに対してまた、いつもの様にプレゼントを用意して。
マッチョエレファント……4階層に存在する危険種であり、特殊な能力は無いが凄まじい攻撃力を持っている。積極的に攻撃をするタイプではないが、稀に体当たりを仕掛けてくるボアベアを一瞬にして粉々の肉片に変えている姿をよく見られる。初心者探索者にはまず初めに『あれに手を出すな』と教えられるが、言うことを聞かずに突っ込み命を落としてしまう者が定期的に出る。