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鬼多見奇譚 参 戦慄の人造神  作者: 大河原洋
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牧田診療所

 遙香を抱きかかえた悠輝が勝手口に立つと、直ぐに扉が開いて白髪の品の良い女性が中に招き入れてくれた。


 ここは牧田診療所まきたしんりようじよの裏口、前もって連絡を入れておいたので待っていてくれたのだ。


「御迷惑をおかけします」


 姉を抱いたまま、悠輝は頭を下げた。遙香もわずかに頭を下げる。


「先代からお世話になってますから、お気になさらずに。さあ、こちらへ」


 彼女は牧田千代子まきた ちよこ、この診療所の医師である牧田哲夫まきた てつおの妻だ。牧田家は古くから戌亥寺の檀家で、この診療所には悠輝も世話になっていた。とは言え、状況が状況だ、巻き込むのは気が引けたが、助けを乞うと快く受け入れてくれた。


「先に処置室に」


 千代子の後に続き処置室に入ると、哲夫が既に準備を終えて待っていた。遙香を診察台に横たえたところで、朱理が血相を変えて駆け込んで来た。ここで落ち合おうと連絡したのだ。


「お母さん!」


「朱理……」


 力なく遙香が娘の名を呼ぶ。


「大丈夫、左肩を撃たれたけど、急所は外れている。後は先生たちに任せよう」


 牧田医師に顔を向け、深々と頭を下げる。


「おじさん……」


 悠輝は朱理を促し、診察室を出ようとした。


「待って……」


 遙香が呼び止めた。


「紫織を……」


「わかってる、絶対に助け出す。だから、大人しく寝ていろ」


「とう……」


 言いかけたが、遙香は口を閉じた。


「親父の助けはいらない、おれ一人で充分だ」


 遙香は頷いた。


「怪我してないか?」


 診察室を出ると朱理に尋ねた。


「わたしは平気、殴られてちょっと鼻血がでただけ」


「殴られたッ?」


 思わず大きな声が出る。


「だいじょうぶ、だいじょうぶだから、もう血も止まっているし」


「そういう問題じゃない! お前の顔を殴るなんてッ。そいつ、まだ生きているのかッ?」


「こ、殺すわけないでしょ」


「よかった、この手で生皮剥いで八つ裂きにしてやる!」


「わ、わたしより、明人さんたちが……」


 朱理は言いながらリビングの引き戸を開けた。


 そこには絆創膏ばんそうこうと包帯だらけの明人と、手当はされているがグッタリとした梵天丸と政宗の姿がある。悠輝は絶句した、朱理以外は無事ではない。これの意味する事を考えると背筋が凍る。


「明人……済まない。また、おれのせいで……」


「違う!」


 珍しく強い口調だ。


「ユウ兄ちゃんの悪いクセだ、何でも自分のせいにする。自分が世界の中心だとでも思っているのかッ?」


「そんな訳ないだろ! いつだっておれは……」


「じゃあ自分をめるのは止めろよ。ぼくも、朱理ちゃんも、犬たちだって大丈夫だから」


「おじさん……」


 朱理が心配そうに見上げている。


 悠輝は大きく息を吐いた。


「そうだ……よな、お前の言う通りだ」


 悠輝は犬たちのそばに行き、そっと身体をでた。


「朱理と明人を守ってくれたんだな、ありがとう」


 クゥン……と犬たちが嬉しそうに声を上げる。


「お母さんはどうなるの?」


「決着が付くまで牧田先生に預かってもらう、どこにアーク信者がいるか判らないからな」


 撃たれたとなれば警察が介入する。そして、警察にも彼らは潜り込んでいる。


 その時、悠輝のスマートフォンの着信が鳴った。見ると御堂刹那からメールが届いている。


  こんな時に……


 緊急を要する厄介事の場合があるので、念のため眼を通す。彼女は郡山に来てから、得体の知れない幽霊にまとわれているらしい。


 悠輝の中で何かが引っ掛かった、それと同時にある考えが浮かんだ。返信を打っていると、別のスマホが鳴った。


「はい、今行きます」


 明人がスマホで話しながらリビングから出ていき、天城翔を連れて戻ってきた。


「みんなボロボロじゃないかッ。話は聞いている、またアークがらみなんだって?」


「悪いな、急に呼び出して。三瓶……」


「チッチッチッ、ボクの名前は天城翔だ」


 おどけているが、瞳に異様な輝きがあった。彼女もアークソサエティとは因縁があるのだ。


「相変わらず面倒くさいな」


「どこがだッ、たかが名前の呼び方だけじゃないかッ?」


「たかが名前なら、三瓶茂子でいいだろ?」


「よくないッ、ボクに相応しい洗練された名前じゃない!」


「わかった。とにかく呼んだのは他でもない、明人と犬たちを預かってほしい」


「朱理ちゃんは?」


「父親の所に返すつもりだったけど、クライアントに預ける事にした」


 朱理が聞いていないと言う顔をする。


「たしかに、父親にはアークが手を回すだろうな。でも、キミのクライアントは信用できるのかい? ボクに任せた方がいいんじゃないか」


「いや、おまえたちとは別な方がいい、アークが手に入れたいのは朱理だ。それに、おれのクライアントまで奴らも把握できてないだろうし、人目に付きやすい状況のはずだから、万が一信者に見つかっても簡単には手出しできない」


「守秘義務があるだろうけど、念のためクライアントが誰か教えてくれ」


 悠輝は少し迷ったが、天城に教えても問題ないと判断した。


「御堂刹那っていう、売れないアイドルだ」


「そうか、『鬼霊戦記』のツアーイベントで来ている声優か。ふ~ん……」


 と言って右手で前髪を弄び始めた、考え込むときの癖だ。


「ツアーに参加している監督と声優たちの中にアーク信者はいない。でも、関係者までは判らないな」


「お前、信者を全員把握しているのか?」


 呆れたように悠輝は言った。天城はこれでも、東京大学法学部出身なのだ。因みに、弁護士志望で司法試験も受かっていたが、彼女は探偵になることを選んだ。


「さすがに、そこまではしてないよ。でも、有名人や芸能人は把握している。もちろん、アニメ関係者もだ。彼らは広告塔になるからな、幅広いジャンルから著名人を積極的に勧誘している」


 それは知らなかった。思ったほど、御堂の所も安全ではないのかも知れない。


「でも、キミにしてはなかなか良いアイディアだと思うよ。例えアーク信者がいたとしても、全員が朱理ちゃんの事を知っているはずがない。

 仮に知っていたとしても、朱理ちゃんが常に出演者と離れないようにしていれば手を出しにくいし、そばにいられないイベント開催中はステージに逃げて大騒ぎにすればいい。そうすればニュースにも取り上げられて、アークソサエティにダメージを与えられる。

 で、キミはどうする?」


「取りあえず、おれは戌亥寺に戻ってMTBを取ってくる。

 朱理はここで待っていてくれ。

 そして、明人は梵天丸と政宗を連れて、三瓶と身を隠してくれ」


「お師匠はッ? 連絡がつかないんだよ」


 明人の言葉に悠輝は片方の眉を上げた。


「連絡が取れないんじゃ仕方ない」


「何かあったのかもしれない」


「殺して死ぬくらいなら苦労はない」


「冗談言っている場合じゃないッ!」


 明人は本気で心配している、悠輝は溜息を吐いた。


「恐らくおまえの心配通りだ、アークが高野山にも手を回したんだろう」


「お坊さんの中に、裏切り者がいるの?」


 朱理が驚いたように言う。れつきとした僧なら、いかがわしい新興宗教に協力しないと思っていたのだろう。


「昔から言うだろ? 生臭坊主って。まぁ、僧侶に限らず、神主、牧師や神父だって人間だ。間違いだって犯すし、欲望だって必要以上にある。

 そして、アークはそこにつけ込むのが上手い」


「そこまで判っているなら、どうしてお師匠を放っておくんだ?」


 明人が焦れたように言った。


「おれたちの力で助けられるなら、お前の師匠は自力でどうにでもするさ。逆を言えば、爺さんの力でどうにもならないようなら、おれたちが何をしようと二次被害を生むだけだ。

 まぁ、アークにそんな力があれば、おれはこうして生きちゃいないけどな」


 悠輝は法眼を毛嫌いしているが、その反面父の能力を正しく評価もしている。明人はそれを理解したのだろう、それ以上反論しなかった。


「それより、早く紫織を取り戻さないと、今とは比較にならないくらいヤバイことになる」


「どうなるの?」


 朱理が不安そうに尋ねた。


「今、麻酔を使っているし、しばらくお母さんは何も出来ない。でも、どんなに遅くても明後日になれば、何とか動けるようになる」


「それが?」


 全く理解できないのだろう、朱理は戸惑った顔をした。


「撃たれたんだぞ、いくらお母さんでも、そんなに早くは完治しない。それでも、紫織が戻ってなければ、自分の手で取り戻そうとする」


「そうかッ、怪我が悪化する」


 悠輝は違うと言いたげに首を振った。


「それだけじゃ済まない。言わばお母さんは手負いの獣だ、紫織を取り戻すために何をするか判らない」


「獣って……」


「我が子のためなら母親は、獣にだって鬼にだってなるさ。どれだけ周りに被害が及ぶか想像もつかない。そうなる前に、紫織を取り戻さないとな。

 それじゃ、おれはMTBを取ってくる」


「待ってッ、わたしも紫織を助けに行く!」


「ダメだ、朱理だって狙われているんだぞ。特に今回は多勢に無勢だ、おまえを守りながら戦えない」


「自分の身ぐらい自分で守れる、足手まといにはならないから!」


 悠輝は優しく微笑んだ。


「朱理、お前は強くなった、本当に。

 おれが何年もかかって習得したことを、わずか一年足らずで身に着けた。それも才能まかせじゃなく、地道な努力によってだ。この事は誇っていいよ。

 でも、それとこれとは別問題だ、相手はあからさまな殺意を向けてくる。お母さんの姿を見たろ?」


「でも……」


 悠輝は顔を明人に向けた。


「おまえは解るよな?」


 明人は厳しい表情で首を縦に振った。詳細は聞いてはいないが、彼がかなり危険な戦いをしたのは知っている。


「アークは、手に入れたい朱理を簡単に殺そうとはしない。だけど、おまえが思い通りにならないと判断したら、迷わず排除しようとする」


「おじさんは尚更なおさらでしょッ?」


「そうだ。でも、叔父ちゃんは、今まで魔物や思念体に何度も何度も殺意を向けられてきた。それでも、戦って、相手を斃して、生き残った。朱理には、まだその経験が無いし、相手は狂信者とは言え人間だ。

 そもそも、子供をそんな危険な目に遭わせられない」


「子供じゃないッ」


 悠輝は苦笑した。


「ごめん、未成年のおまえたちを危険な目に遭わせられない」


 今度は明人にも視線を向けて言い直した。明人は朱理に顔を向けて、納得させるように頷いた。


「そうかも知れないけど……」


 天城が励ますように朱理の肩に手を添える。


「明人くんたちをかくまったら、ボクはどうすればいい?」


「当然、三人と一緒に安全な場所にいてくれ」


 彼女の表情が険しくなる。


「知ってるよな? ボクが探偵になった理由」


「おまえも、おれの考えを察してるんだろ?」


「ふざけるなッ、ヤツらはボクの獲物だ!」


「違う、おれの獲物だ。それに約束したよな、つぐないはするって。忘れたなんて言わせない」


「それは……オマエ、ハメたな」


「おれの事をバカにしているから、足許をすくわれるんだ」


「ダメだッ、これだけは譲れない! 他の事にしてくれ」


「そんな都合のいい事を、おれが認めると思うか?」


「鬼多見ッ、自分で言っただろ、多勢に無勢だ、いくら超能力があるからって……」


「心配するな、もう、奴らに手加減する理由はない」


 この言葉に天城はハッとした。


「表に出ろ」


 悠輝は腕を引っ張られて、診療所の外に連れ出された。天城は人通りが無いのを確認した上に、声を落として訊いた。


「信者をったのか?」


「それがどうした?」


 天城はフンと鼻を鳴らした。


「手を汚すのは自分だけでいいってか? カッコをつけるなッ!」


「姪が拉致られて、姉貴が撃たれた。そして、もう一人の姪と従弟、毎日一緒に寝てる犬たちまで傷つけられたんだぞ、格好ぐらいつけさせろ」


「ボクは親父をアイツらに殺された!」


「だったら、なおさら手を汚せないだろ、親父さんを悲しませたいのか?」


「キミはいいのかッ?」


「もう汚れている」


「正当防衛だろッ?」


「そういう問題じゃない。どちらにしろ、おれは法の外にいる」


 刑法は超能力犯罪を認めていない。つまり、験力で殺人を犯しても悠輝の犯罪を立証できないのだ。


「状況証拠で裁かれる可能性だってある」


「その時は、いい弁護士を紹介してくれ。探偵は弁護士と親しいんだろ?」


「それよりも、おまえの親父さんに頼んで、記憶を操作してもらえばいいだろ?」


 一番嫌な皮肉を言われたが無視した、今はそれどころではない。


「それじゃ、頼んだ」


 悠輝は話しを打ち切った。


「まて、スマホを出せ、GPSで追跡されるぞ。それに、通話記録から居場所の特定されたり、知り合いを人質に取られるかもしれない」


 うっかりしていた、そんな事にも気付かないとは。悠輝はスマホを取り出した。天城はそれを取り上げると、乱暴に地面に叩きつけて、踏みつけた。画面が完全に割れる。


「何するんだッ?」


 ニヤっと彼女は笑みを浮かべた、仕返しのつもりだ。


「探知されないためだ、我慢しろ。通信用にプリペイド式のスマホを貸してやる。朱理ちゃんにも渡すし、ボクの番号とアドレスも入っている」


「協力に感謝する」


 悠輝は怒りを飲み込んで、ぶっきら棒に礼を言った。


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