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第九話 ダメ人間の作り方

「ったく。本当にお前は大人しく出来ねぇな!」


探索者協会の廊下を歩きながら、華は蓮に対して文句を言う。当然というべきか、華は会議室での挑発行為に対してご立腹であった。


「つってもしゃーねえだろ。こっちも早く帰らにゃならんのだからよ」

「だ・か・ら! 言い方ってもんを考えろって言ってんだ! 最初からそうしてりゃ、もっとスムーズに済んだろうが!」

「性分」

「てめえ!」


華の文句も、蓮は馬耳東風とはがりに聞き流す。思わず華が拳を握ったのも、仕方のない反応である。どうせ避けられるので殴りはしないが。


「……んで、あんな態度取って大丈夫なのかよ? 幾ら千さんが良くしてくれてるからって、限度があるだろ」

「問題ねえよ。あの場で一番強かったのは俺だ」

「お前……。まさか面倒になったら力に訴えるつもりだったんじゃ……?」

「ちげえわ。立場の話だ」


妄想で戦々恐々とする華に呆れながら、蓮は会議での態度の理由を説明する。尚、妄想の原因に関しては目をつぶった模様。


「良いか? 現状で特殊個体を何とか出来るのは俺だけだ。それはあのメンバー全員が認識してるし、そのうち上層部でも共通の認識になる」

「……まあ、そうだな」


蓮ほど戦闘に秀でてない華でも、それは理解出来る。特殊個体全てが宿儺レベルである場合、ダンジョン内で使用可能な火器はまず役に立たない。


「つまり、向こうはどうあっても俺にお願いする立場なんだよ。受ける受けないも俺の胸先三寸である以上、俺のご機嫌取りは最優先事項だ。横暴な態度を取ったぐらいじゃ何も言えねえ」

「……流石にそりゃ無いだろ? 探索者って非常事態には協力義務があるし」

「阿呆。それでも俺達が民間人なのは変わらなねえだろ。自衛隊が匙投げるようなモンスターだぞ? 強制なんて出来るかよ。んなの傍から見りゃ特攻して死んでこいってのと同じじゃねえか。世界大戦かっての」

「……確かにそうだが、その例えよ……」


色々と物議を醸しそうな例えは兎も角、蓮の言っている事は概ね正しい。それは華も認めていた。

探索者は有事の際に協力する義務があるのは事実だ。だがそれは、最低限の命の保証がなされている事が大前提である。ある程度の危険なら兎も角、普通なら確定で死ぬような事態では、民間人である探索者に強制する事は出来ない。いや、制度としては出来るのかもしれないが、少なくとも世論の方が黙っていない。


「ましてや俺は未成年だぞ。強制するのは論外だが、依頼した時点でスキャンダルになりかねないんだよ。バレたら大臣クラスの首が飛ぶぞ。多分だけど」

「……それは想像出来るけど、お前に関して例外な気もするんだよなぁ。実際、宿儺に圧勝してる訳だし」


主張は間違っていないのだが、蓮を普通の未成年というカテゴリに入れるというのは、華には少しばかり腑に落ちなかった。

人権などの観点から見れば、確実に批判されるのは政府の方だ。だが日本には、力を持つ者の義務という考え方も広まっている。死ぬ可能性が限りなく低く、出来るのにやらないというのは、世間には我儘に映りかねない。そうなってしまえば、悪く言われるのは蓮である。

そう思っての疑問なのだが、何故だか蓮は呆れ顔だ。


「あのなぁ……。俺の強さなんて第三者が理解出来る訳ねえだろ。自分で言うのもアレだが、完璧フィクションの領域だぞ? どんなに主張した所で、普通は妄想乙って失笑されて終わりだ」

「本当にお前が言うなよな……」


凄まじいブーメラン発言は兎も角として、蓮の尤もな言い分には華も納得するしかなかった。

確かに現代では、氣や魔法、スキルを扱う超人が比較的存在している。華もその内の一人であり、警棒があればグリズリー程度なら殴り殺せる強さを持つ。

だが逆に言うと、この世界にいる超人はその程度なのだ。蓮の様に間合いを無視した斬撃を放つ事も、無数の残像を出す事もしない。蓮のいる領域は、未だに現代社会ではフィクション扱いであり、吹聴すれば妄言の類だと失笑される。


「余程の事が無い限り、自衛隊>俺という世間の強さの認識は崩れない。だからこと特殊個体戦においては、国は俺より立場が弱いんだ。公になれば世論が敵に回りかねないからな。必然的に交渉は極秘になるし、バラされて困るのは向こうだけ。いやはや、未成年ってのは楽だよなぁ。犯罪さえ犯さなければ、世間が守ってくれるんだから」

「相変わらずクズい……」


カラカラと笑う蓮の姿に、華は頭を抱えた。何故この馬鹿は、事を穏便に済ませようとしないのか。幾ら力関係で勝っているからといって、わざわざ不興を買う必要など皆無だろうに。

しかもその癖、相手が何も言えない状況を整えているのだからタチが悪い。自身の立場を最大限利用して無礼を働くのだから、やられる方は堪ったものじゃないだろう。


「ま、そんな訳だから心配する必要はねえよ。何も問題ねえ。あったとしてもどうとでもなる」

「そもそも心配するような事をしないで欲しいんだけどなぁ!?」

「性分」


無言で殴り掛かる華。

一瞬で十メートル程距離を空ける蓮。

華の拳は虚しく空を切り、それを見て蓮がケラケラ笑う。

その姿は途轍も無く腹立たしい。流石に我慢の限界を迎えた華は、禁断の切り札を切る事にする。


「……祭さんに報告すんぞ」

「それは止めて下さいごめんなさい」


ボソリと呟いた途端、華の目の前に土下座姿の蓮が現れる。文字通りの意味で、目にも留まらぬ速度で土下座に移行したらしい。

先程までの傲岸不遜な態度とは打って変わって、美しい土下座を披露する蓮。もしこれを木村や鮫島が見れば、ほぼ確実に幻覚を疑うであろう光景だ。

それ程まで、華の挙げた人物に蓮は弱いのである。


「……お前本当に祭さんに頭上がらないよな……」

「マジで母さんに報告するのは勘弁つかあさい。家族会議はキツいんです」


そう。華の挙げた人物は、蓮の母親。名を四扇祭。蓮を育て上げた稀代の女傑……ではなく、蓮が何故現在のように育ったのか分からない程に、常にほんわかとした雰囲気を纏う癒し系キャラクターである。

そして意外な事にこの男、そんなゆるふわな母親である祭に全く頭が上がらないのだ。


「何でそんなに祭さんに弱いのお前?」

「逆にあの人見てお前は何も感じないの? 俺の母親だけあって色々と非常識だぞ」

「……まあ、あの見た目で二児の母ってのはヤバいと思う」


以前に出会った時の衝撃を思い出しながら、華は蓮の母親である四扇祭の容姿について振り返る。

四扇祭は、端的に言って美少女だ。……美少女なのだ。ふわふわとした亜麻色の髪と、クリっとした瞳、絹のようにキメ細かい肌を持つ、十代前半の少女のような外見。小柄な体格と相まって、初めて会った時は蓮の妹かと本気で華は思っていた程。その実態が、齢十六の息子と十の娘を持つ、二児の母親なのだというのだから笑えない。


「同じ女として嫉妬も起きねえからなぁ……。あんだけ若々しいと単純に疑問の方が勝つ」


世間では年齢に見合わぬ美貌を持つ女性を美魔女と呼ぶが、四扇祭のそれは次元が違う。世間一般では十分美人と称される華をしても、女としての魅力ではまず勝てないと苦笑するレベルなのだ。

蓮曰く、華は初心な部分の残る美人ヤンキーでサブヒロイン、母親である祭は、非常に不本意ながら正統派ヒロインらしい。

二十以上の年の差がある女性を相手に、メインヒロインとサブヒロイン程の差があるのだから、もはや対抗する気も失せるというものである。


「逆に何で、その息子はこうなのかねぇ……? 妹の佳奈ちゃんは祭さん似なのに」

「それ俺が親父似って事でファイナルアンサーじゃねえか」

「見た目の話じゃねえ中身だ。あと親父さんにしても、普通にイケメンだろうが。お前とは絶妙に似てねぇじゃん」

「おおぅ……」


容姿については地味に蓮も気にしていたようで、虚しそうな表情を浮かべる。


「容姿についてはしょうがねぇよ……」

「いや、別にお前がブスって訳じゃ無いんだけど……」


確かに蓮の容姿は祭とは似ても似つかないが、華もそういう事を言っているのでは無い。単純な容姿云々の話では無く、顔付きや表情といった性格の出る部分にツッコミを入れているのだ。

そもそも年齢不詳の美少女である母親と似ていないと言うだけで、蓮は蓮で容姿は比較的整っているのである。華曰く、無気力系若頭(クズ風味)らしい。注釈に関しては、今のツッコミの通りというべきだろう。

まあ兎も角、美形という意味では、蓮もしっかり母親似、というより四扇家の血を引いているのだ。ただ内面の方が、致命的なまでに似ていないだけで。


「本当、どうしてあの人からコレが産まれたのやら……」

「……いや、言うて母さん大分ファンキーだぞ? 俺が初めて母さんの前で氣を使った時、あの人何て言ったと思う?『基本人には使っちゃ駄目。ただ悪い人とかが相手なら、殺さないようにだけ注意しなさい』だぞ?」


アレは子供ながらに寒気がしたと、蓮は語る。普段ふわふわした雰囲気を纏う母親が、平然と暴力を容認したてみせたのは、既に戦闘狂の片鱗を見せていた蓮であっても衝撃的だったそうだ。

尚、当時はまだフィクションだった筈の【氣】を、平然とスルーしたのも違う意味で衝撃的だった模様。


「あんなナリでも、母さん普通に女傑なんだよ……。俺の態度を問題視しない代わりに、誇りとか信念とかは超重視するし……」


何故か蓮の母親は、社会的に悪とされる行為であっても、一方的に否定する事はしない。勿論、理由無く行われる悪行や、我欲優先の非道に対しては断固とした態度を取るが、それが誇りや信念の元に行われたものであるのなら、祭は何も言わないのだ。


「母さん曰く、一般的な善悪は大多数の都合の産物だから、尊重しておくぐらいで丁度いいらしい。本当に引けない部分、自分の中の【大切】に引っかかるなら、法律だろうが暗黙の了解だろうが、好きなだけ無視しなさいって」

「いや、常識的にそれは駄目だろ……」


蓮の台詞に、華は思わずツッコミを入れてしまった。

華とて現代人だ。人様の家の教育方針になど、基本的に口を挟もうとは思わない。だが四扇家の、四扇祭の教育方針は、そんな現代人的な習性がどっか行ってしまう程に強烈だった。

まさか自分の子供に対して、法律やマナーを守る必要など無いと教えるとは……。


「勿論、それで発生する反発や不利益は覚悟しろとも教わったさ。そういうリスクや、常識とか良心で躊躇するようなら、絶対に止まれとも言われてる」

「いや、躊躇しなくても止まれよ……」

「止まれないんだとよ。自分の中でちゃんと筋が通ってる人間程、その領域を踏み荒らされた時は止まれないらしい」


あらゆる常識も、良心も、その時だけは機能しないのだと、かつての祭は語っていた。

そしてそれが事実であると、なんとなしに幼い蓮も察したのだ。


「復讐なんてのは、最も分かりやすい例だな。子供を殺された親が、勢い余って犯人を殺すなんて話も偶に聞くだろ。ああいうのは正にそれだよ。そいつの【大切】を守る為、取り戻す為に、人間ってのは容易く社会に喧嘩を売る」

「つまり、どうせ止まれないから、法律とか守るだけ無駄だと?」


それはちょっと違うのではないかと、華は顔を顰める。

蓮の語るそれはかなりの暴論だ。蓮はニュースに取り上げられる復讐などを例に出していたが、実際は法の裁きに委ねられる事の方が圧倒的に多いのだ。

蓮の言う通りならば、大切を侵された者は決して止まらないという。それはつまり、司法に裁きを委ねた被害者遺族達は、大切を侵されていないという事になってしまう。

それはあまりに無礼というものだ。涙を飲んで矛を収めた者達を馬鹿にしている。


「ちげえよ馬鹿。んなクソみたいな事言ってんじゃねえ。これは決断の話だ」


だが幸いな事に、如何に蓮とてそんな外道な教育を施された訳では無いらしい。

蓮は頭を掻きながら、祭に施された教育の真意を語る。


「もしも大切を侵された時が来たなら、その時は覚悟をもって決断しろって事だ。歯を食いしばって矛を収めるも良し、激情のままに抵抗するも良し。大多数の都合で作られた法律に従うんじゃなくて、自分の意思に従って決めろ。そしてその決断の結果は、何がなんでも受け止めろってな」


かつての祭は語った。人が真の覚悟をもって行った決断は、他人が否定して良いものでは無いのだと。大多数の都合によって決められた常識を蹴飛ばし、誇りを背負い、全てを賭けて戦う事を決めた者の姿は、なによりも気高いのだと。


「『母さんは知っているの。世間から鬼畜外道と罵られようとも、自分の誇りを貫いてみせた悪人を。どれ程の憎悪を向けられようが、その全てを受け止める覚悟を持った者の輝きを。そいつはね、常識に則った正義を語る善人よりも、起きるかどうかも分からない神の奇跡を語る聖職者よりも、よっぽどカッコ良かったわ』だとよ。信じらんねえぐらいにファンキーだろ?」


そう言って笑う蓮は、とてもとても楽しそうであった。

何故、自分の母親がそんな人物を知っているのかは兎も角として。実際の経験を元に語られたそれは、無条件に法律を尊主させようとする教育よりも、遥かに蓮の心を震わせたのだ。

だからこそ、蓮は自分の母親には頭が上がらない。四扇祭の在り方が、現在の蓮を作り上げたと言っても過言ではないからだ。心の底から、己の母親を尊敬しているからだ。……勿論、家族内ヒエラルキー的な意味も多分に存在するが。


「まあ、世間一般からすればクソみたいな教えだろうけどな。ただやっぱ、直接話を聞けば印象は変わるぞ。経験談から語るだけあって、説得力ってのがちげえ。誇りと覚悟の大切さを、それを背負う事の気高さを、これでもかと教えてくれるんだ」

「何でそんな経験があるんだ、祭さんは……」

「さあな。だが個人的な感想で言えば、作り話って事は無かろうよ。それにしては、実感が篭もりすぎてたからな。ま、じゃあ母さん何者かって話になるんだが、それは一切不明だし」


そういった意味でも、四扇祭という人物はぶっ飛んだ人間だ。

一応、蓮の父親との馴れ初めを聞く限り、普通に会社員をやっていたという事は分かっている。結婚の際には、既に亡くなっている母方の祖父母にも父は会っているそうなので、身元の方もハッキリしている。サラリーマンの父と専業主婦の間に産まれた、ごく一般的な女性らしい。

だがその割には、思想を含めて妙に常人離れした所があるというのが、実の息子たる蓮の感想である。明らかに経歴と本人の纏う雰囲気が乖離しており、経歴は明白なのに正体不明という意味不明な結論が出てくるのだ。


「ぶっちゃけ、あの人の正体が神や魔王とかでも俺は驚かんよ。それぐらいにはファンキーでぶっ飛んでるからな」

「止めろよお前……。祭さんの容姿じゃ冗談に聞こえねぇ」


ケタケタと笑いながらそう語る蓮に、華は大きく溜息を吐く。

祭の年齢に見合わなぬ美貌や、蓮という息子の事を考えると、そんな馬鹿なと一蹴する事が出来ないのである。


「ま、俺もやっぱり、あの人の息子なんだよ。生まれるべくして生まれたというか。俺がこうなったのも、母さんの血を引いてるからってのは絶対にあるし」


そういう意味では、自分は母親似なのだろうなと蓮は思う。逆に、容姿では祭に似ていると言われる妹は、四扇家では比較的平凡とされる父親似なのだろう。

少々ちぐはぐな気がしないでもないが、妹が内面まで母親と似なくて本当に良かったと、内心で苦笑する。

その横では、何故か華が眉間に皺を寄せていた。


「どした?」

「……お前、本当に家族の事考えてる時は、雰囲気とか穏やかになるよな」


どうも、家族について考えている時の蓮と、平時のの駄目人間な蓮とのギャップに頭を痛めていたらしい。


「もうちょいその穏やかさを、他人に向けて欲しいんだが……」

「嫌だよ。家族サービスは家族にするから家族サービスなんだよ」

「そうだろうけどお前の場合はちょっと違うよなぁ!?」


他人に丁寧接する事が、蓮の中では家族サービスと同義というのは如何なものか。それ程までに、この駄目人間は礼節を払う事が嫌なのか。


「やっぱり祭さんの教育間違ってるだろ! 誇りとか覚悟云々は兎も角、こんなクソ野郎になるまで放置したのは絶対間違ってる!!」

「HAHAHA。That's Right」

「やかましい! せめて否定しろテメェ!」


英語で煽ってくる蓮に対して、再び華は拳を振り上げたのも、仕方の無い話である。

母は強し

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