島協立病院
アークソサエティとの戦いから十日が経とうとしている。悠輝は帰りの新幹線の中で発熱し大変だった。
無理もない、あれだけ験力を使い、何の対策も取らぬまま超空間移動をし、雨でずぶ濡れになったのだ。何も無い方がどうかしている。だが、やるべき事があった。その状態で悠輝は警察に出頭した。
幸運にも異例の速さで解放されたが、法眼が脱法的な手段を用いたのは間違いない。今回に限って悠輝は文句を言わなかった。自分のためと言うよりも、姪や従弟のためだ。
夏休みが終わり、学校が始まっている。いつまでも騒がれていたら、彼女たちが二次被害に遭うかも知れない。それを防ぐには、一日も早く沈静化させるのが一番だ。この際、手段を選んではいられない。
鬼多見法眼の力は絶大で、順調に沈静化は進んだ。他にも天城や智里の協力も大きかった。唯一順調でなかったのは悠輝の体調だ。流石に取り調べの後、一週間ほど寝込んだ。熱が下がらず、朱理が献身的に看病してくれた。
牧田医師にも世話になった。診療所には早美の姿があり、野田建司とは離婚するらしい。悠輝の脅しが功を奏した。
まだ落ち着いたとは言えないが、熱も下がったので今日は姉が入院している島協立病院へ見舞いに来た。遙香はあの後、予告通り意識を失い、この島協立病院へと運ばれた。
アークソサエティから身を隠す必要が無くなったのと、残党の襲撃にも法眼が備えているため、牧田診療所ではなく今回はちゃんと病院に入院した。
悠輝は新しいMTB、ジャイアントATXを駐輪場に止めた。本来ならアークの慰謝料で高級MTBを買うつもりだったが、カトーサイクルの主人がお見舞いにと悠輝にプレゼントしてくれた。白いフレームに紅いラインと黒のロゴが映える。今回は多くの人達に助けられた。
悠輝は姉の病室に入る。
「おはよ、具合は?」
「ボチボチね」
「じゃ、民間療法をするよ」
悠輝は薬師如来真言を唱えた。これで治癒力が高まるはずだ。
「週末、義兄さんが来るって」
「そう」
姉の顔がほころぶ。
「子供たちは?」
「二人とも元気に学校に通っているよ、イジメられたりはしていない」
そんな気配があれば、悠輝か法眼が対処する。
「よかった」
遙香はホッと胸をなで下ろす。
「何か必要な物はない?」
「特にないわね」
「じゃあ、おれはそろそろ……」
「聞きたい事があるんでしょ?」
悠輝が立ち上がろうとすると、遙香が言った。
「別にないよ」
「本当?」
悠輝は頷いた。マインドプロテクトは破られていない、遙香に頭の中を覗かれてはいないはずだ。
「あんた、ウソが下手よね」
「な……ッ」
「何年、あんたの姉をやってると思ってんの?」
「だから……」
「お母さんのこと、思い出したんでしょ?」
悠輝は眼を瞠った。
「気付いてたのか?」
「どことなく余所よそしかったから。
恨んで、いいよ……あたしを……
あんたのお母さんを殺したんだから……」
震える声で言いながら、顔を背ける。悠輝はこれ見よがしに溜息を吐いた。
「まったく、そんなにおれに恨んで欲しいのか?」
「え?」
遙香が改めて顔を向ける。
「験力が暴走したんだろ? じゃあ、おれが恨むべきは姉貴じゃなくて験力だ」
「それは……」
「おれは昔から験力を嫌っている。捨てはしないが、疎む気持ちに変わりはない」
「悠輝……」
「おれがやるべきなのは、姉貴を恨む事じゃない。
朱理と紫織の、特に紫織の験力の暴走に備える事だ」
遙香はジッと悠輝の顔を見つめた。
「何だよ?」
「あんたは強いわ」
「本当に何だよ、さっきから爺さんと同じ事を言ってるぞ」
遙香は微笑んだ。
「爺ちゃんと一緒なのは心外だけど、それが事実だから仕方ないわ」
だったら、いいんだが……
悠輝はそう思わずにはいられなかった。アークソサエティの脅威は取りあえず無くなったが、問題は山積みなのだ。
窓を見ると、空が少し高くなったように感じた。
─了─




