第二話 ダンジョンと四扇蓮
そこでは、尋常ならざる戦闘が繰り広げられていた。
「ァァッ!!」
荒ぶる鬼神が四本の武器を振るい、一息の合間に十の斬撃と、十二の打撃を繰り出し。
「ふっ!」
幼き剣鬼は貧相な木刀を巧みに操り、迫り来る全ての攻撃をいなし、切り裂いてみせた。
「ガガガガ!!!」
「クハハハ!!!」
お互いに哄笑を上げながら、鬼神と剣鬼は武器を交え、命懸けの遊戯に耽る。
余波だけで大地を砕き、空間そのものを震わせてみせる光景は、今は遠き神話の世界を想起させる。
だが、この新たな神話の詳細は、決して語られる事は無いだろう。なにせ、二体の鬼が戦っているのは【ダンジョン】と呼ばれる神秘の孔。突如として地球に現れた、前人未踏の超常領域なのだ。
当然、そんな場所に人など住んでいる訳が無く。決戦場たる大部屋の近くには、少年と行動を共にしていた女以外誰もいない。その唯一の目撃者である彼女にしても、
「うわぁー……」
圧倒的過ぎる光景を前に、ただ呆然と立ち尽くす事しか出来ていなかった。
「気持ち悪っ。マジで気持ち悪いなアイツ……」
訂正。呆然と立ち尽くしているのではなく、単純にドン引きしていた模様。
だがまあ、それも仕方の無い事だろう。なにせ彼女、桜華は、基本的に普通の女子大生なのだ。家庭の事情から少々荒っぽい副業を行っているが、それだって昨今の時代背景からするとそれほど珍しくは無い。十分に平凡と称せる人間だ。
そんな華にとって、目の前の光景は常軌を逸し過ぎていた。笑いながら殺し合いをする感性も、無数の残像を残しながら動き回る能力も、決して理解出来るものでは無い。
一応、剣鬼たる少年が異なる価値観を持っているのは了承しているが、それでも嫌悪の感覚が出てきてしまう。
「毎度毎度思うが、同じ日本人なのに、なんで蓮はあんな風に育っちまったんだ……?」
嬉々として鬼神相手に木刀を振るう少年、四扇蓮を見ながら、華は不思議そうに首を傾げた。
華と蓮は、歳こそ違うが同じ日本人であり、小中高と受けてきた教育に大して違いは無い。家庭環境の方も、比較的裕福かつ家族中は良好であったと華は記憶している。何処をとってしても、あんな戦闘狂に成長する理由が全く分からないのだ。
「本当、アイツって生まれてくる時代を間違えてるよなぁ……」
蓮がトゲ棍棒を木刀で粉砕する光景を眺めながら、華はしみじみと呟いた。
本来、蓮の価値観や能力は、現代社会には決してそぐわないものである。平和や人権といった考え方が根付いた現代では、蓮の価値観は受け入れられず、超常の技術の数々も振るう事は決して許されなかった。
逆に戦国時代などに生まれていれば、織田信長の代わりに天下を取り、世界に覇を唱えていただろう。世界大戦の時代に生まれていれば、日本を敗戦国から戦勝国に押し上げただろう。それ程までに、蓮という少年は平和に嫌われ、戦に愛されていた。
「……いや、だからこそ、今の時代に生まれたのかもしれねえな」
流水を思わせる剣技で鬼神を追い付める蓮を見て、華は先程までの考えを改めた。
平和な世界で振るう事が許されなかった絶技の数々は、今こうして存分に振るわれているのだから。
戦に愛された少年は、運命にも愛されていたのか。それとも、戦に愛されていたからこそ、この時代に生まれたのか。どのような因果かは不明だが、ソレは世界に戦の灯火をばらまいた。
「ーーダンジョンなんてもんが、現れたんだからな」
ソレが現れたのは、今から四年前の事である。
ある日、世界各地に正体不明の【孔】が突然出現した。自然の中に現れたモノ。都会のど真ん中に現れたモノ。一番酷い例では、建造物の扉と繋がったモノもある。発生した理由は一切分かっておらず、唯一分かっている事は、全ての孔が何故か人類の生活圏の近くに発生したという事だけ。
そして、そんな摩訶不思議な孔の中は、正しくファンタジーの領域であった。
明らかに現実世界に即していない広大な空間と、そこに造られた大迷路。
我が物顔で闊歩する、ファンタジーの住人であった筈のモンスター達。
モンスターを倒す、または宝箱を開く事で得られる、科学では考えられない効果の摩訶不思議なアイテム類と、魔法的な仕掛けの数々。
後にダンジョンと呼ばれるようになるその孔には、数多の未知が溢れていたのだ。
当然ながら、ダンジョンの未知は世界を混乱させた。ダンジョン発生当初、誤ってダンジョンに侵入してしまった多くの人間がモンスターに殺された。ダンジョン由来の素材やアイテムによって、世界の経済は混迷状態に陥った。ダンジョンを占領し、そこで得られる富と未知によって武装した反社会組織によって、世界中の治安が悪化した。
幸いな事に、これらの混乱は時間と共に収束していっており、ダンジョンとの付き合い方を現代社会は確立され始めている。その中の一つに、蓮は思いっきり適応してみせたのだ。
民間人による、ダンジョン探索についての制度。通称、【探索者制度】。
これは、無駄に溢れるサブカルチャー文化と、世界でもトップクラスの技術力によって、ダンジョンの存在にいち早く適応してみせた日本が打ち出した制度である。
本来、危険度が高く、それでいて特殊な資源を産出するダンジョンは、国が管理するべきものである。しかし、ダンジョン産の資源は国だけが独占するにはあまりに魅力的で、それでいて国内だけでも膨大な数となるダンジョンを管理するには、国のみでは致命的なまでに人手が足りなかった。そうした背景を元に、紆余曲折を経て実装されたのが探索者制度である。
モンスターと戦い、宝を探す。そんなファンタジー的な職の誕生に、日本のみならず世界中の人々が沸き立った。日本人の多くが名乗りを上げ、当然の如く蓮もそれに倣いダンジョンへと突撃した。
そうして、何人もの人間が死や怪我、恐怖によって膝を折る中、蓮はひたすらに探索者としてダンジョンに潜り続け、
「これで、トドメだぁぁぁっ!!!」
荒ぶる鬼神相手に殺し合いを挑み、その首を跳ね飛ばしてみせた今へと繋がる。
吹き出る血の雨の中、満足気に佇む姿を見て、やはり今の時代に生まれて正解だったのだろうと、華は思う。
「ふぅー……。うし、満足!」
尚、人としては致命的なまでに間違っているという事に関しては、サラっと目を瞑るのだった。
なんでこう書きだめがあると投稿したくなっちゃうんでしょうね




