牧田診療所 壱
午前一時過ぎ、黒いシエンタが静かに牧田診療所の前に止まった。
ライトも点けていないこのクルマから、目指し帽を被りタイトな黒い服を身に着けた六人の男女が素早く降りた。彼らは玄関に回り、一人が鍵穴に手をかざすとガチャリと音がした。
ドアを開けると、ピーッ、ピーッとセキュリティが鳴り始める。全員が素早く中に入り、ドアを閉める。鍵を開けた男が、手にしていたカードをセキュリティ装置に押し当てると、音は数秒後に止まり辺りは静寂に包まれた。
黒装束たちは、各々身に着けていたサイレンサー付きの銃やナイフを取り出す。
「最近じゃ、日本のドロボウはテロリストみたいだな」
廊下の奥の闇から声がした。
「それともテロリストがドロボウの真似か?」
闇から白い影が歩み出てきた。
「鬼多見悠輝……?」
侵入者が一斉に銃口を向ける。
「ギャッ」
「うわ!」
「イダッ」
指を捻り上げるようにして、銃が独りでに向きを変え宙に浮く。
「さすがですね、鬼多見悠輝。でも、これまでです。
大天使ミカエルよ、我が敵は汝の敵、神の御名において敵を打ち破らん!」
くぐもった声で一人の男が言うと、空中に浮いていた銃が一斉に床に落ち、大きな音を立てる。
「おいッ、床に傷が付くだろ! 先生にこれ以上迷惑をかけるならタダじゃおかねぇッ」
「愚かですね、貴方は。床や他人の心配をしている場合ですか?」
相変わらずくぐもった声で話す男の言葉を、悠輝は鼻で嗤った。
「他に心配する事があるのか?」
落ちた銃を黒装束たちが拾い、再び構える。
「フッ、はったりですか? 大人しく降伏するなら命までは……アチッ!」
喋っていた男の胸元から煙が上がり、焦げ臭さが漂う。他の黒装束が首を押さえて藻掻きだし、折り重なるように倒れて動かなくなった。
「寝言は寝てから言え、そんなオモチャでおれの験力を封じられると本気で信じてたのか? 格が違うんだよ、他人の褌で相撲を取ってるお前らとは」
男はくぐもった声で怒鳴りながら殴りかかったが、悠輝は簡単に避けてその腕を取り、捻り上げる。
「お前が世羽だな?」
言いながら空いた手で目指し帽を剥ぎ取る。暗闇で、しかも背後からでよく判らないが、男は鼻の骨を折っているようだ。
「フン、よくご存知ですね?」
「ああ、朱理に膝蹴りを教えた甲斐があった」
「クッ……」
悔しげに唸る。
「でも、それだけじゃおれの気が済まない。生皮はいで八つ裂きにしてやりたいが、残念ながら余裕がないんだ。おまえには情報を提供してもらう」
「フフフ……私は何も話しませんよ、どんな拷問にかけられても」
世羽はせせら笑った。
「答えなくていい」
悠輝は目指し帽を放すと、その手を世羽の頭に乗せた。
「何を……?」
素っ気ない悠輝の反応が逆に不安にさせたのだろう、声が上ずっている。
「直接脳から情報を引き出す。それと、おれは精神系の呪法が苦手だから、細かい調整ができない。お前の精神は確実に壊れる」
「脅しなど……」
世羽の言葉を無視して、悠輝は真言を唱え始めた。そもそも脅してなどいない、単に世羽の未来を教えてやったまでだ。
「オン テイジュ ジンバラ サラバラダ サダ シッジャ シッジャ マニ アラタンノウ ウン」
掌を通じて自分の意識が伸び、世羽の頭に侵入する様をイメージする。悠輝の中に世羽の記憶が流れ込んできた。 その量は次第に増え、膨大な量に膨らんでいく。
「や、やめなさい……」
大量に存在する情報の中から必要な物を探し出す。先ずは紫織だ。まだ勢至堂渓谷にいるのか、どんな状態で捕らわれているのか、何をされているのか。
「やめろ……」
アークソサエティの目的は何か、紫織をさらって何をするつもりなのか、悠輝が大槻聖堂を壊滅させた復讐か、それとも他の理由があるのか。
「やめて……」
氷室達也、御子神と呼ばれるあの少年は何者なのか、あの強大な異能力をどうやって身に着けたのか。
「やぁめぇれぇ……」
世羽や玲菜たちの異能はどうやって付与されているのか。
「やぁらぁ~……」
情報にノイズが入る。悠輝は更に意識を集中し、必要な情報を引き出そうと世羽の精神に圧力を加えたが、出てくるのは全く関係ない記憶ばかりだ。彼は結婚詐欺を働いており、より大きな儲け話を探していた時期に未麓と出会い、広報担当としてスカウトされた。
そこで実績を上げ、アークの幹部となったが、その間に信者の女性を散々食い物にしている。特に最近の記憶には麻利亜という信者が出てくる。だが、そこから伝わる世羽の感情に、愛情や慈しみ、思い遣りは微塵もない。あるのは支配欲と、自分を慕う物に対する優越感だけだ。
悠輝は吐き気がしてきた。もう、こんな物を視たくはない、他に有益な情報は無いのだろうか。
「やぁ~、やぁ~……」
悠輝は異臭に我に返った。世羽が泡を吹き、涙と鼻水を垂れ流し、失禁、そしてこの臭いから察するに脱糞している。
「チッ」
思わず舌打ちをした。朱理に精神を操る呪法は危険だと注意したが、それは悠輝自身にも当てはまる。彼は玄関に降り、ドアを開けて顔を出す。
「ハッ、ハッ、ハッ……」
すると、梵天丸と政宗が眼の前の通りから駆け寄って来たので、思わず顔がほころんだ。近くで見ると梵天丸の口の周りが何かで汚れている。
「ユウ兄ちゃん、上手くいった?」
少し遅れて明人が姿を現した。
「あ、いや、それが……お前の方はどうだ?」
「どうもこうも無いよ、ぼくは小芝居をしただけだ」
「拘束したか?」
「うん」
悠輝は顔の前で両手を合わせた。
「悪いッ、そいつを連れて来てくれ」
「いいけど……」
明人は不安げな顔をしたが、直ぐに通りに戻り、黒装束の男を連れてきた。
男は右脚を引きずっている。




