12.2本の花
ダンジョンに潜る準備をしている中、リゼは目を疑った。
このダンジョン街に来て4日目の朝。
流石に寝坊もする事なくこのルーチンにもなれ始め、探索者に必要な装備というのも分かってきた頃合い。しかしそう、今リゼは少しばかり目を疑っている。
まず、マドカの服装はいつでもどこでも真っ白なコート一択だ。探索中に汚してしまっても、次の日にはすっかり綺麗にしてから着て来る。きっと同じ物が何着かあるのだろう。ダンジョン探索では無防備な気もするが、低階層のモンスターの爪程度ならば通す事なく、魔法に非常に強い繊維で編まれている物だというのだからそれも納得だ。
そして今日、共にダンジョンに潜る事になったメイドのユイ・リゼルタ。……まあ、まだ何となく分かる。メイド服を改造した物なのか、名残は残しつつも確かに動き易い服装になっている。胸当てや小手など、防具だって彼女はしっかりと付けていた。主力の短剣を2本手に持ち、予備の短剣も何本か腰に用意している。
問題は彼女の主人、いや自称従者であるエルザ・ユリシアの方である。彼女は服装こそ動き易いパンツドレスを着用しているとは言え、大した防具もつける事なく、金色の小杖を手に持っているだけ。その姿はとてもこれから戦闘を行う様なものには見えず、むしろこの中でマドカと並ぶくらいには儚げな雰囲気を持つ彼女がマドカ以下の装備しかしていないということに、リゼは強い不安を感じてしまっていた。
「あの……大丈夫なのだろうか、防具も付けていない様に見えるのだが」
「ん?……ああ、別にダンジョン探索を馬鹿にしてる訳じゃないわよ?ただ私は防具が付けれないというだけ」
「ええと、それはそういうスキルか何かの効果の話かい?」
「単純に体力が無いのよ。余計な荷物を持って歩いてたら、帰る頃には立てなくなってるわ」
「え」
「……エルザ様はVIT(耐久力)がG2(最低値G-1)しか無いのです。元々ステータスを付与した状態でも病弱な方でしたので」
「ステータスを付与しても身体が弱いと言う事があるのかい?基本的にG-1(最低値)でも普通の人間よりも優れている筈だろう?」
「ステータスを付与されても病気にはかかりますし、衰弱もします。元々病になりやすい身体、または身体を強化しても良くならない病に罹っていれば、例え表記上はG-1でも、実質的にはそれ以下という事にもなるんです」
「ああ、そういう事か。なるほど、すまなかった。君に危害が及ばないように私も努力しよう」
「そう、助かるわ」
「大丈夫ですよ、万が一の時には私のスキルもありますから。薬も持ち歩いておりますので、必要になれば言ってください」
「それは助かるよ」
よくよく考えればマドカの言う通り、ステータスが付与されたからと言って病気にならない訳ではない。多少は強い身体になるとは言え、無理をすれば普通に風邪も引くし、毒にもかかる。
ステータスの耐久力(VIT)の値が高くなる程にそういった不調とは無縁になっていくという話はあるものの、それでも耐久力(VIT)にどれくらい値が振られるかどうかは当人の運次第。上がれば体力の向上や異常耐性、物理耐性の獲得が見込めるとは言え、やはり不健康そうな人間の耐久力(VIT)が高い場合というのはなかなか無いという。ステータスの傾向は見つかっていないとは言え、それでもやはり大抵の場合はその人物に適した形になっていくのだろう。
そう考えると……
「……ちなみに、マドカは耐久力(VIT)は高い方なのかい?」
「いえ、ステータスの中では一番低いですよ。もしかしたら今のリゼさんよりも低いかもしれません」
「え……いや、まさかそんなことは」
「私の場合は体力の方は問題無いのですが、やはり他の同レベル帯の方々と比べると状態異常の耐性もかなり貧弱ですし、中層辺りの階層主の攻撃が直撃でもすれば1発で致命傷です。なんなら自分の行動でも怪我をしてしまいます。風邪とかも年に1度程の頻度で罹ってしまいますし」
「そ、そうだったのか……」
やはりというか何というか、マドカも高位の探索者の割には相当に身体の弱いタイプらしい。もしかすればエルザがマドカの世話になったのは、彼女がそういった類の探索者の気持ちが分かる人物だったからなのだろうか。基本的にはVITに困ることはなかったこの身、それは実はかなり幸運なことだったのかもしれない。
「さて、今日は集団戦について皆さんにお教えしていこうと思います。特に今回は"主従の花"のお二人とリゼさんで、仲間同士の戦闘スタイルもよく分からない状態での戦闘となります。ダンジョン内では偶然出会った探索者と協力して危機を脱する必要のある時もありますので、そんな時にしっかりと対応出来る様に練習もしていきましょう」
ダンジョン5階層手前。
今も奥から風が吹いてくるこの階層で、マドカからそんな説明があった。
5階層といえばリゼが以前になんとか倒したワイアームが生息している地帯であり、大体Lv.8の探索者が3〜5人居れば倒せるくらいの難易度と言われている。少なくとも"主従の花"の2人とリゼは既にLv.8を超えており、実力的には問題なく倒せる筈だ。
問題はマドカの言う通り互いに互いの戦闘スタイルすら知らず、それを実際に戦闘が始まるまでは教え合ってはならないと、そんな縛りを付けられた事くらい。
彼等の話ではレベルはあっても戦闘技術や知識などではリゼには及ばないという話なので、今回表立って指示を出すのはリゼになるのだろうか。その辺りについても戦闘が始まるまでは決められない。
「私は何かあった時のために後ろに控えていますが、もし少しの助言をするのなら……『まずは偏見で行動すべき』でしょうか」
「偏見で?」
「ええ、そうです。ここに居る御三方は皆さん常識的な思考の持ち主ですので、ある程度偏見で行動して問題ありません。『あの人は如何にも魔法を使いそうだ』なんて感じで」
「けれど、人は見かけで判断は出来ないとも言うだろう?」
「初めて会った相手からそこまで詳細に読み取れるのでしたら、その考えで問題ありませんよ。しかし実際にはそんな余裕も無いと思いますし、なにより私達がより思考を割くべきなのは仲間ではなく敵に対してですから。そこまで頭を働かせられる人は、それこそ集団を率いるべきでしょうね」
「ふむ、それもそうか……」
「もう一つ理由を挙げるとすれば、単純にさっきお話ししていたステータスの事です。如何にも身体が弱そうな人のステータスは、ある程度は相応なものになっている事が多いですから」
「ああ、なるほど、そこに繋がるのか。……分かった、自分の感覚に従うとしよう」
「はい、頑張って下さいね」
先を歩いて行く2人を追う様に、リゼもまた大銃を手に持ち駆け出す。そんな3人を後ろから見守るマドカはまるで母親の様に優しげな笑みを浮かべているが、彼女達は皆ほとんど変わらない年齢である事を忘れてはならない。
「リゼ!ユイに合わせなさい!!手数の多いユイの合間を縫って確実に攻撃を当てるの!」
「わ、分かった!修正する!」
「『回避』……リゼさん、次の攻撃を当てたら全力で横に。エルザ様の魔法援護が来ます」
「了解した……ふっ!!よし、頼んだ!」
「『炎弾』!!」
『キィィイイイイ!!!!!』
初めての集団戦闘というのは、リゼが想像していたよりもずっとやりやすく、そしてずっとずっと精神的に楽なものだった。
戦闘の経験があるからと2人よりも前に立って指示を出さなければならないかと浮き足立っていたのも束の間、そんな自分よりもより的確な指示を後ろから出してくれるエルザ。そしてそのエルザの意図を目線や少しの言葉だけで理解し、更に前衛として得られる情報も含めて助言や援護をくれるユイ。
こうして戦っていれば分かる。
なるほど確かに2人の戦闘経験は一流とは言い難い。しかし信頼関係や相性、そして互いの理解度は超一流だ。
短剣を二本用いて敵の攻撃を引き付けつつも掻い潜るユイ。そして後衛から殆ど動く事は出来なくとも、バリアのスフィアで身を守りつつ、超火力の炎弾を放ち大打撃を与えるエルザ。彼女達は言わば模範的なペアパーティなのだ。そこにもう1人新人を加えたところで、戦線が僅かにもガタつく事はない。マドカとはまた違った2人ならではの強さの姿がそこにあった。
(まあ私自身、まだそこまでマドカの強いところを見ている訳では無いのだが……)
「ぼーっとしない!!」
「はっ!?あっ……ぶない!『炎打』!!」
「!……なるほど」
巨大な身体と突風による速度向上を活かし、凄まじい攻撃範囲と攻撃速度で攻め立ててくるワイアームを相手に、油断など一瞬たりとも出来はしない。
背後からの尾の一振りに気付いていない様に見えたリゼに対し、エルザが即座に何か対応をしようとした瞬間、彼女は目を見開き顔の向きすら変える事なく身体ごと伏せてそれを回避する。直後にそれに追い討ちをかける様に何の無駄な動作や思考の逡巡すらなくスフィアに手を掛け、空振った尾に追撃を掛けるのだから、それを何より近くで見ていたユイは素直に驚き賞賛した。
戦闘の技能はそれなりにあるとは聞いていたが、リゼのそれは最早上級探索者と変わらぬ程の対応速度。一瞬の思考の切り替えの速さはそれすら上回る可能性すらある。それこそが彼女の強みであり、特別であった。
「っ、詰めるわ!!ユイ!リゼ!跳びなさい!『バリア』!」
「分かりました」
「了解した!!」
『炎斬』『炎打』!!
エルザが2人の前に出現させた半透明の四方形のバリアの上に飛び乗り、更に大きく飛び上がる。そうして各々の形で炎属性のスフィアを発動すると、不意をつかれた敵に明確な殺意を向けた。
ワイアームは特定の属性は持たないものの、気穴から確実に一定量の空気を取り込む必要がある事から、炎属性が一番効くという話をリゼは聞いていた。
マドカが最初にリゼに対して『炎打のスフィア』を手渡したのも、そういった理由があったからだ。
そしてリゼは確かにINT(魔力)が育たない傾向のせいで纏う炎の量は少ないが、それでも誰よりも的確に吸引を行なっている気穴を見分け、狙い打ち込む事が出来る目を持っている。
「リゼ!気穴を潰しなさい!ユイ!敵の気を引きなさい!その後は私に任せなさい!」
「「はい!!」」
最初のカウンターで動きの遅くなったワイアームに、リゼが更に小翼ごと気穴の一つに並々と火炎を注ぎながら破壊する。そしてステータス故に驚異的な物理攻撃としても意味を成すその一振りにワイアームが身体をくの字の様に曲げた所に、一拍すら置くことなく今度はユイが攻め込んだ。2本の短剣にその刀身の倍以上まで伸びた火炎を纏わせ、一時的に空気の吸引噴出どちらも停止した気穴に向けて奥深くまで抉り込む。
『ギィィイイイイァァァアァァァア!!!』
「退避!!」
「分かっ……っ!?炎弾というのはそこまでになるのか!?」
そうしてあれほど我が物顔で空に君臨していたワイアームが完全に地上に落下したところで、ユイはリゼに端的に退避を指示した。
追い討ちをかけるのなら今なのであろうが、何の準備もしていない前衛の2人よりも、背後で着実に準備を行なっていた彼女にトドメを譲る方が確実だと。そう思って理解はしていたものの……実際にその準備とやらを目にした時、リゼは大きく目を見開くことになる。
「『炎弾』……射出」
走り逃げるリゼとユイの間を、巨大な火炎の弾丸が高速で放たれ飛んでいく。エルザが持つのは金色の小さな小杖、一般的な魔法使いの持つ大杖とは比べ物にならない程に小さな木の棒に塗装しただけの様にも見えるそれ。しかし彼女はその杖で自身の身体と変わらない程の巨大な炎の弾を創造し、撃ったのだ。
……山を出て、街に着き、ダンジョンに潜って魔法を見た。その時には自身の祖父の作品が何故魔法と比較されて笑われたのかと実際素直に思った事はあった。祖父の作品は魔法にも負けていないと、そうも思った。けれどこの様な弾丸が僅かな準備で放てるのなら、この戦闘中にも何度も飛び交っていたあの炎弾があるのなら、なるほど確かに祖父が山に籠る前に作っていたという簡素な銃など玩具にしかならないだろうと今は思う。
――――――――――――!!!!!
背後で着弾し、凄まじい爆発音と共に火の粉を周囲に撒き散らすエルザの『炎弾』。自身が大銃に纏わせていた炎など本当に微々たるもの、これが本物の魔法使いの扱う魔法の炎。
ワイアームが炎に包まれる身体をなんとかしようと暴れのたうち回るが、気穴から侵入するどころか龍鱗まで溶かし始めるその熱量をどうする事も出来はせず、徐々に動きが弱まって行くのが見て分かる。
「これが、魔法か……」
「はい、これが魔法です。エルザさんは都市内でもかなり極端な魔法特化型ですので、この一撃にはLv.30程度の魔法使いと同等の威力があります」
「マドカ……」
「お疲れ様でした、リゼさん。かっこよかったですよ」
火の中でピクリとも動かなくなり、灰に変わり始めたワイアームを見ながら佇むリゼの元に、マドカがいつもの様に微笑みながら近づいて来る。一方で彼女の後ろではエルザが魔法よりも声を出す事に疲れたのか喉を潤しており、そんな彼女の側でユイも甲斐甲斐しく世話を焼いていた。やはり主従の関係は逆なのではないかと思いつつも、リゼも頭を切り替えてマドカの方へと意識を向ける。
彼女はこの場において教官、今の戦闘についての総評を聞く必要がある。そう考えたのは2人も同じだった様で、3人は静かにマドカからの言葉を待った。
「さて……それでは皆さん、本当にお見事でした。連携も然る事乍ら、個々の技能の高さが随所で光っていましたね。これなら準備さえ万全にすれば10階層のレッドドラゴンも倒せるかもしれません」
「まあ、そうね。思っていたよりもリゼが近接戦闘職として優秀だったもの、連携に慣れれば可能性はあるかもしれないわ」
「はい、素晴らしい動きでした。やはり戦闘経験が違いますね。……マドカさん、私達に何か足りない部分はありましたか?」
「ふふ、そうですね……まずエルザさんは、後衛とは言え少し動きが足りていませんでした。体力が無いにしても、棒立ちは流石に危ないです」
「うっ……次からはサボらない様にするわ」
「次にユイさんは、殆ど文句無しでした。ただ最後に攻撃する場所は気穴ではなく大翼の方が良かったかもしれません。リゼさんの攻撃で気穴は機能の大半を失っていましたので、あの瞬間での最善は翼の破壊でした。勿論、結果としては何も問題ありませんでしたが、敵を引き摺り下ろすにはやはり翼の破壊が確実ですからね。それくらいです」
「なるほど……確かに気穴が無くとも飛ぶ事は可能ですから、そうするべきだったかもしれません。勉強になります」
「それとリゼさんは単純ですね。一瞬気を抜かしてしまったところと、『回避のスフィア』の存在を完全に忘れてしまっていたところです」
「へ?えっ……ああっ!そういえば!?」
「ふふ、とは言えそれは仕方のない話でもあります。『回避のスフィア』については階層主以外のモンスターとの戦闘時に慣らしていきましょう、いきなり使って事故になっても困りますから」
「うぅ、自分の未熟さが恥ずかしい……」
「誰でも最初は同じですよ。そう落ち込まないでください、ね?」
マドカからの指摘に顔を赤くして項垂れたリゼ、そんな彼女の頭をマドカはまた優しく撫でるのだから、それこそ追撃をされた様な気分だ。
しかし確かにいきなり『回避のスフィア』を持ったとしても、それを突然戦闘に組み込む事は難しい。事実リゼにはそれが出来なかったのだから。これはマドカの言う通り慣れるしか無いのだろう。
「逆に良かったところは……エルザさんは、指示が的確で且つハッキリとした口調で行なっていたのが良かったですね。曖昧な指示は味方に余計な思考を割かせてしまいますから、流石です」
「まあ、基本だもの」
「ユイさんは十分にワイアームを抑えながらもよく周囲に目を配る事が出来ていました。初めての集団戦闘でリゼさんが困る事なく動けていたのは、ユイさんの働きが大きかったと思います。上手く情報の中間処理をしていましたね、100点満点でした♪」
「そうでしょうか。それならば良かったです」
「リゼさんは自身の身の振り方が的確でした。エルザさんとユイさんの立ち位置を理解するのが早く、しっかりと2人の間に溶け込む事が出来ましたね。単に流されるのではなく、戦闘指示に関してはエルザさんの方が適役だと直ぐに判断して行動した結果であったのがとても素晴らしいです」
「あ、あはは。まあこれも全部マドカの言っていた通りにしたからだよ。エルザが指示を出す姿が堂に入っていたからね、その感覚を信じてみたんだ。エルザのおかげでもあるのかな」
「あら、褒めても何も出ないわよ?」
「ふふ、それは残念だ」
そうは言いつつも褒められた3人は素直に嬉しそうにしているのだから、やはり同じ師を持つ仲間同士なのだろう。
初めての集団戦闘、初めてのパーティ……大銃以外の何も持つ事なくこの街にやって来た時の事を考えれば、リゼはそれはもう多くの物を手に入れただろう。
しかし何より……同年代の友人というのは今日まで山で育った彼女にとって、もしかすればスフィアや秘石よりも価値のある物なのかもしれない。
VIT(耐久力)の低さ……魔法使いに多い傾向ではあるが、VITの低い探索者というのは非常に注意が必要である。STR(筋力)やSPD(速度)によって身体に大きな負荷をかけた際に、VITの低い探索者は自らの動きで負傷をしてしまうリスクが高くなる




