11.五大クラン
「それじゃあ次は、この街の代表的なクランについて紹介します。しっかりと覚えていってくださいね」
マドカの講義は続く。
黒板に書かれているのは5つの円とその上に書かれた5つのクランの名前。
紅眼の空
風雨の誓い
聖の丘
青葉の集い
龍殺団
そのうちの何個かは、リゼもこの数日間でなんとなく聞いたことのあるクランの名前だ。この街の代表的なクラン、そしてそれはつまり今正に街の外で出現した龍と対峙している探索者達のことを指している。
「これがこの都市における代表的な5つのクランになります。大抵ここを覚えておけば間違いありません」
「なるほど」
「ちなみに全部が探索者が中心になって構成している。商業系のクランについては最近になって商人共との協議と試行錯誤が進んで来た頃合いだからな、もう少し時間がかかる」
「ですので、そこはまだ覚えなくても大丈夫です。もしクランに入りたいと思った時、この5つのクランを最初に考えましょう。ハズレはそんなに無い筈です。探索者として名を上げるのなら、の話ですが」
物語になる様な探索者になりたい、というのがリゼの目的。ならばそれを最短距離で進めていくには、このうちのどれかに所属するのが一番ということだ。とは言え、どれがどんなクランなのかはまだ分からない。
リゼはその説明を待つ様に微笑むマドカに目線を向ける。
「ふふ、ではまずは分かりやすい【聖の丘】から話しましょうか。ここは単純にこの街で最強のクランであり、最大規模のクランでもあります。ギルドと契約をして街の警備や他地域のお手伝い等も行なっている凄い所です。クランとしての最大到達階層は45階層で止まっていますね」
「へぇ、なんだか兵士の様だ」
「確かにこの街の兵士みたいな立場になっているのは間違いないな。だからこそ、【聖の丘】の探索者達は自分に誇りを持ち、街の人間はそんな奴等の事を認めている」
「ただ、ダンジョン探索だけに集中したいのでしたらお勧めは出来ないかもしれません。それにある程度の熱意か実力が無ければ、きっと彼等には着いて行けないでしょう」
最古で、最大で、最強のクラン。
しかも街の警備も行なっている。
惹かれる所はあるが、ダンジョン探索だけに集中出来ないのならばリゼにとって優先度は低い。警備を軽んじている訳では無いが、やりたい事ではないからだ。
「次は【風雨の誓い】です。ここはガチガチの探索系クランでして、月に1度の試験で順位決めを行なっています。1軍、2軍と、軍順によって使用出来るスフィアが変わったり、月の報酬まで変動してしまうんです。ちなみに最大到達階層は40階層です」
「ええと、つまり給料制という事になるのかな……?」
「そうだ、しかも完全実力主義のな。団員全員にノルマが課され、ダンジョン内で得たスフィアや金銭は全て一度クランに集められる事になっている。色々と揉め事は多いが、まあそれに応じた実力は間違いなくある連中だ」
「この街の中でもかなり厳しいクランですね。ダンジョンの探索を進めたいのならば間違いなくここでしょうけど、空気感が少しばかりピリピリとしているので、初心者さんにはあまりお勧め出来ないかもしれません」
「そ、それはなかなか……」
今度はまた極端なクランが出てきた。
確かにダンジョン探索に力は入れたいが、そこまで精神を削りながら探索を行うというのは少々辛いものがある。出来ればもう少し雰囲気の柔らかい所を選びたいというのがリゼの本音。
……とはいえ、話を聞いただけではそう思ってしまうのも仕方のない程にルールを徹底しているクランがこの【風雨の誓い】であった。
そしてまさかそんな組織のトップが2人の若い女性などとは、リゼは夢にも思うまい。しかも両人とも目が眩む様な美人であるなどと。
「そして次が個人的にお勧めしたい【青葉の集い】です。ここは新人さんと引退間近の老年の探索者さん達が多く、スフィア等も個人所有の形を取っています。若い方が同い年の友人を見つけられ、老年の探索者さん達も安心して楽しく過ごせる。ここはそんな優しいクランです。最大到達階層は35」
「おお、それはなんだか良さそうだ……!」
「クランに初めて入る様な初心者なら、まずここを選んで間違いないだろうな。最初の面談でジジババに気に入られれば、強くなれるのは間違いない。……まあ、一日中そのジジババの相手をしなくちゃならんのは辛い所だが」
「ああ、そういう……」
「とは言え、リゼさんなら間違いなく気に入ってもらえると思いますよ。筋もいいですし」
「そ、そうだろうか。それならば嬉しいのだが」
聞いているだけではとても良さそうに思える。
ただ、なんとなくリゼの中で気になっているのは老人の相手をしなければならないという所だ。リゼは自分の祖父にそれはもう大いに振り回された。拾って育ててくれたとは言え、何度もため息を吐きたくなる様な人であった事は間違いない。それを思い出すとなんとなく忌避感の様なものが生まれてしまうのは、偏見であると理解してはいても心が拒む。
「残りの2つのクランは……えと、あまり入るという事は考えなくてもいいかもしれませんね。単純にそういう所もあるという事を理解してくれれば、それで十分です」
「そう……なのかい?」
「ええ、どちらも実力と条件が無ければ入る事は出来ない様な所ですから。少人数の精鋭クランとでも言えるでしょうか」
「まあ、【龍殺団】に入る様な人間にはなって欲しくないってのがアタシ等の本音だな。マドカだって直接は言わないがそう言いたいだろうよ」
「あ、あはは……」
「!」
あのマドカがその言葉を否定しない。
その事実にリゼは驚く。
そんなにやばい所なのか、もしかしたら悪い事をしている人達なのか。そう思いエリーナの方を見るも、どうやらその顔を見るにそんな事が理由ではないらしい。
「マドカの口からは言い難いだろうし、言葉がかなり優しくなりそうだからアタシが言うが……龍殺団はな、異常者の集まりだ」
「え、異常者の集まり……?」
「ああ、そうだ。【龍殺団】ってのはアルカ・マーフィンっていうまだ15の狂った女が作った狂人の集まりだ。変態の集まりと言い換えてもいい」
「わ、私もそれについては流石に否定が出来ませんね……」
この都市の代表的なクランについて学んでいる最中に、突然出てきたそんな会話。
異常者の集まり。
変態の集まり。
全く毛色の違う性質のクラン。
マドカがカバー出来ないという程のそれに、リゼの頭の中はクエスチョンマークで一杯になる。しかも自分より2つ年下の少女が立ち上げたクランが、この街の最大手のクランの1つだというのだから、最早何の冗談なのかと言いたいくらいで。
「【龍殺団】なんてクソだっせぇ名前も15のガキが付けたからだが。その目的は名前の通り、ただ龍を殺す事だ。その為なら奴等は金に一切の糸目を付けず、年がら年中階層更新を進めている。つってもまだ40階層止まりだが」
「クランへの入隊条件は龍を倒す事への熱意と、Lv.30以上の実力。この街の探索者の平均がLv.23程度だとすると、これはかなりの難度です」
「あ〜、ええと、ちなみにどんな理由で龍を倒す様な人達なのかな……?」
「……龍の血を傷口から直接飲みたいとか」
「えっ」
「龍に親友を殺されたからとか」
「えっ」
「自分のゴーレムの方が強いと証明したいと言う方も……」
「えっ」
「ドラゴンの攻撃が一番気持ちが良いって奴も確か居たな、あれだけ動機がまた違うが」
「ええ……」
あのマドカが困っている、これは珍しい光景だ。そんな彼女も可愛らしいと現実逃避をしながらも、逃げずにもう一度だけ頭を回してみる。
だがなるほど、確かにこれは知り合いに入らせたくないし、そんな所に入る様な人になって欲しくないという理由もよく分かるというものだ。
レベルが30以上になると言うのも、まあそんな狂人達ならば自然となってしまっているのだろう。それを悲しい事と取るかどうかは人によるのかもしれないが。
「い、一応は常識的な方も1人だけ居るんですよ?私も良く一緒にお茶をしたりしていますし……!」
「そろそろ過労で死ぬだろ、あのエルフ」
「エリーナさん!」
なんとなくだが、そのクランのことはこの街でもタブー染みたものがあるのだろう。決して他の人間に危害を加える訳ではないが、龍を殺す事に熱心になり過ぎていて周囲の都合に見向きもしない。そんな雰囲気を感じる。
そしてそんな場所に一人だけ常識人が居るという話も、なんだか不憫だった。
「え、えっと、そっちはよく分かったよ。それなら次の【紅眼の空】……だったかな、そっちはどうなんだい?」
「え?ああ、そちらは単純に友人同士のクランだからというだけのお話です。そもそも知り合い以外を入れる気はありませんので、入る入らないの問題では無いんですよ。それでも39階層まで到達しているので有名な訳ですが」
「へぇ、それは凄い……」
「ちなみに【紅眼の誓い】はマドカの母親が所属しているクランでもあるぞ」
「え、そうなのか!?」
「ええ、実はそうなんです。私の母とその弟さん、そして共通の友人であるもう1人の方の3人で活動しているんです。クランの人数も最初から変わらず3人のままだという話でして」
マドカの母親。
あまり良い噂は聞かないが、しかし探索者としてはかなり優秀だという女性。しかしまさかたった3人のクランでバリバリの探索系の"風雨の誓い"とほぼ同じ到達階層に達しているというのであれば、それはきっとリゼが思っている以上にすごい事なのだろう。
前にマドカの二つ名も、その母親のものを参考にしていると聞いた。それくらいに母親の名前も有名だということは間違いない。
「さて、これでクランについてのお話は大体おしまいです。他の中小クランについても、違うのは拠点の有無や活動の大きさくらいですからね。友人同士の集まりの様なクランもありますし、これはまた今度という事で。……あ、何か質問とかありますか?」
「む?そうだね……ああ、今この街ではどれくらいの数のクランが存在するんだい?」
「ええと、大体30くらいだったと思います」
「正確には34だな。だがまあ、クランの数なんて分裂や合併を繰り返して頻繁に変わっているからな、そこまで気にすることでも無い」
「どうすれば個人でクランを作る事が出来る?」
「まず前提として、クランの作成には2人以上の人数が必要です。また、ギルド長との面談や、いくつもの書類を作成して申請を行う必要があります。税金や契約、法律に関する専門的な知識を持つ方を一時的に雇いながら申請を進めていくのが一般的で、探索者個人でクランの新規作成まで持っていくのは非常に困難です」
「クラン作成はギルドにおいてもトップクラスの難度を誇る申請だ。他所のギルドや連邦中枢部にまで影響が及ぶ重要な決定だからな。ギルド内でも専門の職員がおり、街にもクラン作成の為の知識を持った者達が営む営業事務所があるくらいだ」
「……それを個人で片手間で行っていたという"主従の花"の2人は本当に凄いんだね」
「だからこそ、エリーナさんが目を付けた訳ですよ。私との鍛錬の隙間時間に申請を行い、しかも1発ですんなりと通ったんですから。当時は私もびっくりしました」
「まあ、あれはああいった書類の作成にエルザが手慣れていたというのもあるだろう。連邦中枢に上げても何の問題もない、どころか上の連中が好みそうな資料の作り方をしていた。間違いなく彼女にはそういった経験があるな、それも私よりも遥かに豊富な」
「マドカ、もしかして君の弟子は皆そういった特徴的な人ばかりだったりするのかな?」
「ん〜、そうですねぇ。結構特徴的な人が多いかもしれません。最近出来た生徒さんも、巨大な銃を持ってダンジョン探索をしようとする、と〜っても特徴的な人なので♪」
「ふふ、それは一体何処のもの好きな人間なんだろう。私には見当もつかないかな」
まあ実際には、そういった何かしらの問題を抱えている相手だからこそマドカが面倒を見ているというのもあるのかもしれない。
探索者の居ない時期に身分証明出来る物を何一つ持たず、今すぐダンジョンに潜らせてもらえなければ餓死してしまう……などという新人探索者も今思えば確かに相当な問題児だ。
そんな自分をこうして救ってくれただけではなく、見放さずに面倒を見てくれている彼女は、やっぱりリゼにとって救いの天使であったのかもしれない。
「……あ、そういえば明日はその"主従の花"のお二人と一緒にダンジョンに潜る事になったので、よろしくお願いしますね」
「え、あ、話が早いな!?いや助かるが!」
クランについて……現在のクラン数は40年前と比較しても少ない方ではあるが、代わりに各クランの規模がかなり大きな物になっている。クランそのものの活動は少なく、取り敢えず所属しているというだけの探索者も多く、それを良しとしてしまっているクランもある。しかしそんな彼等の目標は更に上位のクランでもあるため、そういったクランは単なる踏台という役割をこなしていると言えないこともない